Innovator
Sep. 18, 2018
開かれた建築が増えれば、世の中はもっとよくなる
情報のベースを揃えてコミュニケーションの質を高める
[成瀬友梨×猪熊純]株式会社 成瀬・猪熊建築設計事務所
――シェアスペースの設計で特に注力するのはどのあたりですか。
猪熊
まずは徹底的に話を聞きます。どんな課題があって、新しくつくる施設で何をしたいのか、誰が使うのかといったことですね。並行しながら設計案を出して、3回目くらいに「ないと困ると思っていたけど、意外とこの部屋はいらないね」という具合に本当に必要なものが見えてくるんです。話を引き出すための道具立てとして設計案を使う感じですね。コミュニケーションを重ねることで設計が練られていきます。
成瀬
クライアント側もまだ見えていない部分が大きいし、話しながらやりたいことが決まっていくんですよね。特にオフィスの場合、例えば自動運転の開発とITベンチャーでは求めるものが全然違ってきます。現場の人たちが普段の仕事で何をしていて、どこを目指して働いているのか、困っていることは何かということをくまなく教えてもらって、それを建築の形に変換していく感じです。
猪熊
業務のフェーズによっても空間に求めるものは違いますしね。よくあるのは「イノベーティブなオフィスにしたい」というリクエストなんです。でも、マーケティングは他部署と接点があるかもしれないし、R&Dではデザインが近い方がいいかもしれない。どちらをやる場所なのか、全部をやりたい場所なのかということは詳しく聞いてみないと分かりません。
特に最近はコワーキング風オフィスを求めるところが増えているんですけど、モノづくりをするうえではR&Dをどう位置付けるかとか、工場で多品種少量生産ができるかとか、そういう観点も重要です。なので流行や物珍しさにとらわれず、幅広くコミュニケーションを重ねながら現場の意向を丁寧にくみ取って、提案の矛先や設計の骨格を決めていきます。
成瀬
ほとんどのステークホルダーの人たちの話を聞いて、オープンなプロセスで合意を取り付けていくので、後の工程でもそれほど大きな変更は出ないですね。
議論の前に参加者同士で先行事例をリサーチ
――クライアントとコミュニケーションをする際、注意していることは。
成瀬
ステークホルダーが多数いる場合は特に、下準備として情報のベースを揃えることは心掛けています。
オープンなコミュニケーションを実現するには、それぞれが自分の思いを主張するだけではだめで、みんながその場をよくしていこうという共通の意識を持たないといけません。持っている知識の量があまりに違いすぎると話がまとまらないし、みんなが知っていることについて1人が熱弁を振るったりすると、その場がだらけちゃいますよね。
いま静岡県三島市で「みしま未来研究所」というプロジェクトを市民NPOと一緒に進めています。地域の未来のために若い人が活躍する場を作ろうというもので、会議の参加者は毎回20名くらいに上ります。年齢は20~60代と幅広く、性別も職業もバラバラ。ちょっと話しただけで、みなさんのバックグラウンドがかなり違うことが分かりました。
そこで、まずみんなでリサーチすることにしたんです。他の地域の似たような取り組みをみんなで調べてきて、それを発表しましょうと。そして、いいものがあればみんなで見に行きましょうと。そうやって情報のベースを揃えた結果、コミュニケーションの質がかなり上がりました。
企業だとその部分のベースが揃っているかもしれませんけど、地域のシェアスペースづくりでは共同のリサーチを先にした方がいいのかなと感じています。私たちも一緒に調べて発表するので勉強になりますしね。
猪熊
そうやって一緒に勉強すると団結力が出てくるし、僕らとの関係も、提案する人と受け止める人じゃなくて、横に並んで何かを目指しているチームの関係になりやすいですね。コミュニケーションとチームワークの2つの意味でベースになるんです。
成瀬
