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企業のオープン・イノベーションに必要な環境とは?

ディシジョン・メーキングからセンス・メーキングへ

[長岡健×中原淳]法政大学 経営学部 教授/東京大学 大学総合教育研究センター 准教授

中原

企業におけるオープン・イノベーション、つまり、組織の外に広がりを持って、いろんな人とアライアンスを組みながらイノベーションを起こす動きって、すごく難しいなと思う。マネジメントからすれば、一方で組織内の結束を高める取り組みをしながら、一方で内と外との境界を壊す取り組みをするわけだから、ある意味で矛盾している。

長岡

現状を見ると、一方に「社内コミュニケーションを良くしたい」 があり、一方に「イノベーションを起こそう、独立・自立したプロフェッショナルを目指せ」がある。その両方を見据えているので、目指すべき方向が定まらず混沌としている。前者についてはある程度成功しているけれど、後者はうまくいっていない企業が多いという印象を受ける。

中原

例えば、オープン・イノベーションを起こせる人材は、社員が100人いたとしたら何人くらいでしょうか?

長岡

100人中、1人いればいいんじゃないですか。

中原

だとしたら、一方で結束を固めていって、1人はどうぞ外に出てください、というのは経営的スタンスからするとありうる。

長岡

結果として、イノベーションを起こすのは100人に1人かもしれない。けれど、「その1人を誰にするか」を事前に決めようとするのは、様々な意味で問題がある。それは純粋に能力だけで決まるわけじゃなくて、組織内の利害関係が絡んでくる。複雑な力関係の中で、優秀な人が本来の能力を発揮できなくなる状況も多々起きる。最初に1人に絞るのではなく、100人全員がクリエイティブな活動に携わり、失敗を恐れない態度が組織の中に浸透することで、結果として、その中の1人がイノベーティブな成果を出すことができるのだと思う。クリエイティブな活動をやらせる人物を1人だけに絞り、100%の確率でイノベーションを起こせる人物を事前に選抜するような方法は、現実的とは言い難いでしょう。この話をすると、「じゃあ、イノベーションを起こせる人材を育てることはできますか」とよく聞かれます。これについてどう思われますか?

中原

創造性のレベルがどこにあるかによるけれど、例えば、「みんなが何となく困っているんだけれど、世の中にないものを生み出す」というくらいのイノベーションならば、誰にでもチャンスがある。最近面白いと思ったのは、スーツケースの上に載せた物を固定する器具。ゴロゴロと引っ張るスーツケースの上に物を載せると、スーツケースを引きながら、その上に載っている物も押さえなきゃいけない。あれが不便で悩んでいる人はすごく多いのだけど、それを解決するものを見つけた。「誰もが悩んでいることを、これが必要ですよね」と提案することがイノベーションだとすれば、誰でも何かできる気がする。ただ、じゃあ、みんながなぜそれを言わないかというと、「言ったら全部やらされる」「言って失敗したときに全部責任を取らされる」という社会的環境が大きい。世界的レベルのクリエイティビティとなると話は別かもしれないけれど、「ちょっとみんな気付いてるんだけれど、こうやったらもっとよくなる」みたいなものが出るか出ないかは、すごく社会環境が大きいんじゃないかなと。

長岡

創造性というより、それを発揮できないような社内の雰囲気だとか、暗黙の規範みたいなものとか。

中原

雰囲気、しがらみ、あとはやっぱり、それを言ったら社内の誰かが抵抗勢力になるというパターン、よくあるじゃないですか。「お前、俺の仕事つぶそうとしているのか」ということが。つまり、クリエイティブな人がいないのではなくて、クリエイティブな人の芽が出ないような環境がそこにあるだけだと思う。

