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部下を信用して任せ、インスパイアするリーダーであれ

顧客重視の企業文化で社員の意欲を引き出す

[エリック・ガートン]ベイン・アンド・カンパニー シカゴオフィス パートナー

組織の生産性を最大限に引き出す希少な経営資源は「TIME(時間)」「TALENT(人材)」「ENERGY(意欲)」です。

「時間」については過剰な階層構造を排して効率よく業務を進めること。そして「人材」については、差別化の源泉となるディファレンスメーカーを見つけ、育て、能力を発揮できるポジションに配置することが重要だと前編で説明しました。

生産性向上のカギを握るもう1つの要素が「意欲」です。社員のやる気を引き出すために、当事者意識を持たせ、仕事に使命感や熱意を発揮してもらうことが肝要です。

部下を奮い立たせるインスピレーショナルなリーダーシップ

日本企業では不満を抱きながら仕事をしている人の比率が、世界の企業と比べて高いことが我々の調査であきらかとなっています。意欲あふれる社員の生産力はそうでない社員と比べて2倍以上の生産力を持ちますから、不満層を減らして意欲層を増やすためにも、アイデアをボトムアップできるシステムをリーダーが主導して構築していく必要があるでしょう。

とはいえ、日本のリーダーは部下に活力や刺激、モチベーションを与えるという役割がうまくできていません。業績を上げるための管理手法はよく理解し、実践しているのですが、それだけでは不十分なのです。

我々の調査* から浮かび上がった部下のやる気を奮い立たせるインスピレーショナルなリーダーシップの構成要素として、まず挙げられるのは「自身の平静を保てること」。その上に4つの力が求められます。

自己感情の客観視、ストレス耐性、柔軟性、楽観主義などからなる「自己の能力を伸ばす力」、バイタリティや謙虚さ、共感する力、コミュニケーション力、他人の成長を支援する姿勢といった「周囲と理解し合う力」、言行一致、オープンな姿勢、強い責任感、多様な視点を受け入れる力、成果・貢献への評価などで構成される「チームの気風を打ち出す力」、そしてビジョンを描く力、選択と集中、協調性、信じて任せる姿勢、協業の促進、奉仕型リーダーシップなどからなる「チームを率いる力」です。

上から目線で部下を管理するのではなく、あるべき答えが現場から上がってくるという想定の下に、部下を信頼し、実際にやらせて答えを見つけさせるというプロセスが重要です。縦型のマネジメントというよりも横型のマネジメントの方が組織生産性はアップします。

ここに挙げたリーダーシップ要素を全て備えることは難しいですし、またその必要もありません。要素をどれか1つ、その組織のリーダーグループのトップ10パーセントに入る程度に強く持っていると、その人はみんなを鼓舞するリーダーであると見なされます。要素を4つ備えていれば、その人は素晴らしいリーダーだと評価されます。自分の強みや個性に合わせてコンビネーションを変えればいいでしょうし、そうやっていろいろなタイプのリーダーがいることで組織も強くなります。

リーダーはプレイングマネジャーであることが望ましい

加えて、リーダーは現場の業務に対する深い理解が求められます。その意味でリーダーはプレイングマネジャーであることが望ましいでしょう。マネージするだけの傍観者ではいい結果は出ません。プレイヤーでありコーチであってほしいと思います。

日本ではプレイングマネジャーは本人の負荷が大きいということで敬遠されることがあると聞きましたが、それは部下を厳重に管理するマイクロマネージをしているからではないでしょうか。重箱の隅を突くようながっちりしたマネジメントではなく、任せられるところは部下に任せるようにすることで、その信任自体が部下にはモチベーションとなり、成果を出せるようになります。結果として、リーダーも他のことをする時間が出てくる。すなわち、素晴らしいリーダーシップがあることで、成果を挙げることと部下にインスピレーションを与えることが互いに相乗効果を生み、全体がいい循環となってうまく回り出すんです。

例として思い浮かぶのはグーグルですね。同社ではマネジャーに多くの裁量課題が寄せられるので、とてもじゃないですけどマイクロマネージなんてできないということです。ですから部下を信用して任せる形の管理体系になっているわけですが、それが功を奏していることはみなさんご承知の通りです。

