Management
Oct. 1, 2018
天領店舗にキャラバン、100人会議。
メガネスーパーのユニークな経営改革とは
IoTの発展とともに真価を発揮する実店舗
[川添隆]株式会社ビジョナリーホールディングス 執行役員 デジタルエクスペリエンス事業本部 本部長
前編では主にメガネスーパーのEC事業の改善プロセスについて話しましたが、ビジョナリーホールディングスへ移行後はメガネスーパーのEC業務に加えて、グループ全体のEC、オムニチャネル推進を行うデジタルエクスペリエンス事業本部も統括しています。基本の役割は以前と同じですが、それにプラスして「体験」を軸に価値を創出していくことにも取り組んでいます。
体験には2つの要素があって、店舗とEC、DM・チラシとLINEなどのデジタルチャネルなど、さまざまなチャネルがある中で、ビジョナリーホールディングスとしてどのようにお客様に買い物体験を提供していくか。その中でデジタル的な戦略を考えていくということが1つ。
もう1つ、従業員の体験を高めていくことも課題です。店舗の運営、接客、メガネやコンタクトレンズの購入に関わる目の検査、品出し、データ入力など多岐に渡ります。デジタル技術を生かして業務を効率化したり、オンラインのデータ活用によってより高度な接客を実現したりすることで、さらには従業員の成長につなげていきたい。
顧客と従業員の双方により良い体験を提供していく、そのためにテクノロジーを活用して、新しい地平を開拓していきたいという思いがあります。
デジタルコミュニケーション基盤を構築し、社内の垣根をなくした
これまでのデジタル施策で貢献できているかなと思うものは社内のコミュニケーション体制の構築ですね。
僕が入社した2013年当時、メガネスーパーではエリアを超えた店舗間のコミュニケーションがありませんでした。そもそもメールもなくて、通信手段といえば電話くらい。それも能動的に連絡を取り合うということはなかったそうです。
当時は旧オーナー体制の名残があり、自分たちの店舗の収益向上だけに集中すればいいという、いわば縦割り制度が根強くありました。しかし、赤字* から脱却するには、まず社員同士が仲良くして風通しを良くすることが必要だと、経営再建を任された現在の社長(星﨑尚彦氏)は考えました。そこから同じエリア内の店舗の売上を開示したり、メールやLINEを導入して販促の成功事例を共有するようにしたんです。
いまはメールやLINEなどデジタルコミュニケーションの基盤をITチームや我々が整えていますし、各種のデジタルツールも導入をサポートした結果、例えばグーグルフォームやスプレッドシートを使って、自発的に商品企画のアイデアを吸い上げたり、社内イベントの参加者を募集したりするようになっています。さまざまなシーンで活発なデジタルコミュニケーションが取られるようになってきました。
エリアが違うと名前も顔も知らない、それが当たり前だった会社が、いまはエリアも部署も超えて協働するようになっています。部門間の垣根がなくなって、知恵を持つ人が積極的に手を挙げるようにもなりましたね。そんなふうに動く土壌ができてきて、現場のモチベーションも高まっているのを感じます。
社内副業を推進するクロスファンクション制度
社員のモチベーションを上げるものとしては、クロスファンクション制度という1人が何役も担える制度もあります。
例えば店舗の一スタッフであっても商品企画をやりたいと思えばできますし、マーケティングに参画したいといえばできる。1人の人間が複数の役割を持てるというわけです。
導入の目的はいくつかあって、現有戦力で収益を上げるためというのもありますし、異動とまではいかなくてもトライアルの感覚で他の仕事に取り組める機会を設けられる、配置のミスマッチを減らせるといったことが挙げられます。
もう1つ、これは我々の会社のDNAといえるのかもしれませんが、小売りの企業として現場感を大切にしているんですね。それはデジタル戦略に取り組む僕も例外ではありません。お客様のニーズにこそ情報が詰まっていますし、将来的にはデジタルでの反応が商品開発に生かせるのではないかという発想もある。部門に縛られずに業務を体験できる機会を作ることは組織として重要だと思います。
