Workplace
Oct. 16, 2017
平等で持続可能な未来は
オープン・イノベーションから生まれる
未来の選択肢を提示するイノベーションラボ
[SPACE10]Copenhagen, Denmark
大企業にオープンイノベーションの重要性が叫ばれる中、ユニークな活動で注目を集めている施設がある。北欧家具ブランドであるIKEAのイノベーションラボ、SPACE10だ。ここは、“To create a better everyday life for the many people(より多くの人により良い生活を)”というIKEAのビジョンに新たな視点から取り組み、アイデアを生み出していく場所として2016年にコペンハーゲンに開設された。ユニークなのは、SPACE10がIKEAから独立した外部ユニットであり、IKEAのコア・ビジネスとは一線を画した形で活動をしているという点だ。
SPACE10のコミュニケーション・ディレクターを務めるサイモン・キャスパーセン氏はこのように語る。「話は5〜6年前にさかのぼります。当時、私は「Art Rebels」というクリエイティブ・スタジオで働いていました。Art Rebelsはコペンハーゲンに拠点を置き、アートを中心にさまざまなコミュニティを支援するクリエイティブ・スタジオで、感度の高い若者を中心に支持を得ていました。そこで私は同僚のカーラ・カミーラ・ヨルトとIKEAのために限定版の家具コレクションをデザインしたのですが、それがヒットして、IKEAの社長にもう一度企画を提案できるチャンスをいただけたんです」
グローバルカンパニーであるIKEAだからこそできること
それがすべてのきっかけとなった。何か新しいものを提案しようと考えていたキャスパーセン氏たちは、グローバルカンパニーたるIKEAが政治に左右されず人々の暮らしを変える力を持っているという可能性を見出し、「モノのデザイン」ではなく「場所のデザイン」を提案したのだという。「これからの社会の中でIKEAはどう責任を果たしていくのか。責任とは英語で“Responsibility”と書きますが、責任だけではなく、それをひっくり返した“Posibility to respond(反応するチャンスがある)”ということに対してIKEAがどう動くのかを社長に尋ねました」。そんな彼らの問いにIKEA側が理解を示し、SPACE10を立ち上げることになったのだという。運営を任されるにあたり、キャスパーセン氏とヨルト氏は、クリエイティブ・ディレクターのカーブ・プール氏と、チーフ・イノベーション・オフィサーのシャルニー・ブルネット氏を加えた4名の創業メンバーでスタートした。
「SPACE10では、未来を変えるマクロ・トレンドに注目しながら、『5年後、10年後に世の中がどう変わっていくか』、『これからの都市のあり方や人々の暮らし方はどうあるべきか』といったことを考えてコンセプトを立てています」。IKEAから100%の出資を受けている形になっているものの、発想の原点はIKEAのビジネスとは違うところにあり、マクロ・トレンドの中から未来のためのソリューションを考えるのがSPACE10の仕事なのだと言う。それが将来的にどこかでIKEAのビジネスにつながると考えて行動しているのだそうだ。
「最も大きなマクロ・トレンドとしては、テクノロジーによって個人の社会的な力、つまり発言権や発言力が高まったことでしょう。この大きな流れの中でどんなソリューションを考えるべきか、私たちは常に議論しています。また、人類の抱える課題として、天然資源にも注目しています。限りある資源を使いたい放題使い、環境を汚染してしまっている現在、この負のスパイラルから抜け出して環境に優しいサイクル(サーキュラー・エコノミー)を作るにはどうすべきか、『食』や『AI』、『建築』など、さまざまな切り口で研究を行っています」
ミートパッキングエリアにあるSPACE10の外観。元の施設が持つインダストリアルな雰囲気を活かしている
オープン:2016年
https://space10.io
SPACE10のコミュニケーション・ディレクター、サイモン・キャスパーセン氏。
プロジェクトごとに専門家とコラボする
オープン・イノベーションを実践
SPACE10にIKEAの社員は誰一人としておらず、プロジェクトごとに外部から招いた各部門の専門家とコラボレーションしている。常にアイデアを周囲と共有しながらオープン・システムでイノベーションを起こすことを重視しているのだ。そんな彼らが現在進めているプロジェクトの一つが、「食」である。ご存じの通りIKEAの店舗にはレストランが設けられており、IKEAと「食」は無縁ではない。
「国連の調査によると、今後35年の人口増加によって、食の需要は現在より70%増加する見込みだと言われています。そこで、食糧危機を迎えるであろう将来のために注目しているのが、タンパク源となる昆虫の利用と、育ちが早くミネラル豊富な藻や海藻なんです」。既にSPACE10の地下にはハイドロポニックス・ファーム(水耕栽培のための設備)が設置されていて、都市型農園の実験としてハーブや海藻の一種であり栄養価が豊富なスピルリナの栽培が始められているそうだ。これは「ローカルプロダクションの概念を変えて、生産拠点を郊外から都市に移してはどうか」という、将来に向けての実験でもある。
未来をつくるためには「恐れ」ではなく「楽しさ」を
しかし、外部のエキスパートを集めて研究活動を進めるSPACE10のような方法がどんな企業・団体にも当てはまるとは考えられない。キャスパーセン氏は言う。「それは、SPACE10が最初から“Don’t be a website – become a part of the web(私たちはウェブサイトではない。見ているだけではなく参加してほしい)”というスタンスで外に向けて発信してきたからでしょう」。SPACE10が発信者になるのではなく、コミュニティを作って参加者自身が発信者になるという考え方のもとに運営されてきたから、こういったオープン・イノベーションが可能になったのだろう。また、「SPACE10では、未来に対して恐怖を煽るようなシナリオについては話していません。同じテーマを取り上げるにしても、遊び心のあるアプローチで人々に呼びかけることを意識しています」とも言う。「恐れ」を切り口にするのではなく、あくまで「楽しさ」を追求する。この点も多くの参加者を集めている要因だ。
「私たちの価値観は“human first”、つまり、平等でより持続可能な未来を作るのが理想です。でも、これは言い換えれば、各個人が『どんな生き方をしたいか』だと思うんです。人を集めるにはもちろんボトムアップのアプローチも必要です。目先の問題を解決するのではなく、『どんな生き方をしたいか』という誰もにとって重要な投げかけをすることで、『未来のあり方』を一緒に考えて形にしていける仲間がSPACE10に集まるようにしたいですね」
目指すのは“the interface of innovation(イノベーションのインターフェイス)”。北欧の価値観、マインドセットを基準に、SPACE10は平等な世の中を実現すべく、活動を続けている。
インテリア設計: SPACON & X + 自社
text: Yuki Miyamoto
photo: Yuta Sawamura