Innovator
Jul. 4, 2016
法務パーソンと共犯関係を結ぶ
ビジネスにおける戦略的リーガルデザイン
[水野祐]シティライツ法律事務所 弁護士
前編で、クリエイティブ、IT、建築・不動産といった分野を軸に、クリエイターや技術者、企業などへリーガルサービスを提供していると説明しました。作業として多いのは契約書や利用規約の作成、レビューなどですが、それは最終的なアウトプットであって、重要なのは法律相談に至る前の見えない部分だったりします。
例えば3Dプリンターを活用したサービスを作るとして、著作物や商標登録されたキャラクター製品について3Dプリンターでどこまで制作することが可能なのか、それを販売してもいいのか、といった議論があります。サービスの適法性に疑義があるようなケースもあるので、そういう意味では開発の早い段階から、サービスの内容自体にも食い込むような形でご相談いただく形が多いですね。
僕もサービスのあり方に口を出しますし、そういう口うるさいところも買ってくださっているクライアントからしか、たぶん依頼は来ていないと思います(笑)。こういう偏屈なスタイルになってしまうのは、おそらく僕が興味ドリブンだからなんでしょう。
ビジネスにおいて社内の法務部や外部の弁護士に何か相談するようなときって、たいてい企画や製品の仕様が固まって、あとは規約や契約にどう落とし込むかというような、いってみれば下流の工程ではないかと思いますが、僕は好奇心がおもむく場所やシーンに積極的に足を運んで、そこにいる人たちとコミットしていきたい。
半分は趣味なんですけど、そういう関係性の中から仕事の依頼を受けることが多くあります。クライアントと興味や問題意識をより強く共有できるということで、より戦略的な部分にもコミットしたり貢献することができます。僕が仕事に感じる醍醐味は裁判の勝ち負けとかよりも、そういう部分にあったりします。
オープン化で世界中の開発者やユーザの参入を促す
筋電義手を開発するスタートアップ企業・イクシー(exiii)では、彼らが開発した義手のオープン化* をサポートしました。
筋肉の電気信号を通して直感的に動かせる筋電義手は一般に150万くらいの製作費がかかるそうですが、それを3Dプリンターなどを駆使して低額で制作できるようにしたいとイクシーは開発に取り組んでいます。その目標を具現化するため、最新モデルの「ハックベリー」の開発をオープン化しようと考えたわけです。世界中の開発者やユーザが参入すればコミュニティが作りやすくなるという狙いです。
イクシー側は具体的なオープン化の進め方については白紙だったので、僕も一緒に考えながら利用規約やライセンスを形にしていきました。イクシーの知的財産が流出するようなことは避けつつも、できるだけオープンに使いやすくなるように細心の注意を払っています。手応えは少しずつ出てきていて、開発参加者やパートナーも増えていますし、結果としてイクシーの宣伝にも寄与しています。
また、顧問を務めるライゾマティクス** の案件でも企画段階からプロジェクトに参入することが多くあります。著名な音楽ユニットのモーションデータや3Dスキャンデータの無料配布プロジェクトもそうでしたし、最近ではセンサーで入居者の様子を24時間記録するという賃貸物件のプロジェクト*** についても契約や規約作りを担当しました。
法的な妥当性はもちろんのこと、こうやらないと安全にはできないとか、こうすれば興味深いデータが得られるかもといった観点で、いくつか提案もさせてもらいました。ここで得たデータは今後の建築・設計にも生かされます。アイデアは風変りですけど、意義のある実験的な試みといえます。
法律と現実が一番離れている時代
上流の工程から法の専門家に相談することで、よりエッジの効いた先端的なクリエイティブを追求することができるでしょうし、また新規事業開発において後々に発生するかもしれないリスクを法的な観点から排除していくことにもつながります。
もし社内に法務部があればもちろんそこにいる人を、法務部がなければ外部の弁護士をどんどん使うべきだと僕は思っています。例えば、企画段階から事業部と法律家の混成チームを作るくらいに溶けていく関係でいいんじゃないかな。
今の時代ほど法律の解釈や契約のスキームを活用して面白いことができる時代はないでしょう。今後ますますこの流れは先鋭化するかもしれませんが、有史以来、今が最も社会の変化が激しい時代であることは間違いありません。法律と現実が一番離れている時代なんです。