もちろん任せきりでいいわけではありません。リーダーの役割は向かうべきゴールや方向性をしっかり示しながら、同時にそこへたどり着くための道筋、仕事のやり方を部下に考えさせ、そして結果を出させることです。日本企業のリーダーも部下を刺激してうまく導く手法を体得すれば、さらに優れたリーダーシップが体現できると思います。

対立軸をうまくマネジメントして、バランス感のあるアウトプットへ

こうしたインスピレーショナルなリーダーシップを実現するには、「自律」と「責任」、「イノベーションの自由」と「型通りのやり方」、「整合性」と「主体性」といった対立軸をどのようにバランスするかを検討しなくてはなりません。どこまで機動的・自律的な組織とするかを明確にするわけです。

新しい発想に向かってイノベーションを起こさせる力を部下に蓄えさせるという考え方と、リスクのない従来型の手法を粛々と続けさせるという考え方。どんな組織にもこの2つの考えが共存します。一定のスピード感を保って事業展開するには、みんなで足並みを揃えることが求められますし、他方でブレークスルーを起こすには新しい考え方で独自に道を切り開く力も必要です。両方の側面をうまくマネジメントして、バランス感のあるアウトプットを生み出していくことが組織の生産性向上の肝となるのです。

多くの企業はアカウンタビリティ(説明責任)やスケーラビリティ、再現可能性といった、どちらかというと階層型管理に馴染む要素に軸足を置きがちですが、両者のバランスを取るためには今までの考え方や文化的慣行からのシフトも必要でしょう。

自律性、アカウンタビリティ、説明責任などを担保しつつ、イノベーションを起こせるような思い切った独立性を併せ持ち、会社としては同じ方向に足並みを揃えていく。こうした異なる3つの要素をうまくバランスできる企業が将来的に成功すると思われます。

自律的だが部分最適ではない、Spotifyの組織モデル

例えばSpotify社** は、この3つのバランス感が非常にうまく取れている好例です。

社員は「スクアッド」という最大8名のメンバーで構成される自律的なチームに編成されます。スクアッドはそれぞれ担当している機能において、開発から動作検証まで製品のライフサイクル全体に責任を負います。スクアッドには正式に任命されるリーダーは存在せず、その場に応じてそれぞれのメンバーが統率力を発揮します。

複数のスクアッドが集まって「トライブ」と呼ばれる小組織を作る一方で、同じトライブ内の複数のスクアッドメンバーから成る分会「チャプター」もあります。チャプターがあることでスクアッド全体の学びや業務遂行能力の向上が促されるのです。さらに、チャプターとスクアッドにまたがったメンバーで知識や利害を共有する「ギルド」という集まりもあります。

Spotifyのスローガンは「自律的であれ、だが部分最適になるな。Spotifyのエコシステムのなかでよき市民たれ」というものですが、責任の所在をあいまいにすることなく自律性を担保する組織モデルは、まさにこの理念を体現するものと言えるでしょう。メンバー同士の多元的なコミュニケーションはありますが、組織構造は簡素なのでオペレーションが複雑にならず、従って無駄な会議や打ち合わせに時間を食いつぶされる心配もありません。

世界の多くの企業、例えば金融グループのINGやオーストラリアのANZ銀行などがSpotifyモデルに学び、自分たちの組織改編に役立てようとしています。もちろん日本企業でも取り入れることは可能です。ただ、当然のことですが、それぞれの企業戦略やオペレーションモデル、組織風土などによって解は違ってきます。Spotifyのモデルはバランス感覚を取るための1つの参考になるということです。


ベイン・アンド・カンパニー(Bain & Company)は米国ボストンに本拠を置く経営戦略コンサルティング会社。1973年設立。2018年1月現在、世界36カ国に55拠点のネットワークを持つ。東京オフィスは1981年に開設された。
http://www.bain.co.jp

* ベイン/EIUの合同調査(回答数308)、ベイン/プレジデント社の合同調査(回答数462)。

** 音楽のストリーミング配信サービスを展開するスウェーデンの企業。
Spotifyの組織モデルについては、ガートン氏の著書『TIME TALENT ENERGY ―組織の生産性を最大化するマネジメント』(マイケル・マンキンス氏との共著、プレジデント社)で詳しく解説されている。

