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複雑化する時代、「美意識」がビジネスの羅針盤となる

仕事の「時間」だけでなく「質」も含めた議論を

[山口周]コーン・フェリー・ヘイグループ株式会社 シニア・クライアント・パートナー

グローバル企業がアートスクールで幹部トレーニングを行ったり、ニューヨークやロンドンの知的専門職が美術館のギャラリートークに参加したりと、海外のビジネスパーソンの間で「美意識」を高めようとする動きがあります。

経営の世界ではこれまで「分析」「論理」「理性」が重んじられてきました。しかし、こうした「サイエンス」に比重を置いたままでは、今日のように複雑で不安定な世界で適切な意思決定をすることができません。論理的・理性的スキルに加えて、「直感」「倫理」「感性」「センス」「真・善・美を問う姿勢」――すなわち「美意識」を鍛えることで、彼らはこの混沌とした時代においてビジネスを牽引する力を得ようとしているのです。

したたかな戦略のもと、功利的に美意識を鍛える

ビジネスで美意識が求められるようになった背景には、次の3つがあると考えられます。

第一に、論理的・理性的な情報処理スキルが限界にきていることです。多くの人が論理的・分析的な情報処理スキルを身に付けた結果、みんなが同じ正解を出すようになりました。これは正解のコモディティ化、差別化の消失を招いています。

また、不安定で不確実、複雑、あいまいな今日の世界の状況を鑑みると、いたずらに論理的で理性的であろうとすれば、それはビジネス上の問題解決能力や創造力を麻痺させることにもつながります。全体を直覚的にとらえる感性と、「真・善・美」が感じられる対策を打ち出せるような構想力や創造力が求められているのです。

第二に、世界中の市場が「自己実現的消費」へと向かいつつあることが挙げられます。全地球規模での経済成長が進む中、今やマーケティングを元にした機能的優位性や価格競争力では太刀打ちできません。消費者の承認欲求や自己実現欲求を刺激するような商品やサービスが求められ、これを具現するにはビジネスの担い手の感性や美意識が問われるわけです。

第三に、システムの変化にルールの整備が追い付かない状況が起きていること。明文化された法律だけに依拠した経営は、結果として社会の規範に外れる恐れがあります*。質の高い意思決定を継続的に行うには、内在的に倫理性や真・善・美を判断するための美意識が必要となるのです。

欧米のビジネス人が多忙な時間の合間に芸術に触れるのは、見せかけの教養を身に付けるためではありません。したたかな戦略のもと、極めて功利的に美意識を鍛えているのです。

個人の大胆な直感を尊重し、イノベーションを実現しているグーグル

日本でも論理や分析に重きを置いた意思決定がなされています。ここに日本企業の抱える問題の一端があるのではないかと僕は考えています。

アカウンタビリティが過剰に求められ、好き嫌いやわがままといった、直感や感性に基づいた意思決定が許されない。合議で物事を決め、市場調査やユーザー分析をして、その結果に従うわけですから、誰がやっても同じような答えが出るのは当たり前です。そういうビジネスではレッドオーシャンに突入し、血で血を洗う価格競争に陥らざるを得ません。会社としてパフォーマンスは低迷していきます。

仮に市場調査の結果とは違っても、自分がいいと思う方向へ舵を切るようなわがままが許されない限り、その人の個性が発揮できないわけですから、ビジネスの差別化は図られないのではないでしょうか。

もちろん、事業にわがままを持ち込むには責任が伴いますし、社内外の合意形成を図るには理屈で説得する姿勢も求められます。特に上場企業の場合、その傾向は顕著でしょう。

それでも例えばグーグルは、上場企業であるけれども議決権のない株式を発行するなどして、経営の自由度を高める工夫をしながら成長を続けています。大胆な直感や個人から発したビジョンが創造力の源泉となり、画期的なアウトプットを次々と打ち出して企業価値を高めているのはみなさんご存知の通りです。

直感を生かすために胆力やリーダーシップを備える

定量的で論理的な根拠がなければ意思決定できないというのでは、複雑で不透明で変化の早い世界で生き残ることはできません。リーダーは自らの直感も生かしてビジネスを作っていく胆力やリーダーシップを持っておくべきでしょうし、実際、私がお会いした経営者の多くは経営では直感が大事だとおっしゃっています。

