Foresight
Mar. 23, 2015
顧客の価値観を洗い出し
それを元に事業を再編する
サービスデザイン導入のプロセスとは
[長谷川敦士]株式会社コンセント代表取締役、インフォメーションアーキテクト、HCD-Net認定 人間中心設計専門家、Service Design Network National Chapter Board、Service Design Network Japan Chapter代表
コンセントではサービスデザインを軸とした企業コンサルティングを行い、事業再構築を支援しています。
課題検討のフレームワークとしては3段階あり、(1)ユーザーの行動、実態を調査して価値観を抽出し、サービス・事業戦略を策定する「サービスデザイン」、(2)サービス実現のためのストーリーを考え、顧客体験をプランニングする「アクティビティデザイン」、(3)個別タッチポイント(顧客接点)を改善し、人間中心設計プロセスでサービスを完成させる「インタラクションデザイン」というステップで解決策を提案していきます。
日本企業がサービスデザインを取り入れようとする際の背景や、実際にどのように導入されるのか、事例として我々が手がけた案件をいくつかご紹介します。
事業体とユーザーの価値観をすり合わせる
ある事業会社から、自社製品である家庭向け電気機器の価値を再定義したいと依頼を受けました。ユーザーは製品にどんな価値を感じているのか、そして自社が認識する価値とそれが本当にマッチしているのかを見極めたいという問題意識がベースにありました。
我々はまずエスノグラフィの手法を用いて、実際に当該製品を導入している家庭を10軒ほど訪問しユーザーインタビューを行ったほか、利用の実態を観察して膨大なデータを集めました。これを分析して、ユーザーがどういう価値を期待して導入したか、導入後はどんな価値を見出しているかを把握するわけです。
その結果を我々が「統合価値マップ」と呼ぶ相関図の形に体系化しました。これをクライアントと精査しながら、現行の製品で提供できている価値、自分たちは認識していなかったけれどもユーザーは評価している価値、あるいは今後提供しうる潜在価値などを分析していきます。
最終的に、その分析結果に基づいてサービス全体の見直しを図ります。この機能をもっと強化していこうとか、この部分のユーザーインターフェースを改善しようといった製品自体の改善(「インタラクションデザイン」フェーズ)もありますし、製品はそのままで、ユーザーによりよい価値を訴求できるようにコミュニケーション戦略を再検討すること(「アクティビティデザイン」フェーズ)もあります。さらにはもっと根本を見直し、サービスや事業戦略を再策定(「サービスデザイン」フェーズ)する場合もあります。
株式会社コンセントは、「モノ(=成果物)」だけではなく「コト(=体験・しくみ)」のデザインで、長く良い関係を企業と消費者との間に築くことをコンセプトに事業を展開。印刷媒体、ウェブサイト、インタラクティブコンテンツなど幅広く企画、開発するほか、ユーザーエクスペリエンスデザイン、サービスデザインを軸とした、商品・サービス開発支援なども行っている。
http://www.concentinc.jp/
自分たちの提供している価値を取り戻す
自分たちが売っているものの価値が分からないなんて、そんなことあるのかと疑問視する向きもあるかもしれませんが、こういうケースは意外に少なくありません。この案件とほぼ同時期にある電機メーカーからも自社製品の価値分析の依頼がありました。課題が製品にあるのか、コミュニケーションにあるのか、あるいは事業戦略にあるのか、自分たちで把握しきれていない事業体は多く、後者の課題であればプロモーションの方向性が的外れとなることもあるのです。
提供価値を正しくとらえているかどうかは、ユーザーの声を聞くだけではなく実像をよく観察し、分析してみなければ分かりません。なぜならばユーザーもまたどこに価値を感じているのか、自身で全てを把握しているわけではないからです。無意識にとっている行動に大切な価値が潜んでいる場合があります。そしてその結果を受けて、製品自体の改善ポイントや発展のさせ方、あるいは事業をどう展開していくことが戦略として望まれるか、さらには効果的なセールスのためにどんなユーザーコミュニケーションがふさわしいかが見えてくるわけです。
クライアントの方々も我々の分析結果を見て、みなさん納得してくださいます。分かっていると思っていても認識がズレていたり、これまで暗黙の了解とされていたけれども形式知化したことで新たな発見があったりします。
特にセールス担当者、事業企画の担当者、製品の設計者といった関係者の意識が実は異なっていたと判明することも多々ありますし、それまでの議論の焦点が違うところにあったと分かることもあります。統合価値マップを見て、「私たちの製品は、こういうところが評価されていたのか」「じゃあ、その部分についてみんなでもっと考えよう」というような、より生産的なコミュニケーションの題材になることもあります。
製品を抜本的に変えるというような派手な話ではありませんが、これはビジネスを推進する上で必要不可欠な要素だと思います。提供価値が把握できると、それが仮に製品というモノであったとしても、提供している本質の価値が理解でき、そのために製品が使われているのだという、サービス・ドミナント・ロジック型の思考に切り替わることができます。自分たちの提供している価値を改めて自分たちの手に取り戻す、その上で事業展開することがサービスデザインの第一歩です。
図:コンセントのサービスデザインのプロセス(長谷川氏提供の図版を元に作成)
株式会社コンセントは、「モノ(=成果物)」だけではなく「コト(=体験・しくみ)」のデザインで、長く良い関係を企業と消費者との間に築くことをコンセプトに事業を展開。印刷媒体、ウェブサイト、インタラクティブコンテンツなど幅広く企画、開発するほか、ユーザーエクスペリエンスデザイン、サービスデザインを軸とした、商品・サービス開発支援なども行っている。
