Management
Jan. 22, 2018
「時間×人材×意欲」のマネジメントで、組織生産性を最大化する
大企業病を克服すると社員の働き方も変わる
[エリック・ガートン]ベイン・アンド・カンパニー シカゴオフィス パートナー
約20年に渡り、世界の大企業に対するコンサルティングに従事してきました。その中で痛感することですが、複雑な組織構造や硬直した労働環境が生産性を低下させる、いわゆる「大企業病」に罹っている企業の何と多いことか。
組織が長期的に繁栄するために生産性の向上は欠かせません。しかし、多くの企業で社員たちが無駄な会議やメールに追われ、意思決定も迅速にできない状況に置かれている。これでは組織生産性の向上は望むべくもありません。
当然ながら、そういう状態では働き手もハッピーになれません。長時間、自分の意に反してオフィスに縛り付けられ、しかも能力に見合った配置がなされない。そんな職場ではポテンシャルをフルに発揮できません。職業人として大きな成長も望めないでしょうし、さらにいえば人生の充実度も損ねていると思います。
組織の生産性を高めることは、組織にとっても、またそこで働く個人にとっても幸せなことなのです。多くの組織が大企業病から脱却できるように、コンサルタントとして何か手を打たなければいけない。そんな使命感に駆られて執筆したのが、『TIME TALENT ENERGY――組織の生産性を最大化するマネジメント』(プレジデント社/マイケル・マンキンス、エリック・ガートン共著)でした。
現代の経済的価値を生むのは人的資本
現代において「TIME(時間)」「TALENT(人材)」「ENERGY(意欲)」こそが、希少性のある経営資源であり、この3要素に対する戦略的なマネジメントが組織の生産性を高めるべきだというのが本書の主張です。
長らく経営における重要な資源は資金とされてきました。確かに資金繰りは重要です。しかし、世界の資本総額はこの20年で3倍以上、世界のGDP総額の10倍にまで増大しています。資金調達コストも以前より格段に低く抑えることが可能です。もはや、それなりに収益を上げている企業なら資金繰りに頭を悩ます時代ではないのです。
大企業病による無駄を排して、成果に結びつく活動を社員が行える「時間」を最大化すること。スキルや能力、想像力など、「人材」の質を高めることに配慮した配置、チーム作りを行い、部下のやる気を引き出すリーダーシップを実践すること。適切な動機づけや労働環境、企業文化などで人材の「意欲」を高めること。これらの要素の組み合わせにより、人的資本が組織生産性、経済的価値へと変換されることになるのです。
深刻な大企業病に見舞われている日本企業
我々が世界の大企業の経営幹部308人を対象に調査したところ*、平均的な企業の場合、大企業病にかかると生産力の20パーセント以上を失うことが分かっています。大企業病にかかっていないトップ4分の1の優良企業は、それ以外の企業の1.4倍生産力が高く、積算すると10年後にその差は30倍になると見込まれます。
この差は日本ではさらに大きく、優良企業はそれ以外の企業と生産力に1.8倍の差をつけています**。組織生産力の平均で見ると、日本はグローバルの約8割に過ぎません。日本の優良企業は世界の優良企業と比肩する生産力を持っているので、それ以外の企業の生産力が極めて低いということになるでしょう。そういう意味では日本企業の方が事態はより深刻と言えるかもしれません。
ベイン・アンド・カンパニー(Bain & Company)は米国ボストンに本拠を置く経営戦略コンサルティング会社。1973年設立。2018年1月現在、世界36カ国に55拠点のネットワークを持つ。東京オフィスは1981年に開設された。
http://www.bain.co.jp
『TIME TALENT ENERGY ―組織の生産性を最大化するマネジメント』(プレジデント社)。ベイン・アンド・カンパニー サンフランシスコオフィスのパートナーであるマイケル・マンキンス氏と、エリック・ガートン氏の共著。
監訳・解説はベイン東京オフィスの石川順也氏、西脇文彦氏、堀之内順至氏。
* ベイン/EIU(エコノミスト・インテリジェンス・ユニット)の合同調査。
** 売上500億円超の日本企業のマネジメント層462人を対象としたベイン/プレジデント社の合同調査。 (回答者の所属している企業の売り上げ規模は500億~1,000億円が56名、1,000億~5,000億円が160名、5,000億~1兆円が82名、1兆~2.5兆円が91名、2.5兆円以上が73名)
日本では残業、過労死、長時間労働から来るうつや自殺が問題になっているそうですが、これはその組織が大企業病に陥っていることを示すサインに他なりません。大企業病にかかると時間は使うのに生産性は上がらないという苦しい状況になるのです。ですから、まずは時間の使い方を見直して、労働時間は長くならないけれどもやるべきこともできる、そういう環境を作ることが必要です。
改善の第一歩は、どんな作業にどれだけの時間を使っているかを記録して可視化することです。特に日本企業では度重なるミーティングや非効率な部門間のコラボレーションなどに必要以上の時間を取られる傾向があります。業務ごとにかかった時間をデータ化することで、貴重な時間をどれだけ浪費しているかが客観的に見えてくると思います。
(ガートン氏提供の図版を元に作成。* 概ね満足し、生産的な労働に所定の時間を100%使える社員が平均的な割合で存在する場合の組織の生産量を100としている。出所:グローバル:ベイン/EIU合同調査(N=308) 日本:ベイン/プレジデント合同調査(N=462))
違いを生むディファレンスメーカーを見出し、
組織生産性に直結する職務に割り当てる
