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「ロマン」と「ソロバン」のパッケージで
働き方改革を成功に導く

アジャイル方式でトライ&エラーを重ね、課題を探る

[林宏昌]Redesign Work株式会社 代表取締役社長

リクルートで働き方改革に取り組んだ経験を他社の働き方改革に生かし、人生設計をもっと自由にできる社会を作りたいという思いで、Redesign Workという会社を立ち上げました。

人生100年時代といわれる中、ライフステージはさまざまに変化するのに、働く環境は柔軟さを欠いています。海外留学をする、大学で学び直す、大企業とベンチャー企業で行き来する、子どもができ、豊かな環境に引っ越しリモートワークで働く――そうした変化を望んでも、同じ会社で働き続けることも、転職によって実現することも、できる人はまだそれほど多くありません。

人生デザインを固定的にしている「働く」の再設計を支援したい。Redesign Workという社名には、そんな思いを込めています。

在宅勤務の奨励だけではワーキングマザーの負荷を減らせない

リクルート時代、働き方を変える必要があると痛感したのは、ずいぶん前になりますが、広告事業の営業をしていたときです。出産を機に辞めていく女性が多かったんですね。本人は辞めたいわけではないのに、子育てと仕事を両立できないという理由で辞めざるを得ない。職場でも貴重な戦力を失って痛手をこうむる。実にもったいない話です。

どうにかならないかと思って、当事者の女性3人に話を聞きました。テレワークで在宅勤務すればどうかと聞いたけれども、3人とも自宅にいると家事も育児もいま以上に負担がのしかかるので嫌だというんです。要は女性ならば家事も育児もやって当然という社会通念の問題で、これは会社としてできることを超えていると感じました。

女性だけ働き方を変えたところで、結局は育児も家事も女性が頑張らないといけない。なおかつ、女性は管理職にもなる機会が増えて仕事も頑張らないといけない。これでは女性に負担がかかり過ぎです。だから男性も平等に家事も育児もできる社会にならないといけない、それには働き方そのものを変える必要があると思い至りました。

その後、経営企画室長となったのを機に、当時(2015年)22パーセントだった女性管理職の割合を2018年までに30パーセントへ引き上げるという目標を立てました。さらに、全社的に働き方を変える施策を打ち出そうと、「働き方変革プロジェクト」を2015年4月に立ち上げました。

目指す到達点を定めて、それに見合った方法論を設計する

働き方改革はいまでこそ注目を浴びていますが、当時そんな発想は珍しかったですね。「林たちが突拍子もないことを言い始めた」という雰囲気で、プロジェクトの立ち上げからして難航しました。

まず働き方改革を役員に上申すると、基本路線としては了承されるものの、思い描く目的がそれぞれ違うんです。生産性向上、イノベーション創出、ダイバーシティ実現、女性活躍推進など、本当にバラバラでした。

何かの目的のために働き方を変えるわけで、働き方改革はいってみれば手段に過ぎません。目的があいまいだと改革の軸がぶれるし、ことによると働き方を変えること自体が目的化してしまいます。そこで、まずは何のために働き方を変えるかをはっきりさせました。結果として、グループとしてのゴールは、新しい価値の創造を目指すこと、そのためのステップとして、個人の経験の融合を促すことなどと整理をし、ゴールとそこへのステップを明確にしたのです。

目的をあいまいにしたまま走り始めるというのは、いま相談をいただく会社で多く見られる課題です。フリーアドレスを導入するにしても誰と誰のコミュニケーションを変えたいかが明確でないし、例えば「生産性を向上させたい」という理由があったとしても、じゃあなぜフリーアドレスで生産性が向上するのかが判然としない。そんなケースを多く目にします。

目的がバラバラだと、それを達成するための方法論も統一しないので、プロジェクトは空回りします。目指す到達点を定めて、それに見合ったルート=方法論を設計するという、この順序がまずは重要です。

トレードオフの難しい意思決定をすることが役員の仕事

また、トライ&エラーの繰り返しから学んで次のステップを考えるというアジャイルな方式で、とにかく始めてみることも大切です。

最初に全体像を設計して、その後に細部を設計・実装するウォーターフォール方式を多くの企業は好みます。既存事業のアップデートならそのやり方も可能ですけど、働き方を変えるというのは未知の世界に乗り出すことですから、グランドデザインが描けません。新規事業開発と同じで、やってみないと分からないことが多いんですね。ここを社内的に理解してもらわなければプロジェクトは前に進みませんが、エラーを前提にプロジェクトを設計するのは、立ち上げ当初は風あたりが強かったですね。

フィジビリティスタディとして事業部の200人ほどでリモートワークを試すことになり、週3日はオフィスに来てはいけないというルールを一時的に作ったんですが、「仕事が回るわけない」「情報漏えいのリスクはどうなる」と否定的な意見が押し寄せて、心が折れそうになりました(笑)。

でも机上の空論では一歩も前進できません。仕事が回らないかどうかはやってみないことには分からないし、情報漏えいについても、例えば営業担当者は社外の商談で一定範囲での重要な情報を紙で持ち出すこともあるわけです。個人情報保護など明らかなリスク対象は別として厳重に管理する一方で、軽微なリスクは呑み込んでほしいと役員会で訴えました。

