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シビックプライドが地域の価値を再定義する

働き方、生き方、住まい方は新たな局面へ

[伊藤香織]東京理科大学 教授、シビックプライド研究会 代表

「シビックプライド(Civic Pride)」とは都市に対する市民の誇りを指す言葉です。

日本語の「郷土愛」といった言葉と似ていますが、単に地域に対する愛着を示すだけではないところが違います。「シビック(市民の/都市の)」には権利と義務を持って活動する主体としての市民性という意味がある。自分自身が関わって地域を良くしていこうとする、ある種の当事者意識に基づく自負心、それがシビックプライドということです。

自分たちがまちをつくり、動かしているという自負

シビックプライドという概念が広く認知されるようになった先駆けは19世紀のイギリスです。特に北部イングランド地域から中部にかけて工業や交易が急激に興って産業が発展し、多くの村が近代都市へと変貌していきました。これに伴い、地域の主役が王侯貴族や教会から中産階級へと移っていった。近代市民社会の始まりです。まちの拡大は他の地域からも人を呼び寄せ、地縁ではない人間関係が構成されるようにもなりました。

また、裕福な市民や社会改革者の登場で、役所、図書館、音楽ホール、公園、広場といった市民のための施設が市民の働きかけや寄付で建造されるようになり、自分たちが文化を勝ち取り、自分たちなりに誇りと力を持ってまちをつくり動かしているんだという自負が育っていきます。

しかも経済の繁栄、文化の成熟を受けて、当時の建築物の装飾はことに見事で美しいんですね。たとえば壮麗なホールを持つリーズ市庁舎は今でもシビックプライドの象徴と言われています。個性的な景観や街並みもシビックプライドを盛り立てていきました。

さらに、都市がたくさん生まれると都市間競争が激しくなり、その中で“おらがまち”の意識が強まっていった。それもシビックプライドの醸成を後押ししたと見られます。

仕事や趣味以外に、自らの存在価値を地域に見出す

シビックプライドという言葉は日本でも使われるようになってきました*。これはシビックプライドの概念が日本で急に立ち上がったということではなく、以前からこういうことは考えていたけれども、それを一言でいう言葉がこれまでなかったということだと思います。

また、働き方が変わったことも関係しているかもしれません。終身雇用が期待できなくなり、仕事一辺倒の生き方を見直す人が増えてきました。会社の外での自分の存在価値はどこにあるのかを考えたとき、家族や趣味の他に地域という選択肢も浮上してきたのではないでしょうか。

地域はかつては地縁で構成され、町内会を中心とした住民組織が浸透していました。最近では地域コミュニティが弱まったと言われる一方で、ソーシャル・メディアの普及もあって、地域の中でも気の合う人たちとゆるくつながることができるようになった。それだけ自分の能力や経験を生かす道を見つけやすくなったわけです。誰かの役に立つとか何かを支えているという実感を、仕事や家庭以外に地域でも持てたら人生が豊かになりますよね。そこにもまた、シビックプライドという言葉が響く要素があると思います。

地方に移住する人や、会社を退職して地方でパン屋やカフェを開く人もいます。大きな組織の一員として働くのとは違って、顔の見える関係の中で小規模の仕事をすることにやりがいを抱く、そんな新しい価値観が生まれているようです。それを実現するためには、都心より地方都市の方がやりやすいのかもしれません。シビックプライドに注目が集まっているのは、働き方、生き方、住まい方の選択肢が多様化してきたことの表れかもしれませんね。

シビックプライドのある人はまちづくりの資源となる

民間企業が関わってシビックプライドを醸成しようとする活動もあります。

例えば、東京急行電鉄(東急)田園都市線沿線の「たまプラーザ」駅(神奈川県横浜市)や「二子玉川」駅(東京都世田谷区)の周辺地域で、シビックプライドを育む取り組みがなされています。

