Innovator
Apr. 23, 2018
ウガンダのシングルマザーと同じ夢をみるブランド経営
日本の消費者に新たな価値を提供するアフリカ・プリントのバッグ
[仲本千津]株式会社RICCI EVERYDAY COO
アフリカン・プリントは、鳥や花などの自然の要素、幾何学模様などを大胆にあしらった柄とカラフルな原色使いが特徴の綿布です。「RICCI EVERYDAY」(リッチー・エブリデイ)はこの布を使い、遊び心あふれるデザインのバッグやトラベルグッズを作っています。
ウガンダの首都カンパラにある工房では、現地のシングルマザーが中心となって生産に励んでいます。彼女たちが仕上げる製品にはハンドメイドの味わいに加え、持ち手を変えることで4通りの使い方が楽しめる機能性や、綿密なチェックによる品質の高さもあいまって、日本のお客様からも好評をいただいています。
販売は全国各地の大手百貨店における期間限定ショップや、セレクトショップ、自社オンラインストアで行っています。おかげさまで2015年の創業以来、前年比300パーセントという伸び率で販売数が増えています。
民族紛争や停戦合意後の研究でアフリカに傾倒
アフリカに関心を持ったのは高校時代、授業で緒方貞子さんの国連難民高等弁務官時代のドキュメンタリー番組を見たことがきっかけです。
小さい頃に身近な人の死など命の重みを痛感する出来事を経験して、人を救う仕事に就きたいとずっと考えていました。最初は医師になろうかなと思っていたんですけど、緒方さんの活動を見て、国際関係の現場で政策を通じて、多くの難民を救う方法もあるのかと視野が開けました。日本人女性で活躍しているところにも感銘を受けましたね。
そこで医師から方向転換して、大学、大学院と国際関係を勉強したんです。特にルワンダ、リベリア、シエラレオネなどサブサハラ・アフリカの民族紛争や、停戦合意後の選挙動向などを研究。次第にアフリカの世界に深く入り込んでいきました。
邦銀で法人営業をした経験がいまに生きる
大学院時代、立ち上がったばかりのNPO法人「TABLE FOR TWO International」* にインターンで参加させてもらいました。
代表の小暮真久さんは、外資系のコンサルティング会社で働いて得た知識を社会課題の解決に役立てています。私にとってはこれも目から鱗が落ちる出会いで、それまで開発途上国支援というと市民活動的な草の根レベルからのスタートを構想していましたが、ビジネススキルを使ったアプローチもあると気づかされました。
一方で、企業の力はものすごく大きく、中には1国のGDPを超える売上規模の会社もあります。大学院での理論を中心とした勉強も興味深かったですが、理想論だけを振りかざすことにもなりかねません。企業を巻き込めば大きな力になり、現実的なアプローチにつながるかもしれない。結果的により大きなインパクトをもたらせるのではないかと思いました。
そこで企業、特にお金の回り方が見られる会社に入って、組織そのものや現実社会を見てみようと考え、大学院修了後に日本の大手都市銀行に就職しました。配属されたのは法人営業のチームで、中小企業向けに金融サービスの提案をしたりしました。
このときの経験がいま生きていて、決算書から企業の状態が読み取れるようになりましたし、融資の際に金融機関がチェックするポイントもわかるようになりました。起業直後、中小企業庁の補助金を活用させてもらったときも、提案書の書き方などで指摘を受けたことはありませんでした。
やりたいことは先延ばししてはだめだと転職を決断
アフリカでの支援活動への助走のつもりで始めた銀行勤めでしたが、幸い人にも恵まれて、転身の決心がつかないままズルズルと2年ほど仕事を続けていました。しかし東日本大震災に遭遇して、人生がいつ終わりを迎えるかわからない、本当にやりたいことを先延ばししてはだめだと気づき、転職活動に踏み切りました。2011年10月にサブサハラ・アフリカ4カ国で農業支援をしている日本のNGOに職を得ることができました。
初めの2年半は東京オフィスをベースに毎月のようにアフリカに出張して、10カ国くらい回ったでしょうか。その後、2014年6月にウガンダ駐在が決まりました。もともと行きたかった国なのでうれしかったですね。
ウガンダは赤道直下ではあるものの、標高1200メートルという高地にあるため、それほど暑くなくて過ごしやすいんです。気候的には初夏の軽井沢に似ているとも言われます。ビクトリア湖があるおかげで緑も豊富で農作物も良く育つし、人も穏やかで治安も比較的いい。のどかな田舎の国という感じで、自分に合っていると感じていました。
