Innovator
Jul. 31, 2017
「学び」をエンタテインメントに変える体験設計
BtoBとBtoCで収益力のある教育ビジネスを展開
[水野雄介]ライフイズテック株式会社 代表取締役 CEO
「Life is Tech !(ライフイズテック)」では、中高生向けにITプログラミングやデジタルなモノづくりを学ぶ場を提供しています。
春・夏・冬休みに開催するキャンプでは大学などを会場として借りて、他の参加者と一緒に学びを深めていきます。コースは現在17種あり、プログラミングでウェブアプリを作るコースや、デジタルアートを学ぶコース、ゲーム開発のコースなどさまざま。参加者はひと夏で約3,500名、累計でのべ2万2000人以上にのぼります。
初めて参加した生徒が「人生で一番楽しかった!」と言ってくれることも珍しくありません。リピーターが多いことも参加者の満足度の高さを示していると思います。キャンプは国内だけでなく、海外でもシンガポール国立大学やオーストラリアのメルボルン大学などで随時開催しています。
通学型のスクールは週1回の受講で、1年かけてじっくりとスキルを習得するもの。最初の半年でプログラミングの基礎を学び、残りの半年でオリジナルアプリやウェブサービスなどを開発してリリースすることを目指します。東京、大阪、名古屋、福岡など各都市で開講しています。
キャンプやスクールでは、専門の研修を受けた大学生が参加者5、6人に1人の割合でつきます。分からないことが何でも聞けるので初心者でも気兼ねなく参加できるし、それぞれの習熟スピードに合わせたきめ細かい指導ができます。
キャンプの参加や通学が難しい人にはオンラインプログラミング教育サービス「MOZER」も用意しています。個性的なキャラクターやわくわくできるストーリーで、ゲーム感覚で初歩からプログラミングを学ぶことができます。
子どもの成長の「入口」から「中身」、「出口」まで一貫してサポート
「Life is Tech !」の特徴の1つは、中高生の成長の「入口」から「中身」、「出口」までを一貫してサポートしていることでしょうか。春・夏・冬休みに開催するキャンプや女子中高生を対象としたITワークショップ「Code Girls」といった参加しやすく、楽しめる学習環境を「入口」として整備しているので、まずは身近なところで夢中になるための足がかりをつかんでもらいたいと思っています。
もっと学びたいという意欲が湧いたら、「中身」へ移行します。本格的にプログラミングを学びたいという中高生には、通学型のスクールに通ってもらえます。スクールでは、より高度な技術の習得とオリジナル作品の開発を目指して学習を進めます。「アプリ甲子園」などアプリコンテストでの入賞者も多数輩出しています。
さらにITを武器に社会で活躍しようと考えたならば、「出口」のステージですね。「Life is Tech ! STARS」* という起業支援や、スポンサー企業とキャリア支援を行う「ITドラフト会議」といった枠組みが活用できます。
「Life is Tech! STARS」では6人の起業家を輩出していて、中には15歳で起業した子もいます。動画系アプリを作って15歳で起業した子は、1年で100万円以上稼いでいました。実力とやる気があるのなら、それを自分自身の力で高めていくことは大きな意義があるわけで、起業を支援する理由はそこにあります。社会や地域のためになるだけでなく、起業という挑戦を通してその子自身も成長していくんです。
「Life is Tech !」は学びの場ではあるけれども、同時にエンタテインメントでもあり、社会とのつながりを育む機会にもなり得ます。学ぶこと自体に面白さや喜びを見出せるので、子どもたちの自発的な学びを引き出すことができるんです。
中高生のために人生を懸けて教育を変えたい
教育サービスの事業をやろうと考えたのは、僕自身が教育に窮屈さを感じていたからです。例えば、高校時代に野球に打ち込んでいたんですけど、学校は大学受験があるからと練習時間を一方的に制限するんですね。僕はいま野球のために生きているんだから、どうこういわれる筋合いはないのにと、強い反発を抱きました。
これは野球に限ったことではなくて、生徒それぞれの個性を見て、それを伸ばそうとする視点が日本の教育には欠けていると思います。大学進学にしても、みんなあまり考えずに理系か文系かを決めて、そのまま何となく学部に流れていく。とりあえずいい大学に行って、いい企業に行くことが良しとされる。みんなを一律にまとめる教育に疑問を感じる中で、自分だったらもっといい教師になれるし、個性を伸ばす学校を作れると思った。それで教員免許を取り、高校で教えるようになりました。
教壇に立ってみて感じたことは、「ここが自分の居場所だ」ということ。10代後半の時期って、感受性が強くて何でも吸収して、ものすごく伸びる時期ですよね。生徒たちのエネルギーがこちらにも伝わって、僕自身も熱くなる。中高生のために人生を使おうと考えるようになりました。
ただ、就職の経験がないので仕事のこと、将来のことが教えられません。そこで3年後に辞めて教師に戻るつもりでコンサルティング会社に就職したのですが、業務に携わるうちに起業という選択肢もあると気づきました。一人の教師として現場から教育改革を起こすより、自分で教育サービスを作る方が、より早く、より効果的に改革ができるのではないか。そうして創業したのがライフイズテックでした。