そう考えると、企業の人材育成において、センスや直感で意志決定できる機会を用意することも必要ではないかと思います。経営学の知識はビジネススクールに通ったり本を読んだりすれば誰でも身に付けることができます。そうしたロジックに長けた人ではなく、センスの良い人が幹部候補になれるシステムを構築するということです。

仕組みを作ると同時に、働く人のマインドセットも変えていく必要があるでしょう。僕はビジネススクールで教えたり大手企業の幹部候補者にリーダーシップ育成トレーニングを行ったりしていますが、美意識を鍛える以前に、自分の感性に自信が持てない人が多いことを実感しています。

例えば美術作品を5つ並べて、自分がいいと思う作品を選んでもらうワークショップをすることがあります。すると「絵だけでは決められない、作者や制作年代などを教えてほしい」と声が上がる。でも付帯情報は示さずに、あくまで自分の感覚で選んでいただきます。最後に、「これはマチス、これはピカソ、残りの3つはうちの子どもが幼稚園のときに描いた絵です」と種明かしする。すると、子どもの絵を選んだ人は「見る目がない」とがっかりして、マチスとピカソを選んだ人でも評価額の高い方を選んだ人が「一番すごい」となるんですね。

企業が求める人材像が変われば学校教育も変わる

要するに、価値を決める基準が自分の中でなく、外部にあるということです。その考え方にとらわれている限り、事業に自分のセンスや個性を反映させることは望むべくもないでしょう。

あるいはまた、「ワークショップで正解を提示してほしかった」という受講者もいます。そういう方はどこかに正解があると思っている。先生が隠し持っている答えを当てることで評価される教育を受けてきて、ビジネスもそういうものだと思っているんです。

企業の人材教育だけでなく、大学や高校、小中学校の教育も見直す時期に来ているのかもしれません。例えば、小中学校で行われている音楽や美術の授業は、突き詰めると歴史の授業なんですよね。ベートーベンの顔写真と「運命」という楽曲のタイトルをつなぐとか、そういう知識ばかりが問われて、作品の聴き方や観方を探求するような鑑賞教育はほとんどないし、従って感性も養われない。

学校の教員に社会人を登用したり、思考力を問う問題を出すようになったりといった変化の動きはありますが、企業が求める人材像が変われば市場原理が働いて、まず大学教育が変わり、そうすると高校教育が変わり、遡及的に中学校、小学校の教育も変わってくるでしょう。


コーン・フェリー・ヘイグループはリーダーシップ開発の領域で世界最大のコンサルティング会社。米国フィラデルフィアに本拠を置き、世界約50カ国に90近くのオフィスを構え、組織・人材に関するコンサルティングサービスを提供している。
コーン・フェリー・ヘイグループ株式会社は、日本におけるコーン・フェリーのアドバイザリー部門。人材・組織開発、エンゲージメント向上などを通じて、クライアントのビジネスを支援している。1979年設立。
http://www.haygroup.com/jp

* 分かりやすい例として山口氏が挙げるのは、旧ライブドアの不祥事や、キュレーションサイトで不正確な記事作成や著作権無視の転用を繰り返したDeNAのケースなど。


山口氏の著書『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?―― 経営における「アート」と「サイエンス」』(光文社新書)では、複雑化・不安定化したビジネス社会で勝ち抜くために直感や感性が必要であると説いている。

新しい価値を生み出すには
ゆるぎない直感や確固とした自尊心が必要

以前、イノベーションをテーマとした本を出版したとき** 、世の中にエポックメイキングな影響を与えた商品やサービスを作った人に話を聞いて回ったことがありました。印象的だったのは、彼らにとってその商品やサービスは単なる仕事ではなく、愛着のあるアート作品だということ。市場性やトレンドを計算しているわけではなく、作りたいから作ったという方が多かったんですね。

新しい価値を生み出すには、「誰が何と言おうと自分はこの絵が好きだ」と言い切れるようなセンスが必要で、それには確固とした自意識や自尊心がなくてはなりません。鑑定額や美術史的な意味といったエビデンスがないと判断に自信が持てないのが今の日本のエリートなんですけど、本来エリートというものは自尊できて、そのうえで複雑な課題に果断に対処していく力を備えた人のことをいいます。

自分が進む道を示されるのを待つのではなく、もっとわがままに、好き嫌いで物事を決められるようになれば日本のビジネスが変わってくるでしょうし、イノベーションも増えていくのではないかと思います。