三島の場合、議論を深めていった結果、論点が大きく2つあるということが見えてきました。地域の未来をみんなで育てるという目標を掲げているけれども、その「未来」の具体像が共有しきれていなかったんです。
20~30年後に活躍する人材を育成するという意味で中学生や高校生を応援するのか、それともいま20~40代の人の1、2年後、あるいはひょっとして明日とか、そこを支援するのか。その2つの軸があることにみんな気づかず、それで話が空回りしてしまうことが明らかになりました。
じゃあ両輪でやっていこうということになって取り組みを進めていますけど、情報量のベースを揃えることで、何が明確になっていないのかをみんなで考えて、みんなで解決することができる。だから、みんなすんなり肚落ちできるんです。
猪熊
いまは三島は加速してるよね。面白い場所ができると思います。
株式会社 成瀬・猪熊建築設計事務所は建築・ランドスケープ・インテリアの企画・設計および監理、工業デザインの企画・製作・企業コンサルティング業務を手掛ける。代表取締役は成瀬友梨氏。所在地は東京都杉並区。スタッフは成瀬・猪熊両氏の他に9名。2007年設立。
http://www.narukuma.com/
NPO法人みしまびとが「廃園になった幼稚園が地域の集いの場に! 三島に新たな人の拠点を」と題して、クラウドファンディングで支援を募った(募集終了)。
https://readyfor.jp/projects/mishimabito
運営のあり方を決めると、建築のつくり込みの程度が見えてくる
――徹底して話を聞く、コミュニケーションのベースを揃えるといったことはプロジェクトの進め方にまつわるものだと思いますが、シェアスペースの設計思想の面で何かポイントはあるのでしょうか。
猪熊
そこに参加する人たちがどれだけ自主的にその場を回せる雰囲気になるか、そのゴールイメージに近づけていくことは重視しています。いま話したようにプロセスを通じて当事者意識を育んでもらうことも大事なんですが、実際に場ができてから参加したくなる雰囲気があるかどうかは空間の質も大きいと思うんですよね。部屋の入口に「交流スペース」と掲げても交流が生まれるわけじゃないし、むしろ敬遠しちゃう人もいるかもしれない。
例えば街のカフェなら、コーヒーがあって、適度にばらけた位置に椅子があって、居心地が悪くないということでみんなが利用する。そういう入りやすいモードがまずあって、さらに取り組みに応じたコミュニケーションが自発的に起こる空間にできるか。そこはかなり工夫を凝らします。
管理者やおしゃべり好きなコミュニケーターがいればいいんですけど、その人のワンマンショーになっても困るし、そういう人がいないとしても、ちょっときっかけを作ればそこにいる人たちが自発的にその場を成立させていけるようにしたい。それは空間によるところが大きいと思うし、僕らがいつも一番時間をかける部分なんです。
成瀬
そうだね。みんながお客さんの感覚のままだと、その場が回っていかない。
猪熊
例えばシェアオフィスにコーヒーサーバーを置くとします。そこを完全にオープンにしてセルフサービスにするか、それともバリスタ的な担当者を置くか。担当者を置くとしたら、毎日なのか、あるいは月に数回程度なのか。運営のあり方を細かく決めていくと、建築のつくり込みの程度が見えてきます。
昨日も国分寺のこども園の案件でそんな話をしていました。保護者の自発的なコミュニケーションを生み出すにはどうしたらいいかということで、コミュニケーションスペースでコーヒーを提供するというアイデアが浮上しています。もしこれを実現するなら、給食を作る調理室とコミュニケーションスペースを隣り合わせにしたほうが何かとやりやすいですよね。