1960年代に開発が進んだ郊外住宅地のたまプラーザでは、横浜市と東急が官民共同で「次世代郊外まちづくり WISE CITY」プロジェクト** を進めています。住民の高齢化、住宅や公共設備の老朽化、空き家の増加、エネルギー対策といった問題を受けて、ソフトもハードも含めて新しい郊外のかたちをみんなで考えようと、「住民創発プロジェクト シビックプライド・プロジェクト」が実施されました。住民や地域の団体、企業などからコミュニティを豊かに楽しくするアイデアを募り、プロポーザルを通過したアイデアに対して実施のための支援金や専門家のアドバイスを提供するというものです。私はプロポーザルの講評員・アドバイザーを務めました。

提案は、コミュニティカフェ、地域メディア、電力発電プロジェクト、さらに廃油を利用して燃料のリサイクルに役立てようとする油田プロジェクトなどさまざまです。どれもユニークで面白いですね。

地元の美しが丘中学校でもシビックプライドプロジェクトが展開されています。生徒が1年間リサーチやフィールドワークを行い、最後に自分たちで地域を豊かにするアイデアを提案するというもので、ここでも私は講評員を務めましたが、中学生の目線ではこんな風にまちが見えているんだ、と新鮮に感じます。

郊外型の住宅地は歴史的蓄積に乏しく、分かりやすい地域資源が見出しにくいことも多いのですが、こういうバラエティに富んだ案件を見ていると、人が資源であるということなんでしょう。


東京理科大学 伊藤香織・都市計画研究室では、デザインを通して都市のあり方を提案。自分たち自身が積極的にまちに出て都市の可能性を引き出していく。
シビックプライド研究会ではシビックプライドとコミュニケーション・デザインについて国内外の事例を研究するとともに、日本の自治体などへの提案や調査も行っている。
http://www.rs.noda.tus.ac.jp/~i-lab/

* 官公庁や地方公共団体など、ウェブサイト上でシビックプライドへの言及がある公的機関も多い。



伊藤氏が監修を務めた『シビックプライド――都市のコミュニケーションをデザインする』(上)と『シビックプライド2 【国内編】 ――都市と市民のかかわりをデザインする』では、事例を元にシビックプライド醸成の方法を探っている。(いずれも宣伝会議刊)

** 2012年4月、横浜市と東急電鉄は既存の郊外住宅地を再構築する「次世代郊外まちづくり」の取り組みを共同で推進する包括協定を締結。東急田園都市線沿線の郊外住宅地を対象に、住民や地域団体と連携して次世代型のまちづくりを進めている。
http://jisedaikogai.jp/

住民創発プロジェクトに関するウェブサイト。
http://jisedaikogai.jp/sohatsu/

地域の本質的な再生を促していくのは
多面的なコミュニケーションポイント

住民創発プロジェクトの審査で重視したのは、やろうとしている活動が継続する何かを地域に残すものかということです。たとえば単発のイベントに見えても、それをきっかけに住民同士の継続的な交流や地域アイデンティティの認識を促すものであれば、シビックプライドはより育ちやすくなるからです。

シビックプライドは住民や地域団体が自ずと持つものなので、それ自体のをデザインすることはできませんが、シビックプライドを盛り立てることにつながるまちと住民の接点、すなわちコミュニケーションポイントはデザイン可能です。

私が仲間と一緒に出版した著書では、主なコミュニケーションポイントを「広告、キャンペーン」「ウェブサイト、映像、印刷物」「ロゴ、ヴィジュアル・アイデンティティ」「ワークショップ」「都市情報センター」「フード、グッズ」「フェスティバル、イベント」「公共空間」「都市景観、建築」という9つに整理しましたが、短期間でプロモーション的に行うものと長期的にじっくり取り組むものとを関係づけていくことが重要です。

都市のコミュニケーションポイント

例えば、イベントは公共空間のあり方を変える力を持っています。その場が祝祭的な空間になって、見た人をインスパイアしたり公共空間の使われ方の幅を広がたりするもしれない。でも、イベントだけではシビックプライドは育っていきません。都市の景観や公共の空間・交通、ワークショップや教育など、より多彩なハード、ソフトが多面的に組み合わさることで、地域の本質的な再生が促されます。