それから、個人の成長も促されますよね。やはりいろいろな仕事を経験すれば視野も広がりますし、一歩踏み込んで全社のために何かやりたいという気持ちは評価の対象にもなります。個人の気持ちを汲み、その人が実際にチャレンジして、さらに成長し、それでリターンを得られるようになったら全員がウィンウィンだよねと、そういう発想もベースにはあります。
社長直轄の「天領」店舗で現場の生の声を吸い上げる
会社全体がデジタルに明るくなってきて、社内の雰囲気も変化してきた。それはトップの交代によるところが大きいです。
もちろん、突然ガラリと変わったわけではありません。まずは社内で会議を重ね、店舗のヒアリングもじっくり行って何が問題かを浮き彫りにしようとしました。ところが、会議で交わされる議論と店舗で起きている事象にズレがあることが明らかになったんです。社長にとっても僕にとっても、これは大きな衝撃でしたね。
それまで会議は本部の管理職十数名が参加していました。そこで「現場はこう言っています」という報告が上がるんだけれども、店舗スタッフに聞くと「そんなことは言っていない」と言う。じゃ、その“現場という人”は誰なのか? となりますよね。店舗の実態を知る人間が会議に1人もいなくて、実態と違う情報をやりとりしていたわけです。
そんな会議は意味がないということで、社長は生の情報を得ながら店舗をスピーディに改善するため、自分の直轄店舗を持とうと考えました。まず東京、神奈川にある6店舗を対象に、社長が店舗を訪れ、店舗スタッフと毎週ミーティングを行うようにしたんです。この社長直轄の店舗を社内では「天領」** と呼んでいました。
そのミーティングではその場で全てを決めます。例えば、当時の新コンセプトでリニューアルした店舗で、新しい什器が入ったために回遊性が悪くなったと聞いたら、社長は「そんなのいらないよ」と自ら取り外したこともありました(笑)。
店舗側は内装を変えてはいけないと思っていたわけです。勝手に変えたら怒られるというマインドが染みついていたんですね。でも、経営改革を進めるには各店舗の課題をつまびらかにして、利益を最大化するためには何をしたらいいのかを真剣に考えなければなりません。オーナー会社時代のトップダウンによる思考停止状態から、課題と解決策をみんなで考える集団にしていく、その変化のプロセスこそが我々の経営改革のコアだったように思います。
株式会社ビジョナリーホールディングスは、株式会社メガネスーパーなど眼鏡、コンタクトレンズ、補聴器などの販売会社6社を傘下に置く持株会社。2017年11月設立。代表取締役社長は星﨑尚彦氏。
店舗数はグループ全体で386店舗(平成30年7月末現在)。売上高は217億7,600万円(グループ連結業績、平成30年4月期)。
https://www.visionaryholdings.co.jp/
* 1980年設立のメガネスーパーはメガネ小売業の最大手であったが、競合に押される形で2011~2013年は債務超過に陥った。ファンド支援を得つつ、現社長の星﨑尚彦氏が経営再建に着手し、2016年4月期には営業利益が黒字に転換。
2017年に持株会社ビジョナリーホールディングスの完全子会社となり、現在に至っている。
** 天領
江戸幕府の直轄の領地。
考えたことはやってみろ。やってだめなら
仕方ないが、やらないことは許せない
星﨑社長のスタンスは、考えたことはやってみろ。全力でやってだめだったとしても、それはそれで仕方がない。でもやらないことは許せない――そんな感じでしょうか。社長の熱意の元、まず実践ありきということでトレーニングを進めていって、6店舗だった天領店舗はその後22店舗近くに増えました。
次第に店舗間の交流も活発になっていったし、社長が来る日は周辺店舗からも話を聞きに来る、そんな風通しのいい状況になっています。
天領店舗での指導と並行して、全国の店舗を回る「ホシキャラバン」をスタートさせました。最初のメンバーは社長を含めて数名でしたけど、いまは50名から多い時は90名が参加する大規模なものになっています。
