Workplace
Dec. 27, 2011
手づくりの多目的ラウンジからネット企業の人肌感がにじむ
開業4年目のネット専業生保
[ライフネット生命]千代田区, 東京, 日本
- 居心地のよさと外からの刺激が共存する職場をつくる
- 社員主導で多目的スペースを企画、活用する
- 顧客や社員が来たくなるような会社を実現できた
サマルカンドという名称は、社員からの公募で決められた。「ある日、新しくできる多目的スペースに名前をつけるのでアイデアがある人は応募してください、と一斉メールが送られてきた。僕も応募したけれど落選してしまった」と社長の出口さん。若手社員を中心に命名委員会が”自主的”に発足し、ほとんどの社員が賛同。「民族の十字路として世界とふれ合う接点となる」というコンセプトも決まった。
住宅がそこに住む人の考え、生き方を反映するように、オフィスもそこで働く人の考え、雰囲気を形にするべきもの、と出口さんは考える。だから、新しい多目的スペースのプロジェクトも社員の当事者意識に委ねた。「最初は打ち合わせスペースが不足しているので新たに増床するという話だった」と語るのは総務部の堤さんだ。
「デザイナーの方と20回くらい図面を作り直してもしっくりこない。でも、たまたま見に行った他社の多目的スペースでピンときた。こういう場所があると、こんな働き方ができる。うちの会社らしい働き方を実現できる空間をつくりたくなった」。それまでの図面にあったパーティションは取り払った。区切らない空間の中に、いろいろな要素を同居させ、かつ全体に統一感を持たせることにこだわった。「コストはかけられないので什器はすべて中古。でも色や形は違っても調和するように選んだ」(堤さん)。
実際、サマルカンドに一歩足を踏み入れると、不思議な居心地のよさに包まれる。それは単一の価値観に編集されたスマートさではなく、多様な価値観がうまく同居するバランスのよさだ。「社員が弁当を食べたり、チームミーティングをする横で、パートナー企業との打ち合わせや、勉強会が同時に行われていたりする。それがお互いに邪魔にならず、適度な刺激になる空間になった」(堤さん)。
ちょうど会社が大きくなってきて、「創業当時ほどコミュニケーションが円滑でなくなったと感じる社員もいたタイミング」(堤さん)だったという。サマルカンドはこの課題に空間インフラの工夫から、しかも社員のオープンプロセスによってアプローチできた好事例といえる。
入居している本社ビルのフロアを増床して作った多目的スペース「サマルカンド」。社内公募で名付けられた。サマルカンドは、シルクロードのオアシス都市で、文明の交差点として知られる。サンスクリット語で「人々が出会う場所」という意味もある。
サマルカンドに設置されたカウンター。もともと外資系銀行で使われていた受付台だ。幅270cm×奥行50cm×高さ110cm。「日本から撤退する外資系銀行が捨てるというので、ただ同然でもらってきました」(堤さん)
ガラス越しに見えるのはシステム部のオフィス。壁面の鏡とガラスが部屋全体に明るい印象を与える。普段は打ち合わせや休憩などに使われるが、セミナーや社内勉強会、契約者との「ふれあいフェア」などイベント時には会場として使われる。
社内に不文律はなく
一般社員も自律的に動く
基本的に下克上の会社、と出口さんはいう。twitterやFacebookを始めたときも「63歳になって覚えるのは難しいと言ったが、20代の社員から『顧客のためになる』と諭されて使い始めた」(出口さん)。今では移動中の電車などで気軽につぶやいている。
トップに気兼ねしない姿勢は社内に浸透している。オフィスで個室を持っているのは出口さんだけだが、「面談をするときに必要なだけ。私がいないときは社員が会議室として使う。この間も昼食から戻ってくると鍵がしまっていて、『もう少し部屋を使うので10分間遊んできてください』と入れなかった。社員は会議室の一つを僕がよく使っているくらいにしか思っていない」と出口さん。普通の会社では考えられない話だが、そうしたやりとりが成立するのも、会社の考え方が”24条のマニフェスト”として共有されているからだ。「マニフェストの軸は情報開示。そこに照らせば議論はシンプルに行える」(出口さん)。
あるとき若い社員が「コールセンターの営業が朝9時から夜6時までなのは顧客目線に立っていない。会社勤めの顧客はその時間に電話できない」と問題提起した。「だから24時間営業にすべきだ」とその社員は訴えたが、「今の人数で3交代を組むとだれも土日を休めなくなる。ではギリギリ休みを取れる限界は? と計算して夜10時まで延長した」(出口さん)。これは業界初の取り組みとなったが、若手から大胆な提案が出てきて具体化させられるのもマニフェストが機能しているからだ。
