Foresight
Apr. 16, 2012
経営者と社員の間の“幸せな関係”は復活するか?
社員を本気でバックアップし、ファンにする
[金井壽宏]神戸大学大学院経営学研究科教授
――雇用の現場で人材の流動化が進んでいます。経営者たちは、会社を辞めていく社員たちと、どのように接していけばいいのでしょうか。
かつて長期雇用が当たり前だった時代と比較して、たしかに今は、会社を途中で辞める選択肢が働く人たちのなかに浸透してきています。
いつかどうせ辞めるのだから、と一歩引いて付き合いたくなる気持ちも、わかります。じつは昔から、「社員が辞めるけれどいい会社」と「社員が辞めないからいい会社」という二つの考え方があります。前者はソニー、後者はパナソニックが典型例です。もっとも、いい会社がいつまでもそうとは限らない厳しい時代になっています。
少なくともある時期までのソニーは、「会社を辞めるくらい優秀な人材を採用している」という自負があった会社。だから、退社する人間にやさしいのです。ソニーを辞めて活躍しているOBの組織に『SOBA(ソバ)の会』(Sony OB/OG Associationの略)というものがあって、そこには出井伸之さんや久夛良木健さんといった経営側の人間も顔を出していたそうです。ご縁があってソニーに入社してくれて、会社を辞めるくらい優秀な人たちが呼んでくれたのだから、喜んで出席します、そんなスタンスできたようです。
一方、パナソニックは、「こんなにいい会社に入ったのに辞めるなんてもったいない」という考え方の会社。退社するといった社員を本気で慰留するし、少なくとも中村革命以前は、人を大切にしてきたという自負もあったためか、辞めてしまった人には冷たいとも言われていました。かつては「パナソニックは何を作っている会社ですか」と聞かれたとき、「家電を作る前に、人材を作っています」と答えるような社風でやってきました。
このようにソニーとパナソニックは対照的な会社ですが、社員を信頼し、全力でサポートしていこう、という姿勢は共通してやってきていました。もっといえば、在籍した社員を会社にファンにするという意味で同じです。
ソニーでいえば、グーグル日本法人の社長になった辻野晃一郎さんは、その著書『グーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれた』という本のなかで、ソニーへの愛着を公言しています。会社を辞めた社員が、退職してなお、会社とつながっていて、何らかの貢献をすることもあるのです。ただし、今はソニーやパナソニックといえども苦境に立っている、そんな時代になっています。
SOBAの会
ソニーのOB・OGで構成された会合。若手から50代・60代の元社員が集まり、定期的に近況報告や問題意識の共有などの情報交換をしている。近年、ソニー出身者で起業した人あるいはベンチャー企業に勤めている人のみを対象にした「SOMEN(ソーメン)の会」も発足した。
優秀な人材と良い関係を
持続させる距離感
ソニーと同様、辞める社員にやさしくしてきた会社にリクルートがあります。
かつて私がロンドンビジネススクールにいたとき、すぐ隣のオフィスにいたのが藤原和博さんでした。後に民間から初めて公立中学校の校長となる人。当時からいずれはリクルートの社長になるとも目されていた人材でしたが、人事は無理に社内に囲い込もうとしない。半年間をロンドンで、さらにもう半年間はパリのインシアードビジネススクールで、一年間自由に過ごしていました。
新規事業のタネを一個くらい見つけたらOK、というゆるい話だったので、さすがにロンドンビジネススクールで教授をしていた榊原清則さん(現・慶應義塾大学教授)も、「そんな好き勝手をしていて、リクルートから石を投げられたりしないのか」と心配していたほど。でも、リクルートとしては、将来、藤原さんが会社を辞めることがあったとしても、辞めるくらいすごい人ならば新規事業を起こす力があるから、それはそれでいい、という考え方だったようです。
実際、藤原さんは退職後、リクルートへの愛着を隠さないし、いつまでもリクルートの一ファン、そして一サポーターとしていい関係を保っています。少なくともこれまでは、ソニーと同様、会社を辞めた人間が会社の評判をあげている部分があります。
