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オフィスのパブリックドメイン化で企業価値を向上

「野生化する都市」に働く空間はどう対応するか

[馬場正尊]株式会社オープン・エー 代表取締役

前編で「公園のようなパブリックなオフィス」をつくるためにオフィスを移転する話をしましたが、最近オープン・エーで設計を手掛けるオフィスでも同じような世界観が求められているという印象です。

全体調和性を意識しながら企業価値を高めていく

2016年7月にオープンした東京・大手町の「グローバルビジネスハブ東京」は、国内外の先端企業60社ほどが入居するシェアオフィスで、オープン・エーが設計を担当しました。コンセプトは「シティ・キャンピング」。都市の中のキャンプ場をイメージしています。

部屋ごとの区切りは設けてある程度の独立性は保ちつつ、会議室やキッチンなどはあえて共用としました。フロアのエントランスにはジャングルジムを置き、コーヒーが飲めるテラスもあります。ウッディな色調でまとめたコミュニティラウンジなど、ベースキャンプのようなリラックスした雰囲気でざっくばらんな交流ができますし、利用する企業同士をつなぐイベントも開催されるので密なネットワークが構築できます。

こんなサブカルテイストのオフィスをつくって大丈夫かなと思いましたけど(笑)、あっという間に入居枠が埋まって、スポンサー企業もつきました。これはつまり、パブリックなスペースを持つことで形成されるエコシステムに企業が魅力を感じているということですよね。

1社だけの一人勝ちでなく、他とリソースをシェアしながら相乗効果でいい果実を得る。そういう全体調和性を意識しながら、企業価値を高めていくことに意識的な企業が増えたということなんでしょう。

「計画的都市」から改造の余地をあえて残す「工作的都市」へ

2016年8月に東京・平河町に完成したオフィスも、オーナーやベンダーの希望を受けて同じようなコンセプトの設計となりました。何もないガラーンと開けた空間を提供して、入居した企業が空間をついカスタマイズしてしまうような路線を狙っています。

特にこの物件が面白いのはビル入口周辺のアプローチ部分ですね。歩道との敷地境界をなくして、植物園のイメージで樹木をたくさん植えて前庭のようにしています。奥にはカフェがあって、入居企業の人でなくても誰でも利用できます。屋外のパブリックスペースを充実させることで社内や社外の人々のコミュニケーションを賦活するわけです。

こんなふうにコミュニケーションのあり方が想像しやすいオフィスが最近は人気です。例えばオフィスの真ん中にキッチンを持ってくるパターンもそう。従来のオフィスでは給湯室は端に追いやられていましたけど、あえて中心に据えることで動線が複雑になり、人の交流が促されます。

ある企業の方がおっしゃっていましたけど、パブリックなスペースを持つオフィスの方がいい人材が集まるそうです。企業のパブリックドメイン化はもはやCSR的な戦略ではなく、実利に即したものとなっているのでしょう。

20世紀、あるいは戦後の日本は効率を重視するあまり、何事も計画的に物事を進めようとしてきました。計画的建築が幅を利かせ、つまりは計画的都市が生み出されていった。でも今はすべてを計画通りに進めるなんて不可能だと僕らは分かり始めています。そういう状況では、多彩な個性をパッチワーク状に張り合わせて、無秩序の中から何となく方向性が見えてくるような、いつの間にか出来上がる「工作的都市」が選ばれていくのではないかという気がします。

カスタマイズしたくなるオフィスだとか、社外との活発なコミュニケーションを実現したいというオフィスは、こういう工作的感覚の延長線上にあるものだと思います。


株式会社オープン・エー(Open A Ltd.)は一級建築士事務所として建築設計・監理、インテリアデザイン、プロダクトデザイン、都市計画などを手掛ける他、編集・執筆など、幅広い事業を展開している。設立は2003年6月。
http://www.open-a.co.jp/


グローバルビジネスハブ東京は日本最大規模の海外成長企業・国内先端ベンチャー企業向けビジネス支援施設。
https://www.gbh-tokyo.or.jp/


『エリアリノベーション変化の構造とローカライズ』(馬場正尊+Open A 著、ほか共著、学芸出版社)では計画的都市から工作的都市へ、変化する空間づくりの方法論が示されている。

オフィスは楽しいことが起こりやすい
決定的な場所でなければならない

都市の変化をキーフレーズとしてはもう1つ、工作的都市の他に「野生化する都市」も挙げておきたいですね。

洗練されたモバイルツールのおかげで、今や仕事の場を選ばない時代になりました。スマートフォンを小さいころから操る今の子どもたちが大人になったら、仕事をする場はさらに街中に展開していくでしょう。結果として組織への帰属意識も変わっていくはず。一方で正社員を志向する傾向は根強いので、ではどうなるかというと、複数の企業に所属する働き手の増加が見込まれます。

