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スペックからサービスへCRE戦略を変えるフレキシブルオフィス

BCPに資するサービスオフィスやコワーキングの活用法

[木下一美] Go Asia Offices Japan代表、サービスオフィスコンサルタント

サービスオフィスというと、「パーティションで仕切ったスペースに一人か二人分のデスクがあるだけ」と考える方がいます。しかしそれは一昔前のレンタルオフィスのイメージです。

5つ星ホテルの感覚で使えるサービスオフィス

日本では1980年代頃からデスクや個室を貸すサービスが登場していました。時間単位、あるいは一定の期間、そのスペースを好きなように使えるというもので、これが一般にレンタルオフィスと呼ばれるものです。

いわば場所貸しであるレンタルオフィスに、共用のコピー機や会議室、カフェ、エントランス、セキュリティ機能といったファシリティと、さらに電話応対や受付といった人的サービスまで加えたものがサービスオフィスです。日本では1994年に東京・西新宿に外資サービスオフィス(サーブコープ)が初登場し、2000年頃から本格的に増え始めました。英語では正確には、レンタルオフィスはオフィスフォーレント(office for rent)、サービスオフィスはサービスドオフィス(serviced office)というんですけどね。

ホテルにたとえると、レンタルオフィスはカプセルホテルかビジネスホテル、サービスオフィスは4つ星、5つ星の高級ホテルといったところでしょうか。ユーザが業務を遂行するための付加価値をたくさん提供してくれると同時に、共用エリアで他のユーザとのコミュニケーションも楽しめる。それがサービスオフィスなんです。

ただ、日本ではサービスオフィスを名乗りつつ、内実はレンタルオフィスというものも散見されますし、企業の利用も海外ほど多くありません。欧米やアジア圏でもサービスオフィスは増えていますが、言葉の曖昧さに象徴されるように、サービスオフィスの定義が明確でないために結果的にグレードにばらつきが出ているのは日本固有の現象といえるかもしれません。

サービスオフィスとコワーキングスペースが互いに接近している

もう1つ、最近のオフィス環境の変化を示す言葉として「コワーキング」があります。欧米での流行を受けて、日本では2010年頃から使われ始めました。

サービスオフィスを展開するサーブコープ(Servcorp)やリージャス(Regus)、Spacesといった事業者がコワーキングも手掛けるようになったほか、コワーキングスペースをグローバルに運営するWeWorkがこの数年で爆発的人気を得て、2017年には日本へも進出しました。競争はますます激化し、都市部を中心に多くのコワーキングスペースが見られるようになりました。

ユーザはスタートアップ企業に勤める人やフリーランスもいますが、大手のコワーキングスペースでは企業の利用が多く、実情はコーポレートオフィス、あるいはサービスオフィスといった方が的を射ているのではなしでしょうか。コワーキングエリアは全体のおそらく2割以下。7~8割は個室です。

つまり、従来のサービスオフィスがコワーキング化してきて、コワーキングスペースの方はサービスオフィスに近づいてきた。お互いにそういう要素を付け始めたということです。

サービスオフィス、レンタルオフィス、コワーキングスペースのほかにも、シェアオフィス、起業支援のインキュベーションオフィスなど呼称はいろいろありますが、過渡期のいまは大きくサービスオフィスとコワーキングスペースに分けられると思います。

この二大勢力がぶつかることで今後また新しい言葉が生まれるかもしれません。柔軟性が高くてすぐに使えるということでフレキシブルオフィスという言い方もありますし、例えばSaaS(サース)、Space as a Serviceなんていう呼び方も考えられるでしょう。

さまざまなニーズに応える形でワークスペースが多様化

フレキシブルオフィスは今後も増加が見込まれます*。かつてオフィスといえば賃貸か自社ビルかの二者択一でしたが、今年に入ってからは従来型の賃貸オフィスや自社ビルオフィスとも競合が激しくなっています。

オフィスの多様化は、利用者にとって選択肢が増えることを意味しますから歓迎すべきことでしょう。コワーキング型のオープンなコミュニティで、知らない人ともカジュアルに交流してインスピレーションを得たい、ネットワークを広げたいという人もいれば、落ち着いた環境で集中したい、セキュリティやコンプライアンスの問題をクリアしたいというプロフェッショナルファームもある。

