Workplace
May. 28, 2018
「おもしろい人」のたまり場から
大企業をも引き寄せる場へ
[betahaus]Berlin, Germany
デジタルノマドやスタートアップがラップトップを叩く隣で、ダイムラー、シーメンス、ボッシュら大企業がブースを構えている。これは一体誰のオフィスか? 旧来のコワーキングスペースのイメージとかけ離れた世界が広がる。ドイツ最大の鉄道会社DB(ドイツ鉄道)までがここを訪れて「スタートアップと一緒に働かないと革新的なものは作れない」と言うと、誰が思っただろうか。「10年前にはありえなかったことですが、最近はそういう大企業が増えていますね」と創業者のクリストフ・ファーレ氏。
「近い将来、この建物もリノベーションするつもりです。今度、アウディがここに入ることが決定したんですよ。まったくクレイジーでしょう?」
2009年オープンのベータハウスは、ベルリン市内では老舗にして最大級のコワーキングスペースだ。建物は、もともと新聞の印刷所だった5階建てビル5000㎡を改修したもの。内部はさまざまなフロアにデスク、大小の個室にイベントスペースに加え、デザインシンキングスペース、カフェ、ウッドワークショップと、あらゆるワークスタイルを受け入れる環境が整う。
だがユーザーが最も愛する「ベータハウスらしさ」は、そのラフな雰囲気にあるだろう。壁やデスクには荒削りの木材が多用され、DIY感たっぷり。もともと建築やデザインの知識を一切持たなかったクリストフ氏たちが自力で作り上げたものだ。完璧なオフィスは望むべくもないが、だからこそ「βバージョンのように変化し続ける」ベータハウスなのである。アーリーステージの起業家や駆け出しのフリーランサーがアクセスしやすいよう、賃料も抑えめだ。
こうして多様なユーザーが集まると、そのコミュニティが発する磁場が、彼らとコネクションを結びたい新たなユーザーを呼び寄せる。この好循環がベータハウスを成功させた。いまではハンブルク、バルセロナ、ソフィアにブランチを展開する。
「オープン当時は我々自身も若く、リソースがありませんでした。プロフェッショナルとなった今となっては、この環境を一から作るのは難しいかもしれません」
大学時代は政治を学びながら会社を経営していたクリストフ氏。卒業を控えた彼が考えたのはこんなことだ。大企業に勤めたくない。両親と同じようには働きたくない。インスピレーションを受けられる人間と働きたい。ラップトップを持ち歩き、カフェを仕事場にする人々を眺めていると、同じ職業観を持つ同世代のワーカーは多いに違いないと思われた。「父は私に、大企業に勤めてほしいと考えていたようですけどね」
ベータハウス外観。もともとは印刷工場だったという5階建てのビルを改修した。晴れた日にはカフェが外部空間まで展開する。
https://www.betahaus.com
ビルの中央を貫く吹き抜け階段。エレベーターもあるがほとんどのユーザーは階段で颯爽と移動する。
大企業はベータハウスを見て
マインドセットを劇的に変えるべき
2006年には、サンフランシスコで世界初のコワーキングスペースと呼ばれる「citizen space」が誕生するが、彼は後からその存在を知る。当時のcitizen spaceは20のデスクがあるのみで、クリストフ氏のアイデアとは程遠いものだった。そんなわけで彼はベータハウスの全てを自分で発明することになるのである。幸いにしてベルリンの街は若く貧しい人間に寛容だった。クリストフ氏がベルリンに出てきたのは2000年頃、高校を卒業してすぐのこと。世界中のスタートアップが惹き付けられるのと同様、不動産が安く、クリエイティブな試みを受け入れる土壌があることが理由だった。ベータハウスも家族に借りたわずか4万ユーロからスタートしている。
「ベルリンがスタートアップ都市として成功したのはもう1つ、余剰スペースが理由だと思います。使われていないスペース、あるいは非合法的に使われているスペースがあり、それらに寛容なシステムがあります。むしろ『システムが機能していないから寛容になる』のかもしれませんね。たとえばベータハウスでコーヒーを提供し始めてからライセンスを得るまでに1年の猶予がありました。これがミュンヘンであれば2日で手紙が届き、閉鎖しなければならなかったでしょう」
それにしても、デジタルノマドと大企業が共存するこの奇妙な空間はなぜ生まれたのだろう?