長岡

イノベーションは従来のやり方を否定することに繋がるので、社内的にはイノベーションが起こると困る人のほうが多い。イノベーターと利害関係が同じになる可能性が高いのは、たぶん、経営層レベルの人たち。部門長レベルの人たちとは利害が一致しないことも多い。自部門の利益を損ねそうだと判断されると、イノベーションを起こしそうな活動には、すごく反対が入ることになる。それをどうクリアしていくかということが、とても重要な話になる。

長岡健教授のWebサイト。ゼミ生によるゼミ活動のブログや、ゼミの様子をUSTREAMで公開するなど、新しい学びの仕組みや可能性を探るための学習環境デザインに取り組んでいる。
http://www.tnlab.net/profile.html

中原淳教授のWebサイト。経営・組織・学び・デザインに関連するブログ記事を、不定期で更新している。Youtube、UST、Twitterでも情報発信中。Twitter @nakaharajun
http://www.nakahara-lab.net/

全社員に可能性を開かないと
イノベーターは生まれない

中原

たぶんミドルレイヤーですよ、きついのは。

長岡

もともと社内での利害関係が一致しないから部門を分けていたりするわけで、そこをミドルレイヤーの人たちが克服するのは並大抵のことではないと思う。じゃあ、そういった社内のバリアーをどう突破するか、という話になるのだけれど、武石彰教授らが『イノベーションの理由』で論じているように、いかに支持者を見つけるかが大きなポイントとなるようだ。そして、うまく支持者を見つけ出した人は「向こうからやって来た」とか、「いろんな活動をしているうちに偶然見つけた」という言い方をしていることが多い印象を受ける。「十分な計画を練った上で動いた」という話より、「たまたま出会った」という話のほうが多い。僕はビジネスパーソンが語る、「たまたま」という表現がとても気になっている。優秀な人には必ずといっていいほど頻繁に「たまたま」が起きる。でもそれは、何もしないで「たまたま」が起きているわけではない。その「たまたま」が起きやすくなるような行動を、常にやっているということのようだ。ゲスト講師として授業に来てくれた優秀な営業担当者に、「どうすれば売れるんですか」と学生が聞くと、「いや、たまたま」と言うのだけど、「名刺は1カ月で何枚配っているんですか」と深掘りすると、「うーん、200枚かな」と答えたりする。

中原

「たまたま」が発生しやすいネットワークを、組織内外(構造的周辺)に張り巡らしていることがベースにあって、さらに、「たまたま来たもの」を「これだ!」と思えて、即決したり、利用できるのは、いつもそのことを考えているからだと思う。そうしないと、「たまたま」が、本当に「たまたま」のまま通り過ぎてしまう。そういう人の個人的なネットワークの発達と同時に、その人自身がずっと考え続けていて、「ネットワークと判断基準」がうまく結合したときに、「たまたま」が「たまたま」じゃなくなる。

長岡

本人としては計画的に動いてないし、わざわざ仕掛けを張り巡らしているほどの意図もないけれど、「合理的に割り切れること」以外にも視野を広げているから、想定外の状況が起きたときも対応できる。 そして、「たまたま」としか説明ができないようなことも、その人には起こってくるんじゃないかと。

中原

「外的な環境が変化する」というのは、非合理の世界とか、合目的的に説明ができないものが増えることだと思う。もし、外的な環境が変わらないのであれば、合目的的に行為することは正しい。だけど今のように環境があまりに変化していって、合目的的に理解できないような物事が増えているときは、合目的的に動いていくとダメ。むしろ非合理なもの、説明できないものを抱えて生きるしかない。いつ芽が出るか分からないし、芽出ないことのほうが多いけれど、そういうものに働きかけることがすごく重要な気がする。

長岡

日常的にパラダイムの転換が起きるし、大きなルールの変更も山ほど起きている。だから、予測してそれに備えるというパラダイムでは対応しきれない。やはり、100人の中から事前に1人を選び、その1人にだけクリエイティブな役割を担わせるという考え方を捨てるベき。100人全員で新しい仕事に取り組んで、結果として、そこから大きな成功を収める人が1人出ればいい、という考え方が求められる社会になっていく気がする。1人のクリエイティブな人ために、99人はつまらない仕事をやるべきっていう考え方の前提にあるのは、「誰がイノベーションを起こすか」が事前に分かるという発想。でも、全員に可能性を開かないと、イノベーションを起こせる人は出てこないと思うし、 そういう人を事前に選別することはできない。

