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発展する巨大都市に一石を投じる
コンテナの街

[Pop Brixton]London, UK

多様な文化が混ざり合う活気に満ちていた街、ブリクストン。かつては雇用や住宅に問題を抱えていた時期もあったが、近年ではロンドンで最もエキサイティングなエリアの一つとして知られるようになった。しかし、その変化には良い面もあれば悪い面もある。多くの新しいビジネスを呼び込んだ一方で、不動産価格の上昇により一部の地域住民は街から出ていかざるを得ない状況になったのだ。そのような状況下でポップ・ブリクストンは、地域の開発と手頃な価格での場の提供を仲介しようとしている。2015年5月のオープン以来、ワークスペースや地域活性化プログラム、飲食店、小売店のための場を提供し、現在では年間100万人以上の訪問者を集めるようになった。

事の起こりは、老朽化で取り壊されたまま、長く空き地になっていた区営立体駐車場の跡地だ。区はこれをデベロッパーに売却せず、雇用を生み、地域活性に繋がるアイデアを公募。期間は3年のみ、2018年秋までというこの限定プロジェクトには、恒久的な建築物を建てる前のテストケースとしての狙いも含まれていた。採用されたのは、自らも長年ブリクストンに暮らす建築家カール・ターナー氏の案だ。すなわち、小さなショップや若いスタートアップなどを対象に、コミュニティの拠り所となる場所を用意すること。それも、地元の住民やビジネスを巻き込むかたちで。

ターナー氏が提供されたのは土地のみ。予算のない区は、建物のデザインや建設費の調達、運営まで、全てを彼に一任した。かくしてターナー氏は自宅兼オフィスを売却、私財を投げ打ち「ポップ・ブリクストン」を誕生させた。何がターナー氏をそうさせたのか。「私が建築家になった理由は、資産家の私邸を建てるためではなく、人々を助けるためですから。見返りは、もう十分得たと思っていますよ。金銭的にはまだまだですが(笑)」

敷地を取り囲むように配置された大小60個のカラフルな中古のコンテナが、まずは印象的だ。床には建設現場の足場だった板材が用いられ、ほかにもリサイクル材が活用されるなど全体的にチープなつくりだが、そのせいか周囲の景観によく馴染み、ずっと以前からこの街にあったかのような佇まい。敷地中央には温室用のポリトンネルを屋根にした共有スペースもある。建設に際しては地元のカレッジに通う12人の若者を見習い工として雇った。「建てる作業からコミュニティに還元できたのは嬉しいですね」

積み上げられたコンテナは、いわばポップアップ・ショップの集合体だ。入居できるのは、地域貢献できる事業のみ。地元住民を最優先に、コミュニティのサポートに積極的であるかなどを考慮した結果、ストリートフードやカフェ、スケートボードショップ、社会的企業などを誘致した。うち3分の1は飲食店。移民の町ブリクストンならではの国際色豊かなラインナップで、日本風のラーメン、ベトナム料理、メキシコ料理の店が屋台村を構成している。地域通貨のBrixton Poundも流通しており、ここで働く人たちにもなるべく地元でものを買うようにと働きかけている。「こうした地道な活動こそ、地元への還元となり、地域全体を活性化すると思うのです」

カール・ターナー氏。ロイヤル・カレッジ・オブ・アート卒。世界中から投資が集まり、ジェントリフィケーションが進むロンドンに問題提起する建築家。

  • コンテナごとにオフィスやショップなど多種多様な企業が入居する。スタートアップのカフェやショップなどが多いが、地域貢献性の高い活動をしている点が共通している。

  • ポップ・ブリクストンの入口。カラフルな中古のコンテナを大小60個、積み上げている。周辺にあるカリブ系移民の店舗ともよく馴染む雰囲気だ。

  • 飲食店は、タコス、ラーメン、ピザなど、コスモポリタンなブリクストンらしい飲食店が軒を連ねる。ここからスタートしたインド料理レストランKricketは人気店に育ち、都心部へと店舗を広げた。

