このエントリーをはてなブックマークに追加

時間と場所を選ばない新たな働き方「ウルトラワーク」

「安心して長く働ける会社」を目指すITベンチャーの実験

[青野慶久]サイボウズ株式会社 代表取締役社長

私が社長に就任した2005年の4月が、サイボウズの転換点になりました。それまではいわゆる「ITベンチャー」だった会社を、さらに大きくし、安定させる試みが始まったのです。具体的には、組織体制、人事評価、社員の働き方などの変革です。

当時のサイボウズは、大きく2つの問題を抱えていました。1つは「社員が辞める」問題。離職率は毎年20%以上あるのが当たり前でした。もう1つは「採用できない」問題です。創業当時からの「ITベンチャー」のイメージを引きずり、一攫千金の野心をもつ人材を採ろうとしていたのですが、そんな人ばかりを集めるのはなかなか難しい。そのため数年間は社員がまったく増えず、80名前後に留まっていました。

ベンチャーはどこも似たようなものなのかもしれません。でも私は、サイボウズにはもっと面白いことができるチャンスがあると思っていました。それにちょうど、扱うソフトも中小企業向けから大企業向けのものが増えていく時期で、より「信頼できる会社」になりたいという意識もありました。そろそろ、安心して長く働ける会社にシフトして、社員を増やしていく時期なんじゃないかと。

競争重視型の組織からチームワーク重視型の組織へ

そこで社内を眺めてみると、どうなっていたか。私が問題だと思ったのは、社員を相対評価にしていたことです。社員同士を競わせて順位をつけ、上位半分は給料が上がり、下半分はそのまま。営業系の会社には、こうした制度が合っているのかもしれません。でもサイボウズは本来、社員みんなが物作りをして、みんなで売っていくチームワークの会社なんです。つまり、会社の方針と制度がミスマッチを起こしていた。その結果、社員同士が協力しなくなっていました。無理もありません、相対評価のもとでは、自分が手を貸して誰かの成績が上がったら、自分の評価は相対的に下がってしまうわけですから。

じゃあ、会社の方針に合った制度に変えて、ミスマッチを解消しようじゃないか。つまり、それまでのベンチャー型、成果主義的な制度から、チームワーク重視型の制度に変えるということです。ですから人事評価は、社員同士を競わせる相対評価から、社員それぞれの能力を見る絶対評価に変えました。

組織体制も変革しました。それまで4つに分かれて独立採算性をとっていた事業部を1つにまとめました。小さい会社のくせに事業部同士がいがみあってどうするんだ、と。このとき、組織を大きく変え、離職率が上がったんです。結果、その年の離職率は28%、過去最悪の数字を記録しました。ただし、その後どんどん離職率は低下していきます。

2つの働き方の選択、6年間の育児休暇

働き方の多様性を実現する取り組みも始めました。サイボウズでは基本的に3つの選択肢の中から働き方を選択することができます。成果重視で勤務時間もフレキシブルな裁量労働型の働き方(PS2)と、残業はなく決まった時間をしっかり働いてもらう働き方(DS)と、その間のある程度は残業もするワークライフバランス型(PS)の3つです。

PS2はガンガン働いて責任ある仕事や報酬を得たい社員が対象。一方、DSは残業なし、ワークライフバランスを考えながら働きたい社員が対象だと言えます。社員は、自分のライフステージに合わせてこの3つの働き方を自由に行き来することができますし、上司もその選択を踏まえた上でマネジメントする。DSを選んだ社員に残業させたりしたら、上司が叱られるわけですね。

育児・介護休暇制度は最長6年間取得できます。導入したのは2006年、これから出産しようかという女性社員が多い時期でした。彼女たちに聞いてみると、国が保証する育児休暇は1年から1年半ぐらい。「それは短いよね」という話なんです。そこで育児休暇が一番長い会社を調べてみると、4~5年だという。じゃあサイボウズは最長を目指そう、子どもが学校に上がるまでいいだろうと思い、6年間に。このへんはノリと勢いですね(笑)。さらに、2010年には在宅勤務制度を導入しました。全社員が月4回は取得できるという制度です。2011年の震災時などに役立ちました。

国内グループウェアトップシェアを誇るITベンチャー企業。2000年代半ばから社員がより働きやすい環境づくりに取り組んでいる。
http://cybozu.co.jp

労働時間の管理や業務評価は
全てグループウェア上で行う

こうした取り組みの最新のものが、2012年8月に導入した「ウルトラワーク」です。一言でいえば「時間も場所も好きにしていい」働き方。これまで以上に働き方が柔軟になったわけです。「朝5時から働いて15時には上がります」「夏場は涼しい自宅で働きたい」「保育園の行事に参加した後は出社して集中して仕事をします」、なんでもOKです。使い方のルールとしては、たとえば前日の6時までに上長からの承認を得ること。また部署ごとに実施するかどうか判断を任せているので、部内の方針に従うこと。今のところは、カスタマーサポートをのぞく全部署で実施しています。

労働時間の管理や業務評価は、グループウェア上で行います。基本は、社員がグループウェア上で書いた日報を上司がチェックする形です。このグループウェア上には、日報のみならず社内のほとんどのコミュニケーションの記録が残ります。

目指すべき目標や成果を共有していてこそ可能になる

つまりサイボウズの社員たちは、1つの場所で、同じ時間帯を一緒に過ごす、ということがより少なくなったわけです。でも、グループウェアを見れば、社員一人ひとりが何をやっているのか、誰でもわかるようになっている。

