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優秀な人材を魅了する
次世代ブロードキャスト・オフィス

[Sky]London, UK

イギリスのスカイは衛星放送で国際的に知られたメディア企業。今回訪れたのはヒースロー空港にほど近いエリアにある本社キャンパス内の新社屋「スカイ・セントラル」だ。スカイはここを拠点に、旧態依然とした「体力と根性」の放送事業者から脱皮を図ろうとしている。目指すのは柔軟で健康にも配慮された働き方だ。

キャンパスはイギリスの老舗高級百貨店ハロッズやジレットなどの倉庫街を買収し、新たに建設した。キャンパス内で働く7500人のうち、スカイ・セントラルにはおよそ3500人が勤務している。番組制作に携わる同社のスタッフは好むと好まざるとにかかわらずキャンパス内で多くの時間を過ごす。その時にポイントになるのは「オフィスの中でどれだけ楽しく、健康的でいられるか」だ。「なにしろ缶詰状態ですからね。お店やレクリエーションを取り入れないと、みんながここにいたがらないのです」。そう語るのはイギリスにおけるファシリティマネジメントの重鎮でもあるニール・アッシャー氏である。

ふんだんに用いられた木材の軟らかな風合いや、天窓から差し込む自然光、2万5000個を数える植栽はそのためのもの。カフェとレストランは6つ、200席のデジタルシアターとイベントセンターが併設され、イギリスでは初となる完全キャッシュレスのスーパーも。別の建屋にはバイクショップやヘルス&ビューティサロン、ネイルバーまで備えている。機材の悩みをワンストップで解決できるラウンジを設けているのも技術系ワーカーには嬉しい配慮だ。「ジーニアス・ラウンジ(genius lounge)のことですね。アップルのジーニアス・バーを元にデザインしました。ITや通信に問題があれば、うちのジーニアスらに尋ねて解決してもらえますし、キットなどを注文した時もここで受け取れます。また、自動販売機にはマウスやキーボードなどのITキットが詰まっています。うちに来たお客様が『うちのオフィスにも置けないか?』と言うのをよく聞きます」

建物外観。広大なキャンパス内にはコンセプトが異なる個性的な建屋が10棟並ぶ。

  • 執務エリア。デスクを隔てる壁を設けず、ブックシェルフや植栽などを多用し、ワーカーのプライバシーを確保しつつ開放的な空間となっている。

  • エントランスエリアにある大階段。一般的にセキュリティが厳格な報道系施設とは趣を異にする開放的な空間だ。

  • オフィス中央にあるコミュニケーションゾーン。執務フロアと半階だけずらすスキップフロアにすることで、複数のフロアを緩やかにつなげ、ワーカーが行き来しやすくした。

  • 半数以上のワーカーが固定席を持たず、ラップトップ1つでオフィス内を動き回る。彼らのような働き方は「コーポレート・ワーカー」と呼ばれる。

  • エレベーターホールに置かれたジャイアントソファ。アイストップとして広い空間にアクセントを加えている。

働き方を3つに分類し、
ワーカー自らが仕事場を選ぶ

キャンパス内の一つひとつの建屋の設計は別々の建築事務所に委ねられたが、全体の理念、イメージは共通している。そしてスカイ・セントラルの執務スペースは、ウェルビーイングの先進国オーストラリアの設計事務所ハッセルの手によるものだ。「席を離れることに罪悪感を持たずに済む環境を目指しました」とアッシャー氏。「オフィスでよく見られるのは、スペースの一方に仕事場があり、通路を挟んで反対側に休憩スペースがあるというレイアウト。それだと通路を渡ってはいけないような気分になる(笑)。ここでは、デスクとほかの空間を行き来しやすくしました。最も仕事に集中できる空間から、最もインタラクティブな空間までが、オーガニックに入り交じっています」

先進的な企業の多くがそうであるように、働き方や仕事内容に合わせて仕事場を選ぶABW(Activity Based Working)をスカイも導入している。モニターが備えられたデスクは2500席のみだが、タッチダウンエリアやミーティングスペースではさらに2500席が利用できる。これはスカイ・セントラルに限った話ではないが、同社では、働き方を3つに分類している。まずは「コーポレート・ワーカー」。固定席を持たず、ラップトップのみを持ってキャンパス内を動き回る、完全にフレキシブルな働き方だ。「アジャイル・エンジニア」は固定席があり、チーム単位が集まりスクラム開発を行う。そして「ブロードキャスト・テック&クリエイティブ」は大きな機材を使用するスペシャリストたち。こちらも固定席を持ち、ダブルスクリーンなどを置くにも十分なスペースが与えられている。スカイ・セントラルでは、ワーカー200人ごとに18のネイバーフッドに分け、それぞれに「ホームゾーン」を設置した。オープンキッチン、テーブル、モニターなどが置かれた「家と会社の中間のような場所」だ。「誰かの誕生日など、お祝い事があればここに集まります」


スカイ
ワークプレイス・ディレクター
ニール・アッシャー

  • タッチダウン的に使われる円形のデスク。同様の、立ち寄り型のワークスペースが至るところに用意されている。

  • ネイバーフッドごとに設置されるホームゾーン。カフェやキッチンが配置され、コミュニケーション・ハブに。

  • 植栽に囲まれたフォーカスゾーン。ゲートをくぐることでモードの変化も演出される。

  • こちらもホームゾーンの一角。オープンなソファエリアが多く配置され、リラックスしたワーカーの姿が。

  • ストリングスで囲われたミーティングエリア「ロープハウス」。オープンでありながら適度な囲まれ感もある。

  • 木々に囲われたミーティングスペース。腰を落ち着けた議論のために用いられることが多い。

  • 大胆に木材を使用した健康的でナチュラルなオフィス環境。天井からは自然光がふんだんに降り注ぐ。

  • テック・セントラル・ジーニアス・ラウンジ。機材にまつわるあらゆる相談にワンストップで応える。

  • イギリスの高級スーパーであるウェイトローズ。ここは国内初のキャッシュレス店舗だ。

  • カフェテリア内での生放送の撮影。オフィス内はどこでも撮影に耐え得るクオリティの空間が広がる。

  • エントランスすぐ横のカフェ。待ち合わせや来訪者とのクイックなミーティングにと重宝されている。

「良いネイバーであること」を心がければ
チェンジマネジメントは必要ない

こうした新しい働き方を導入する際にはチェンジマネジメントを行う企業が多いが、スカイはあえてそれをしなかった。「議論してローカルのルールを作れ」という方針を打ち出したのみだ。

「単に『良いネイバーになってください』と頼みました。良いネイバーになるにはパワーポイントのプレゼンは必要ない。良いネイバーになるにはどうすればいいか、人は自然とわかっているからです。ほかの人間と一緒に生活するからには、やっていいことといけないことがある。それを無理やり飲み込ませようとしなかったことも、こうした新しい働き方がすぐに受け入れられた理由であるとも思いますね」

「体力と根性」の放送事業者から、健康に配慮しテクノロジーにも対応した新しい放送事業者へ。こうした新しい働き方を受け入れる柔軟性は、激変する業界にキャッチアップできる優秀なタレントを惹き付けるものでもあるだろう。

コンサルティング(ワークスタイル):Hassell
インテリア設計:PLP
建築設計:AL_A

text: Yusuke Higashi
photo: Taiji Yamazaki

WORKSIGHT 12(2017.12)より

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