複数台の車でみんなで店舗に向かい、1時間半くらいかけて内装やレイアウト、検査スキルのチェック、パソコンの使い方のチェック、店内POPや店外の訴求物の変更、ポスティングをしたり。社長は面談をしたりして、店舗のハードとソフトをアップデートしていきます。それを1年かけて全店舗回るというのを、この5年間続けています。
100名規模の社員が参加する毎週月曜のアクション会議
経営改革をきっかけに行われるようになったものとしては他に、毎週月曜日のアクション会議があります。出店やマーケティング、それらに伴う投資や営業上の施策など、会社としての意思決定をする会議で、もともとは管理職だけが参加していたのですが、実態が分かっているメンバーも参集して全員で決めましょうと。会議のメンバーは100名を超えます。
一見すると効率が悪いように思えるかもしれませんが、社長も自分が店頭に立っているわけではないし、僕も販売について熟知しているわけではありません。それぞれに精通している人がクロスチェックをして決めたほうが、リスクも軽減できるし、よりよい決定が下せます。また、決定した背景やプロセスも含めて、参加メンバーにその場で共有できるため、決定事項の浸透と実行のスピードが早くなります。
そのため会社の意思決定のペンディングは最長1週間です。仮に情報が不足していた場合には、その場で時間をおいて再挑戦する場合もありますし、最長で1週間後にまた会議でプレゼンして、実行するかどうかをその場で決める。そのスピード感を維持できるのは、各分野のプロが集っているからでもあるのです。
それから、年2回実施するオフサイト合宿もあります。こちらも徐々に参加者は増え、200名を超えたスタッフが参加して、2泊3日で中長期的な戦略を話し合うというもの。レンズとフレームの別売り、検査の有料化、月額300円で紛失や破損に対応するHYPER保証プレミアムなど、今の我々の主要な取り組みはそこで決まっています。
会社の意思決定がどのように行われているかを知り、そこに自分が加担しているかどうかは、その後のプロセスに影響を与えます。自分の意見が会社に反映されるんだ、そこはそういう場なんだということを、みんなが認識できるようになることも組織の成長のドライブになると思います。
ユーザーは94パーセントのものをEC以外で買っている
アクション会議を始めとする会議体は基本的にオンラインのライブ配信で誰でも見られるようにしています。僕らはECを統括するチームではあるものの、ECだけに注力していてはビジネスの本質を外します。
例えば、日本でECが伸びているように思われるかもしれませんけど、実際のところ物販のECのシェアは6パーセント弱に過ぎないんですね。数年かけて1パーセントずつ伸びているような状況で、これがいきなり20パーセントとかに急拡大するとは思えません。
お客様の側はまだ94パーセントのものをEC以外のチャネルで買っているわけですから、ネットだけで勝負できるわけじゃないんです。店舗を持っている企業はその94パーセントの側にいる。その強みを生かさない手はないでしょう。
もちろん世界的なECやチャネルシフトの動向は常にチェックして、自社で実装することになった場合は「こんな風に使ったほうがいいんじゃないか?」と準備や小さな実験はしておくけれども、肝心のお客様の心理や行動とあまりにも乖離があるのであれば、それをいまはやらないという決断も必要です。本丸はあくまで実店舗であり、丁寧な接客やハイクオリティな検査といった我々の強みを最大化するためにテクノロジーを駆使していくという姿勢が問われていると思います。
キャラバンでは星﨑社長自らハンドルを握っているという。「最初はハイエースでしたが、二種免許を取ったいまは大型車で乗りつける(笑)。高所作業車の資格を取ったメンバーもいるので、最近は看板まで変えられるようになりました」(川添氏)。即断即決で店舗を刷新していくわけだ。
ECだけで完結する閉ざされた
サービス体験を考えても意味がない
シェアの伸び率はともかくとして、長期的にECの形は大きく変化していくと思います。