アフリカン・プリントとの出合いがビジネスチャンスに
駐在中、仕事の合間にあちこち出かけて視察したり人脈を広げたりしていたんですが、そうした中、市場でアフリカン・プリントと衝撃的な出合いを果たしました。
軒を連ねて並ぶ布屋で天井高くまで積まれた布はどれもカラフルで、躍動感あふれるユニークなデザインばかり。私も連れの日本人の友人たちもみんな「かわいい!」「何これ!」とキャーキャー言いながら、自分のお気に入りの柄を探すのにもう夢中(笑)。これは絶対日本人受けすると思いましたし、当時はアフリカン・プリントを使った雑貨は少なかったので、ビジネスチャンスになるかもと直感しました。それが起業のきっかけの1つです。
もう1つ起業を後押ししてくれたのは、縫製を技術面でサポートしてくれるメンバーとの出会いでした。アフリカン・プリントで製品を作ろうと思っても、私は服飾や縫製の経験がないので誰かに作ってもらわないといけません。考えあぐねていたら、首都の郊外に暮らす日本人の友人がナカウチ・グレースさんという女性を紹介してくれました。その友人宅のクリーナーをしているということで、人間的に信頼できる人だから彼女に縫製技術を習得してもらえばどうかというのです。
グレースさんは4人の子どもを抱えたシングルマザー。私も4人きょうだいなので、自然と親近感を覚えました。ウガンダは一夫多妻が認められていて、しかも圧倒的に男性優位の社会です。離婚率が高いうえ女性の働き口が少ないということで、シングルマザーは生活費や子どもの学費の工面に苦労することがしばしばです。
グレースさんも例外でなく、自宅はレンガがむき出し、畑を借りて自給自足しながら、仕事といえば友人宅の掃除と洗濯だけという苦しい境遇でした。「子どもたちを学校に通わせたい、自分のようにはしたくない」という、自分を否定する彼女の言葉に胸が詰まりました。
技能を持つ女性たちを巻き込んで事業を具体化
ただ、それでも何か変えたいと彼女なりに工夫していることが感じられました。例えば、彼女はお金をやりくりして豚や鶏を飼育していたんです。豚は残飯で大きく育つし、繁殖能力も高い。鶏からは卵も取れるし、育ったものを売ればお金になる。他のウガンダ人家庭で見られないような合理的思考があったし、なけなしのお金を豚や鶏に投資することで状況を変えようという意志が感じられました。
グレースさんも私が提案するビジネスに共鳴してくれたので、では縫製の技術を習得してもらおうと、現地のテーラーに技術指導を頼みました。ところがそのテーラーが教えることなく指導料だけ持ち逃げしてしまった。まあ、ウガンダではこの手のことはよくあるんですけど(笑)。
それで今度はグレースさんに職業訓練学校へ行ってもらうことになりました。そこでは服飾の経験がある日本人の青年海外協力隊の方が指導してくれて、おかげで3か月もするうちにある程度縫えるようになったんです。
でも品質がいまひとつで、これでは日本では売れないだろうなというレベル。これは困ったと、またもや考えあぐねていたら、職業訓練学校で同じように縫製を学んでいた女性たちが「自分たちもそのプロジェクトに参加したい」と手を挙げてくれました。まさに渡りに船で、早速彼女たちとサンプルを練り込んで、半年後にようやくこれはいけそうだという商品が出来上がりました。
母の大胆な行動が販路拡大の突破口に
商品ができて、さて日本で売ろうとなったわけですが、私はウガンダに張り付いて生産を見ないといけません。では販売を誰にやってもらおうかと考えたとき、頭に浮かんだのが私の母でした。
他人を雇うお金はないし、ちょうど一番下の妹が高校を卒業して子育てが一段落したタイミングだったんです。それで「一緒にやらない?」と声をかけたら「いいよ」と二つ返事で応諾してくれまして、母は住んでいる静岡で営業や販売を担当し、私はそれ以外の仕事を引き受けることにしたんです。
販売は最初、ごく小規模でした。母が自宅でお茶会を開いて友人に買ってもらったり、知り合いの雑貨店などに置かせてもらったり。ところがあるとき母が大胆な行動に出たんです。
地元の静岡伊勢丹へ買い物に行ったとき、「ここでうちの商品を売れたらいいな」と、ふと思ったそうです。そこでインフォメーションセンターで直談判したら、運よくバイヤーさんにつないでいただけた。バイヤーさんは商品を見て、ゼロか100、つまりまったく売れないか大当たりかのどちらかだと思ったそうですが、でも100の方に賭けてくださった。そうして初めての期間限定催事での販売が決まりました。