コワーキングスペースにしても、プライベートの空間で仕事をしている人たちがちょっと息抜きでシェアスペースを使い、そこにデイユースで入ってくる人とコミュニケーションできるというのが1つの構図なんですね。コワーキングエリアを設けてコミュニケーションを誘発しつつ、ゲートや入室パスでセキュリティを確保するサービスオフィスも出てきました。さまざまなニーズに応える形でワークスペースが多様化すれば、使い方もどんどん広がってくると思います。

どのようなオフィスが今後伸びていくか、あるいは全く新しい形態が出てくるのかは分かりません。海外のサービスオフィス運営者と話しても、やはり同じ見方です。状況は極めて流動的ですが、それだけ大きな可能性のある分野であるともいえますね。


Go Asia Offices Japanは、アジアのサービスオフィスに特化したコンサルティング企業。顧客に対して、オフィス情報提供、現地見学手配、交渉アドバイス、契約締結などの支援を行っている。本社所在地は神奈川県横浜市。2011年4月設立。
https://www.facebook.com/GoAsiaOffices.jp

以下、■印は各社のウェブサイト

■サーブコープ
https://www.servcorp.co.jp/ja/

■リージャス
https://www.regus.co.jp/

■Spaces
https://www.spacesworks.com/ja/

■WeWork
https://www.wework.com/ja-JP/

* サービスオフィスやコワーキングスペースは世界的に増加傾向にある。木下氏は今後オフィス全体の20~30パーセントを占めることになるのではと見ている。

アジアの都市部ではコワーキング事業者が
大規模に借り上げるケースが目立つ

フレキシブルオフィスの業界は過渡期にあるわけですが、特にアジアの都市部のここ1年の変化は急激です。

日本を含む海外企業の進出が増え、オフィス争奪戦の様相を呈していますが、最大の借り手はコワーキングスペースやサービスオフィスの事業者なんです。ワンフロアだとか、千坪、二千坪、あるいはビルを丸ごと1棟といった具合に、大規模に借り上げるケースが目立ち始めました。

コワーキングというワードが急速に盛り上がってきたのは、アジアは2年ほど前なんです。もちろんコワーキング的な、みんなが同じ場所に集う働き方やコミュニティはそれまでもありましたが、WeWorkの成功により似たようなオフィスを運営する事業者が増えてきました。

アジアの経済発展で、ワークスペースの概念が変化している

なぜこれほどサービスオフィスやコワーキングスペースが人気なのか。要因はいろいろ考えられます。

まず1つは、ワークスペースの概念が変わってきたことです。

少し前まではアジアというと製造地のイメージで、日本企業も欧米企業も工場設立にふさわしい郊外の広大な土地に注目していました。ところが、最近になってアジアの国々が経済発展を遂げて、消費者としての存在感が強まってきた。市場開拓に向けてリサーチやマーケティングをしようということで、いまはアジアの都市部に拠点を設ける企業が増え、質のよいオフィスは激しい争奪戦になっています。

特にシンガポールはオフィスが主体の都市ですし、マレーシアやタイでも非製造業企業の市内オフィスへの進出が盛んです。サービスオフィスを100〜200名単位、あるいはビル完成前からフロアを全て押さえたケースもあるほど。本社機能をサービスオフィスに移す動きも見られます。

ベトナムやミャンマー、カンボジアのあたりではまだ製造業が強いけれども、アジア全体で見れば潮目はこの1、2年で明らかに変わってきました。都市によっては、リージャスやサーブコープといった大手より魅力的なビルを運営する企業もあります。

フレキシブルオフィスの人気の背景にはもう1つ、フリーランスの増加も挙げられるでしょう。テクノロジーが発達して、アメリカではフリーランスの比率が20~30パーセントになるといわれますが、これは世界的な流れでもあります。会社組織から離れる、職場に縛られずに仕事をするというワークスタイルの普及もまた、コワーキングスペースやサービスオフィスの増加を支えているのです。

不動産契約に縛られずにオフィス環境を整備できる

アジアのサービスオフィスやコワーキングスペースを利用する日本企業はあるものの、まだ欧米企業ほどではないですね。企業にとってフレキシブルオフィスを使うメリットはいくつもあるので、日本企業としても使わない手はないと思います。