ITが好きな子たちが伸びる環境を整えたい
立ち上げメンバーは僕を含めて3人です。友人や知人に声をかけて300万円を集めて資本金にして、アメリカのシリコンバレーに視察に行ったり、ITを勉強しながらカリキュラムを考えたり。高校の講師をして生計を立てながら、1年かけてサービスを作り込んでいきました。
教育を変えるアプローチとしてヒントになったのはキッザニアです。キャリアを見据えた教育が必要だと思うけれども、知識を詰め込むスタイルでは個性が生かせません。その点、キッザニアはさまざまな職業体験の環境を用意することで楽しみながら視野を広げ、子どもの主体性や自発性を引き出します。これを応用できないかと考えました。
一方で、今の中高生はデジタル機器に精通していて、ITに興味がある子がすごく多い。教員として子どもたちと接していると、ITが好きな子は野球が好きな子より多い印象でしたね。昼休みにプロ野球の話をしている子より、ゲームやYouTube、アニメ、SNSといったIT系の話をしている子の方が多い。だけどみんな消費者側でプレイヤーがいない。そもそもITをどうやって学んだらいいかがわからない。
でも、その子たちは伸びたいと思っているんです。その気持ちを後押ししてあげたい、ITが好きな子たちがしっかり伸びることができる環境を整えてあげたいと思って、キッザニアの要素とITを融合させて、「Life is Tech !」のフレームができたというわけです。
ライフイズテック株式会社はプログラミング・IT教育プログラム「Life is Tech ! (ライフイズテック)」の企画・運営、ワークショップ・エンタテインメントの企画・運営といった事業を展開。2014年には世界のICT教育組織をGoogleが評価する「Google RISE Awards」を東アジア地域で初受賞した。2010年7月設立。
https://life-is-tech.com/
MOZERは「EdTechXEurope2016」のグローバル・オールスターズ・アワードのグロース部門で優勝。アジア地域では初受賞となった。
* 「Life is Tech! STARS」では、営業、広報、経営、事務などを「Life is Tech !」が全面的に支援。また、トーマツベンチャーサポートが事業計画策定支援、経理・財務支援を行うほか、アマゾンジャパンやセールスフォース・ドットコムが技術面をサポートする。
水野氏とライフイズテック取締役副社長COO小森勇太氏の共著『ヒーローのように働く7つの法則』(KADOKAWA/角川書店)では、会社設立の経緯、マネジメントや教育に関する水野氏の持論がフィクション形式で語られている。
学びたくなる環境作りが教える側の役目。
小さい改善を多く作って、成功体験を回す
キャンプやスクールで中高生のやる気を引き出す工夫はたくさんあります。例えばコミュニティを充実させることはすごく重要ですね。参加している中高生のコミュニティ、支えてくれる大学生のコミュニティをどう作っていくかというコミュニティマネジメントの質が問われます。
キャンプが始まって、最初からいきなり全てのコミュニティが盛り上がることはありません。どういう順番でコミュニティを盛り上げていくのが全体にとって効果的かを見極めていきます。まずはその場が好きになること。その場にいる安心感や楽しさをしっかり醸成できてこそ、そこで学ぶことも楽しくなるはずで、エンタテインメント性は大切にしています。
また、小さい改善を多く作って、成功体験をどんどん回してあげることも大事。例えばプログラミング初心者なら、ごく簡単な時計アプリを作ってもらう。文字列を画面に表示するより時計が動く方が楽しいですよ。「あっ、私が作った時計が動いた!」という驚きと成功体験を味わってもらうんです。最初は小さくていいので、2時間で完成するカリキュラムにしてあげると、よし次も作ってみようとなる。そこでもまたモノづくりの楽しさを感じられれば、次はこういうものを作りたいという具合に意欲が湧いてきます。
学びはつまらないものだというイメージがあるけれども、そうじゃない。学びは面白いものだし、学びたいから学ぶのが本質でしょう。学びたくなる環境を作っていくのが教える側の役目なんです。相手の興味やレベルに合わせて階段を作ることが重要で、そういう視点がないと学びがつまらないものになるし、成功体験も積み上げづらくなってしまう。結果として伸びしろも限られてしまうと思います。
甲子園のビジネスモデルを要素分解してみると
教育ビジネスは収益を上げにくいといわれますが、ビジネスモデルを構築する上で僕らはBtoBとBtoCを両立させることを心掛けています。例えばディズニーランドはお客さんの払う入場料とアトラクションごとの企業の協賛という具合に、収益の柱が大きく2本ある。これと同じように、キャンプやスクールで参加費をいただく他に、イベントで企業の協賛を付加していくわけです。
これは成長の「入口」「中身」「出口」のうち、出口の部分とも重なりますね。例えば高校野球の聖地である甲子園をビジネスモデルとしてとらえると、企業の協賛がついて、他方で一般人からすると素敵な青春物語を提供してくれる舞台でもあります。プロ野球の球団側からすると、青田買いの場でもある。もちろん興行、エンタテインメントとしても成立するので、運営する会社もある。野球に夢中になり、甲子園を目指す過程で世間が注目する逸材が出てくるという、トッププロが輩出される仕組みでありながら、消費者、企業、社会に対して価値をもたらす仕掛けになっているんですね。