パナソニックに関しては、こんな調査があります。少し古いデータなので、「ある時期までのパナソニックでは」という言い方になりますが、精神病理学者の野田正彰先生が行ったインタビュー調査では、退職者のほぼ全員が「パナソニックに勤めてよかった」と満足し、その配偶者も「夫がパナソニックの社員でよかった」と感謝していたそうです。私自身、この話を聞いた20年近く前には非常に感銘を受けました。
つまり、ソニーもリクルートもパナソニックも、勤めた社員を本気で信頼し、愛着を持ってもらい、ファンになってもらう、というプロセスを通して、会社とのいい関係を築いているわけです。これを厳しい時代にどうするかが最大のチャレンジです。
「辞める人は育てられない」は会社側の敗北宣言
人によっては、それは組織に対してコミットメントや愛着が沸くまでの十分な時間があった時代の話で、新卒で入社した人材が二、三年のうちに会社を辞める現在では成立しない話だ、と考えるかもしれません。
実際、経営陣や人事担当者から「短期間で会社に愛着を持たせるのは不可能」「わずか数年で深いコミュニケーションなんてとれない」といった嘆きの声を聞くことがあります。しかし、酷な言い方になりますが、これは会社側の敗北宣言に等しい。
コミットメントが時間をかけないと育まれないものだとしたら、私たちが高校や大学などの出身校に持つ感覚は何でしょうか。ペンシルバニア大のピーター・キャペリ教授は、コミットメントや愛着の醸成には必ずしも長期間の所属が前提ではないと説いています。
アメリカのハーバード・ビジネス・スクールやスタンフォード大学のMBAは、愛校心にあふれる卒業生が多いことで有名です。しかし、大学院の修士課程の在籍期間はたったの2年間です。これと同じように、わずかな期間のうちに、同じ企業に30年勤めた社員に劣らないエンゲージメントが育まれるケースは多々あります。違う例ですが、30年寄り添っている配偶者よりも、学生時代に付き合った彼(女性社員の場合)または彼女(男性社員の場合)との2年間の恋愛へのコミットメントが、今でもいっそう強烈に思うという人もいるでしょう――長いコミットメントが、愛着ではなく、しがらみや世間の目によって維持されているタイプのものだとしたら、個人と会社の関係でも同じような側面があります。
どうせ短期間しか勤めないんだろう、経験したことを盗んで出て行くんだろう、そう思って接していたら、せっかく縁があって入社してきた人材にそれが伝わるでしょう。
社員が辞めるけれどいい会社、社員が辞めないからいい会社、そのどちらを目指すかは、経営者の性格にもよりますし、どちらも正しいやり方。これを現代の厳しい時代の要請に応じてどのように実現するかがポイントです。
辞めて外で活躍できるくらい優秀な人を採用していて、そういう人が短期間でものすごく組織に愛着を感じてくれるかもしれない。あるいは、パナソニックのように長く勤めてもらうような関係が作れるかもしれない。だから、精一杯、育てて、どんどんチャンスを与えようと考えられたら、楽になると思いませんか。
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(2012.1.28神戸大学大学院経営学研究科にて取材)
ピーター・キャペリ Peter Cappelli
米国ペンシルベニア大学ウォートン・スクール教授。同校の人材研修センターの所長も兼ねる。人材戦略や雇用に関する多くの論文を発表。「就業期間の短い社員はコミットメントが低い」という俗説に対して、在校期間2年のハーバード大学院やイェール大学院を例に、短い在籍期間でも高いコミットメントを育むことは可能だと説く。
金井壽宏(かない・としひろ)
神戸大学大学院経営学研究科教授。1954年神戸市生まれ。京都大学教育学部卒業。神戸大学大学院経営学研究科修士課程修了。マサチューセッツ工科大学でPh.D.(経営学)を取得。リーダーシップ、モティベーション、クリエイティブなマネジメント、ネットワーキング、キャリア・ダイナミクスなどのテーマを中心に、組織や管理のあり方を探求している。『「人勢塾」ポジティブ心理学が人と組織を鍛える』(小学館)など著書多数。