そうするとオフィスに行く目的がこれまでと変わってきます。業務をしにいくのではなく、「誰かに会いに行く」「面白いことを思いつきに行く」「楽しむために行く」ということがモチベーションとなる。そうするとオフィスは楽しいことが起こりやすい決定的な場所であることが求められます。カフェやテラスや緑地などを充実させて、人が集まりたくなる魅力的な環境をつくらなくてはならない。つまり、どんどんパブリックになっていくわけです。

経済合理性が都市の野生化を担保している

これをさらに敷衍すると、都市の風景が野生化していくと考えられます。人間はこれまで自然を征服しようと、鉄とガラスとコンクリートで埋め尽くして都市を形成してきました。だけどこのところのオフィスの変化を見ていると、コントロールされきった空間で働きたいというより、もう少し隙があって自由な空間にいたいという欲望を感じます。先端企業のオフィスで「キャンプ」や「植物園」のイメージが支持されているわけですからね。

自然に近い空間のほうが価値がある=家賃が高くなるということは、すなわち経済合理性が野生化を担保するということです。いま人間は都市の野生化を本能として望んでいるのではないかというのが僕の見立てです。

森や公園が都市の中に入ってきて、さらに歩道やカフェといったパブリック空間がオフィスに入り込む。そんな具合に位相がずれる感じでオフィスの風景は大胆に変わっていくのではないかと思いますね。その中で人々が流動的に仕事をして、散発的に集まってミーティングやディスカッションを行い、そうした創発によって全く新しいものが生み出されていく。野生化する都市ではそういうビジネスのあり方が主流になるのかもしれません。

パーソナライズの欲望を受け入れるには「運営」が必要

工作的都市にしても野生化する都市にしても、その特性を生かすには「管理」でなく「運営」の意識が必要です。

従来的な概念の管理は対象を完全にコントロールしようとします。でも、そこにあるオフィスの工作性や野生を許容するには、不確定要素を許容しなければなりません。いってみれば、そこで働く人たちの個の空間をパーソナライズしたいという欲望を受け入れ、形にしていくということです。それは管理というより、運営の感覚に近い気がします。

実をいうと、その運営の世界に僕らは足を踏み出そうとしています。先ほどの平河町のオフィスの植物園など、今までのビル管理の枠からちょっと外れているし、下手に完全管理されてしまうと本来の意味をなさなくなってしまう。じゃあ維持・保守も僕らがやりましょうと手を挙げたわけで、否応なくやることになったというのが正しい表現かもしれません(笑)。

ただ、もしかするとこれは時代のニーズかもしれないと思うんです。著書『PUBLIC DESIGN――新しい公共空間のつくりかた』(学芸出版社)の中で、僕は新たな形の公共空間をつくっている人たちにインタビューしていますが、ふと気づいたのはみなさん運営している人だということ。空間をつくるという言い方をするけれども、その本質は設計やデザインでなく運営にあるのでしょう。

近代は計画する人、つくる人、使う人が分かれていました。計画から始まり、それがつくられ、使うという順番で物事が進んでいたけど、実は主導権は使う人にあるんじゃないか。使う人の構想力や妄想がまずあって、そこから試しにつくってみて、その結果を計画に落とし込む。そんなふうに物事の順番が逆転している気がします。そうすると「使う側」=「運営する側」に回らないと、これからつくるべき空間の本質にたどり着けないのではないかと思うんですね。

運営というチャレンジの先に新しいデザインを見出したい

これまでのオープン・エーの事業の主軸は設計や編集で、オフィスの運営となると毛色が異なりますが、でも設計はコミュニケーションしながら進めていくものですからね。そこは運営と通じるものがあるでしょう。

オフィスやビルの運営が成功したら、その先にはエリアの運営もあるかもしれません。エリアのデザインをしたらその運営も担うといった形で発展するかもしれないということです。こういう運営をしたいから、こういうふうに設計しようと考えるのは、両方をこなすビジネスの醍醐味かもしれませんし、僕らの強みにもなると思います。

うまくいくかはわかりません。やらなければよかったと思うときが来るかもしれない(笑)。でも運営をやることで新しいデザインを思いつくかもしれません。挑戦してみることで、どんな景色が見えてくるのか。新しいドライバがインストールされることで何か起こるか、楽しみにしています。

WEB限定コンテンツ
(2016.7.28 中央区日本橋のオープン・エー オフィスにて取材)

text: Yoshie Kaneko
photo: Kei Katagiri


『PUBLIC DESIGN――新しい公共空間のつくりかた』(馬場正尊+Open A 編著、ほか共著、学芸出版社)では、地域経営、教育、プロジェクトデザイン、金融、シェア、政治の6分野の変革者にインタビューを行った。

馬場正尊(ばば・まさたか)

1968年佐賀県生まれ。1994年早稲田大学大学院理工学部建築学科修了。1994~97年博報堂勤務。1998~2000年早稲田大学大学院理工学部建築学科博士課程。1998~2002年雑誌『A』編集長。2003年株式会社オープン・エー、東京R不動産設立。現在、オープン・エー代表、東京R不動産ディレクター、東北芸術工科大学教授。‎

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