そのコーヒーもサービスで出すのか、売るのか、あるいは結局出さないのか、それだけで保護者たちのコミュニケーションの形が変わるし、つまりそこに求められる空間も変わってくる。コーヒーがないなら土間で気軽に立ち話できる方がいいかもしれないし、コーヒーが出るなら靴を脱いで座れるスペースもあった方がいいかもしれない。そんな具合にかなり細かく妄想していきます。運営と設計は緊密なので、どう運営するかということとセットで設計を詰めていくことが多いですね。
「何とか使える」ではなく、「使って楽しい」を目指したい
成瀬
設計がうまく行っていないときは、何か違和感があるんですよ。そこでやる活動と設計が合っていないんだけど、何がおかしいのかなあと、もやもや考えるんですね。「こういう場合は変じゃない?」とか「こういうことが起きたらどうする?」とか、利用者になったつもりであれこれ考える。自分がそこに赤ちゃんを連れて行ったとしたら、よちよち歩きができる床の方がいいかもしれないとか、ここにカウンターがあればいい感じだな、でも監視されているように感じる人もいるかもとか、そんなところまで。
猪熊
そういうところに対してはめっぽう解像度が高いですね、僕らは。
成瀬
「何とか使える」というのはあまりよくないと思っていて。「使って楽しい」「使いやすい」「使って気持ちいい」を目指しています。
基本的には分断しないと決めたうえで、
どこまでオープンにできるかを考える
猪熊
あともう1つ、僕らがこだわるのはコミュニティがオープンでいられる設計になっているかという点です。
シェアとコミュニティは重なる部分が大きくて、コミュニティをつくりたいからシェアスペースがほしいという話はよくあります。それは大いに結構なことなんだけれども、コミュニティをつくると中と外が必ず生まれる。それはコミュニティの怖さでもあります。
コミュニティ外の新参者でもすぐ入れそうな雰囲気で、すぐ出られそうな雰囲気ができているかどうか。もちろんシェアハウスの場合は住まいなので、プライバシーとの兼ね合いがありますし、オフィスだと機密情報の問題もあります。できうる範囲で、中の人同士がオープンであるだけでなく、その建物自体が外に向けてオープンかどうか、閉じないコミュニティにできているかどうかは全部のプロジェクトでチェックします。
――閉じないコミュニティをつくる、その意図はどこにあるんですか。
猪熊
突き詰めれば価値観の問題なんでしょうね。外側をつくることはある種の排他行為であって、そういう社会は根本のところで幸せじゃないと思うし、であるならばそこに加担したくないということです。
外側を作る論理は、自分以外のものへの無関心に通じるように思うんです。内側の人間関係はお互いが自発的に協力し合っているのに、一歩外へ出ると感覚を遮断してしまう。そういう現象がいまの日本で多く起きていて、それがひずみを生んでいるのではないかと。外に対しても自分ごとになれる人がたくさんいれば、たぶん世の中はいい方向に向かうだろうし、その価値観を設計者がつくれたらそんなに素晴らしいことはないですよね。
例えば都市部で保育園が足りないけれども、騒音を理由に建設を反対されることもあります。それは保育園が閉じたコミュニティだと思われているからですよね。アクセスできないのに音だけ聞かされたら迷惑だと思うのは当然だろうし、逆に保育園側も音を立てたらいけないと萎縮するのは、近隣から分断されているからでしょう。
保育園がオープンになって互いの存在を認め合う関係をつくれば、子どもたちが「園児」ではなく「地域で育てている子ども」に変わっていく。それが大事だと思っていて、基本的には分断しないと決めたうえで、どこをどの程度オープンにできるかを考えて進めると、ほとんどのものはよりよい解決になっていくという気がしています。
成瀬
その方が安全・安心でもありますよね。密室だと中で何が起きているか分からないし、保育園や福祉施設はよりオープンさが求められると思います。それに周りに見られることで、そこで働く人もプライドを醸成しやすくなるでしょう。空間が閉じていると、社会と自分が接続している感じが希薄になって視野も狭くなると思います。