このチャンスを逃しちゃいけないとプレスリリースを作って地元メディアに送ったところ、新聞社やテレビ局が取材に来てくれたんです。アフリカでモノづくりをしていること、シングルマザーの生活向上を目指す事業であること、母と娘の協働事業であること、それにアフリカン・プリントの魅力や機能性を重視した商品であることなど、いろいろフックになりそうな要素をアピールしました。
そのおかげもあって催事初日の午前中には在庫の20個がほぼ完売。その後の1週間は、あちこちの知り合いのお店から少しずつ戻してもらうことを繰り返し、何とか乗り切りました。これが2015年9月のことで、ブランド設立が同年8月ですから、幸運なスタートが切れたわけです。
株式会社RICCI EVERYDAY/RICCI EVERYDAY Inc. は、アフリカン・プリントを使用したバッグ及びトラベルグッズの生産・販売を行っている。代表取締役は仲本律枝氏(社長)、仲本千津氏(COO)。母娘の協働事業ということでも注目されている。日本法人は2015年、ウガンダ法人は16年に設立。日本では静岡、ウガンダでは首都カンパラに本拠を置く。
https://www.riccieveryday.com/
* 特定非営利活動法人TABLE FOR TWO International は、開発途上国の飢餓と先進国の肥満や生活習慣病の解消に同時に取り組む団体。2007年創設。
http://jp.tablefor2.org/
任せることで現場に主体性や責任感が芽生える
事業を大きくしていくうえで、走りながら試行錯誤してきた面もあります。例えば、メンバーのモチベーションをどう引き出すかというところでは、なるべくいい気分で楽しく仕事に取り組んでもらうことが意欲につながるし、生産性も高めると感じています。
以前母に店頭販売のことで横やりを入れたら「現場のことを知らないのに口出ししないで」と反発されたことがありました。確かに母が一番お客様の声を聞いているのでそこは尊重して、以来私はアドバイスを求められたらするくらいに控えています。
ウガンダの工房でも、やりたいことだけに集中して能力をフルに発揮してもらうために、メンバーのやりたがらない仕事は全て私が引き受けています。私がお願いするのはどの製品を何個、いつまでに仕上げてほしいというだけ。みんながモチベーションを高く維持できているので、現場でうまく連携して役割分担や進捗管理もスムーズに運びます。
最初のうちは任せても思うような成果が出ないこともありました。ただそれで任せることを止めるのではなく、的を射た対応があれば絶賛し、キラリと光る提案があれば「それいいね!」と即採用することを続けていたら、振れ幅がだんだん小さくなり、メンバーの意欲も高まっていきました。週1回の研修などより、毎日のコミュニケーションの積み重ねがものをいうような気がします。
信頼し、任せることで自主性を引き出すことができるんだと、私も学びました。一方で何か失敗が起きたら責任は引き受けるという経営者の勇気が問われますが、任せることを繰り返していくと本人たちに主体性や責任感が芽生えてきて、どんどん人が育っていくと実感しています。
一緒に成長したいという思いを伝えるため、
社員の長期的な人生プランを支える
こうしたマネジメントのスタイルは銀行員時代の苦い経験が反面教師になっています。
決められた手順通りに仕事をするとか、時間をきっちり守るとか、ルーティン業務を淡々とこなす、書類を整理するといった、銀行員に求められることが私にはできず、落ちこぼれだったんですね。例えば毎朝8時に新聞記事の感想を提出するようにいわれて、上司からの指示なのでやるんですけど、でもなぜ8時までに出す必要があるのかと考えこんでしまう。銀行の仕事にフィットせず怒られて、それで萎縮して、さらに仕事ができなくなるという悪循環になってしまったことがありました。
自分の会社ではそういう働き方はではなく、まずはとにかく信頼できて技術がある人を採用し、その後に本人が一番楽しくできる仕事は何かを見極めて、適当なポジションを決めることにしています。まずポジションありきで、穴埋めで人を採用するわけではないので、採用の段階から他の企業とアプローチが違うかもしれません。
職場の人間関係を大事にしたいので、四半期に1回、グループディナーということで、スタッフ全員とレストランでの夕食会を開いています。普段なかなか行けない人気のレストランに行けるので、この時ばかりはとスタッフはみんなオシャレをして、気合を入れた格好をしてきます。この場は、会社の全体の方向性や会社がスタッフに期待していること、そしてスタッフを大事に思っているという誠意を示す機会でもあり、日本のかつての会社のような家族主義的な経営といえるかもしれません。
