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テクノロジーとカルチャーからつむがれる社会変化を示したい

社会の設計図を描くとき参考になるメディアを目指して

[松島倫明] 『WIRED』日本版 編集長

自分の仕事を振り返ると、1つのテーマに没入した結果、別のテーマと出合い、それに没入していったらさらに視野が開けて……ということの繰り返しで世界を広げてきたという印象です。

人生を賭ける覚悟で、その本を世に生み出していく

翻訳書の版権取得や編集に長く携わってきましたが、制作の過程ではその本に深く入り込んで一字一句と格闘するので、内容が血肉になる感じがあります。そこで深く考えれば考えるほど、次のテーマや課題への道筋が太く、はっきりと示されるように思います。そうやって自らの関心やテーマに引きつけて夢中で取り組むうちに自分の仕事が掘り出されてきた感じなので、そういう意味で出版業というものは恵まれているかもしれませんね。

ただ、1冊の本を作って、世に問うて、読者の方に買っていただくということは簡単なことではなくて、1回1回に相当なパワーが必要です。“一冊入魂”じゃないですけど、やはり自分が惚れていないとそのパワーは出てきません。

書店に行くと、これだけ本が並ぶ中に新刊をもう1冊加えることの意味が果たしてあるのかと落ち込みますが(笑)、それでもあえて発行するのは、それだけの価値がその本にあると信じられるから。まずは自分がその本に惚れこむことから全てが始まっていったように思います。

特にいまはSNSもあって、あらゆるものの価値が丸裸になっています。この本が時代のどんな流れを受けて刊行され、作り手のどんな思いが込められていて、どういう人に読んでほしいと思っているのか、そんなところまでひっくるめて提示できないと魅力を伝えて読者に訴求できません。

作り手の熱意や誠意までもが評価の対象になるわけですから、そこで一歩抜きん出る本を作るために、どこかで人生を賭けている面もある。大げさなといわれるかもしれませんが、それくらいの覚悟で作っていく方が本にとっても幸せだと思うし、それをやっている本人も、もちろん読んでくれる方も幸せだと思うんです。

自分の中でコンテクストを作っていくことに面白さがある

海外の膨大なコンテンツの中から何を日本に呼び込むか、そこは編集者としてのセンスや志向が問われるところです。

編集者によって版権取得のスタイルはさまざまで、その時々で売れ筋のテーマの本を仕入れて次々とヒットを飛ばす人もいます。僕はコンテクスト(文脈)を意識せずに売れ筋を買うのはあまり好きじゃなくて、まあ売れ筋がわからないというのもあるんですけど(笑)、それよりは自分の中でコンテクストを作っていくことの方に面白さを感じます。

情報を仕入れるために、日常的に日本のサブエージェントから情報を受けるほかに、海外のブックフェアや出版社にもよく足を運びました。英米の著者エージェントやライツ担当者とミーティングを重ねるほか、インターネットや出版業界の情報網などにもアンテナを張って、シャワーのように海外のさまざまな作品の情報をどんどんインプットしていくんですが、その中で刊行にたどりつくのは年に10冊もなかったし、まして自分で手掛けるものとなるとさらに少ない。だから、自分なりの問題意識を持って、そこに本当にフィットするものでないと、やはり企画の対象としては優先順位が低くなりますね。

海外のコンテンツに期待されていることは、日本にない新しい考え方や事象を紹介して実装していくことだと思います。一時のブームで消費されて終わりという内容ではなく、日本の社会の中でもこういう価値観が植わるといいなと思うものを持ってきたいし、それを実装していくには1冊だけでは難しい。そのコンテクストの先にまた別の本を見つけて、何冊かを波状的に紹介することで、少しずつ日本の中に根付かせることができたらうれしいですね。『WIRED』は海外の記事も多く紹介するので、翻訳書の制作で培った選択眼やプロモーションのノウハウも生かせると思っています。

