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イギリスの医療問題解決を目指す、
産業界と連携したデザイン・プロジェクト

ICL、RCAによるジョイント・プロジェクト

[Helix Centre]London, UK

医療にまつわる諸問題はデザインの力で解決できる——。本気でそう考え、問題解決に向けて取り組むプロジェクトがロンドンにある。ヘリックス・センターだ。

ヘリックス・センターは、世界トップレベルの理系大学であり医療系にも強いインペリアル・カレッジ・ロンドン(Imperial College London/以下、ICL)と、同じく世界にその名を轟かせる美術・デザイン大学であるロイヤル・カレッジ・オブ・アート(Royal College of Art/以下、RCA)とのジョイント・プロジェクトだ。その拠点は、イギリスの国民保険サービス(National Health Service/以下、NHS)トラストの一部であるセント・メアリー病院の構内にある。

「ヘリックス・センターのアイデアは、RCAとICLの間で行われた共同プロジェクトがきっかけで生まれました。プロジェクトの一つに救急車のデザインの見直しがあり、それが成功したのと他のいくつかのプロジェクトにも後押しされて、イギリスの高等教育財政審議会(Higher Education Funding Council for England/以下、HEFCE)に助成金を申請することになりました。その資金でヘリックス・センターを立ち上げたのです」。シニア・デザイナーのジャンパオロ・フサリ氏(以下、フサリ氏)はこう振り返る。

デザイナーと医療の専門家がコラボレーションする機会を作る

「ヘリックス・センターは、デザイナーと臨床医がコラボレーションする機会を作ることによって、医療を提供する際に直面するさまざまな問題へのソリューションを見つけようとしています。デザイナーが実際の医療現場に溶け込むことによって、患者への治療方法の伝え方や患者側の理解の仕方など、病院内で人々が日々直面している問題について具体的に考えることができるようになるのです」(フサリ氏)

プロジェクトチームはRCAの優秀なデザイナー、ICLの優れた臨床研究者や臨床工学士、NHSの現場の医療スタッフで構成されている。各プロジェクトには、患者も含めてその分野で経験のある人々が集められる。病院の中にセンターを構えることで、医療現場の現実を深く理解したチームの編成が可能になるのだという。

とは言え、予算が潤沢にあるわけではない。NHSはイギリスの公共医療であり、国民は基本的に無料でアクセスできる。一方で近年の医療費高騰の影響を受けて、サービス品質の低下、財源の確保など抜本的な改革が求められているからだ。

「ヘリックス・センターの目的は、利用者目線の医療ソリューションを開発することですが、NHSの財政的な問題も考慮しなければなりません。低コストでも質や機能に妥協のないものをイノベートすることを目指しています」(フサリ氏)。

ヘリックス・センターはセント・メアリー病院の構内にある。
http://helixcentre.com

シニア・デザイナーのジャンパオロ・フサリ氏。RCAの研究機関ヘレン・ハムリン・センター・フォー・デザインのメンバーでもある。

  • ヘリックス・センターのスタジオは、病院の敷地の中ほどにあり、RCAの建築学科の学生が設計した。プレハブ工法によって事前に他の場所で製作した部材を運び、週末に現場で組み立てたため、病院関係者を驚かせた。

  • フォーカスしたリソースを活用し、短期間で有益なものを創り出す方法を、 ヘリックス・センターでは「デザイン・ダッシュ」と呼んでいる。

  • 壁には、さまざまなところに着脱することができるフックが付けられている。

  • フックにホワイトボードを装着した様子。プロジェクトの状況に応じて、空間が変化する。

  • スタジオのスペースはたびたびワークショップに使用される。医療系とデザイン系という異なる分野のメンバーからなるチームは、現実的なソリューションを見つけるプロジェクトに共同で取り組んでいる。

  • ワークショップにはデザイナー、医療関係者、エンジニアなど、さまざまなメンバーが含まれている。

  • デザインの方法論にあまり馴染みのない医療関係者向けに行われたワークショップ。

デザインの実践と手法の開発を行う
ヘリックス・ラボとヘリックス・メソッド

ヘリックス・センターの活動領域は、「ヘリックス・ラボ」と「ヘリックス・メソッド」の2つに分かれる。「ヘリックス・ラボ」は医療分野におけるデザイン的なイノベーションを開発する活動だ。その一例が、小児医療における投薬システムである。緊急医療の中でも、小児科の緊急医療は特に医師にストレスがかかる分野だ。そのため、残念ながら医療ミスが発生しやすい。そのストレスとミスを軽減するために、「ヘリックス・ラボ」は投薬の際に役立つシステムを開発中だ。患者のいくつかの指標を入力すれば、必要な投与量が計算できる。このようなイノベーションは小児医療に大きな影響を与え、命を救う可能性を秘めている。

一方の「ヘリックス・メソッド」は、医療をイノベーションするための設計手法の開発、普及、教育を行う活動だ。「例えば、全国の多数のNHSトラストが関わっている、外来患者へのサービスをデジタル化するプロジェクトにも参加しています。各地域のNHSトラストが設計手法を用いてそれぞれの抱える問題を特定し、共感し、試したり実施したりできるソリューションを考えるプロセスのお手伝いをしています」(フサリ氏)。

アプリなどの制作は各トラストがそれぞれ手がけることになるため、アイデアや可能性の提案までがヘリックス・メソッドの役割なのだそうだ。

ヘリックス・メソッドでは、ICLとRCAが共同運営する「医療とデザイン」という2年間の修士コースも提供している。ICLの学生をデザイン現場に、RCAの学生を医療現場に送ることから始まる、画期的なコースだ。2016年9月に始まったばかりで、来年度はさらに学生数を増やす見込みとのことだ。学生はもちろんのこと、指導陣も、医療系とデザイン系では物の見方も考え方もまったく異なるものだ。さらに、ICLとRCAでは校風も大きく異なる。お互いのあり方を尊重し、協力しながらコラボレーションの可能性を探っていく段階にある。

前述した通り、ヘリックス・センターはHEFCEから資金提供を受けてきた。だが、センターはプロジェクトの開発や、慈善事業や産業界とのパートナーシップによって元手をはるかに超える資金を集めたという。「ICLもRCAも有名大学ですから、資金調達能力は十分にあると言えます。ヘリックス・センターはさらに、米国のコンサルティング会社、IDEO(アイディオ)やシンガポール工科デザイン大学、自動車で知られるインドのTata(タタ)グループなどとも連携しています」(フサリ氏)

大きな可能性を秘めるヘリックス・センター

医療関係のソリューションは、開発から実際に臨床で使われるまで、気の遠くなるような時間がかかるものだ。「そのような状況下で、スタートからたった3年半の間に実現化したプロジェクトがあることは、素晴らしい成果だったんじゃないかと思っています」とフサリ氏は胸を張る。

デザイナーが病院内で活動をしているところは、イギリス国内で他には見当たらない。海外に目を向ければ、アメリカのメイヨー・クリニックがあるが、ここでは専属のスタッフがメイヨーのためだけに製品開発を行っている。それに比べてヘリックス・センターはNHSと密接な協力関係にあるものの、こうした限定はない。それゆえに、今後、商業的にも成功できるような拡張性のあるソリューションが開発される可能性を秘めている。

コンサルタンティング(デザイン): Coexistence (furniture)
インテリア設計: Ralf Alwani, Joanna Hyland and Matthew Volsen (RCA)
建築設計: Ralf Alwani, Joanna Hyland and Matthew Volsen (RCA)

text: Yuki Miyamoto
photo: Taiji Yamazaki

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