この構造をITの世界に応用できないかと考えて生まれたのが「アプリ甲子園」でした。イベントを主催する会社と連携して、ドラフト会議を開催して企業からお金をいただき、優れたアイデアは企業が採用する。参加者もアプリを世に出せる絶好のチャンスとなるわけです。ステークホルダーみんなが利益を享受することができます。
こんなふうに成長の出口まで整えることによって、さまざまな企業を巻き込むことができればBtoBの収益も上げられます。他の業界のいいものを要素分解して自分たちの事業にマッチする形で取り入れることに関しては、割と得意な会社といえるかもしれません。
経営者の講演会を突破口として連携先を開拓
ただ、企業と連携したいと思っても、創業当初は取っ掛かりが何もない。会社の知名度が上がってきた最近でこそ引き合いも増えてきましたが、最初は飛び込み営業でした。
例えば、ある会社と一緒に事業展開したいと考えたとします。でも経営者は忙しいし、全く知己のない僕らが話をしたいと掛け合ったところで門前払いされるのは目に見えているでしょう。
じゃあどうするかというと、その経営者の講演会に行くんです。講演後に聴講者が列を作って挨拶する、あの30秒くらいが最初の勝負です。名刺と企画書を渡して、何か面白いことをちょっと言って、「今度15分だけ時間をください」と伝えます。直後にメールを送りますが、それも分かりやすく、かつ興味を持ってもらえるように細心の注意を払って書く。それで、実際に15分の面会にこぎつけることが多いです。
面会当日は、本当に15分しかくれない人はほとんどいなくて、面白いやつだと思ってもらえれば枠は延びるものです。提案する企画も、その場のリクエストに応じて臨機応変に調整して、相手にとっても価値があるものだと印象付ける。そうやっていろいろな方とお付き合いを始めさせていただき、コラボレーション事業を増やしていきました。
僕らが提案している企画は、僕らの会社のためのビジョンではなくて、日本のためであり、中高生のためでもあり、ひいてはみなさんのためにもなる。だってITに精通したクリエイティブ人材を育てるわけですからね。それをみんなで作りましょうという大きなビジョンを示すことで巻き込んでいく。そうやって「Life is Tech !」は成長してきたんです。
IT人材が育つエコシステムは地方創生にも資する
そういう大きなビジョンを受け止めていただいて、総務省「若年層に対するプログラミング教育の普及推進」事業に選定** されたり、公立中学でPepperを使ったプログラミング教育プログラムを提供する*** など、公的な分野での連携も増えてきました。
例えば地方の学校から依頼をいただいて、修学旅行で東京に来た際にこのオフィスでITキャンプを実施することもあります。国会議事堂やディズニーランドを巡るだけでなく、デジタルなモノづくりに触れるきっかけを提供することは意義があるし、「ゲームやアプリを作ることが楽しい」と思ってもらえる経験で、ひょっとするとその子の将来が変わっていくかもしれません。実際にそういう子どもたちをたくさん見てきました。
自治体との協働は地方創生を目的としたケースが多いですね。地域を活性化するには企業誘致や産業振興による税収アップが1つのカギですが、その仕組み作りのためにITは欠かせない要素です。そこで地域にシリコンバレーを作るようなイメージで、ITに長けた中高生を育てる中で大学生にも研修を行い、IT人材が育つエコシステムを作っていく。将来的に地域内の起業や産業振興につながるでしょうし、他の地域から企業を招く魅力にもなると思います。
そういう文脈での人材育成の取り組みは増えていて、福岡県飯塚市・嘉麻市・桂川町でプログラミング教育のプログラム提供を行っているほか、広島県、金沢市など、さまざまな自治体と共同でITキャンプを開催したりもしています。自治体の反応は上々ですね。縦軸のエコシステムを作る取り組みが評価され、僕らとしても手応えを感じています。
WEB限定コンテンツ
(2017.4.12 港区のライフイズテック オフィスにて取材)
text: Yoshie Kaneko
photo: Kazuhiro Shiraishi
** エヌ・ティ・ティラーニングシステムズ、リチャージとの共同事業。
*** 静岡県藤枝市では、藤枝中学での授業のほか、2日間の特別課外授業、藤枝市在住の中学生に向けた無料体験会を実施した。
「Life is Tech !」では、2017年10月中旬から始まる秋学期スクールの入塾を受け付けている。
https://life-is-tech.com/school/
水野雄介(みずの・ゆうすけ)
1982年、北海道生まれ。慶應義塾大学理工学部物理情報工学科卒、同大学院修了。大学院在学中に、開成高等学校の物理非常勤講師を2年間務める。その後、株式会社ワイキューブを経て、2010年、ライフイズテック株式会社を設立。14年に、同社がコンピューターサイエンスやICT教育の普及に貢献している組織に与えられる「Google RISE Awards」に東アジアで初の授賞となるなど世界的な注目を浴びている。