Management
Sep. 25, 2018
店舗とECの強みを生かすオムニチャネル戦略でV字回復へ
買いたいと感じていただける環境をデジタルで整備
[川添隆]株式会社ビジョナリーホールディングス 執行役員 デジタルエクスペリエンス事業本部 本部長
ビジョナリーホールディングスグループの中核であるメガネスーパーのメイン事業はメガネ・コンタクトレンズ・補聴器の小売りですが、2014年からは「アイケアカンパニー宣言」を掲げ、眼の健康寿命を延ばすコンシェルジュとして、モノだけでなくサービスやアドバイスも含めてトータルなソリューションを提供しています。
ビジネスの価値を生み出しているのは店舗とスタッフ
例えば、「視力が落ちた」「老眼が始まった」ということでメガネの購入を考える方は多いけれども、1本で何でも見えるようになる万能なメガネはこの世に存在しません。
近視、遠視の方が老眼になったら、用途に合わせてメガネが必要になるし、あるいはその時の疲労度やその場の明るさによっても見え方は違ってきます。メガネのレンズは特定距離に対してピントを合わせるようになっていて、人間の眼が調整をしています。そのため、あらゆる状況に物理的にマッチできるメガネは存在しないのです。
それぞれのシーンやニーズに見合ったソリューションをきめ細やかに提案するのが我々の役目と考えています。店頭で20~60項目にわたる眼の検査を行っているほか、どういったシーンで使いたいかのヒアリングも通して、その時点で最も必要と思われる商品をご提案します。その方の見る環境を全てサポートするのが我々のアイケアなんです。
一方で、洋服やスマホ、クルマなどと比べると、メガネやコンタクトレンズはブランドに対する意識が低い傾向にあるため、ブランド指名買いは少ないのが実情です。
メガネを買いたいと思ったら、まず近くのメガネ販売店へ行きますよね。お店で予算やフレームの好みを伝えてフレームを選んだ後は、検査で見え方を確認して、スタッフと相談しながらレンズを決めていきます。つまり、現時点で、我々の価値を最大限に生み出しているのはブランドよりも、あくまでも店舗での接客・サービスであり、そこで働く人ということです。
顧客の購買行動を分析してEC戦略を模索
僕はアパレル業界でEC事業の経験を積んだのち、2013年にメガネスーパーへ転身しました。アパレル時代の上司であった星﨑(尚彦氏、現・ビジョナリーホールディングス代表取締役社長)がメガネスーパーの経営再建を担うことになり、新たなチャレンジに自分も挑戦してみたいと考えたんです。
それでメガネスーパーのEC部門(当時の通販グループ、現デジタル・コマースグループ)でEC事業の立て直しを図ることになりました。ただ、前職はユーザーロイヤルティの高いガールズ系のブランドで、メガネスーパーとはビジネスモデルがまるで違っていた。そこに気づかなかったのは落とし穴でしたね(笑)。
アパレルではお客様がブランドの指名買いをしてくださるし、メルマガを適切なタイミングで送って、店舗とECサイトで販売のタイムラグが起きないように準備すれば、集客効率が上がって売上アップも実現できた。ところがメガネスーパーではその戦法が全く効かないんです。メガネは指名買いできるものではないし、コンタクトレンズもなくなってからあわてて買いに走るという方が多いので、特定業態やブランドでどうしても買いたいという動機がそもそも存在しない。転職直後にそれが分かって、どうすればいいんだと、一瞬頭を抱えました(笑)。
ただ、部内のスタッフの話を聞くうちに、だんだんお客様の購買行動が分かってきました。同時に、お客様のニーズとこちらの提供する情報やサービスのギャップ、すなわち埋めるべき穴が見えてきたんです。
時間をかけた接客とスピーディな接客を共存させるために
例えば、ECサイトでは5,000円以上購入の場合、配送料無料としているけれども、これが情報として明確にアピールされていませんでした。せっかくのメリットなので、サイトの全面(ECサイトのヘッダー)に打ち出すようにしました。
取り扱い商品も拡充し、透明なコンタクトレンズだけでなく、カラーコンタクトレンズ(カラコン)もECで扱うようにしました。ウェブ経由でカラコンを買う人は多くて、顧客の開拓にもつながりましたね。
また、コンタクトレンズという商材には季節性がないので、セールやキャンペーンを意図的につくるようにしたのも改善ポイントです。メルマガでイベントをアピールしたり、クーポンを配布したりすることで集客を図ったんです。そういう引っかかりをつくることでユーザーに訴求するわけですね。
