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個人の身の丈に合った「ナリワイ」で
仕事と生活を充実させる

自分の時間と健康を犠牲にしない生き方

[伊藤洋志]「ナリワイ」代表

個人が少ない元手と多少の訓練で始められて、やればやるほど健康になり、技が身につき、仲間が増える仕事――これを僕は「ナリワイ(生業)」と呼んで、あれこれ企画・実践しています。

自力で仕事を作り出すことはそれほど大変じゃない

「生業」は読んで字のごとく、生活でもあり仕事でもあるものです。小規模な自営業の種を生活の中から見つけて、それを仕事として成り立たせていく。起業のように肩ひじ張ったものでなく、多額の資金や高度な専門技能がなくてもできるわけです。「仕事を探す」=「勤め先を探す」と考える人は多いですけど、自力で仕事を作り出すのは実はそれほど大変じゃないんです。

会社勤めをしていたり、特定分野に特化した自営業では、生計を立てるための手段がそれ1つしかないので無理もしがちです。それが悪いとは言わないけれども、気づけば自分の時間と健康をお金と交換することになっていたりする。それは人生を盗まれるようなものではないでしょうか。

ナリワイではいくつかの小さな仕事を組み合わせて生活を組み立てるので、自分の時間と健康をお金と交換することなく、仕事と生活をバランスよく充実させることができます。飛び込み営業でお客さんを獲得するというより、生活の中で出会った人たちの役に立つことを見つけて、そこからスタートするナリワイも多いので、結果として人間関係が広がっていくものでもあるのです。

重視するのは目先の収入よりもツアーのコンセプト

今、僕が手がけているナリワイは、通年で行うものと年間を通して特定の時期に行うものの2種類に分けられます。

年間のある時期に行うものでは、モンゴルやタイの「武者修行ツアー」があります。現地の文化や雰囲気をのんびり体験したいという人のためのツアーで、モンゴルでは草原で乗馬をしたりゲルを建てたりして、遊牧民の暮らしや技を実地体験。タイでは現地の村人と一緒に竹で高床式住居を建てたり、伝統的な料理・衣装を楽しんだりします。

もともと僕がボランティアでモンゴルを訪れていたことから、現地の方々と協力して、遺跡や寺院を巡って帰るだけじゃない、モンゴルの生活文化に触れられるツアーをしようじゃないかと始まったものです。2007年に始まって以来、年2回ほどのペースで行い、現在は19期目を数えています。タイのツアーは2014年から始まって、モンゴルで培ったノウハウを元に、別の人がメイン企画者として担当してくれています。

参加者の反応はむちゃくちゃいいですよ。「ここまで徹底していろいろ体験できる企画はない」「とにかく楽しかった。もう1回来たい」といった意見が多くて、リピーターも増えてきました。参加者同士の交流も醍醐味の1つで、職業も住む場所もバラバラだけど興味や関心を同じくする人たちが集まるので、すぐ仲良くなっちゃうんです。帰国後も交流があるみたいで、ツアーが出会いのきっかけを提供しているといえます。

そういうフラットな場所をどうやって作るかというのもナリワイの隠れたテーマです。多様な人が交流して、しかも和気あいあいと楽しむことができればツアーのバリエーションも広がるし、僕自身も飽きずに続けられますしね。

モンゴルの方々も希望に沿ったツアーが実現して喜んでくれています。ゲルに1週間滞在するということは半分ホームステイに近いんです。ツアーで羊の解体・調理や乳製品作り、羊毛からの糸作りなどすることは、スタッフや地元の人にとっても楽しいことだそうです。

そういう地域密着型のツアーなので、参加申し込みがあっても本人の希望にそぐわなければ他のツアーを紹介してお断りします。収入の面では1人でも参加者が増えた方がいいんですけど、それよりも参加者と企画との相性を最優先します。最初の頃は参加者が少なくて赤字のこともありましたが、他にないツアー内容が看板となって最近は15人前後の参加者が集まります。収益の面でも安定してきました。

現地の暮らしを体験するので、実践的な学びになる

他に通年で行うものでは、田舎で土窯パン屋を開きたい人向けのワークショップがあります(「熊野暮らし方デザインスクール――田舎で土窯パン屋を開く」)。1週間、和歌山県熊野市で土窯を使ってパンを焼くご夫婦の元に泊まり込み、小麦の栽培、製粉から土窯作り、パン作り、田舎暮らしの実際までを実地で学びます。僕は事務局として動き、受講受付と先生役を務めるパン屋さんとの日程調整を行います。

年間10組くらいの参加ですけど、在庫や講師の人件費、教室の賃貸料などが発生しないのでリスクを低く抑えられます。在庫や固定費を減らすことはナリワイを続ける上で1つのポイントです。