東洋的なアイデンティティはこれから重要性が増す

海外のコンテンツを多く扱う中で、日本と欧米の価値観やアイデンティティの違いを実感することがしばしばありました。

個と全体を考えたときに、欧米では日本より個が前面に出ているし、自然を征服しコントロールしていこうとする先に科学やテクノロジーが生まれたわけです。対して、日本を含むアジアでは人とのつながりの中にアイデンティティを持つインタービーイングの傾向が見られますし、人間も自然の中の一部でしかないという考え方が西洋に比べて一般的ではないでしょうか。

欧米型のアイデンティティに根ざしたテクノロジーが現代社会の行き詰まりを生んでいるとすると、東洋的なアイデンティティはこれから重要性が増すと思うし、テクノロジーのあり方にも東洋的な自然観が影響を与えるとも考えられます。

前編で、60年代のカウンターカルチャーから西海岸、シリコンバレーとつながっていまのテック企業があると説明しましたが、一方で、日本はテクノロジーやその機能だけを輸入して、そもそも人間はテクノロジーに何を求めるのかという背後の思想性や文脈が抜け落ちている感があります。それが日本企業の姿勢にも反映されて、本来は人々のウェルビーイングを高めるための活動だったはずなのに、どこかで目的と手段が反転してしまっている。

デジタルテクノロジーの分野はアメリカがやっぱりこれまで独走していて、その真似をしようとするから表層的な理解にとどまってしまうとも考えられます。日本発で世界を牽引するようなデジタルテクノロジーが生まれれば、ひょっとすると日本の社会や考え方にマッチする適正なテクノロジーが生まれる契機になるかもしれません。

『WIRED』は米国で1993年に創刊された雑誌。テクノロジーによって人間の生活や社会、文化がどのように変化するか、その未来像を提起する。米国、イギリス、イタリア、ドイツ、日本でそれぞれ発行・発売されているほか、台湾では中国語版ウェブサイトが開設されている。
日本語版の雑誌は1994年に創刊。一時休刊を経て、2011年6月より再刊。
https://wired.jp/

松島氏がこれまで編集を手掛けた翻訳書の一部。

人々の生活の向上にインパクトを与えつつ、
それをビジネスとしてスケールさせる

特にシリコンバレーで顕著ですけど、スタートアップ企業はたいてい「社会をよくします」とか「人々の健康に寄与します」とか言いますよね。それがたとえきれいごとだとしても、どれだけその原点に重きを置けるかは、その企業の先行きを左右するし、ひいてはその社会の未来も左右することになると思います。

SDGs* のように、貧困、病気、水資源、環境といった問題でテクノロジーを役立てようとするソーシャルビジネスも注目されているし、『ポスト・ヒューマン誕生――コンピュータが人類の知性を超えるとき』(NHK出版)を書いたレイ・カーツワイルは、シンギュラリティ大学をシリコンバレーに立ち上げて、次の10年で10億人のウェルビーイングにインパクトを与えるテクノロジーを開発することを目指しています。

人々の生活や健康の向上にインパクトを与えつつ、それをビジネスとしてスケールさせていく。そういうところでいまたくさん新しいスタートアップが生まれていて、そのあたりが前編で触れた地球規模の共感意識とパラレルに結びつき、新しい動きとして台頭しているように思います。

個人が共感を育めばNPOや社会事業が増えていく

雇用全体のうち非営利団体が占める割合は欧米で10パーセント、西海岸では15パーセントほどに上ります。非営利といってもちゃんと報酬は支払われるし、1000万円プレイヤーも普通にいるんですよね。それだけ社会課題を解決することに関心を持つ人がいて、しかもビジネスのスキームも確実に持ち込まれているということでしょう。

個人が共感を育めばNPOが増えたり社会事業が活発化したりすると考えられますし、さらには企業も変わっていくわけです。ベンチャー企業だけでなく、成熟した大手企業に求められる役割も変わってくるのかもしれません。