このようにECでのコンタクトレンズ販売も強化し、その後にコンタクト注文の専用アプリを通じたサービスも立ち上げました。メガネや補聴器と違ってコンタクトレンズは、初めて使う方は別として、自分が使うものは決まっている方がほとんどなので「前回と同じものをほしい」「すぐ手に入れたい」とおっしゃるんですね。そういうお客様は来店しても店員が接客中だったら、あきらめて他店に行ってしまうかもしれない。
つまり、メガネ・補聴器のような時間をかけた綿密な検査・接客と、コンタクトレンズのようなスピーディな接客の両方を、1店舗の限られた戦力の中で共存しないといけないわけです。そこで我々が考えた方策が、定期配送する定期便や、アプリによる短縮注文だったというわけです。
来店せずに一定期間経過すると自動的に配送する定期便がもっとも手間がない購入方法ですが、「契約が面倒」「自分で都度注文したい」というようなニーズが存在します。そこで、「コンタクトかんたん注文アプリ」は最短2タップで注文できて、ご指定の場所へ配送するようになっています。
待ちの姿勢だけれども、お客様が来店されたら全力で取りに行く
時間をかける接客と、スピーディな接客を切り分けることはお客様の利便性を高めるものでもあると同時に、店舗の運営効率も高めます。そこで来店予約システムをつくり、来店時にできるだけお客様を待たせないようにしました。
さらに、当社では介護施設、企業、個人宅などへの出張販売も行っていて、その予約も取れるようにしました。いつでも好きな時にアクセスできてアクションが取れるということで、こうした予約システムの利用は増えています。当社の強みである丁寧な接客、丁寧な検査を補完するものとしてのデジタル環境の整備もまた、我々デジタルチームの役目だということです。
ECの広告に関しては、新規のお客様を呼び込む手法は積極的に採っていません。実店舗で40年も営業している看板を生かさない手はない。実店舗もコーポレートサイトもLINEもECサイトもある、選択肢が豊富ですよという姿勢を提示し続けられることで、結果としてメガネスーパーならちょっと簡単に買い物ができるという安心感が醸成できるのだと思います。待ちの姿勢だけれども、お客様が来訪されたら全力で取りに行く、その体制をECで整えている感じですね。
注意したのは価格競争に陥らないようにしたことです。特にコンタクトレンズの場合、ECでは同じものなら安く売るお店にどうしてもお客様は流れます。そういった戦略も1つの手ですが、当社は相対的な安さを売りにしていきたいわけではないため、価格勝負に入ったらダメだと考えました。
では、どこが勝負どころになるかといえば、1つは在庫の豊富さです。コンタクトレンズは受発注ができる体制もあって、一般的に小売店ではそれほど在庫を持ちません。そこで我々は在庫を厚くして、早くほしいというユーザーニーズに応えるようにしました。これはECから始めて、いまは店舗でも実施しています。
株式会社ビジョナリーホールディングスは、株式会社メガネスーパーなど眼鏡、コンタクトレンズ、補聴器などの販売会社6社を傘下に置く持株会社。2017年11月設立。代表取締役社長は星﨑尚彦氏。
店舗数はグループ全体で386店舗(平成30年7月末現在)。売上高は217億7,600万円(グループ連結業績、平成30年4月期)。
https://www.visionaryholdings.co.jp/
川添氏の著書『「実店舗+EC」戦略、成功の法則 ECエバンジェリストが7人のプロに聞く』(翔泳社)。
EC事業に対する川添氏の取り組みから得られた知見や、ECで実績を上げている7社の担当者への取材を元に構成。実務に役立つ一冊。
見え方を検査してメガネを販売できるスペシャリストは数が少なく、1万人に1人程度とされるが、メガネスーパーの検査は高度なスキルが必要であるため、人材の希少性ではこの割合を上回ると同社では見ている。「コンタクトレンズ販売の効率化や事前予約の推進は、貴重なリソースを最大限に生かすための手立てでもあります」(川添氏)。
まず必要なのは顧客情報との連携ではなく、
誰でも買いやすい、買いたいと思う環境整備
僕が入社した段階ではメガネ販売を強化するためにECをリニューアルするという発想でプロジェクトが動いていたんです。メガネスーパーは当時約600万人分の顧客情報があり、その方々がECを利用するようになれば増収が見込めるはずだという目論見ですね。だから当初のプロジェクトでは顧客情報も連携する予定でした。
しかし僕はまずは最短で利益を増やす必要があると思ったし、そのために顧客情報と連携する必要はないと考えたんです。その時点でECサイトの9割以上の売上をコンタクトレンズが占めていたので、まずは得意な商品から売上を増やせばいいと考えたんですね。必要なのは顧客情報ではなくて、誰でもちょっと買いやすいと感じていただけるような環境です。