中原

そのときに上司がやるべきことは、その気にさせる環境を、いろんな打ち手を使って作ってくことしかない。経営者はよく、「新規事業を提案しろ」というミッションを部下に託すけれど、自分自身はチャレンジングな仕事をしていなかったりする。挑戦している経営者ってあんまり見たことない。身をもって本気さを示すとか、出てきた新規事業提案に対して、ガチでちゃんと議論するとか、とにかくみんなをその気にさせることをやってく必要があると思う。

長岡

若い人たちが動けなくなっている一因として、上司が事前に口出しをする一方で、事後のフォローが少ないことがあるように思う。計画を立てる段階での上司のコミットが強い割に、その計画が失敗したり、部下が悩んでいても放っておかれることもあると聞く。部下が何かをやるときのデシジョン・メーキングには深くコミットする一方で、終わった後のセンス・メーキングには無関心で、部下にとってそれがどういう意味があったのか、やったことをどう意味付けたらいいのかを振り返るときは、放っておくのが今までのやり方だったのではないか。けれど、予測困難な時代には、事前のデシジョン・メーキングから事後のセンス・メーキングへと、活動のキーポイントが移行していく。まずは「直感と好奇心」を頼りに動きだし、終わった後にしっかりと振り返る。特に、行動を意味付けて、次につなげていくプロセスには、上司も深くコミットして、部下としっかり向き合うということも必要だ。

中原

そうですね。その結果として、100人に1人ぐらいは何かすごいこと、イノベーションを起こせるようにできると、組織はきっと面白くなる。

WEB限定コンテンツ
(2012.7.4 東京大学 大学総合教育研究センターにて取材)

『イノベーションの理由 資源動員の創造的正当化』 武石彰、青島矢一、軽部大 共著 有斐閣 刊

革新的なアイデアや技術を実現しようとするとき、なぜ社内外で抵抗や反発が起こるのか。こうした壁を乗り越え、アイデアや技術を事業化するためには何が必要か。23の事例からイノベーションを起こすためのプロセスを明らかにした。

長岡健(ながおか・たける)

1964年東京都生まれ。法政大学経営学部教授。慶應義塾大学経済学部卒業後、英国ランカスター大学マネジメントスクールで博士課程修了(Ph.D.)。 産業能率大学情報マネジメント学部教授などを経て、2011年より現職。専門は組織社会学。アンラーニング、サードプレイス、エスノグラフィーといった概念を活用し、「学習と組織」をめぐる行動や言説を読み解くことを研究テーマとする。主な著書に『ダイアローグ対話する組織』(ダイヤモンド社・共著)、『企業内人材教育入門』(ダイヤモンド社・共著)など。

中原淳(なかはら・じゅん)

東京大学大学総合教育研究センター准教授。大阪大学博士(人間科学)。東京大学教育学部卒業、大阪大学大学院 人間科学研究科、メディア教育開発センター(現・放送大学)、米国・MIT客員研究員等をへて、2006年より現職。「大人の学びを科学する」をテーマに、企業・組織における人々の学習・コミュニケーション・リーダーシップについて研究している。専門は経営学習論(Management Learning)。単著に「職場学習論」(東京大学出版会)、「知がめぐり、人がつながる場のデザイン」(英治出版)、「経営学習論」(近刊:東京大学出版会)など。共編著に「企業内人材育成入門」(ダイヤモンド社)、「ダイアローグ 対話する組織」(ダイヤモンド社)など。研究の詳細は、Blog:NAKAHARA-LAB.NET(http://www.nakahara-lab.net/)。Twitter ID : nakaharajun

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