ですから、シビックプライドの醸成は息の長い取り組みになります。シビックプライド醸成だけを目的とした期限付きの事業では、事業の終わりとともに立ち消えになってしまう懸念もあるので、福祉や教育など他分野の事業プロセスに入れ込んだり、まちの人々や風習、空間など、そこで続いていくものにうまく落とし込むのも有効でしょう。

都心と郊外の狭間にあるエッジエリアの可能性

もう1つ、二子玉川エリアのプロジェクトでは、私が企画監修をお手伝いしている「EDGE TOKYO DEEPEN」*** があります。東京の境界(エッジ)である二子玉川で「先端/周縁」を意識しつつ、ビジネス、デザイン、アート、政策制度といったテーマで、それぞれの専門家を招いてトークセッションやパフォーマンスを行うというものです。

都心でもなく郊外でも地方都市でもない、都心と郊外の狭間にあるようなエリアで先端的なことが起こりつつあるのではないか。それを周縁や先端を示すエッジという言葉で表しています。サンフランシスコのベイエリア、シリコンバレーなどもそうかもしれません。そういうエリアである二子玉川の新しい可能性を探り、次世代都市スタイルのあり方を提示していきます。

シビックプライドの文脈でいえば、都心は人が大勢集まって刺激があるけれども、経済的な原理が強く働いているので、自分が手掛けたことの効果が見えにくいという難点があります。一方、地方都市の活動では自分が当事者になれるけれども、やり方やメンバーが固定化しやすく、新しい可能性を見出しにくい面があります。

働くこと、住むこと、遊ぶことの境目がなくなる未来

その点、エッジエリアはそのどちらでもないやり方が探れるのではないでしょうか。ある程度の規模がありつつ職住近接も実現できるし、二子玉川では、楽天のような大企業が進出していると思えばコ・ワーキングスペースがあって個人のクリエイターと気軽にコミュニケートすることもできます。

カタリストBAで仕事をする方に聞いた話ですが、夕方になると学校帰りの子どもたちが立ち寄ることがあるそうです。だから、同僚も家族の顔を知っている。仕事と家庭を明確に切り分ける従来のスタイルと違いますよね。

これはエッジらしい新しい生活のひとつ。働くこと、住むこと、遊ぶことの境目がなくなってくる未来を感じさせますし、そこには新たな価値を生む新たな形の仕事が立ち現われてくることと思います。

WEB限定コンテンツ
(2016.6.28 千葉県野田市の東京理科大学 野田キャンパスにて取材)

text: Yoshie Kaneko
photo: Kei Katagiri

(『シビックプライド2【国内編】—都市と市民のかかわりをデザインする』p.7の図版を元に作成)

*** EDGE TOKYO
二子玉川ライズ・オフィス内にあるクリエイティブオフィス「カタリストBA」が主催するライブ・トークセッションシリーズ。
2012-2014年の第1期に続く、2016-2017年の第2期(EDGE TOKYO DEEPEN)では「『先端』東京のオルタナティブ、『周縁』二子玉川で実行する」をテーマに、パブリックデザイン、シビックプライド、クリエイティブコミュニティという3つの軸で次世代都市スタイルを探求。伊藤氏はEDGE TOKYO DEEPENの企画監修を馬場正尊氏とともに手掛けている。
http://catalyst-ba.com/archives/tag/edge-tokyo

カタリストBAに関するワークサイトの記事はこちら
「二子玉川という地域に根ざしたバウンダリーオフィスの実験場」
https://www.worksight.jp/issues/57.html

伊藤香織(いとう・かおり)

1971年東京都生まれ。東京大学大学院修了、博士(工学)。東京大学空間情報科学研究センター助手などを経て、東京理科大学教授。専門は、都市空間デザイン/空間情報科学。著書に『シビックプライド――都市のコミュニケーションをデザインする』『シビックプライド2【国内編】――都市と市民のかかわりをデザインする』(監修、宣伝会議)、『まち建築:まちを生かす36のモノづくりコトづくり』(共著、彰国社)など。まちの活性化・都市デザイン競技で国土交通大臣賞(2012年)などを受賞。2002年より東京ピクニッククラブを共同主宰し、公共空間がもっと創造的に使いこなされるためのプロジェクトを国内外の都市で開催。2014年にグッドデザイン賞受賞。

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