Foresight
Feb. 20, 2012
リーダー層に求められるバックキャストの思考法
ライフスタイルを描き、「豊かさ」を提供する
[石田秀輝]東北大学大学院 環境科学研究科教授
――これだけ多くの商品やサービスに囲まれながら、私たちは「豊かさ」を実感しづらくなっています。企業の商品開発への努力がなかなか消費者の心を打たないジレンマが指摘されています。一方で、地球環境の問題は待ったなしの状況です。企業の生産現場では成長戦略をどこに描くべきか暗中模索が続いています。今、企業は何を目指していけばよいのでしょうか。
企業の役割は人の暮らしを豊かにすること。それは今も昔も変わりません。しかし、現状はそうなっていないから、本来の在り方に戻さなければならないということでしょう。近年、ライフスタイルに関する議論が活発になってきていて、企業・個人を問わず、多くの人たちがこの問題に真剣に取り組んでいます。でも、「あなたの会社が目指しているライフスタイルって何ですか」と聞くと、具体的に答えられないことが多いんです。
企業がお客様のためだと思って売っているものが、実はテクノロジーのためだったということが多々あります。テクノロジーがテクノロジーのために進化して、それを一生懸命企業が支えているという非常に滑稽な姿が、こういう地球環境がシビアな状態になると見えてきます。
豊かさを担保するのがテクノロジーであるはずなのに、今は逆で「豊かでなければ人間らしく生きられない」という状況になっている。そうではなくて、企業は本来の「人間らしく生きるために豊かになる」というライフスタイルを売らなければならない。テクノロジーはサポート役ですから、後からついてくるべきものなんです。
たとえばソニーのウォークマンは、ウォークマンという機械を売っていたのではない。音楽を外に持ち出すというライフスタイルを売っていたんです。その後に機械がついていっているから、機械の形が変わっても30年間売り続けられたわけです。
では、今の非常に厳しい環境制約の中でも豊かであるというのはどういうことか。企業はそれをとことん考えて、「我が社が提供する豊かさをベースにしたライフスタイルはこうです」と発信しなければならない。そして各企業がそれを競い合う。そうすると、「私はこのライフスタイルが好きだから、この企業を応援する。少々高くてもこの会社の製品を買いたい」となります。明確なライフスタイルを発信することが新しい価値観を作ることになるんです。
未来像をイメージしてから、現在の問題に立ち返る
――制約というと一般的にはネガティブな印象を受けます。
制約というのはネガティブではなくて、より良い箍(たが)だと考えるべきです。その良い箍の中でどんな豊かな暮らしをつくるかを考えていかなければなりません。そこで有効なのが、将来の制約から今を考える「バックキャスト」という思考法です。まず、未来がどうなっているかを想像し、そこから今に立ち戻って課題設定や問題解決を考える。これがバックキャストです。
その逆――つまり、現状分析を積み重ねて未来を見通すやり方を「フォアキャスト」といいます。社会が右肩上がりで拡大しているときは、フォアキャストのほうがいいのですが、現代のような先が見通せないような状況では、フォアキャストだと、ネガティブなファクターばかり出てくることが多いんです。一方、バックキャストの特徴は、いろんな制約をポジティブに捉えられるようになることです。だから、今は物事をバックキャストで捉えていくべきだと私は思います。
僕たちの多くはフォアキャストの思考回路に偏りがちなんです。本来、バックキャストの思考を身につけるには、地道にトレーニングしていくしかないんですね。ところが、トレーニングなしでバックキャストの思考回路を持てる人がたまにいます。たとえば、ホンダの本田宗一郎さんやソニーの大賀典雄さんです。彼らはフォアキャスト、バックキャストを的確に切り替えられた人たちです。
企業経営という観点からは、少し前までそういうごく一部の素養のある人だけがバックキャストをしていればよかった。ところが今は、一定のリーダー層の人ならば、みんなトレーニングしてバックキャスト思考を身につけなければならない時代になってきた。経済が右肩上がりじゃない今、「新しい何か」が求められています。そのためにはフォアキャストではダメ。バックキャストじゃないと新しいものは見えてこないんです。
ウォークマン
1979年にソニーが発売したポータブルオーディオプレイヤー。世界初の手のひらサイズ再生専用機は一大センセーションを巻き起こし、携帯オーディオ市場を創出した。希望小売価格が3万3000円だったにも関わらず、品切れが続いたという。
バックキャスト
未来を予測するうえで、目標となるような状態・状況を想定し、そこから現在に立ち戻って”やるべきこと”を考えるやり方。地球温暖化などの環境問題解決に役立つ手法として注目されている。バックキャスティングともいう。
フォアキャスト
現状分析や過去の統計、実績などのデータをもとに、未来を演繹的に予測するやり方。フォアキャスティングともいう。
「バックキャストとフォアキャストは、どちらが良い悪いというものではありません。バックキャストで未来を見通してから、フォアキャストで具体的なビジネスに落とし込んでいく、というように相互補完的に使うべきものです」