端的に言えば、それをベータハウスのコミュニティが望んだからだ。豊富なリソースを持つ大企業と協業する機会をコミュニティが求めているのであれば、提供すべきだとクリストフ氏は考える。
デジタルノマドやスタートアップとの協業は大企業にとって念願でもあった。ベータハウスは昨年から大企業向けのコンサルティングを始めた。大企業は「どうしたらグーグルのようなデジタルカンパニーになれるかと自問」し、スタートアップとのコネクションを作りたいと考えている。数万人規模の会社を変革する方法は彼にもわからないが、パイロットプロジェクトをつくり、大企業とスタートアップを繋いだ。例えば「Startup Immersion」やハッカソン、様々なアクセラレーター向けのプログラムだ。これらは大企業がスタートアップの環境を学習するプロセスによってベータハウスの新しい役割が像を結びつつある。「大企業はベータハウスに来て、見て、マインドセットを劇的に変えることが必要なのです」
CEO/ファウンダー
クリストフ・ファーレ
固定席・自由席を識別するマーク。緑なら自由席、赤は特定ユーザーの固定席を示す。緑に赤の場合は、特定のユーザーはいるが利用していない際は自由に利用可能な席。
コミュニティのため、
いつかは世界共通のメンバーシップを
こんなエピソードがある。ドイツを代表する製造企業ボッシュがハードウェアラボを視察した時のことだ。ベータハウスのラボを見て、ボッシュのエンジニアは「なんだこれは」と驚いたという。そんな彼らにクリストフ氏は、「Miito」というあるスタートアップの話をした。まるでアップルの製品デザインのように洗練された湯沸かし器をつくるチームだ。キックスターターで80万ユーロを調達し、その後スターバックスと提携した。
「『開発にどれくらいかかったのか?』と聞かれたので『7カ月だ』と答えると、彼らはすぐにベータハウスのような場所におけるスタートアップ的アプローチの始動を検討しはじめました。イノベーションを重視している企業、特に組織改革や新商品の開発などに力を入れたいと考えている大企業にとって、フリーランサーやベンチャー企業の隣で働くことは、非常に重要です。ベータハウスは、そうした企業にとって本当に価値のある場所なはずです。コワーキングスペースの役割は、それを手助けし、仲介していくことなのですから」
ベータハウスのコミュニティで中核を成すのは、スタートアップやアントレプレナー、フリーランスのクリエイター、そしてデジタルノマドたちだ。そのコミュニティを育むことができ、かつ大企業との関係性も築くことができる。それがベータハウスの強みだ。
デジタルノマドたちを第一に考えるなら、今後のアプローチは「よりフレキシブルに」がキーワードになる。今はベルリンで働いている人が、来年はパリにいるかもしれないし、冬には暖かい場所に移るかもしれない。バルセロナであればベータハウスのブランチもあり、友人が滞在しているかもしれない。次はミラノでベータハウスをオープンする。「ミレニアム世代に『今日いる場所で人生を終えられる?』と尋ねると『いろいろな場所を巡ってから死にたい』と答えるのです」。しかし東京に行くとしたら? コンタクトする術は限られている。目標は世界中のコワーキングスペースとネットワークをつくること。すでに各地のコワーキングスペースを探すプロジェクトに着手、昨年は東南アジアの変化に目を見張った。「いずれは世界共通のメンバーシップをつくりたい」。ベータハウスはいつも変わりなくコミュニティのものだ。
コンサルティング(ワークスタイル):非公開
インテリア設計: 非公開
建築設計: 非公開
text: Yusuke Higashi
photo: Tamami Iinuma
WORKSIGHT 11(2017.4)より