わがままは世の中にポジティブな変革をもたらす

「わがままこそ最高の美徳」と説いたのはヘルマン・ヘッセです。同名の著書(草思社)において、世の中にポジティブな変革をもたらした人はみんなわがままである、イエス・キリストもその1人だったと彼は言うんですね。そして、わがままであることの意義が忘れ去られたときに世の中の進歩は止まるだろうとも述べています。

ニーチェも『ツァラトゥストラはこう言った』(岩波文庫ほか)で、人間は「汝なすべし」という受動の状態から、「我欲す」という能動性を獲得することで成長すると主張しています。チャールズ・チャプリンは映画『モダンタイムズ』で社会システムの中で人間が1つの部品になることに警鐘を鳴らしました。

歴史を振り返れば、世の中の枠組みや社会のルールに盲目的に従うことの危険性を多くの人が指摘しているわけです。これは現代を生きる我々にこそ大きな教訓になるのではないでしょうか。システムを無批判に受容し、そこに一体化することは思考停止に他なりません。個人が自由にものを考え、決定できる、そのことの価値に僕たちはもっと意識的になりたいものです。

仕事の意味を作り上げるセンスメイキングの力を高める

オフィス環境や人間関係も含めて、どうしても職場で納得のいかないことがあるならば、自分を殺してまで我慢する必要はないと思います。やせ我慢を続けていると、だんだんその状況が気にならなくなってくるものですが、それは感受性が麻痺しているだけです。

精神科医の泉谷閑示(いずみや・かんじ)さんは『「普通がいい」という病――「自分を取りもどす」10講』(講談社現代新書)で、感情にふたをし続けていると、うつ病などの精神疾患に陥りかねないと指摘しています。精神疾患を治すには喜怒哀楽を表出させなくてはならず、特に怒りの感情がまず出てこなければ治癒が進まないそうです。

これは示唆に富んだ話です。最近相次いでいる企業の不正でも、新人時代から数値の偽装を無理強いされるようなこともあったと思うんですね。やりたくないことでも会社の命令だからと20年、30年と続けていれば感覚が鈍麻して、仕事はこういうものだ、数値の改ざんは悪いことではないのだと染まってしまう。だから若い人に対しては、どうしても我慢できない状況に置かれたら、それに反発して逃げなさいと言うんです。意に沿わないことを強制され続けていたら自分が壊れてしまいます。

長時間労働にしても同じこと。数字を達成しろ、そのために残業しろと言われ続けたら心身ともに参ってしまいます。しかし一方で、芸術作品を作るときなどは寝食を忘れて没頭することもありますよね。いいものを作るためなら徹夜を惜しまないという人も少なからずいる。長時間労働を画一的に制限するだけでは、やりがいを削ぐことになります。

仕事の「時間」だけではなく、意義や楽しさ、人間関係といった「質」に目を向けた議論も必要だと思いますし、わくわくできる仕事を作るのは経営者やマネジャーの仕事でもあるでしょう。有名なイソップの寓話でも、レンガ職人に「とにかくレンガを積め」と命令するか、「大聖堂を建てるので力を貸してほしい」とやる気を引き出すかで取り組み方が変わる様子が描かれています。時間的な負荷に配慮しつつ、仕事の意味をうまく作っていく、いわばセンスメイキングがいっそう重要になると思います。

WEB限定コンテンツ
(2017.10.30 千代田区のコーン・フェリー・ヘイグループ オフィスにて取材)

text: Yoshie Kaneko
photo: Kei Katagiri

** 『世界で最もイノベーティブな組織の作り方(光文社新書)』

山口周(やまぐち・しゅう)

1970年東京都生まれ。慶應義塾大学文学部哲学科卒業、同大学院文学研究科美学美術史学専攻修士課程修了。電通、ボストン・コンサルティング・グループ等を経て、組織開発・人材育成を専門とするコーン・フェリー・ヘイグループに参画。現在、同社のシニア・クライアント・パートナー。専門はイノベーション、組織開発、人材/リーダーシップ育成。著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?――経営における「アート」と「サイエンス」』『外資系コンサルの知的生産術――プロだけが知る「99の心得」』『世界で最もイノベーティブな組織の作り方』『天職は寝て待て――新しい転職・就活・キャリア論』『グーグルに勝つ広告モデル――マスメディアは必要か』(岡本一郎名)(以上、光文社新書)、『外資系コンサルのスライド作成術――図解表現23のテクニック』(東洋経済新報社)『外資系コンサルが教える 読書を仕事につなげる技術』(KADOKAWA)など。

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