言い換えれば、法律の解釈に最大のゆらぎが出る時代ですから、解釈ひとつでいろいろ工夫できるということ。だから僕みたいな法曹界としては異端な人間も出てくるし、事業も例えばAirbnbやUber、あるいはグーグルといった法のグレーゾーンをうまく使いつつ、人々が待ち望むサービスを展開できる企業が生まれてきているんじゃないかと思うんです。そういう時代において、法と現実のはざまのグレーゾーンを一緒に渡ってくれる法務のパートナーがいると、「ここはアウト、でもここまでは大丈夫」といった攻めどころが見えてくるはずなんですね。
とはいえ、大企業ではコンプライアンスという看板のもとに、攻めの姿勢を自ら抑制せざるを得ない面がある。それが難しいところですが、しかし単に法令を順守するところからは新しいものは生まれてこないということに、そろそろ日本の企業も気が付くべきです。イノベーションを次々と生み出しているアメリカ西海岸の企業では、コンプライアンスは単に法令の順守を意味しない、デューデリジェンス(適正手続)によって企業は社会的責任を追及されるものととらえられています。そうでなければUberやAirbnb、Squareのようなビジネスモデルが誕生するわけがない。日本企業では法令順守という名の思考停止に陥っている。この流れは変えていかなくてはいけないと強く感じています。
シティライツ法律事務所は、「法を駆使して創造性、イノベーションを最大化する」ことを目的に活動。インターネットやエンタテインメントにおける法務・知財戦略のほか、法整備されていない新しい分野でのリーガルサービスにも取り組んでいる。2013年1月設立。
http://citylights-lawoffice.tumblr.com/
* ハックベリーのHP。ハードウェアやソフトウェアのデータが公開されている。
http://exiii-hackberry.com/
** 株式会社ライゾマティクスに関する参照記事はこちら。
同社 代表取締役 齋藤精一氏
「現場主義で最先端の表現を極めたい」
【https://www.worksight.jp/issues/644.html】
「細やかな心配りと制御の効いた温度のある技術が日本企業の真骨頂」
【https://www.worksight.jp/issues/646.html】
*** 8組のアーティストがリノベーションした建物を賃貸物件として提供する「APartMENT」というプロジェクト。304号室、Rhizomatiks Architectureの「記憶の記録」部屋はセンサーで室内の行動を全て記録するというもので、人間の記憶と意識に関する実験の場でもある。
法や制度にがんじがらめになっていては、
新しい事業の芽を摘みかねない
オープンソースやオープンイノベーションに興味を持っている大企業の事業担当者から呼ばれて、チーム内で話をしたりすることもあります。そういう場合、最初の1、2回は盛り上がるんですけど、3回目くらいから急に社内の法務部の方が出てきて、警戒のまなざしで迎えられたりする(笑)。気付いたら前回まであんなに楽しそうに構想を話していた事業担当者は小さくなって隅のほうにポツンと座って、発言も控えめになっていらっしゃる。そういうケースを何度となく経験してきました(笑)。
法務部の方の心配もよく分かるんです。下手なことをして知財や企業機密を流出させては大きな損害につながりかねませんから。ただ、法や制度にがんじがらめになっていては、新しい事業の芽を摘みかねないというのも事実だと思います。
社内の反対でオープン化が思うように進まないと悩んでいる方に対しては、まず小さなステップから始めてほしいと言いたいですね。これはオープンイノベーションの鉄則です。いきなり大きなところから手をつけるのは大変ですけど、まずこのデータから、この部品から、試験的にオープン化してみる。それでうまく行けば、製品のハードもソフトもすべてオープン化に踏み切ればいいんです。
興味や情熱を共有できる、共犯関係を結べる法務のパートナーを作る
それから、オープン化には上司や社内のキーパーソンを説得するロジックや、リスクヘッジがどこまで固められているかといった信頼の獲得材料をどれだけ提示できるかも勝負どころになるでしょう。
僕が事業担当者に対してよく言うのは、企業の法務部の中にパートナーを一人作ろうということです。ある程度の規模の企業なら法務部の人数もそれなりにいますし、堅そうに思える法務部にも一人くらい変わった人がいるので、そういう人をいかに見つけるかが重要です(笑)。そういう人と共犯関係を作るんです。そういう話が分かってくれそうな人、アイデアを即座に否定するのではなくて、実現のための道筋を一緒に探してくれるようなパートナーを、まず一人作るのが大事だという気がしますね。