福利厚生も手厚くしています。ウガンダの企業、時に繊維産業は労働条件が厳しいところが多いのですが、私はあなたたちと一緒に成長していきたいという思いを伝えるために、長期的な人生プランを支えられるような年金制度や、家族も含めた医療費補助、教育費の無利子貸し付け制度などを設けています。「あなたが気にかけていることを私も一緒に気にかけているんだよ」という意思を表明しているわけです。
いろんな仕組みを用意して、その人自身が安心して、集中して働ける環境をまずは作っていく。そこから仕事は仕事として、日々のコミュニケーションやきちんとした評価を通じて成長を促していくという具合です。
販売実績やオーダー状況を共有し、メンバーのプロ意識を醸成
スタッフは義理堅い人が多く、尊重されていると実感することで、そのぶん会社に貢献したいと言ってくれますし、彼女たち自身も会社の成長を望んでくれます。この会社をもっと大きくしたい、長く働きたいと言ってくれるんですね。私と彼女たちが同じ夢を見ていることは心強いです。
特にウガンダでは女性の地位が低くて働き口も少ないので、「代わりはいくらでもいるんだ」と言われながら劣悪な環境で働かされることが多いんですね。そういう中で、あなたのおかげで今回乗り切れたとか、あなたの頑張りがこのプロダクトの完成につながったとか、感謝の気持ちを意識的に伝えるようにしているので、それも彼女たちのモチベーション向上につながっているようです。
それから母が日本で販路を開拓してくれることも大きいと思います。日本での販売実績やオーダーの状況などを全てつまびらかに知らせているので、それも彼女たちの自信やプロ意識を醸成していると感じます。これほど従業員が誇りと責任をもって品質を追求している会社は、ウガンダでは他にないのでないかと感じます。だからこそ、私たちの商品がウガンダで一番クオリティが高いと自負しているんです。
仕事は人を作り、自己肯定感を高めるものでもある
工房メンバーの生活も確実に変化しています。毎月決まった金額が得られるので暮らしが安定しますし、子どもを継続的に通学させられるようになったと喜ばれています。
先ほどお話ししたグレースさんの家も、今ではコンクリートが塗られて補強されましたし、冷蔵庫やテレビも置かれ、最近では増築も検討しているとか。二人の子どもも無事に高校を卒業しました。しかも優秀な成績を修めたそうで、ジャーナリストや裁判官を目指して政府から奨学金をもらって大学に進学するといっています。そういう目に見える変化が生まれているのはうれしいですね。
グレースさんも以前とは打って変わって笑顔が増え、自信を取り戻した感があります。ここで働くまでは自分を卑下していたけれども、自分が稼いだお金で子どもたちを学校に行かせることができた、生活を豊かにできたという事実が彼女を変えたんです。
仕事は人を作り、自己肯定感を高めるものでもある。グレースさんの変化は私にとって大きな励みですし、そういう女性を増やすお手伝いを今後も続けていきたいと思っています。
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(2018.3.13 港区のコクヨ品川SSTオフィスにて取材)
text: Yoshie Kaneko
photo: Kei Katagiri
ウガンダでは金融機関によっては30パーセントもの利子がつくという。困窮した末の借金でさらに苦境に陥ることも少なくない。目先の生活資金の援助を仲本氏が重視するゆえんだ。
ウガンダ法人の社員は2018年3月現在19人。内訳は工房14人、直営店4人、会計、資材調達、輸出業務などを手がけるマネジメントスタッフが1人。
日本の社員は律枝氏と千津氏のみ。販売で人手が必要なときはアルバイトスタッフを雇っている。
仲本千津(なかもと・ちづ)
株式会社RICCI EVERYDAYのCOO。1984年静岡県生まれ。一橋大学大学院修了。日本の都市銀行を経て、農業支援NGOの活動でウガンダに駐在。現地のシングルマザーたちとともに、アフリカ布を使用したバッグやトラベルグッズを企画・製造・販売する「RICCI EVERYDAY」を、日本に暮らす母・律枝氏と共に立ち上げる。2015年に日本法人、2016年に現地法人及び直営店舗をカンパラ市に設立。2016年11月、第1回日本アフリカ起業支援イニシアチブ最優秀賞受賞。