参加者の反応は良くて、受講後に3~4割が実際に田舎暮らしを始めています。専門学校でパン作りだけを学ぶのと違って、実際にパン屋をしている人の暮らしを見ながら学ぶので、より分かりやすくて実践的なんでしょうね。

講師であるパン屋さんも受講生との交流を楽しんでくれていて、好評をいただいています。収入にもなるので、パン屋さんにとってもこのワークショップは1つのナリワイということになります。

一般人に分かりやすく技能を伝えることが仕事になる

それから床張りのワークショップも通年で行っているナリワイです。床張りができるようになれば空き家を安く住まいにできるんじゃないかという思いから、床張りの特訓を思い立ったんです。1人で黙々とやるだけではつまらないので、「全国床張り協会」というふざけた名前の協会を作って同志を募ったら、これが結構いるんですね。「自分の家を修繕したい」「古民家を改修してゲストハウスを開業したい」「単に面白そう」など参加の動機はまちまちなんですが、ともあれ床張りの依頼があればそこを実践の場としてワークショップを行うことにしました。

現状では月1回くらいの開催で、施主の方には材料費と難易度が高い場合に講師となる大工の日当を負担してもらいます。難しくない床張りなら僕が講師を務めます。受講者の参加料から経費を差し引いたものが僕の収入となります。

参加者のメリットは床張りを実地で勉強できるということ。施主のメリットは費用を安く抑えられる、自分も一緒に床張りができるという2点が大きなところです。もう1つ隠れた要素としては、お店やゲストハウスを開業したい人にとって広報の一環になること。自分で床を張った建物って完成形を見てみたいんですよね。だから床張り参加者に「無事オープンしました」と報告すると、その人たちがお客さんとして来てくれる。多少なりとも集客の役目を果たしているわけです。もちろんビフォーアフターを見ることで、参加者も経験値を高めることができます。

僕の役目は素人が作業に参加する中でも一定の質を確保することです。たまにめっちゃ不器用な人が来て指導に気を遣うこともありますけど、安く上がる分、必ずしも完璧にはいかない可能性があることを事前に施主に説明しておくことが重要です。施主も参加者も満足度は高いですね。

素人に大工仕事を実地で教えるという職能はありそうでなかった。一般の人が分かる言葉で特定の技能を教えることが仕事になるということが分かった案件です。


「個人で元手が少なく多少の訓練ではじめられて、やればやるほど健康になり技が身につき、仲間が増える仕事」をナリワイとして伊藤洋志氏が提唱。自力で仕事や生活を作る人のネットワークでもある。2007年より活動。
http://nariwai.org/


伊藤氏の著書『ナリワイをつくる――人生を盗まれない働き方』(東京書籍)では、ナリワイの概念やあり方を分かりやすく解説している。

  • モンゴル武者修行ツアーでは草原を馬で移動する。(写真提供:伊藤洋志氏/5点とも)

  • 土窯パン屋のワークショップでは修了生による土窯作りもサポートする体制にしている。

  • 全国床張り協会での活動の様子。三重県で若者がブックカフェを開くにあたり、その店舗の床張りをワークショップで開催した。

  • 遊撃農家で梅の収穫・箱詰め・発送を行う伊藤氏。

  • 野良着の形を生かした作業服作りでは、デザイナーやウェブシステム統括者と検討を重ねた。

未知の世界を知るきっかけを提供。
ナリワイに共通する教育事業の要素

「ナリワイ遊撃農家」は季節限定の農業と販売を行うものです。和歌山県日高川町の農家で、繁忙期に助っ人としてミカンや梅の収穫を手伝いつつ、採れたものを箱詰めしてネットで販売します。

農作物は普通に流通に乗せると、農家に入るのは末端価格の2、3割です。これでは中小規模の農家では厳しい。打開策として思いつくのがネット直販なんですが、収穫しながら情報をネットに流して、なおかつデータ管理や箱詰め、発送をするのは無理があります。梅の収穫なんて本当に忙しくて、毎日1トンくらいの梅が容赦なく落ちてきますからね。

そこで収穫を手伝いながらSNSで実況中継レポートをして、売る先を見つける僕みたいな役割の人がいると面白い。収益は農家と僕で折半していますが、農家は作業の負荷を低減できる、無駄のない販売ができる、専業の従業員を雇うわけではないので固定の人件費も発生しないといったメリットを得られます。

まだ大量には売れませんけど、それでも例えばミカンは100箱売れています。徐々に増えていけば5年後くらいはまあまあいい線行くんじゃないかな。ナリワイはどれもそうですけど、成長スピードは遅いです。「ぼちぼち稼ぐ」ということも心得の1つといえるでしょう。

