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イギリス政府が主導する、
イノベーションへのカタパルト

[Future Cities Catapult]London, UK

フューチャー・シティーズ・カタパルトは、イギリスの政府機関イノベートUKが創設したイノベーションを推進する非営利組織だ。イギリス各地にエネルギーシステムや医療革新など11の重点分野に特化した施設(通称「カタパルト」)を開設しているが、こちらはロンドンのクラーケンウェルにある拠点。未来の都市(Future Cities)のあり方を考えるカタパルトである。施設名は「アーバン・イノベーション・センター」で、もともと孤児院だった建物を改装したものだ。各地から企業や大学が集まり、都市が直面する「今と未来」の課題解決にあたっている。デジタルストラテジー部門のリーダー、ルシ・ラマ氏によれば「イギリスの都市だけでなく、ヨーロッパ、さらには世界各地の都市の改善を目指しています」とのこと。

具体的には、テレコム系や上下水道、建築やデザインなどアーバンセクターに属するプロジェクトが進行中だ。中小企業(SME)と連携しながらの課題解決が基本で、施設内には都市開発に関連するイノベーターなどのスタートアップやSMEがレジデントとして入居する。レジデントはカタパルトのスタッフと共有スペースや設備をシェアし、定期的なミーティングやイベントにも参加している。カタパルトは多彩なスキルを持った専属スタッフたちで彼らをサポート。エコノミスト、ストラテジスト、デザイナー、データ・サイエンティスト、人類学者などがいるが、今回話を聞くことができたジェマ・ギンティ氏は、ストラテジック・デザインが専門だという。

「私のバックグラウンドは建築ですが、イノベーションの仕事も手がけてきました。ここでは両方の橋渡しのような仕事をしています。暮らしやすい都市を作るには、人の行動パターン、エコノミー、テクノロジー、ストラテジーなどを理解する必要があるのです」(ギンティ氏)


デザイン、建築、エンジニア関連の企業が集まるクラーケンウェルに拠点を構える。テック企業の集積するオールド・ストリートにも近い。もともとは孤児院だった建物だ。

  • 1階に入居する職員。エコノミスト、ストラテジスト、デザイナーなど、バックグラウンドの異なるさまざまなメンバーが、都市問題解決のためのイノベーションに取り組む。

  • 業務の柱は、世界各地の都市を改善する有償のプロジェクトと、そこで得たフィーを還元し政府機関であるイノベートUKからの助成金も活用して行うリサーチの2本。都市問題解決に寄与する中小企業(SME)の事業課題の相談にも応じる。

  • 2階には、都市のビッグデータを分析するスタートアップ、ジオベーション・ハブが入居。国内の地図を扱う測量局が運営するロケーション・データを開発している。

  • レセプションエリア。行政施設らしくない、洗練されたデザインだ。

都市問題の解決を目指すために
カタパルト内で進行する2本の柱

カタパルト内で進行中のプロジェクトには大きく2つの柱がある。1つは、都市の行政機関などをクライアントとしたサービスを有償で提供するコマーシャルなプロジェクトだ。都市の改善のためのストラテジーを提案する。北アイルランドの首都、ベルファストはその一つだ。

「ちょうど昨日、ベルファスト市を相手にプレゼンをしたところです。行政に関連する組織をコネクトして、ベルファストをよりよい都市にするにはどうするかといったことを提案しました。そのほかにはロンドンの水道局のプロジェクトも進めています。こちらはカスタマーがサービスを受けやすくするためのツールの開発で、かなりテクニカルなもの。プロトタイプを作るなどのデザインスキルのほか、ソフトの開発も必要ですが、そのための人材だけでなく、実際にプロトタイプを作るワークショップもセンター内にあります」(ラマ氏)

もう1つの柱は、リサーチプログラムだ。こちらはイノベートUKからの助成金、またコンサルティングの利益も還元されて進められる。リサーチの対象に選ばれるのは、まだリサーチが進んでおらず、かつ都市の向上につながる分野だ。

「現在進めているリサーチプログラムには、プランニングに関するものがあります。デジタルイノベーションやアーバンデータを活用し、プランニングのプロセスをもっと簡便で、ユーザーにとってわかりやすいものにしようという試みです。関連ビジネスからも協力を募り、開発を進めています」(ギンティ氏)

「こうしたプロジェクトは成果が出るかを判断しにくいので、リスクが高いリサーチだと言えます。普通の企業ではまず引き受けないでしょう。しかし、それをやるのが非営利組織である私たちの役割です。私たちは、あくまで市場や経済にメリットがあると考えられることに取り組んでいます。決して、すぐに利益につなげることを目的としてはいません」(ラマ氏)

  • 地上階にあるギャラリー。ロンドンに関する都市データや、社会実験の結果について展示され、来訪者とのコミュニケーションツールとして機能している。

  • 地上階のカフェ兼コミュニケーションエリア。カルネ(回数券)を購入すればコワーキングスペースとしても利用可能。

  • 地下のロビー空間。イベントが行われていない時間は、ミーティングスペースとして利用される。

イノベーションを生む
フレキシブルなオフィス

カタパルトのオフィスは、それぞれの分野を反映したデザインになっている。「デジタル」の分野はテック系スタートアップを思わせるクールなものに、医療関係なら研究所の雰囲気に、という具合だ。共通して言えるのはフレキシビリティの高さ。フリースペースやフロアなど、作業場所に多くの選択肢がある。

「こうしたデザインには、現代のコワーキングのトレンドが反映されていると思います。フリーアドレスの席も固定席もあり、共有スペースを作ることでシナジーを生み出す、というものですね。フロントルームでは展示、イベントなどが行われ、ランチの時間は人で一杯になります」(ギンティ氏)

「実は私自身、このセンターの雰囲気に惹かれて、ここに転職を決めたんですよ! まさにイノベーションのための場所という感じがします。シリアスなことをしているのにフレンドリーという、意外と難しいバランスがうまく取れていますよね。毎月第3木曜に開かれるイベントには企業や行政機関のマネージャークラスを招待しますが、みなさんイノベーションが起こる場という好印象を持つようです。私たちが目指し、提供できるものが、ここに来るとわかってもらえるようですね」(ラマ氏)

コンサルティング(ワークスタイル):非公開
インテリア設計: 非公開
建築設計:Hermantes Basha

text: Yusuke Higashi
photo: Taiji Yamazaki

WORKSIGHT 12(2017.12)より

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