社員が会社に来たくなる環境をつくる
「議論のインフラとしては社内SNSもある。twitterのようにタイムライン上に社員のコメントが並ぶ。誰かがつぶやくとほかの誰かが重ねる。そのやりとりに参加していない社員も閲覧できる」(堤さん)。ライフネット生命ではネットを使った情報発信にとくに力を入れている。「会社が認可を受ける1年前から社員がほぼ全員記名でブログを持っていた。トップだけでなく、社員一人ひとりが自分のコンテンツで発信することが大事。今はこういう情報を出せば盛り上がる、もしくはこれは出しちゃいけない、というリテラシーをみんなで高めている」(マーケティング部・松岡さん)。
社内にはソーシャルメディアのガイドラインも存在する。「個人でやるのはOKだけど、下手な使い方はやめよう、でも怖いからと手を出さないのは一番いけない」。松岡さんが発案したあるネット企画では「ハトが保険を選ぶというコミカルな内容で、炎天下のなか出口に2時間協力してもらった。生保の堅いイメージが吹き飛んだと話題になり、契約者も増えた」。本気と冗談の境目をよく心得ているからこそできた試みだろう。
ライフネット生命が情報開示にこだわる理由は、「従来の保険会社が持つ不透明で親しみづらいイメージを払拭する」という目的にある。そのためにトップと社員が情報を開示し、顧客に信頼してもらう努力を続ける。そのオープンさは、同時に社員の知的生産性を高めるのに不可欠だと出口さんは考える。「大脳生理学の研究からも、心地よさと外からの刺激がいい影響を及ぼすことがわかっている。社員が会社に来たくなるオープンな環境をつくることは大切」。
しかし、何が楽しくて何が開かれたオフィスなのかは60代と20代の社員では異なる。「平均年齢が若い会社だから彼らに任せるのが合理的。彼らが心地よいならば、私が変だな、と思ってもまあ、いいかと。サマルカンドは変な名前だと思うけれど、若い社員がオープンな気持ちで働けるならいい」と出口さんは笑う。
ライフネット生命の強み
3月の震災後、ライフネット生命では数人の社員で被災地を訪れた。「契約者がどんな状況にあるのか、足を運ばないとわからなかった」(松岡さん)。書類が届けばお金を払うと連絡しても、そのためのインフラが使えない場所もあった。定型書式が入手できない人には、「こういう証明書ならもらえる」と聞き出すことで、支払えたケースもあった。現地の事情を把握していることで、コンタクトセンターでは契約者とつながりやすかった。「対面に比べてネット生命はここが弱いといわれるがそうではない。顧客が必要とする行動を今後もとっていきたい」(松岡さん)。
WORKSIGHT 01(2011.10)より
同社の生命保険は2011年12月に10万件を突破。「プロが選んだ自分が入りたい保険ランキング」で1位を獲得するなど、商品自体に対する評価は高く、「不透明で親しみづらい」という従来の生保のイメージをくつがえした。
勉強会やセミナーは社員が自発的に行っている。また「楽しく働く」ための部活動も盛況。フットサル部、水泳部のほかにおいしいカレーを食べにいくカレー部や、サマルカンドを使ったヨガ教室もあるという。
ウェブサイト「デイリーポータルZ」に掲載された記事。保険金額を書いた皿に豆を入れ、ハトが食べた皿の金額で、その場で加入するという企画。この記事を見て加入した人は多かったという。
3カ月に1度、契約者をオフィスに招く「ふれあいフェア」を実施している。業績の説明や今後の事業計画を説明、顧客の声を聞き続ける。「生命保険はかたちのない商品。しかもネット企業だから、基本的に契約者と触れ合わず機械で商売をしている。しかし、機械は人間に勝てない。会社のロゴが人の顔になっているのは、そういう自戒を込めているから。仕事の本質は、人と人のやりとりなんですよ」。
出口治明(でぐち・はるあき)
ライフネット生命保険代表取締役社長。1972年京都大学卒業後、日本生命保険相互会社に入社。経営企画、国際業務部長などを経て退職。2006年ネットライフ企画株式会社を設立。08年の生命保険業免許取得に伴い、現職。生命保険業界のオピニオンリーダーとしても有名。
松岡洋平(まつおか・ようへい)
マーケティング部部長。京都大学を卒業後、MPIの就職支援セミナーで5000人以上の学生指導にあたる。外資系コンサルティングファーム、コンテンツベンチャーでのアニメーション企画・プロデュースを経て、ライフネットの立ち上げに参画。
堤健二(つつみ・けんじ)
総務部マネージャー。保険会社の法人営業などを経て、同社に参画。