全体的に相乗効果が出るように事業を組み立てる

武者修行ツアー、土窯パン屋のワークショップ、床張り、遊撃農家といった一連のナリワイに共通していることは、ユーザーが未知の世界を知る、学ぶ、そのきっかけを提供しているということです。つまり、どれも教育事業の要素があるわけですね。

今やインターネット経由でどんな情報も気軽に手に入るように思いがちですけど、ある地域では当たり前のことも他の地域に住んでいる人にとっては驚くことだったりする。その落差が価値となって、立派なナリワイのタネになり得るわけです。

例えばミカンは消毒を減らすと表皮に斑点が出ます。味には全く影響ないけれども、スーパーでは売れません。ちょっと汚れているけれども低農薬のミカンと、見た目はきれいでも農薬をばっちり使ったミカンと、どっちがいいですかという話になるんです。また、完熟してから収穫すると味も色も濃いミカンになるけれども、昨今は青いうちに摘んで保管・流通の過程で追熟させるのが主流です。

僕ら消費者って、そういうことを案外知らないんですよね。ミカンにはどんなタイプがあるか、その中から何を選ぶかといった情報をちゃんと整理してお伝えするのが僕の仕事です。これは実質的に教育に近いと思っていますが、自分のナリワイを俯瞰すると全てにおいてそういう要素が入っていることに気づきます。

それからもう1つ、長い目で見ると、ナリワイ全体としてある種のコミュニティが育っている。これも注目すべき点だと思います。武者修行ツアーの参加者がミカンを買ってくれたりするんですよ。だからミカンを買った人がツアーに興味を持ってくれるかもしれない。全体的に相乗効果が少しずつ出るようにナリワイを組み立てることも重要だと思います。

クラウドファンディングで農作業着を作る

一番新しいナリワイは、「日本の野良着の形を生かした作業服作り」と銘打って、農作業着を中規模に製造販売するというものです。

おしゃれで動きやすくて機能的な服というと、パタゴニアとかコロンビアとかのアウトドアウェアになってしまう。それもいいんですけど、農業にはハイスペックすぎるし、かといって建設業や工場のような作業着もちょっと違うだろうと。しかもそういう服って中国製だったりするんですよね。国産の野菜を食べようとか言っているのに、着ている服が外国製では矛盾しているんじゃないか。

そう考えて、できる限り日本で作られた生地を使って、縫製も日本で行って、日本の農業にちょうどいいものを作ろうと決めました。実際の農作業を通してポケットの位置などもこだわっています。

クラウドファンディングで資金を募って生産するので、在庫リスクを少なくしています。ただ、今までのように全く在庫なしというビジネスと違うので新しいチャレンジではありますね。

失敗も楽しみながらナリワイを磨いていく

ビジネスなので失敗もありますよ。例えばミカンを発送するのに宅配業者と行き違いがあったり、モンゴルのツアーでは生の牛乳を遊牧民の家でいただいてお腹を壊してしまったり。思いつきでアイドルのプロデュースをやろうとして頓挫したこともありました。床張りの延長で古い家の天井をバールでぶっ壊したら、ものすごい埃で全身に炎症が出たこともありましたねえ。

そういう苦労はたくさんあるんですけど、でもそれも含めて楽しいんです。ナリワイを開発すること自体に面白さを感じています。

いろんなナリワイを手掛けていくうちに、だんだん自分に合ったナリワイが絞り込まれていきます。手放したナリワイが無駄になるわけでなく、世の人がまねしてできるならそれはそれでいい。1人がいちどきに抱えるナリワイは3つくらいで十分かなと思いますけど、ナリワイを提唱する立場としていろんなモデルを開拓して発表していくのも仕事の1つと考えています。

WEB限定コンテンツ
(2015.10.23 品川区のスタジオ4にて取材)


伊藤氏らが扱うミカン。表皮に多少の汚れがあるものの、味や香りは濃厚でおいしい。

伊藤洋志(いとう・ひろし)

1979年生まれ。香川県丸亀市出身。京都大学大学院農学研究科森林科学専攻修士課程修了。「ナリワイ」代表。会社員、ライターを経て、2007年より、生活の中から生み出す頭と体が鍛えられる仕事をテーマにナリワイづくりを開始。現在、シェアオフィスの運営や、「モンゴル武者修行ツアー」、「熊野暮らし方デザインスクール」の企画、「遊撃農家」などのナリワイの傍ら、床張りだけができるセミプロ大工集団「全国床張り協会」といった、ナリワイのギルド的団体運営等の活動も行う。著書に『ナリワイをつくる』、共著に『フルサトをつくる』(ともに東京書籍)。

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