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リーダー50人の意識改革から始まった“JAL”再生物語

「JALでは当たり前」を根本から覆したリーダー教育の実際

[伊勢田昌樹]日本航空株式会社 意識改革・人づくり推進部 フィロソフィグループ グループ長

2010年1月、JALは会社更生法を申請しました。その後のJAL再建計画は「意識改革」と「部門別採算制度」の両輪で進められています。よく報道されている通り、どちらも日本政府の要請を受ける形で就任した稲盛和夫会長(現名誉会長)によってもたらされたものです。

私は前者、意識改革を推進するための部署である「意識改革・人づくり推進部」というところに所属しています。意識改革・人づくり推進部は、意識改革にまつわるプログラム全般の事務局を担当するために新設された部署です。私が異動してきた2010年5月にはすでに具体的な課題が把握され、6月から実施する教育の概要も固まっていたと記憶しています。

当時、改善すべき課題として認識されていたものは、大きく2つありました。まず1つは、採算意識の欠如。それは、稲盛名誉会長がやってきた当初「JAL幹部では八百屋の経営もできない」と厳しく指摘したほどでした。もう1つは縦割りの組織。自分の部門の仕事は一生懸命でも、他部門に関心の薄い社員が多かったように思います。部門ではなく組織としていい結果を生むんだ、という意識に欠けていたのです。全体最適よりも部分最適の考え方が非常に強かったともいえます。

採算意識の欠如と縦割り意識を打破する

私自身、どちらの課題も思い当たるところはありました。この部署に配属される以前は、北京支店の総務担当として支店全体の費用の予算を見渡す立場だったのですが、本来、費用は最小限にするべきところを「ここまで使っても問題ないだろう」という感覚が正直ありましたから。言うまでもなく、それではまずいですよね。

収入予算を達成していないのに、費用は別のものとして予算一杯に使っていた。結局、費用を使うことばかりを考えて、採算意識に欠けていたわけです。

縦割りの組織の問題はセクショナリズムとして現れていました。社員がそれぞれ「私は飛行機を飛ばすだけ」「私はチェックインだけ」「私は客室だけ」という意識で働いていた。それぞれ一生懸命に仕事をしている感覚なんですが、横で連携することがほとんどありませんでした。

「自分は自分の仕事をちゃんとしている。会社が儲かるか儲からないかは私の責任ではありません」。そういう感覚が強かったと思います。今思えば、会社というものは、利益を生まなければ存続する意味がなかったのに。

経営破たん後、JALは運航を継続しながら再建を目指す形をとりました。運航を止めればお客様が離れてしまうとあって、運航継続は我々にとって非常にありがたいことでした。当然、ご支援くださった皆様に一刻も早く恩返しをしなければならない。一方で、昨日と何も変わらず業務が続いている。社員の中には会社を潰れた実感を持ちにくい人もいたように思います。

JALの設立は1951年。1987年に完全民営化し、日本を代表する航空会社であり続けてきたが、経営破綻により2010年1月、会社更生手続の申立を行うことに。公的資金の援助を受けた経営再建の結果、2012年9月、東証一部に再上場を果たした。
http://www.jal.com/ja

リーダー50人を前に
稲盛会長自らが語った

2010年6月1日から、まずリーダー層の意識を変えるための「リーダー教育」が始まりました。受講者は大西社長(現会長)以下、在京の全役員と一部の部長メンバーを合わせた50数名。約1カ月間で合計17回という濃密なものです。内容はというと、稲盛名誉会長による講話が週1回、それをふまえてのグループ討議。私たちが「コンパ」と呼ぶ、お酒を交えての本音の会費制ディスカッションがセットでした。17回の中ではアメーバ経営や会計実学も学びました。

稲盛名誉会長の話は、主にリーダーのあるべき姿、リーダーが持つべき考え方などです。私は事務局として関わった人間ですが、「ああ、そうなんだ」と目が覚めるようなお話がたくさんありました。

稲盛名誉会長によれば、「人生・仕事の成果=考え方×熱意×能力」です。能力は高いほうがいいし、熱意も大切だが、正しい考え方を持つことが重要だということです。これは、私たちが忘れがちな部分だったと思います。考え方には、熱意や才能と違ってマイナスもあるんです。仮に熱意と才能が十分に備わっていても、考え方が間違っていればマイナスの結果を生んでしまうという考え方です。プラスの結果を生むために何より大切なのは考え方なのです。強い思いや意志がなければ、再生というものは簡単にはできません。二次破たんも噂されている時期でしたから、特にリーダーには現実と向き合い、乗り越える強い気持ちが求められました。だからまず、意識改革が必要なのです。

グループ内3000名のリーダーにもプログラムを凝縮して実施

正直、こうした意識改革を素直に受け入れる土壌がJALにあったかというと、そうではなかったかもしれません。受講者だったリーダーたちも最初は「会社の建て直しで忙しいときに何時間も拘束して何が始まるんだ」が本音だったのではないでしょうか。

それが少しずつ「稲盛名誉会長の言っていることはその通りだ」と腹落ちしていったのではないかと思います。講話を聞き、その後ディスカッションしてそれぞれが気づいたこと、思ったことを共有する。今後、自分の仕事にどう生かしていくか話し合う。そうするうちに、最初にあった抵抗感がなくなっていったように感じました。そもそも稲盛名誉会長の話を生で聞けるというのも貴重な経験だったんです。私たちにエネルギーを注ぐ気概について、「血を吐く思いで話をしている」と言い表すほどの気持ちが、肉声を通じて受講者たちに伝わっていったのかもしれません。

受講者から「自分の部下にも同じ教育を受けさせたい」という声が上がりました。その声を受けて、最初のリーダー教育が終わった後、受講者の対象を拡大してリーダー教育を実施することになりました。名誉会長の生の講話こそありませんが、最初に行われた全17回の内容をできるだけ早く多くの人が受講できるよう、最終的に丸2日間に凝縮しました。それを去年の秋まで続け、現在ではJALグループ内の約3000名のリーダー層が受講し終わっています。

「現場より先にリーダーが変わる」が大前提

破たん前のJALも、さまざまな意識改革の取り組みをしてきました。しかし、今回のような形で徹底されたことはなかったと思います。最初は勢いがあったのが結局尻すぼみになったり、一部の人たちは一生懸命でも組織全体には波及しなかったりで、効果は限定的だったと思います。

その点、過去の取り組みと今回の取り組みが違うのは「まずリーダーが変わる」という大前提があることです。組織を変えるにはリーダーから手をつけないといけない。上が変わらないと下も変わらない。結果、組織全体に浸透しないということになります。

JAL破たんから再生する当たって、同じ過ちを繰り返すわけにはいきませんでした。だからこそ、トップ50名のリーダーを対象にした教育から始めてよかったと思います。その後、3000名まで対象を拡大していくうちに、現場の社員たちにも「会社は本気なんだ」と伝わっていったはずです。こうして、後に行われる全社員向けの「JALフィロソフィ教育」を実施する準備が整っていくことになりました。

WEB限定コンテンツ
(2013.2.18 大田区の同社内研修室にて取材)

「私たちは、公的資金で救っていただいたのですから、1日でも早くお返しする必要がありました。そのためにも採算意識の改革は急務だったのです」

リーダー教育などが実施される研修室。席は数名で座れる島に分かれている。

伊勢田昌樹(いせだ・まさき)

日本航空株式会社 意識改革・人づくり推進部 フィロソフィグループ グループ長。1990年、JALに入社し、中国地区の総務担当を経て、2010年5月より、現職。

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