Workplace
Apr. 16, 2018
ニューヨークのスタートアップ集積を
加速させる一大ハブ
[Grand Central Tech]New York, USA
「ニューヨークは、スタートアップにとって一番いいところだと思います。ここには、全体的、かつ活力のある経済がある。金融業界で働く人がいて、アーティストがいて、コンテンツの作り手がいる。いろんな業界を代表する人がいるからこそヘルシーで楽しい経済があり、サンフランシスコのようにテックやスタートアップだけに偏ることがない。人口的にも思想的にも多様性があり、それがより興味深いビジネスを生み出すことになるのだと思います」
そう語るのは、グランド・セントラル・テック(Grand Central Tech/以下GCT)のCEO、マシュー・ハリガン氏だ。ニューヨーク市は現在、スマートシティ化を推進しており、2017年1月には世界スマートシティ議会の選出する「ベストスマートシティ2016」を受賞した。そのニューヨーク市において、GCTはテック企業を集積させる重要な役割を果たしている。
「大学にさまざまな学部があるように、GCTにもさまざまなプログラムを設けています。アクセラレーターがあり、アーバン・テック・ハブがあり、そのどちらかを卒業した企業のために、グロウス(Growth)というプログラムも用意しています」(ハリガン氏)。GCTの各プログラムのスローガンは「アダルト・スウィム・オンリー(Adult Swim Only)」。世界的に知られるアニメ専門チャンネル、カートゥーンネットワークが大人向けの番組を配信する時間帯を「アダルト・スウィム」と名付けており、その由来はというと、「夏、プールで大人だけが入場できる時間」なのだそうだ。世のアクセラレーターにはさまざまなレベル、ステージの企業をサポートするところがあるが、GCTは、よちよち歩きを始めたばかりの子どものような企業ではなく、既に知識や経験のある企業だけを対象に絞り、支援する組織なのである。
入居企業に課す「配慮あるやり方」というミッション
かつてフェイスブックが最初のニューヨーク本部を置いた場所、それがGCTの拠点だ。3階のアクセラレーターは少々ユニークなプログラムで、なんと1年間の賃料は免除。ただし、20社のスポットに対して1,000社の応募があるため、競争率は非常に高い。より技術力が高く、可能性のある20社が絞り込まれるというわけだ。
「入居企業に課すミッションは、『利益を出しながら、配慮あるやり方で運営することができることを証明すること』です。ここで言う『配慮あるやり方』とは、多様性を持ち、従業員を大切にするポリシーを持った会社に成長してほしいということです。私は、テック企業がネガティブな場所ではなく、ポジティブな貢献ができる場所だというふうに認識を変えたいと思っています。また、大企業も私たちのミッションを認めてくれており、『配慮あるやり方』のできる企業に対してポテンシャルを感じているようです。次世代の手によって今後何が起きるのか。それを把握するため、彼らもスマートであろうとしているのです」(ハリガン氏)
多くのアクセラレーターは投資を入居の条件としているが、GCTの場合は必ずしもそうではない。入居企業と一緒に働き、彼らが資金調達を考える際にGCTの資金調達メカニズムを使って投資をすることはあるそうだ。しかしそれも、テック企業の前進を真剣に受け止めている企業と働くためにはどうすればいいか、を考えた結果である。
ハリガン氏は、さらにこう語る。「これまでニューヨークのスタートアップは、ローワー・マンハッタンかブルックリンで起業するケースがほとんどでした。しかし近年、それらのスタートアップが成熟し、働く人も歳を重ねることで、私たちのいるミッドタウンという場所が喜ばれるようになってきました。これからも多くのテック起業がミッドタウンに移ってくると思いますよ」
GCTが拠点を構えるのは、ミッドタウンの一等地。ビルのオーナーもGCTの共同設立者の一人だ。
https://grandcentraltech.com
GCTのコ・ファウンダー、マシュー・ハリガン氏。
ニューヨーク市と密に連携し、
市からも「求められる」存在に
4階にある「アーバン・テック・ハブ」は、いわゆるコワーキングスペースだ。ニューヨーク市と提携し、アーバン・テック業界をサポートするために開設された。市からの助成金を得ているため、相場よりも格安の賃料でオフィスを持つことができる。一つの机を借りる場合の平均的な賃料が600〜700ドルなのに対し、アーバン・テック・ハブでは同じ面積を400ドルで借りることができるのはスタートアップにとって、大きな魅力だろう。しかし当然ながら、入居する企業には、「例えばクリーン・エネルギーのインフラを作るなど、ニューヨーク市に提供できるタイプのテクノロジーを開発する会社であること」という条件がある。
アーバン・テック・ハブのエグゼクティブ・ディレクターを務めるロビンソン・ヘルナンデス氏はこう語る。「アーバン・テック・ハブの目的は、スタートアップ同士、スタートアップと政府、その他の団体、支援者とをつなげ、アーバン・テック業界全体を強化することです。ニューヨーク市は世界に知られるスマートシティとなりましたが、その影には私たちの活動が評価されたという面もあると思います」
ゴールの一つは、ニューヨーク市の経済発展
アーバン・テック・ハブの目指すゴールの一つは、ニューヨーク市の経済発展。経済が潤えば雇用の創出にもつながり、だからこそ市が出資しているというわけだ。同時に、市としては、ここで生まれる新しいテクノロジーを利用することもできる。事実、入居企業の中には、クリーンな方法でビルを改装する企業、コミュニティ開発企業、ロジスティックス企業、オープンデータ提供企業など、既に市と契約を結んでいる会社も多い。
市の依頼によってテック・コンペを開催することもある。「市からの『いまあるこの問題についての解決策が欲しい』というお題に対し、入居企業がデモやピッチを通じてソリューションを提供するのです。コンペを経て実際に市から選ばれた実績もありますよ」(ヘルナンデス氏)。加えて、アーバン・テック・ハブが発表したばかりのプログラム「NYCX」も魅力的だ。これは、スタートアップの開発したテクノロジーを市がパイロット版として使うことのできるプラットフォームである。まさに、市がテック企業と手を取り合って関係を強めていこうという姿勢の表れではないだろうか。
そして16階のグロウス。アクセラレーターないしはアーバン・テック・ハブを卒業した企業が入居できるスペースだ。卒業後の各社のコラボレーションを誘発するのはもちろん、各社にとっても、GCTのコミュニティの一員であることのメリットは大きい。同ビル内の5〜7階の拡張工事が進んでいるほか、2017年末にはバーやテラス、保育所、店舗などのテナントも入った。ニューヨーク、ミッドタウンは今後、新たなスタートアップの聖地になると目されている。GCTの準備は万全だ。
コンサルティング(ワークスタイル): 自社
インテリア設計: Anna Sophie Rickers and Sabrina Heimig-Schloemer
建築設計: Julian Breinersdorfer
text: Yuki Miyamoto
photo: Ryo Suzuki
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(2017.10 NYの同社オフィスで取材)
アーバン・テック・ハブのエグゼクティブ・ディレクター、ロビンソン・ヘルナンデス氏。
ニューヨーク市庁で11年間働いた経験があるため、市との関係作りに活躍している