人材、TALENTの扱いについても発想の転換が必要です。
興味深いのは日本でもグローバルでも、優良企業とそれ以外の企業で、違いを生み出すAクラス人材、すなわち「ディファレンスメーカー」の割合はそれほど変わらないということ。ということは、いかにそういう人たちの能力を生かすか、いかにチーム化するかが焦点となるわけです。
優良企業は優秀な人材を集めて成果が最大になるような形で配置することで、生産力指数を29ポイントもアップさせています。社内のディファレンスメーカーを見つけて育て、本当に違いを生み出せる職務に割り当てることが重要です。それには人事の慣行を見直して、データに基づくコーチングを行い、能力にさらに磨きをかけるように支援するほか、会社の命運を握るような仕事にはオールスターチームを編成して配置する果断さが問われます。
しかしながら日本の場合、悪平等ともいえる人材マネジメントが目立ちます。日本企業を対象とした調査で、チームを構成するときにベストな人材を中心に作るのではなく、手の空いている人をアサインしがちだということが明らかになっています。グローバル企業と比べて2倍も多い数値です。
平等主義的な思想でディファレンスメーカーの人とそうでない人を同じように扱ってしまうわけです。集団の和を尊んでいるのかもしれませんが、個別の能力を見極めずに一括化してしまうのは悪平等ですし、結局は組織のためになりません。
「タレントバランスシート」でディファレンスメーカーを全社的資産に
適切なジョブローテーションは格好の人材育成の機会となります。日本企業は1つのポジションに留まる時間が長く、これは能力開発の面からいえばもったいないことですね。さまざまな経験を積んでいくことで、その人の資質を育成することにつながりますし、また組織に対する愛着も養われます。
ローテーション先は同じ企業内の別の部署やチームということもあるでしょうし、あるいは企業外への派遣も意義があります。いずれにせよ全く畑違いの分野ではなく、現在の職務と次の職務の中に重複や関連がある分野で経験を積ませることが、その人に見合った資質を高めることになります。
こういうとき、現場のエースが引き抜かれると困るということで、直属の上司はローテーションを嫌がったりします。人材の囲い込み現象はどんな会社でも見られますが、企業全体のより大きなメリットのために人材をシェアする風土を全社的に醸成したいものです。ディファレンスメーカーは“ウチの部門の宝”でなく“会社全体の宝”だという認識を浸透させるわけです。
これをクライアントに説明するとき、我々は「タレントバランスシート」というコンセプトを使います。マネジャーがどれくらいディファレンスメーカーを育成したか、何人のディファレンスメーカーを他部署に“輸出”したか、その中でディファレンスメーカーがどのように成長したかをデータで示すのです。貿易収支と同じですね(笑)。こういうタレントシェアリングの考え方は風土的、文化的な問題と、それからやはりトップ側からのリーダーシップによって変えていかなければいけない問題です。
もちろん、チームリーダーのような中間のポジションにいる人も同じ認識を持っていただきたい。こうした方法論を使いながら、自分たちで率先してやり方を変えていくことは可能だと思います。
日本には組織内で波風を立てることを嫌う風土があるようですが、一方でトヨタ生産方式のような優れたカイゼンの仕組みを生み出してもいますよね。「これはおかしいんじゃないか」とか「こういうやり方のほうがいいんじゃないか」という提案を誰もが行える環境を作ることが、マネジメントの課題であると思います。
組織の内と外で人材の流動性を高める
もう1つ、日本での課題としては、組織の内と外で人材流動性を高めることも重要です。人材流動性が低いゆえに、最も違いを作り出せるようなポジションに巡り合えないこともあるでしょうし、組織に対して不満を抱く層が多いこともこれに関係していると思います。
日本企業は1つのポジションに留まる時間が長いこと、もっと適切なジョブローテーションを行った方が人材の資質を伸ばすことになると前編で説明しましたが、人材や仕事の流動性を高めると組織へのロイヤリティも高まるというおまけもあるのです。1人でも多くのディファレンスメーカーにわが社に来てもらうよう、自分たちの職場をより魅力的なものにしようと考えるからです。そうなると企業側も頑張らないといけなくなる。個人と組織のそれぞれのレベルで人材を誘い合う状態になるわけで、それは職場作りにポジティブな影響を与えるはずです。
そして、ディファレンスメーカーが入ってくるような会社は全ての人材にとってよりいい会社になっていきます。最終的にいいスパイラルが生まれるわけですね。そういう点に配慮することで日本企業がより早く、より良くなり続けることが可能になると思います。
「時間」「人材」に加えてもう1つ、「意欲」が組織生産性の向上の鍵を握りますが、これについては後編に説明を譲りましょう。
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(2017.11.7 港区のベイン・アンド・カンパニー東京オフィスにて取材)
text: Yoshie Kaneko
photo: Ayako Koike
トヨタの生産工場では、問題が生じたとき、スイッチを押してラインをストップさせる権限をラインワーカーに持たせている。同じことをホワイトカラーにも適用すればよいとガートン氏は説く。
エリック・ガートン(Eric Garton)
ベイン・アンド・カンパニー シカゴオフィスのパートナーであり、グローバルの組織プラクティスのリーダー。約20年に渡り、組織デザインや企業統合、コスト削減等のプロジェクトを手がけている。