  • 敷地中央に位置している、温室のコミュニケーションスペース。家族連れや若いカップルが会話を楽しんでいた。

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ポップ・ブリクストンが示した
「地域活性化」の新しい可能性

広く社会還元を目指すビジネスや団体も多い。Bounce Backは受刑者の社会復帰を支援するソーシャルエンタープライズだ。仮釈放中の受刑者に塗装などの職業訓練を施し、出所後の仕事斡旋までを担う。「昼間はBounce BackのTシャツを着ている受刑者が普通に出入りしていますよ。これには受刑者への偏見をなくす目的もあります」。地元のラジオ局Reprezentはティーンのためのメンタープログラムも主催する。厳しい家庭環境で育った若者を対象に、音楽を橋渡しとして自信をつけてもらうというもので、履歴書の書き方など社会に出るための指導を行う。最近は、地域の個人やレストランが余った食料などを寄付し、恵まれない人たちが無料で受け取れるロンドン発の「冷蔵庫」、The People’s Fridgeも設置された。なお各テナントは週1時間、地元のためにボランティア活動をすることが入居の条件。「例えば、高齢者にパソコンやヨガを教えたり。こうした時間を代替通貨にするタイムバンク制度も検討中です」

これらの活動をサスティナブルなものにするために、定額の月極家賃ではなく、売り上げに基づく課金制度とした。「どうしても季節によって収益が変わるところはあるでしょう。小さいビジネスにとってはそのほうがありがたいわけです」。スタートアップや福祉事業は安いレートで、飲食店はもう少し高いレートになる。

ここで育ったスタートアップを世に送り出すのが、ポップ・ブリクストンの目指すところ。実際、コンテナからスタートしたインド料理レストランが都心部に店をオープンさせた例がある。ターナー氏自身もモデルケースを示した。「18カ月前、コンテナに設計事務所を移しました。当時の所員は3〜4名。やがて規模が大きくなり、コンテナ6つ分までオフィスを拡張したところで退去しました。ポップ・ブリクストンは、成長したら巣立っていく場所なのです」

ロンドンでは2000年以降、深刻な住宅不足や投資目的の不動産開発が急速に進み、地域社会が脅かされていた。「大手デベロッパーによる開発の多くはプッシュ効果を引き起こす」とターナー氏。つまり不動産価値を押し上げ、賃料を押し上げ、地域住民を押し出してしまうというのだ。対してポップ・ブリクストンは「プル効果」。地域の人材やビジネスを引き寄せ、自立と自信を育んでみせた。ポップ・ブリクストンが成功したことを受け、ターナー氏は新たに地域活性化のための事務所、メイクシフトを設立。現在はペッカムなどブリクストンと同じ課題に直面する地域のプロジェクトに着手している。

「ポップ・ブリクストンを通じて、誰でも職業につき、ビジネスを起こし、社会貢献が可能だということをインスパイアできたと思います。ローコストでベーシックなデザインのスペースでも、社会を変えていくきっかけになる。同じような試みが、世界中に広がってほしいものです」。発展する巨大都市の影で、一人の建築家の熱意が地域社会を再生させている。

 

  • 内部のオープンコート。週末になると近隣住民や都心からも人が集まり、飲食やイベントで盛況だ。

  • ロンドンで生まれた社会起業家向けのコワーキングチェーン「インパクト・ハブ」も、ポップ・ブリクストンにブランチを持つ。

  • 職業訓練と恵まれない人たちへの食糧支援を目的とした「ポップ・ファーム」の活動。ポップ・ブリクストンとアーバン・グロース・ラーニング・ガーデンによる共同プログラムだ。

  • 飲食店や近隣住民が、余った食材を恵まれない人たちに提供するフードバンク「The People’s Fridge」。備え付けの冷蔵庫にはたくさんの食材が。

  • イベントスペース。同じ建屋にローカルなラジオ局なども入居し、コンサート、映画上映など、地域に根ざした活動を展開している。

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text: Yusuke Higashi
photo: Taiji Yamazaki

WORKSIGHT 12(2017.12)より

 

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