顧客重視の企業文化を醸成し、
社員に当事者意識や起業家精神を根付かせる

社員の意欲を引き出すには、顧客に主眼を当てた企業文化の醸成も不可欠です。例えばNetflixやアマゾンでは起業家精神を持つ社員が少なくありませんし、起業しないまでも独立自尊で仕事ができる雰囲気が満ちあふれています。

顧客のために会社があり、顧客のために自分は仕事をしているのだという当事者意識を根付かせるのです。顧客重視の企業文化は社員の行動に落とし込まれます。特にディファレンスメーカーの行動に良い形で企業文化がはまれば、それに影響を受けて多くの社員の働き方が変わってきます。

会議やミーティングをどう切り盛りしてマネジメントするか、時間に対してどういう考え方を持つか、部門間でどのようにコラボレーションするか、リスクを想定しながらイノベーションを進めるか――。時間や人材にも関係する諸々の課題を組織立って変えていくことができるようになるばかりか、長期的に見て社員の起業家精神を刺激し、時代の変化に順応する組織づくりを導くことになるでしょう。

M&Aは企業文化を再定義するチャンスにもなる

企業の文化や風土を変えるのは時間がかかります。ともすれば現場の反発に遭うかもしれません。しかし、強固なリーダーシップをもって努力していけば変えられるはず。リーダーたるもの、そこはじっくりと働きかけて現場を動かしていく力量が問われます。

また、M&Aは企業文化を刺激し、再定義するユニークなチャンスになり得ます。マイクロソフトのケースがまさにそうですね。ある会社を買収したとき、その会社をバラバラにすることなく、むしろ大きな権限を与えました。相手会社のいいところを自らの組織に取り入れたわけです。こういう形のM&Aは、吸収された企業が合併先の組織の変化を駆動するような触媒機能を果たすことが期待できます。

最近では、物言う株主が投資先企業をてこ入れするために、この手法を使うことも増えてきました。しかしやはり、そういう外部からの圧力ではなく、リーダー自らが勇気ある強いリーダーシップで率先し、主体的に変わっていくことが望ましいでしょう。

日本企業が新しい道を模索する最適なタイミングは今

日本企業はイノベーションを数多く起こしてきた豊かな歴史がありますし、またそれぞれの業界でしっかり仕事をしてきた人材を多数抱えている点も強みといえます。また生産性改革については政府も注目しているという追い風環境にある。さらに、人口減少という状況を考えると、企業も従来型ではない新しい仕事の仕方に目を向けなければいけない状態にあります。今は日本企業が新しい道を模索する最適なタイミングだと思います。

変化を起こすことには負担も痛みも伴いますが、「時間」「人材」「意欲」という3つの要素がうまくかみ合って好循環を作り上げることで、組織にとっても個人にとっても、そして株主や国にとっても大きな恩恵が得られるのです。社員はその組織で満足して働き続けることができますし、持続的な成長も図られ、より大きな成果を挙げることができるようになります。そのとき初めて、組織が大企業病と決別したといえるでしょう。

そうやって一人ひとりの社員が生き生きと働き、何か1つでもいいので素晴らしいアイデアが出てくればいいですね。それが長期に渡ってその会社に価値をもたらすかもしれません。アップルのiPhoneやアマゾンのウェブサービスも出発点は社員個人のアイデアでした。

こういうすごいアイデアは、時間をクリエイティブに使うことのできる社員がいて、またそのスキルや環境を担保し、適切に人材評価できるリーダーやマネジャーたちがいたからこそ生まれました。同じことはどの企業にも起こり得るのです。

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(2017.11.7 港区のベイン・アンド・カンパニー東京オフィスにて取材)

text: Yoshie Kaneko
photo: Ayako Koike

エリック・ガートン(Eric Garton)

ベイン・アンド・カンパニー シカゴオフィスのパートナーであり、グローバルの組織プラクティスのリーダー。約20年に渡り、組織デザインや企業統合、コスト削減等のプロジェクトを手がけている。

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