メリットの1つとして、目指す地域で迅速にオフィスを確保できることが挙げられます。サテライト的に使ったり、地方企業が使ったりするわけです。

ゼロからインフラを作るとなれば数週間から数か月はかかりますし、海外では工期が読めないことも多々あります。フレキシブルオフィスならすぐに契約・入居して、スムーズにビジネスに着手できます。

もう1つ、不動産契約の上でも利点があります。海外で賃貸オフィスを借りようとすると、たいていは2~5年くらいの長期リースで、しかも途中解約できません。一方で、最近のビジネス環境は変化が激しく、3年先を見通すことさえ難しい。こうした状況を受けて、柔軟にオフィス環境を整備できるということで、サービスオフィスやコワーキングスペースが注目されている面もあると思います。

有事にフレキシブルオフィスを優先的に使える権利を商品化

またもう1つ、フレキシブルオフィスは2019年1月から適用される新たな国際的なリース会計基準にフィットすることも魅力です。新基準では1年以上のリース契約は全て資産計上され、課税対象になります。短期契約のサービスオフィスを活用すれば、財務のスリム化を図ることができるわけです。

さらに付け加えるならば、リスクマネジメントの面でもサービスオフィスやコワーキングスペースは有用です。

東日本大震災の際は原発事故や電力危機を受けて、名古屋や大阪のサービスオフィスの空きが瞬く間に埋まりました。東京のオフィスから引っ越そうと多くの企業が考えたんですね。ただ、オフィスを確保できない会社も多くありました。何かあってから動くのでは遅いんです。リスクヘッジとして、BCP(事業継続計画)に複数拠点のオフィス確保を盛り込むことが重要ですし、実際にこれに取り組む企業も増えています。

シンガポールのある会社は、有事の際、優先的にフレキシブルオフィスを使える権利の販売に乗り出しました。普段は使わないけれども、何かあった場合にオフィスを確保する保険のようなものですね。

海外の企業はこうしたリスクヘッジに意識的に取り組んでいます**。有事にオフィスを安全な場所へ移すことについて、日本企業ももっと真剣に考えていいのではないかと思います。

競争力のあるオフィス運営企業には投資家も注目

サービスオフィスやコワーキングスペースの人気の高まりを受けて、デベロッパーも戦略を高度化しています。単にビルを建てたりスペースを貸したりするだけでなく、外部と協働して高いレベルのサービスを提供する事例も見られます。

例えば、WeWorkの北京のある拠点は、現地のビルオーナーと提携しています。WeWorkはハードを、ビルオーナーはソフトを提供して、現地ユーザのニーズによりきめ細やかに応えるわけです。ホテル業界では昔からあった仕組みですが、それがオフィス業界にも徐々に導入されているんですね。

日本の不動産デベロッパーの場合、まず自分でやってみようというところが多いです。従業員もいるしアセットもあるからできることですが、グローバルのサービスレベルには達していないケースが多々見られます。外資系企業で日本に進出したい、日本の企業と手を組みたいというところは多くありますが、門戸が狭い印象を受けますね。

アジアのオフィスが市場化して、それに伴って早急にオフィスがほしいというユーザのニーズに応える形でデベロッパーとサービスオフィスプレイヤーが密に組み、いち早く付加価値の高いオフィスを提供しているのです。そして、そうしたオフィスは競争力がありますから経済的価値も生まれ、従って投資家も集まってくる。

日本のオフィスの市場がガラパゴス化することでマーケットとして日本がスルーされてしまうのではないかと、私は懸念しています。このまま引き離されてキャッチアップが難しくなるということのないよう、ここ数年が正念場になると思います。

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(2018.6.12 渋谷区のTHINK OF THINGSにて取材)

text: Yoshie Kaneko
photo: Kei Katagiri

** 木下氏によれば、日本で2000年問題が騒がれたときは、欧米系の金融会社がディーリングルームをサービスオフィスに設けたこともあったという。

木下一美(きのした・かずみ)

1955年、滋賀県生まれ。南山大学外国語学部卒業。John Swire & Sons Japan、ケン・コーポレーション、リージャス、ジョーンズ ラング ラサール日本などを経て、Go Asia Offices Japanを設立。国内外の豊富なサービスオフィス事業経験を元に、多国籍企業からローカル企業まで幅広くオフィスコンサルティングを行っている。

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