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キャリアの能動的設計が企業とも勝負できる可能性を開く

ミッションごとのチーム編成に応じた移り変わるオフィスとは

[上田恵陶奈]株式会社野村総合研究所 上級コンサルタント

前編で、激減する労働力を補うためにデジタル労働力や外国人労働力と共生すること、それが働き手のマインドセットや組織のあり方に変革をもたらすことを説明しましたが、そうした変化は必然的にオフィス環境を変えていくことになると思います。

まず、いま以上にリモートワークの進展が見込まれます。例えば介護のためにリモートワークに切り替えて、介護が終わるとまたオフィスに復帰するといった、オンサイトとオフサイトを行き来するようなキャリアパスが生まれてくるでしょう。

リモートワーク時代に際立つ2つのワークスペース

となると、オフィスはいつもいる場所ではなくなり、固定席の概念が薄れていきます。すでに弊社を含めフリーアドレスが広がっていますが、リモートワークをする時代のフリーアドレスはよりいっそう物理的な拠点の意味合いが薄れていくと思われます。

そうした変化は、クリエイティビティを高めることを目的としたコミュニケーションを生み出すスペースと、作業するためのサイレントなワークスペースの2つを意識したオフィス設計を促すことになるでしょう。それぞれの個性を際立たせたオフィスは増えてきていますが、この傾向にさらに拍車がかかると予想されます。

もう1つ、プロジェクトベースで生まれては消えるというような、移り変わるオフィスの増加も見込まれます。

組織がプロジェクト制やタスクフォース制に移行していくと、ミッションごとにチームが編成されるようになり、かつ、そのチームには社外のエキスパートも加わっていくことでしょう。そうすると社員でオフィスを構成するのではなく、仕事に関係する資料なども置いて外部の人と協働しやすい、カフェテリアのような空間が必要になると思います。

そういう空間がチームの活動の拠点となり、プロジェクトが終わると確保されていたスペースも解放される。出来上がっては消える、そんなオフィスが増えてくるのではないでしょうか。

マネジメント層は攻めの戦略で多様性を推進せよ

社内外のメンバーでチームを編成するということは、人材が多様化することを意味します。

労働人口の減少について研究結果をまとめた拙著『誰が日本の労働力を支えるのか?』(東洋経済新報社、共著)で、日本は労働市場としての魅力が高くないので外国人労働者はそれほど集まらないだろうと予測を立てていますが、しかしながら高度な専門性を持つプロフェッショナル人材は差別化に欠かせないため、好待遇で招へいされることもあるでしょう。そのとき、日本の様式を押し付けるのではなく、互いの文化や価値観を尊重し合う姿勢が不可欠です。

これからは人材のダイバーシティこそが競争力の源泉になるのです。マネジメント層や経営トップは受け身で多様性を許容するのではなく、攻めの戦略で多様性を推し進めていかなければなりません。

それは外国人に限らず、女性や高齢者やハンディキャップのある人に対しても同じこと。これまではCSRの一環として、少数派の人たちも認めてあげるという“上から目線”もなきにしもあらずだったと思いますが、今後はそういう人たちの提供してくれる違いこそが製品の差別化や何かしらの創造性につながるんだ、自分と違う価値観の人がいるからこそ自分の会社に競争力が宿るんだという具合に、意識改革が求められると思います。

AI活用に向けたデジタル化へ早期に着手を

もう1つ、日本企業に必要とされるであろう取り組みについていえば、業務のデジタル対応* が挙げられます。

まず、それぞれの人がどういう仕事をしているのかというジョブ・ディスクリプション(職務記述書)がないので、個人の業務の内容や遂行手順が暗黙知化されている状態です。この状況ではAIが定型業務を学習できず、自動化や効率化のさまたげになるでしょう。

業務の資料や打ち合わせのメモなども含めれば、デジタル化されていないものは結構あると思います。業務データをデジタル化するには時間がかかります。AIのサービスが今ないからといって手を休めるのではなく、AI活用に向けたデジタル化に早期に着手しておくことが賢明です。

暗黙知はデジタル化が難しいと考えがちです。例えば、工場で熟練の技術者が「このタイミングだよ」という一瞬は何によって判定されるのかは、実は本人も明確に言語化できなかったりしますね。だから「見て学べ」「技を盗め」といった指導に陥りがちなのですが、しかしセンサーや分析器にかけると、その瞬間に特定の周波数の音が聞こえているとか、明るさが変化するといった情報化が可能な場合もあります。その意味では経験値の共有は人間同士よりも、AIの機械学習の方がスムーズにできるということもあるでしょう。

そうはいっても全ての業務情報をデジタル化することは無理でしょうし、AIの分析データを効果的に使いこなすにはアナログの経験値も重要です。我々は決してデジタル万能論を主張しているわけではなく、AIができることはAIに任せ、そうでない部分は人間が担うべきだと考えます。そうした共存が現実的ですし、そこにこそ人の付加価値も生じるはずです。


株式会社野村総合研究所(NRI)はコンサルティング、金融ITソリューション、産業ITソリューション、IT基盤サービスの事業を展開。従業員数は6,003人、NRIグループ全体で11,605人。連結売上高は4,245億円。(数字はいずれも2017年3月)
https://www.nri.com/jp/