この逆張りが功を奏して、自社ECの売上は急拡大していきました。またカラコンなどECが開拓した商材を店舗でも展開するようになってきました。これは1つの戦略の分岐点だったと思っています。そして結果的にいまはECサイトと実店舗の顧客情報の連携は行っています。
売れるものというのは、こちら側が売りたいものではなく、お客様がほしいものなんです。当たり前といえば当たり前ですけど、その事実に気づいて、お客様が買いやすい環境を愚直に実現していくことが重要だということです。
EC売上は5年で4.4倍に伸長
ECサイトのてこ入れ、実店舗とウェブでのオムニチャネル施策、デジタルを基盤としたマーケティングやコミュニケーションの強化、さらにデジタル技術を使った店舗の支援といったさまざまな施策を組み合わせた結果、徐々にECが成長し、5年で売上は4.4倍に伸びました。ようやくECの会員数は6万人を超えました。
一連の施策で手ごたえはあるものの、まだできることはたくさんあると思っています。例えば、お客様が店舗スタッフにより親しみを感じられるよう、スタッフの専門性や技術、人となりをウェブ上にアップすることも構想しています。
企業規模が大きくなると看板に対する信頼性は高まるけれども、かえってそこで働く人の人間味が見えにくくなってきます。顔が見える接客になれば、ホスピタリティも表現しやすくなるはず。「情報が足りない」とか「どんな店員さんがいるか分からなくて不安」といったギャップは、どんな企業とお客様の間でも起こり得ることでしょう。ECが発達した現在では「お店に行くのが面倒だ」というギャップもあるかもしれません。
10年前と比べると、そういうギャップの発生が加速度的に増えている印象です。どちらかというとお客様側の情報の速度や考え方の変化が速いし、メガネやコンタクトレンズを買えるチャネルもどんどん増えています。さまざまなギャップをアプリやLINEなどを始めとするデジタルチャネルを通して我々が埋めていきたいと考えています。
顧客側のニーズと企業の提供するもののギャップを埋める
現在*、EC売上は4.9億円で、全体の約2パーセントです。ただし、アプリ経由の売上はアプリを獲得した店舗に売上を計上しており、アプリを含めたEC関与売上** は5.4億円です。これに乗らないLINE経由の集客、クーポン経由などで数値化できているデジタルチャネルの影響力は、全体売上の10パーセントくらいですが、計測できていない部分も含めるともう少し影響力はあるととらえています。
ただ、ECやデジタル推進ばかりが先走ってはだめで、先ほども話したようにメガネスーパーの価値の源泉は実店舗でのサービスとそこで働く人にありますから、あくまで店舗側と歩調を合わせていくことが重要です。
僕が追求しているのは、メガネ屋に求められるニーズは何か、全社として僕らが提供できるサービスは何かということ。顧客側のニーズと企業の提供するもののギャップを埋めるというシンプルな考え方で、今後もデジタル戦略に取り組んでいきます。
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(2018.7.3 中央区のビジョナリーホールディングス オフィスにて取材)
text: Yoshie Kaneko
photo:Kazuhiro Shiraishi
* 平成30年4月期決算短信に基づく。
** EC関与売上
実店舗への集客を促すデジタル施策による売上貢献額とEC事業の売上高を合わせた数値。メガネスーパーではアプリの売上を合算してEC事業の売上としている。
川添隆(かわぞえ・たかし)
1982年、佐賀県生まれ。千葉大学デザイン工学科卒。2005年サンエー・インターナショナルに入社。販売、営業アシスタントとして店舗営業支援に携わる。2006年クラウンジュエルに入社。ささげ業務からサイト内企画、バイヤー、PR、新規事業のブランド展開の卸営業などに携わる。2010年クレッジに入社。EC事業責任者としてEC売上を2年で2倍以上に拡大し、LINE@活用の代表事例となる。その後、2013年メガネスーパーに入社。「アイケアカンパニー」としてのEC事業、オムニチャネル推進、デジタルマーケティング・コミュニケーション、デジタルを活用した店舗支援を統括し、他社のEC・オムニチャネルのコンサルティングにも従事。EC事業の売上を5年で4.4倍、メガネスーパー公式通販サイトは月商約8倍に拡大中。2017年よりビジョナリーホールディングスの業務を兼務。2018年にビジョナリーホールディングスの執行役員に就任。