顧客が情報を得るスピードや買い物に対する考え方・価値観の変化は格段に早くなったし、購買のチャネルも多様化しています。ECというと、ブラウザを開いてクリックするとか、あるいはアプリを開いてタップするようなイメージで、プラットフォームは変わったけれども、依然として「お店に行って買い物をする」「商品をピックアップしてカートに入れる」という感覚がある。でも、これからはAmazonやアリババ、ヨーロッパの企業が提示するようにチャネルシフトは進んでいくでしょうし、買い物のスタイルは刻々と変わってきています。
例えば、ウェブで商品を注文・決済してお店で受け取ることもあるでしょうし、店舗では商品を使う体験だけして、気に入ればECで注文・自宅配送という仕組みを取り入れる丸井さんのような取り組みも出てきました***。僕らのアプリのように、まず店舗で登録して、次回注文はアプリで行う形もありますし、あるいはLINEやスマートスピーカーでも注文できるようにいずれはなっていくでしょう。
ブラウザを開いてECサイトに行って注文するという従来型のECの形ではなく、どこかで情報に触れて、購入に至る最終的なチャネルは店舗でもウェブでも自由にできるというわけです。選択肢が融合されて、Eコマースというコンセプトは存在感が低下していくのではないでしょうか。そう考えると、ECだけで完結する閉ざされたサービス体験を考えても、そこに限界は見えています。
ECやデジタルチャネルは1つの資産。全社的なサービスの質を高めることが肝心
お店に足を運ぶのは面倒かもしれない。自宅でアレクサに向かって注文できれば楽かもしれない。じゃあ実店舗はなくていいかというとそうではなく、そこにあること自体が信頼感だと思うんです。顧客接点とか豊かな体験価値とか、そういう考え方もありますけど、そもそも存在していること自体がきっかけや信頼になる。デジタルが浸透するほど、そうしたリアルな存在が真価を発揮していくのではないでしょうか。
購入した商品で何か不満があるとかトラブルがあったというとき、やっぱり人は誰かに相談するなり文句をいうなりしたいわけですよ。特にメガネやコンタクトレンズ、補聴器のように不具合があってはならない商品の場合は顕著で、困ったときに即座に真摯に向き合ってサポートしてくれる存在があるのとないのとでは、買い物の安心感に雲泥の差が生まれます。
一方で利便性の面からいうとECやデジタルチャネルの力は大きいです。それぞれのチャネルの良さを前面に打ち出しながら、潜在する細かいニーズを少しずつ埋めていくという取り組みを今後も続けていきたい。現代において、ECやデジタルチャネルはお客様とのコミュニケーションの入り口になりえますし、会社としては1つの資産ととらえて、全社的なサービスの質を高めていくために生かしていく。それが大きな目標です。
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(2018.7.3 中央区のビジョナリーホールディングス オフィスにて取材)
text: Yoshie Kaneko
photo:Kazuhiro Shiraishi
*** ファッションビル運営や小売業を展開する丸井グループは、店頭に商品サンプルだけを置き、在庫を持たない婦人靴の体験型店舗「ラクチンきれいシューズ体験ストア」を拡大している。
川添隆(かわぞえ・たかし)
1982年、佐賀県生まれ。千葉大学デザイン工学科卒。2005年サンエー・インターナショナルに入社。販売、営業アシスタントとして店舗営業支援に携わる。2006年クラウンジュエルに入社。ささげ業務からサイト内企画、バイヤー、PR、新規事業のブランド展開の卸営業などに携わる。2010年クレッジに入社。EC事業責任者としてEC売上を2年で2倍以上に拡大し、LINE@活用の代表事例となる。その後、2013年メガネスーパーに入社。「アイケアカンパニー」としてのEC事業、オムニチャネル推進、デジタルマーケティング・コミュニケーション、デジタルを活用した店舗支援を統括し、他社のEC・オムニチャネルのコンサルティングにも従事。EC事業の売上を5年で4.4倍、メガネスーパー公式通販サイトは月商約8倍に拡大中。2017年よりビジョナリーホールディングスの業務を兼務。2018年にビジョナリーホールディングスの執行役員に就任。