現状維持路線のほかに、
もう1本のレールを敷いておく
――そうはいっても、現在の仕事や思考回路を急に変えるのは難しい。
今の成長をベースとしたビジネスがいつまで続くんですかと尋ねると、どの企業もそう遠くない時期にパイは埋まると答えるはずです。たとえば、車は国内では売れなくなって、今は新興国を狙っていますよね。世界中の自動車メーカーがまったく同じ戦略を取っている。それじゃあ、今後20年、30年と車が売れ続けるわけがない。
それは分かっていても、最後までなんとかやり通さなければならないということはあります。ここで嘆き悲しんでやめたって、社員が悲んでライバルが喜ぶだけです。だから、できるだけ環境負荷を少なくしながら、今の路線でどこまでギリギリ収益を上げていけるかやっていかなければならない。これは一つ大事な仕事です。それを否定するものではありません。
だから、すぐに転換するのではなく、今の仕事とは別に、もう1本レールを敷くことをおすすめします。バックキャストで見た新しいライフスタイルオリエンテッドのビジネスを考えておいてください。それで、いつでも乗り換えられるようにしておく。そういう発想が必要なんです。
ただバックキャストで未来を見通そうとしても、暮らし方のイメージが中心になります。その中に潜んでいるいろんなテクノロジーなどは見えてこない。そこはフォアキャスト思考でビジネスに落としこんでいかなければならないんです。その中で今、自分たちの持っているノウハウでやれることがあればすぐにやればいいし、当てがならないなら新しい事業を開発すべきかもしれない。つまり、バックキャストでいろんな良い箍の中で考えて暮らし方をイメージし、そこで必要な商材をフォアキャストで考えていくということです。
今後は「ライフスタイル」を売る企業が勝つ
――バックキャスト思考でうまくいっている企業を教えてください。
たとえば、日本リファインという会社があります。リチウムイオン電池の製造プロセスで出る廃液のリサイクルなどを行っている会社です。同社では、廃液を処理する際、リサイクルすればするほど最初に入れた溶剤よりも質の良い溶剤に変わってしまうという技術を持っています。
一度地中から取り上げたものは大気に分散させない、地球に迷惑をかけて石油から作ったものは 最少のエネルギーでずっと使い続けるんだという徹底したコンセプトです。
一般的な環境制約の上に、さらに自分の仕事の領域でも箍をはめています。95%以上の効率でリサイクルできない物はリサイクルしないとか、リサイクルした結果、もとの溶剤より質が落ちるような溶剤は作らないとか。そういう箍をきちっとはめている。その中で新しいビジネスを考えれば、箍をいくら固めていっても、それはマイナスファクターではなく、目標になっていくんです。
――バックキャストでライフスタイルを描くという取り組みは、日本が諸外国より進んでいるのでしょうか。
僕は、バックキャストでライフスタイルを描けるのは、日本人だけじゃないかと思っています。そういう意味では進んでいると言ってもいい。日本は世界の先進国の中でほぼ唯一自然観を持っている国。それはものすごく大きいんじゃないのかな。
その上、テクノロジーも世界の最先端です。たとえば、冷蔵庫はこの15年でエネルギー消費を8割抑えている。つまり、15年前の2割のエネルギーで動くんです。こんな技術、世界のどこにもないですよ。でも、これまでは単に各家庭の電気代が節約できるくらいにしか捉えられてきませんでした。3.11の震災が起こって初めて、限られたエネルギー供給の中で暮らしていくというライフスタイルと結びついたんです。ここに行き着いていた日本メーカーの先見性はすごいと思いませんか。
だから、これからはライフスタイルを提示して、その上に存在する冷蔵庫ですよとちゃんと言えるようにすべきなんです。そうすれば、日本はあっという間に変わると思いますよ。世界全体のことを考えても、絶対に日本がやらなければいけないんです。そうすれば、世界中のあらゆる制約を超えて、みんなが十分に豊かな生活を成就できるはずです。
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(2011.12.19 コクヨ株式会社 エコライブオフィス品川にて取材)
日本リファイン株式会社
リチウムイオン電池から塗料、反応溶媒など、様々な産業の溶剤(物質を溶かす液体)のリサイクル・精製を手掛ける企業。企業理念は「人類が持続可能な社会を構築するための資源循環と環境保全を業とし社会に貢献する」。1966年に設立。岐阜県と東京都の本社を拠点として、台湾や中国でもビジネス展開をしている。
石田秀輝(いしだ・ひでき)
東北大学大学院環境科学研究科教授。博士(工学)。1953年生まれ。1978年、伊奈製陶株式会社(現INAX/LIXIL)入社。技術戦略会議・環境戦略会議兼任議長、取締役CTOを経て、2004年より現職。専門は地質・鉱物学をベースとした材料科学。ものづくりと暮らし方のパラダイムシフトに向けて国内外で多くの発信を続けている。著書に『未来の働き方をデザインしよう』(共著、日刊工業新聞社)、『自然に学ぶ!ネイチャー・テクノロジー』(学研)など多数。