http://www.concentinc.jp/
究極目標はサービスデザインの
部分最適から組織最適へ
最初の足掛かりは個別の製品であったり1つのブランドであってもいいと思いますが、サービスデザインの真の威力が発揮されると、組織全体のダイナミックな変化も実現するでしょう。
ある電機メーカーでは今まさにそこに取り組んでいます。製品開発サイクルのリフレーミングの支援をコンセントで行っているのですが、サービスデザインの部分最適でなく、組織最適の実現が最終のゴールです。
このプロジェクトもプロセスとしては実体の観察、把握をまず行うことで、開発プロセスのレビュー工程を全て洗い出し、カスタマージャーニーマップ* ならぬ、製品開発ジャーニーマップを作りました。それを元にギャップ分析をして、プライオリティを整理したプロセスでいったん開発を実践し、さらにレビューを行ってシステムの完成度を高めていきます。
グローバルで見ると日本企業はサービスデザインの適用が遅れていますが、動いている企業は動いている。それはやはり上層部が決断できるかにかかっていると思います。
前編でサービスデザイン思考の5原則の1つに「ホリスティック(全体的)な視点」があると話しましたが、全体を俯瞰して問題をとらえようとか、あるいはまたこれも5原則の1つである「共創」を実現するための部門間連携といった現実的な課題を意識している企業は多くあります。けれども実際に行動を起こす企業は、残念ながら現在の日本では少ないです。この電機メーカーはそうした状況下において活発にやられているという意味で、組織として強さを感じますね。
コミットメントを促し、社内に意識変革をもたらす
我々のような会社がコンサルティングに入ることで、事前にあった課題の解決という直接的な効果だけでなく、クライアント企業の中にサービスデザインを発展させようという芽が育成される、そういう副次的な効果もあると思います。
コンセントはグラフィックデザインも生業の1つにしていますけれども、例えばカスタマージャーニーマップを作るにも機械的にビジュアライズするのでなく、目的に応じて手書きにすることもあります。
例えばワコール様(以下、敬称略)とのプロジェクトの場合、部門を横断してワコールとユーザーの関係を再定義するお手伝いをしました。ユーザーがどんな生活を送っていて、何を考えてワコールの下着を着け、身体についてどんな問題意識を持っているのか、あるいはどんな気分で下着を買うのか。そういった自社とユーザーとの関係を視覚化するようなカスタマージャーニーマップを作ったんですね。
それがあることで、各部門からは断片的にしか見えていなかったユーザー像が立体的に立ち上がってきました。自分たちはこの部分を担当しているけれども、この部分はどうなっているのかと、まさにホリスティックな視点が各部門の各社員に醸成されていく。プロジェクトを実行することによって社内に意識変革がもたらされたわけです。
我々としてもクライアント側のコミットメントを促すことを意識しています。例えば、クライアントと一緒にリアルタイムでカスタマージャーニーマップを作っていくこともありますね。完成品を納めるだけでは一方通行だけれども、クライアントの皆さんと一緒にディスカッションしながら書き込んでいくことで、参加者の方々の中に主体性が芽生えます。
ワコールとは今後もプロジェクトが断続的に予定されており、女性にとって下着とは何か、そもそも下着とは何かということを一緒に探っていくワークショップを準備しているところです。我々にとっても興味深い、真理の探究の場となる共同プロジェクトになります。これもまた事業者と我々のような専門家集団との共創ということで、サービスデザインの一環といえるでしょう。
WEB限定コンテンツ
(2014.12.5 渋谷区のコンセント オフィスにて取材)
*カスタマージャーニーマップ
ユーザーの体験や感覚を可視化したもの。企業が顧客視点に立つことを支援するツールとして活用される。
取材後、ワコールと、コンセントが所属するAZグループ運営の多目的クリエイティブ・スペース「amu」との共同で、「心地よい下着」についてユーザーが考えるデザインワークショップがスタートした。心を満たす下着とは何か、下着を選ぶときの無意識な価値観=新たな自分を再認識する場だ。
第一弾として2015年3月10日に、『下着からはじめる、わたし再発見 vol.1〜カラダとココロをちゃんと知る〜「ココロにフィットする下着」』を実施。コンセントのサービスデザインチームのメンバーがファシリテーターを務めた。
長谷川敦士(はせがわ・あつし)
1973年 山形県生まれ。東北大学理学部物理学第二科卒業。 東北大学大学院理学研究科物理学専攻博士前期課程修了(理学修士:素粒子物理学)。東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻博士課程修了(学術博士:認知科学)。ネットイヤーグループ株式会社を経て、2002年株式会社コンセントを設立、代表取締役に就任。著書に『IA100 ユーザーエクスペリエンスデザインのための情報アーキテクチャ設計(BNN新社)』、監訳書として『THIS IS SERVICE DESIGN THINKING. Basics – Tools – Cases 領域横断的アプローチによるビジネスモデルの設計(BNN新社)』『デザイニング・ウェブナビゲーション(オライリージャパン)』などがある。武蔵野美術大学、多摩美術大学、産業技術大学院大学非常勤講師。Service Design Network National Chapter Board。Service Design Network Japan Chapter代表。NPO法人人間中心設計推進機構(HCD-Net)理事。情報アーキテクチャアソシエーションジャパン(IAAJ)主宰。株式会社AZホールディングス取締役。
http://www.concentinc.jp/