それは法務の側にとってもメリットになると思います。プロジェクトの終盤になってから、契約書なり規約なりの書面内容を「チェックして」と一方的に頼まれても、今の時代の多面的なリスクに対応できませんし、そもそも気持ちが盛り上がらないですよね(笑)。それは人間として当然の反応でもあるでしょう。だから企画の段階から法務の人を巻き込んで、当事者意識を持ってもらうような工夫も必要だと思います。
日常会話の中にリスク察知のきっかけだとか物事を円滑に進めるための秘訣が潜んでいるような気がします。何か問題が起きてからではなく、日常的に法務の担当者と接しておくことは、リスク回避だけでなくプロジェクト成功の1つの手立てといえるかもしれません。
社会的インパクトの見込まれるバイオテクノロジーとブロックチェーン
最近興味があるテーマはバイオテクノロジーとブロックチェーンです。バイオはカルタヘナ法**** という遺伝子の組み換えを規制する条約とその法律があるものの、十分な法整備がなされていない状況です。今後ゲノム情報やゲノム編集技術を使ったテクノロジーがさまざまに開発されるでしょうし、産学連携やバイオベンチャー、DIYバイオなど研究機関外の展開も見込まれるので、ある程度の整備が必要だと思います。
ただ、テクノロジーの先導を誰が担うかによって、法整備の仕方は変わってくるはずで、その見極めが難しいですね。ファブラボやメイカーズのようにモノづくりを率先して始める人が次々出てくればそれを踏まえた法規制があるべきでしょうけれども、大学から火をつける形で産業界に少しずつプレイヤーを作っていくのであれば、最初から見通しの良い道を作ったほうがいいのかもしれません。法整備は安易に行うと新しい技術やそこで生まれた文化の芽を摘んでしまう一方で、逆に法整備がなされることにより、大企業や巨大資本の投資を呼びこむことが可能になったりします。
個人情報保護法が改正されるタイミングでもあるので、ゲノム情報や生体情報とプライバシーの問題も議論が必要となるはず。すでにEUを中心に議論が進んでいますが、でもあまり法的な問題にとらわれすぎると面白いものが生まれてこないでしょうから、難しいところですね。
ブロックチェーンは一度記録されたものが不可逆で改ざんの余地がなく、しかもすべての処理が記録されるということで、法律や契約のスキーム自体を変えてしまうような大きな可能性があると思います。つまり合意形成の仕組みが変わって、例えば契約書がいらなくなるかもしれないし、さらにいうと登記簿や戸籍にも取って替わる存在になるかもしれない。それくらい社会的にインパクトを秘めていると思います。
先ほども言ったように現実と法律が乖離しているのが今の時代です。予測不能な未来というのは怖さもあるけれど、だからこそスリリングで刺激的です。そのはざまで何ができるか、一人の法律家として新しいものを生み出す人たちと一緒に挑戦を続けていきたいと思っています。
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(2016.3.3 港区のシティライツ法律事務所にて取材)
text: Yoshie Kaneko
photo: Tomoyo Yamazaki
**** カルタヘナ法
2000年1月、生物多様性条約特別締約国会議再開会合において「生物の多様性に関する条約のバイオセーフティに関するカルタヘナ議定書」が採択され、2003年6月に締結された。
これを受けて、日本で2004年2月に施行されたのが「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律」、通称カルタヘナ法だ。
水野祐(みずの・たすく)
シティライツ法律事務所、弁護士。神奈川県生まれ。Arts and Law代表理事。Creative Commons Japan理事。京都精華大学非常勤講師(知的財産法)。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。FabLab Japan Networkなどにも所属。著作に『クリエイターのための渡世術』(ワークスコーポレーション)(共著)、『オープンデザイン 参加と共創から生まれる「つくりかたの未来」』(オライリー・ジャパン)(共同翻訳・執筆)などがある。