Workplace
Mar. 26, 2018
「コワーキングは死んだ」─
コミュニティを育てる、新しい場所
[Factory]Berlin, Germany
ベルリンのコワーキングスペースといえばファクトリー、ベルリンではもちろん世界的にもそう評価が定まっているはずだった。にも拘わらず「COWORKING IS DEAD(コワーキングは死んだ)」という物騒なコピーを自社広告に打ったのだから、インパクトは大きかった。それも、ベルリンのテックシーンに最も影響力のあるフリーペーパー『Berlin Valley』に出稿したのである。
もっとも、彼らのメッセージは明快だ。肝心なのはそこにコミュニティを育てることであり、スペースではない。
ファクトリーのプロジェクトは2011年に始まる。当初の構想は、テック企業が集まり、スタートアップや起業家を助けるキャンパスの役割を果たすこと。不動産や投資に精通するファウンダーが、新たに開発の進むベルリンの壁跡地に隣接する1万6000㎡を取得し、複数のビルの中にテック企業を集めた。2014年にはグーグルの起業家支援プログラム「Google for Entrepreneurs」とパートナーシップを締結、モジラ、サウンドクラウドといったクールな企業が入居を決めた。今ではウーバーなどテックジャイアントもブランチを構える。
メインとなる建物にコワーキングスペースがオープンしたのはその後、2014年。ベルリンにはなかった洗練されたオープンスペースや1000㎡以上のオフィスを提供すると、ファクトリーは瞬く間にスタートアップコミュニティのハブに成長した。施設内ではハッカソンやミートアップをたびたび開催。シーンにバズを起こし、スタートアップを自らのコミュニティに巻き込んだ。
「これを機に、私たちはスタートアップのようにピボットしたのです」とコミュニティ部門の責任者、ルーシー・モンテル氏。スペースに付随するコミュニティというモデルから、コミュニティに付随するスペースというモデルへの転換である。
同じベルリンのコワーキングスペースでも、ベータハウスとは成り立ちが対照的であることがわかるだろう。ベータハウスはデジタルノマドやスタートアップが育てたコミュニティに大企業がジョインした。一方、ファクトリーはテック企業のコミュニティが先、コワーキングが後なのである。海外展開も今のところ計画しておらず、ベルリンでの展開に集中したいと考えている。空間デザインもこれまでのDIY感たっぷりのベルリンのコワーキングとは異なり、ずいぶんと洗練されている。
もともとビールの醸造所だという建物。ファウンダーのウドー・シュローマー氏はベルリンの連続起業家であり、長らく不動産投資にも積極的。スタートアップとの関係も深かった
https://factoryberlin.com
GFにはレストラン。レジではオーガニックのコーヒー豆とともに情報誌『スタートアップガイド』が販売されていた。コペンハーゲンやストックホルムなど欧州の主要都市ごとのスタートアップやコミュニティスペースを紹介するもので、ベルリン編もスタートアップシーンを理解する上で欠かせないアイテムだ。
パートナー選びにも反映される
“コミュニティファースト”の姿勢
2016年7月にはファクトリーのメンバーシップを発行した。大きな変化は、スタートアップやフリーランスがアクセスしやすく、かつファクトリーが持つテック企業のネットワークや政府関係者などあらゆるステークホルダーと繋がれるようになった点。著名人を招くGoogle for Entrepreneurs主催のイベントにも優先参加権が与えられる。
「COWORKING IS DEAD」との広告を打ったのもこのタイミングだった。メンバーになれば、引き続きコミュニティスペースを自由に使うことができるが、それはいわば会員特典の一つであり、独立したサービスではない。
こうした“コミュニティファースト”の姿勢は、パートナー選びにも反映されている。ファクトリーが何より気を配るのはパートナーが何をどれだけコミュニティに還元してくれるのか、ということ。コミュニティの成長に貢献してくれる企業のみをパートナーとして迎え入れる。
例えばデジタルオーシャンはクラウドストレージへのアクセスをオープンにしているし、ドイツ銀行はファイナンスに関する専門知識を提供。初期からのパートナーであるグーグルはアントレプレナーに向けて週2回のワークショップを開いている。
「私たちは多くの企業からアプローチをもらいますが、その全てとパートナーシップを組めるとは思っていません。『これだけお金を払うからパートナーになりたい』ではなく『一緒に何かをやりたい』というスタンスから始まることが大事です。お互いに価値をもたらすような関係性をつくりたいと思っています。パートナーシップとスポンサーシップは、あくまで違うのです」
ヘッド・オブ・コミュニティ
ルーシー・モンテル
「ファクトリーでは何かが起こっている」と
誰もが感じるプラットフォーム
「全ての人を同じに扱う」というのも、ファクトリーを貫く原則だ。最近新たにドイツ銀行との提携を発表したが、彼らの入居プロセスに際しても、他のメンバーと同じファクトリーカードを渡し、同じコミュニケーションプラットフォーム「Slack」を使わせている。またコミュニティスペースの中にオフィスを設けたのは、今回のドイツ銀行が初めての試みだ。オフィスに企業ロゴこそ掲げているものの鍵はつけず、誰もが簡単に出入りできるのである。これならば、たとえ規模の小さなスタートアップでも、ドイツ銀行に直接容易にリーチできるというわけだ。
スタートアップとのコネクションを望むパートナー企業には「大企業マインドから抜け出せない人もいるので」とファクトリーの担当者がサポートにつく。が、今のところパートナーの大半は寛容でオープンだという。最初はスーツで身を固めていても、徐々にコミュニティの雰囲気に染まってカジュアルに。マインドセットもすぐ、ファクトリーのそれに馴染んでいく。
「こうしたコミュニティに比べれば、ワークスペースのような物理的空間の影響は小さなもの」とルーシー氏は言う。ファクトリーはビジネスコネクションを作るプラットフォームであり、そこで育まれるコミュニティの一員になりたいメンバーが集まってくる。「私たちはPRも上手いと思っています。ファクトリーでは何かが起こっている、と誰もが感じてくれている」
ファクトリーは、もはやコワーキングスペースを名乗らない。そのため、挑発的なコピーを打ちながらもWeWorkやMindspaceといった大手コワーキングスペースはライバルではなく、お互い補完する関係にあるとファクトリーは見ている。WeWorkのユーザーがメンバーになるのも大歓迎。彼らとのミートアップもローンチした。「ベルリンといえばファクトリーと連想されるような場所にしたい」とルーシー氏。それも、あくまでコミュニティとしてのファクトリー、なのである。
コンサルティング(ワークスタイル): 自社
インテリア設計: Anna Sophie Rickers and Sabrina Heimig-Schloemer
建築設計: Julian Breinersdorfer
text: Yusuke Higashi
photo: Tamami Iinuma
WORKSIGHT 11(2017.4)より