地球規模の共感という面でも、あるいはそれに付随するテクノロジーという面でも、さらにはテクノロジーを使ってどんなビジネスを展開し、どんな働き方をするのかという組織のあり方の面でも、人類はいま大きな岐路に立っていると思います。僕個人の感触としては、利他の方向性に意識が向いていると思うし、またそちらへ向かうべきだと思う。それはこれからの僕の仕事においても、1つのメッセージになるような気がします。

人類にとって、テクノロジーは火と同じインパクトをもたらす

ワイアードの編集長としては、まだ就任前なので具体的な目標はいえませんけど、本国アメリカの創刊(1993年)の原点は忘れずにいたいと思っています。

人類が火を手にしたのと同じインパクトをテクノロジーはもたらすだろう、それがどうやって人類を変えていくのかをしっかりと見届け、人々に伝えていこうというのが創刊時のメッセージでした。

それから20年以上経って、デジタルテクノロジーはいまや僕らの生活のあらゆるところに存在しています。かつては、「これが新しいテクノロジーです」と切り取って提示するような物珍しさがあったけれども、いまはすっかり社会になじんで、人間の生き方、あるいは世界そのものを扱うようになってきています。

生活の一部ともなったテクノロジーを通じて、いかにウェルビーイングを追求していけるのかという、新しい切実な課題に僕らは直面しています。そこをしっかりと見届け、議論のタネとなるようなコンテンツを提供していくことは、『WIRED』にとって不変のテーマではないかと思っています。

最もカッティングエッジなところで人類の道しるべを示す

翻訳書の編集という業務からは少し離れることになりますが、『WIRED』もアメリカ、イギリス、イタリア、ドイツなど海外でも発行され、それぞれのエリアで質の高い記事がたくさん書かれているので、これはと思うものはいままで同様日本に持ってきたいですね。クオリティの高いコンテンツは世界共通ですから、そういう意味では前職以上に海外の知見を紹介する機会が増えるかもしれません。

僕の考えるクオリティの高いコンテンツとは、ロングフォームの記事ということ。速報性の高いニュースやテクノロジーのトレンド情報ではなく、それが僕らにとって何を意味するのか、それを使うことによってどんな新しい社会を描けるようになるのか、そういった問いに答える地に足をつけたコンテンツです。

テクノロジーとカルチャーの相互作用が人々の生活にどのような変化を起こすのか。先ほどの本の選び方と同じように、大きなパラダイムシフトだとか、深い示唆に富んだインサイトだとか、そういうものを表せるような息の長い記事を揃えていきます。

たとえるならば、読者がこれからの社会を考えるための設計図を描こうとしたときにチェックしたくなる、そんなメディアでありたいですね。これだけ情報があふれる中で『WIRED』ならではの強みがどこにあるかといえば、最もカッティングエッジなところで人類の道しるべを提示できることでしょうし、それについては確かな実績がある。そこは使命感をもって、これからもしっかり取り組んでいきたいと思っています。

WEB限定コンテンツ
(2018.4.24 渋谷区にて取材)

text: Yoshie Kaneko
photo: Chihiro Ichinose

* SDGs
ソーシャル・デベロップメント・ゴール。
持続可能な開発目標。2015年9月の国連サミットで採択された、2016年から2030年までの国際目標。

松島倫明(まつしま・みちあき)

『WIRED』日本版 編集長。1972年東京生まれ。一橋大学社会学部卒業後、1995年株式会社NHK出版に入社。村上龍氏のメールマガジンJMMやその単行本化などを手がけたのち、2004年からは翻訳書の版権取得・編集・プロモーションなどに従事。『FREE』『SHARE』『ZERO to ONE』『MAKERS 21世紀の産業革命が始まる』『〈インターネット〉の次に来るもの』『BORN TO RUN』など、数々の話題書を生み出した。2018年6月より現職。‎

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