居心地が悪くなるほどオープンにしちゃいけないけれども、お互い何をしているか分かる状態にできるだけした方がいいというのは、私たちの設計の大きな方向性ではありますね。
言葉でいうと不自然でも、空間にするとしっくりくるもの
猪熊
僕らがつくるのは限られたスペースではあるけれども、そのオープンな感覚が社会に、ひいては世界に広がって、世界中のあらゆる人のことに対して自分ごとに思えるようになったら、それは理想ですよね。そう簡単にはできないですけど。
成瀬
戦争が起きなくなるだろうね。平和のための建築だ(笑)。
猪熊
外側の人と断絶しないという価値観を作っていくことと、その場に集う人がストレスなく自発的に参加できる状態をつくること。この2つが、僕らのひとまずの目標かなと思います。両方実現する場所が増えると、前編で話した近代の構図と真逆になります。巨大な組織でトップが強権を握って全体が一方向を目指すのではなくて、個別がそれぞれに信頼関係を築きながら、それぞれの道を自由に進んでいく社会。それが僕らの大きい目標ですね。
成瀬
他の人のことを自分ごとに思うことの大切さは、私自身、子どもを産んでから切実に感じるようになりました。街なかの子連れのお母さんに目が向くようになったけれども、いままでその存在をちゃんと認識していなかったようにも思うんです。
いろんな人がいるから世の中が豊かになるし、それぞれに事情も健康状態も違うことを踏まえたうえで、元気な人が頑張ればいいし、弱っている人は弱っている状態でもいてもいいよと思わせてくれるような、お互いの存在を認め合える世の中にしていきたい。
そう考えたときに、建築は人の心理を左右するものでもあるので、心理的なハードルになっている空間の状態を変えていけるような流れをつくっていきたいです。私たちが一生で作れる建築の数は、頑張ったところでせいぜい100件程度ですけど、他の人に真似してもらえるようないい事例をつくっていきたいと思っています。
――いい事例とは具体的には。
成瀬
言葉でいうと不自然だけど、空間にすると意外と自然でしっくりくる、というものでしょうか。シェアハウスってまさにそうじゃないですか。20人の他人が住んでいる家というと気持ち悪いけれども、見に行くと楽しそうですよね。
開放感いっぱいの福祉施設というとプライバシーはどうなのと不思議に思うけど、近所の子どもたちが遊びに来て、利用者もみんな活気があって元気だったりする。そういう事例を1つでも多く作ることで、見た人が「ああ、確かにアリだね」と気づいて、価値観の変わるきっかけになればいいなあと思っています。
猪熊
僕らは建築業ではあるけれども、実作を通したメディア業みたいなところがあるんですよね。年間の売上でいうとハウスメーカーに比べたら微々たるものですけど、社会的役割は同じくらいのものを目指したいし、僕らにしかできないことをやっていきたい。そういう意味でのソーシャルインパクトはこれからも追求していくつもりです。
WEB限定コンテンツ
(2018.6.16 杉並区の成瀬・猪熊建築設計事務所にて取材)
text: Yoshie Kaneko
photo: Chihiro Ichinose
成瀬氏が編著者を務めた『子育てしながら建築を仕事にする』(学芸出版社)。建築業界で働く男女16人の体験談がつづられている。
成瀬友梨(なるせ・ゆり)
一級建築士。1979年愛知県生まれ。2004年、東京大学大学院工学系研究科建築学専攻 修士課程修了。2005~06年、成瀬友梨建築設計事務所主宰。2007年、東京大学大学院工学系研究科建築学専攻 博士課程単位取得退学。2007年、成瀬・猪熊建築設計事務所を共同設立。東京大学助教、東京理科大学非常勤講師などを歴任。
猪熊純(いのくま・じゅん)
一級建築士。1977年神奈川県生まれ。2004年、東京大学大学院工学系研究科建築学専攻 修士課程修了。千葉学建築計画事務所を経て、2007年、成瀬・猪熊建築設計事務所を共同設立。首都大学東京助教。愛知県立芸術大学非常勤講師。