たとえば、ある女性社員は午前中は会社で働き、午後からウルトラワーク。別の男性社員は、積極的に子育てに参加しながら、自宅で集中して仕事しています。足を骨折してしまったある社員は、そもそも出勤するのが大変なので、自宅で仕事を。彼は几帳面な性格なのか、自宅でも9時~18時のコアタイムに合わせて仕事をしているようです。

日報の書き方には、特にフォーマットを定めておらず、人によってバラバラです。ある社員は「明日することはこれで、こういう成果を出します」と詳しく書いていますが、別の社員は「今日は何をした」のみ。それでも十分に管理ができるのは、評価する側と評価される側との間で、目標と成果について、あらかじめ共通理解をとっているからでしょうね。であれば、日報がどんなフォーマットで提出されても、1つ1つの細かいタスクの内容や、アウトプットの質・量ともに、上司がちゃんとチェックできる。案外困らないものです。

離れて働いていても社長のメッセージは全社員に届いている

むしろ社員のほうから「在宅の仕事がきちんと評価されるのか心配だ」という意見が出たことがあります。つまり「こんな成果を上げた」というのがわかりにくくなるのではないかと。でも、やってみると大丈夫。逆に日本の会社によくいる「会社にいるだけで働いているつもりになっている人」のほうがまずいですよね。

こうした働き方に慣れていない社外の方からは、「社員どうしの顔が見えないのが不安」「一緒の時間を過ごしていないとお互いの意思疎通が難しいのでは」という声も聞こえてきます。特にそんなこともありません。テレビ会議をすればお互いの顔は見えますし、グループウェア上で日々細かなやりとりがある。コミュニケーションは活発ですよ。

ツイッターやフェイスブックが登場して以来、ずっと会ってない友達の近況がなんとなくわかるようになりましたよね。「久しぶりに会ったのにそんな感じがしない」。あの感覚が社内にもあるんです。当社のグループウェア上では、社員全員がそれぞれの日報にアクセスできます。顔を会わせる機会は少なくとも、みんなが毎日、情報を発信して、みんながそれを読んでいる。ですから、離れて仕事をしていても、お互いに何をしているかわかっているんです。社長の私も、独り言みたいなことをグループウェア上で書いています。それを読んでいれば、だいたい何考えているか、社員たちもわかる。わざわざ社員をオフィスに集めなくても、社長のメッセージは社員たちに届いているんです。

最高28%あった離職率は4%にまで改善された

このような、組織体制、人事評価、社員の「働き方」などの変革の成果は、離職率の低下というかたちではっきりと現れました。最大28%だったものが現在では4%にまで下がり、社員数は357人(2012年1月末時点)に増えています。

制度がうまく機能しない時期もありました。働く時間と場所は自由でいいとは言ったものの、どうしても「定時で上がる人よりも、残業バリバリする人が偉い」というイメージが残ったんです。たとえば、DSの働き方よりも、PS2の働き方をする人のほうが優秀だ、とか。でも、いざやってみると、そんなことないわけですね。時間を区切って働く人のなかにめちゃくちゃ優秀な人が出てくる。

すると、そんな人を評価せずしてどうするのか、という空気になりますよ。実際、働く時間の長さと給料は関係ない制度になっているんです。残業なしのDSを選んでいても、給料が上がる人は上がる。PS2を選んでいるのに、全然上がらない人もいます。それに、PS2を選んだ人であっても、家に帰ったらパソコンを開いていたりする。それは立派に仕事しているのであって、評価に値します。残業はするけど家では一切仕事をしない人と比べて、どちらを評価するかといったら、難しいですよね。もう、働く時間や場所で評価を決められる時代ではないんです。

WEB限定コンテンツ
(2012.11.9 飯田橋の同社オフィスにて取材)

「ウルトラワーク」とは、上の図のように、時間にも場所にも縛られない働き方のこと。「深夜に自宅で米国の顧客とWeb会議をする」「遠方通勤者が近所の同僚の自宅で一緒に仕事をする」といったことが可能になる。運用に際しては、4つのルールがある。

1.チームの生産性を下げないこと(会議や上司の指示を優先する)
2.上司の承認があること(部ごとのルールに従う)
3.業務時間が「スケジュール」に前日までに登録されていること
4.業務時間中は、連絡がとれるようにしておくこと

この4点を守っていれば、個々人が自分で働き方を決められるという新しい取り組みだ。

青野慶久(あおの・よしひさ)

1971年愛媛県生まれ。大阪大学工学部卒業後、松下電工株式会社に入社。1993年、愛媛県松山市で高須賀宣氏、畑慎也氏とサイボウズ株式会社を設立、取締役副社長に就任。マーケティング担当としてWebグループウェアという新市場を開拓した。その後、新商品のプロダクトマネージャーなどを経て2005年より現職。

 

RECOMMENDEDおすすめの記事

経営戦略としてのオフィスデザイン

[天野大地]ゲンスラー アンド アソシエイツ インターナショナル リミテッド プリンシパル、デザインディレクター

20世紀初頭、パリのカフェはイノベーションの起点だった

[飯田美樹]カフェ文化、パブリック・ライフ研究家

TOPPAGE
2022年7月、「WORKSIGHT[ワークサイト]」は
「自律協働社会のゆくえ」を考えるメディアへと生まれ変わりました。
ニュースレターを中心に、書籍、SNS、イベント、ポッドキャストなど、
さまざまなチャンネルを通じてコンテンツを配信します。

ニュースレターに登録する