Workplace
Nov. 6, 2017
スタートアップコミュニティとの
新たなタッチポイント
[Hanahaus]Palo Alto, USA
「イノベーションはいつでも壁の向こうで起きる」とは、SAPの共同創設者ハッソ・プラットナー氏の言葉。自社の枠を飛び出し、大企業、スタートアップ、大学などで構成されたエコシステムに身をおいてこそイノベーションは生まれるという意味だ。SAPが昨年オープンさせたハナハウスは、まさにそのための拠点。起業家や投資家、クリエイティブな個人が交流できるワークプレイスを提供することで、SAPは彼らのイノベーションをサポートしようとしている。
物件選びから設計、運営方法に至るまで、ハナハウスはプラットナー氏のビジョンが色濃く反映されたものだ。「コーヒーショップでやるというのが彼のコンセプトでした」とサンジェイ・シロール氏。曰く、オフィスパークではいけない、ダウンタウンの、路面でなくてはならない。オープンであるべきで、ハードルがあってはならない。計画段階ではデザインシンキングも取り入れた。起業家のペルソナを作り、彼らがどんな環境を必要としているか議論を重ねた。
「シリコンバレーの他にもロンドン、ベルリンなど様々な場所で起業家達をインタビューし、そこで得られた多くの要素を入れ込みました」(シロール氏)
施設の外観。パロアルト市街地の中心に位置し、元劇場のアイコンとしての存在感をいまも保っている。路面店にこだわり、いつも賑わいを見せている。
http://www.hanahaus.com
SAPのビジネスの場ではなく
イノベーションを促す場所
以上を踏まえて拠点を構えたのは、市街中心部にある古びた劇場だ。空間設計を担当したゲンスラー社は、歴史的な劇場の建築様式を維持しながら、新しいものを創造する起業家やコミュニティが柔軟に使えるクリエイティブな空間を構築した。客席の上にコンクリートのフロアを設置するなどの改修を施したが、エントランスから続くパティオやガラス天井はオリジナルを多く残している。
ワークスペース、ラウンジ、カンファレンスルーム、ミーティングルームはどれもメンバーシップ登録なしに使用可能。1時間ごとに課金される仕組みで、シングルシートは3ドル/h、大きな部屋は75ドル/h、小さな部屋は15ドル/hという具合。ロッカーやホワイトボード、マーカーなどの使用料金も含まれる。カフェにはスタートアップと同じくベンチャーキャピタルから資金提供を受けた出自を持つブルーボトルコーヒーを誘致した。オープンして1年が経つが、評判は上々。小松原氏にはこんな話を聞いた。
「シリコンバレーの起業家は、オフィスがなくて困ってるんです。カフェで長居するのは鬱陶しがられるし、コワーキングスペースに月々料金を払うのは負担になる。その点ハナハウスは、コーヒー1杯より安い1時間3ドルで席を借りられて、登録不要。みんな『ここが僕のセカンドオフィスなんだ』と言っていますよ」
意外なこともある。「SAPの施設」を示すものが一切見当たらないのだ。実はこれもプラットナー氏の意向。イノベーションのハブになるハナハウスでは、相手がSAPのコンペティターだろうと門戸を開くニュートラルな場所であるべきだと考えたのだ。そのためハナハウスのなかではSAP製品は売らず、マーケティングすら行わない。「SAPにとってはビジネスというより、イノベーションを促す慈善活動に近い場所です」(シロール氏)
SAPの名が前に出てくるのは、その慈善活動の限りにおいてだ。デザインシンキングのセッションやミートアップイベント、ハッカソンなどを開催する。SAP社員もワークスペースとして使用しており、なかには常駐している者もいるが、他のユーザーと同様の料金を払う。こうしてハナハウスは、街の起業家たちと社員が垣根なく交わる場に。SAPはスタートアップのエコシステムを支援しながら、その一員になったのである。
コンサルティング(ワークスタイル):自社、 ゲンスラー・アンド・アソシエイツ・インターナショナル・リミテッド
インテリア設計:ゲンスラー・アンド・アソシエイツ・インターナショナル・リミテッド
text: Yusuke Higashi
photo: Hirotaka Hashimoto
WORKSIGHT 10(2016.10)より
イベントスペース。ミートアップやハッカソン、デザインシンキングのワークショップなど、各種イベントの会場としても頻繁に利用されている。
SAPイノベーションセンター
ネットワーク
ヴァイスプレジデント
サンジェイ・シロール