野村総合研究所 東京本社のオフィスには、コミュニケーション活性を目的としたカフェテリアがある。「普段会わない人とのコミュニケーション機会が増えました」と上田氏。同じフロアにはイベントスペースもあり、社内向けイベントやセミナーなども開催されている。

* 野村総合研究所と一般社団法人日本情報システム・ユーザー協会の調査では、同協会の会員企業208社のうち、9割が日本企業のデジタル化への対応は欧米に対して遅れていると回答している。

人間は働くことでアイデンティティを保つ。
それは生きるための欲望でもある。

AIやロボットが身近になると聞くと、ベーシックインカムの実現を想起する方もおられるかもしれません。

ベーシックインカムが主張される背景には2つの要素があると思います。1つは社会保障としての失業対策です。AI等による自動化が進めば高度な能力を持たない人々が大量に失業するという想定に立って、全員の基本的な収入を保証するという意味ですね。しかし、前編でも述べたように、ある業務が自動化されれば人は他の業務を始めるでしょうから、必ずしも失業しません。従って、AIが職場にやってきた、そこで失業対策としてベーシックインカムが必要だと考える主張に、我々は与しません。

もう1つは、デジタル労働力が普及することで人が行う業務が大きく減少するという要素です。これには賛成です。こちらは、長時間労働やルーチンワークから解放され、ワークライフバランスを充実させることにつながると、ポジティブにとらえることができます。より短い労働時間で収入を得られるようになっていけば、結果的に時給の底上げになります。さらに、副業や兼業による新たな収入の機会も可能となり、経済効果も見込まれるでしょう。

2点目を突き詰めると、AIが働いてくれれば、働かなくても収入を得られる人が生まれるかもしれません。とはいえ、人間は働くことでアイデンティティを保つという見方もあります。それは生きるための欲望のひとつでもある。さぼりたいという欲望を持っているのも事実ですが、一方で働きたいという欲望も持っているわけです。その意味で人々は労働をやめないだろうと思いますね。働く時間は減るかもしれないけれども、働かなくなるということはおそらくないということです。

キャリアパスを自律的に運用するという自覚を持つ

AIは人間の仕事を奪う脅威ではなく、人間ができないことや不得手なことを補うパートナーとなるというのが我々の見立てです。人間が持ちうる情報量には限度がありますが、AIは知識を補ってくれますし、これから先どうなるかというシミュレーションも示してくれます。

人間のスキルや能力を大きく広げることができるわけですから、筋のいいアイデアさえあれば個人が大企業と互角に勝負することだって可能でしょう。特に若手の方々の可能性は大きく開けていると思いますよ。

いまの仕事を受け身でこなすのではなく、自分の夢をどこでどう形にするか、そのために何が必要なのかを能動的に設計することが実現可能性を高めます。要はキャリアパスの多様性が生まれつつあるということですね。それを自律的に運用するんだという自覚を持ってほしいと思います。

仕事外の時間に、自分の好奇心や可能性をふくらませる

自由度が増すと、かえって不安を感じることもあるかもしれませんが、前編でも言ったように自らの可能性や専門性を広げる足がかりは「好きかどうか」というシンプルな動機でいいと思います。

参考になるかわかりませんが、私自身がどうやって専門性を作ってきたかといえば、そもそも社会の中でのデータの流れにまず関心がありまして、そこから個人情報や決済・マーケティング、ビッグデータやライフログへと派生し、さらにIoTへと行き着き、現時点ではAIになっています。私はそうした大きな動きを眺めたり、社会の仕組みとしてどうとらえるかを考えるのが好きなんですね。加えて、同僚の実行支援のうまさを見ると、とても敵わないとも思う(笑)。そうやって自分の興味や特性を生かせる分野を探った結果、シンクタンクのコンサルタントというキャリアが形成されてきたわけです。

人と話すことも専門性の形成に役立っています。私が先輩から受け継いだ信条の1つは「飲みに行くなら会社の人間と行くな」。同僚との交流も大事ですけど、それは会社の延長線でしかありません。新しい刺激を得たいなら、社外の人と積極的に交流することをお勧めします。私はしゃべるのが大好きなので、何かの機会に隣に座った方とはすぐ友人になってしまいます。老若男女問わず、中には父と同じ世代の人もいますよ。仕事外の時間の使い方次第で、自分の好奇心、ひいては可能性が大きく引き出されてくると実感しています。

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(2016.5.26 千代田区の野村総合研究所オフィスにて取材)

text: Yoshie Kaneko
photo: Kei Katagiri

英語が話せなかったという上田氏は、一念発起して社内制度を利用し、33歳で海外留学に挑戦した。いまでは堪能な語学力を生かし、オックスフォード大学との共同研究でも折衝の窓口を務めるなど、グローバルに活躍している。

上田恵陶奈(うえだ・えとな)

株式会社野村総合研究所 未来創発センター 2030年研究室 兼 コンサルティング事業本部ICT・メディア産業コンサルティング部 上級コンサルタント。東京大学法学部を卒業し、野村総合研究所に入社。英国University of Essex大学院政治経済学を修了。AI、決済、コンテンツなど複数の領域が融合した事業戦略の構築・実行支援、関連する政策立案に従事している。金融法学会会員、情報ネットワーク法学会会員。‎

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