トレードオフが発生する難しい意思決定をすることこそ、役員の仕事といえます。軽微なリスクは背負っていかないとトライアルも進まないし、働き方改革もできないということを議論させてもらって、最終的に合意を取り付けたんです。


Redesign Work株式会社は、企業の働き方改革を支援することを目的に、意識改革に向けた講演やワークショップの実施、具体的な実践と実証に向けたコンサルティングや実務支援などを行っている。2017年5月設立。
https://re-design.work/

リクルートホールディングスの「働き方変革プロジェクト」の取り組みは、以下のサイトにまとめられている。
https://recruit-holdings.co.jp/sustainability/people-workplace/workstyle/

反対派も含めたトライ&エラーで
検証精度を高め、取り組みを全社的に拡大

働き方を変えることに反対する人、あるいは慎重派の人たちを巻き込んだことも、リクルートの働き方改革を成功に導いた要因だったと思います。

テレワークを推進するには、全業務においてオンラインを活用し、効率を高めるためにも、サイバーオフィス化が必要だと僕らは考えましたが、うまく行くか分からなかったし、ひょっとするとその考えが間違っているかもしれません。反対派の人が正しいかもしれない。そういうフラットな視点に立って、改革に反対する人にも検証作業に参加してもらって、具体的な課題を示してもらうことにしました。

その結果、問題点や検討項目ももちろん出たんですが、「こんないい効果があった」というポジティブな意見が反対派からも上がりました。実際にやってみると、工夫しながら、意外と仕事が回るということに気付いてもらえたわけです。

反対派も巻き込んだことで、きめ細やかな検証が可能になっただけでなく、取り組みを全社的に拡大することにもなりました。僕らの場合、反対派からも協力を仰げたのでこういう形になりましたが、会社の力学はそれぞれ違うので、どういう力学でやれば物事が進んでいきそうか、会社のカルチャーを見極めながら戦略を練っていく必要があると思います。

社会的意義を示す「ロマン」と、経営的な価値を示す「ソロバン」

反対派も含めてトライ&エラーやアンケート調査を行うと、その結果出てきたデータが意思決定の客観的な材料になります。これも全社的な調整にあたって重要な説得材料となりました。

企業は基本的に営利を追求するものです。さまざまな従業員が働きやすくなることで、最終的に収益向上につながっていきそうだという感覚がない限り、推進が難しい。つまり、従業員の共感を引き出したり社会的意義の体現となる「ロマン」と、経営的な価値に通じる「ソロバン」の両方がないといけないわけで、ソロバンに通じる要素が定量データであるということです。

例えば、テレワークを試した結果、「体が楽になった」「通勤電車に乗る負担が減った」「お化粧しなくて済んだ」といったレベルの話だとフワッとしていて、役員会での意思決定に資する情報とは言い難いわけです。

そうではなくて、「働き続けたいという意欲が高まった」「家族や友人をこの会社に呼びたいと思うようになった」「以前より学びの時間が増えた」「顧客訪問の時間が増えた」というような、儲けにつながりそうなデータとストーリーがあると次のステップへ向かいやすくなります。

役員層、マネジメント層、現場と、各レイヤーでロマン派とソロバン派のグラデーションがあるので、双方を巻き込んでいかないと話が進みません。働き方改革というとロマンに偏りがちですが、儲けに役立つ取り組みであることも併せて大切です。

テクノロジーの積極的な導入・活用で活路を開く

働き方改革のポイントとしてもう1つ、テクノロジーの積極的な導入で活路が開けることもあります。

当時、リクルートではセキュリティの関係でビジネスチャットは禁止されていたのですが、トライアルの一環で、事業部内のデジタルコミュニケーションをメールではなくビジネスチャットに切り替えてみました。すると、コミュニケーションの量が増え、意思決定も速くなるという結果が出たんです。

具体的には、会議の時間が3割減り、顧客とのアポイントとその準備に充てる時間が3割増えました。社員同士のコミュニケーションが増えて、かつ以前よりも職場の雰囲気がよくなったという回答は過半数に達し、意志決定のスピードが高まったという回答も7割に上りました。

導入の実績がないというだけで敬遠しているツール、導入したけれども活用が進んでいないツールも、使いこなすと案外大きな効果をもたらすことがあるということです。新しいツールをいきなり全社的に導入するのは難しいしリスクもあり、効果がわかりにくいので、使われないということがあります。まずはどのような効果を生みそうかを考え、プロトタイプを作ってテストして、それを検証して学びを入れ、さらにアップデートしていくというアジャイル方式なら可能でしょうし、そこで価値が検証されるので、全社に展開できて、いっそう活用され、成果が出るという好循環が生まれます。さまざまなテクノロジーが勃興してきているので、それだけのことをする価値は大いにあると思いますね。

部門ごとの部分最適でなく、ITと連携した全体最適を

部門横断の必要があることが、働き方改革を難しくしている面もあると感じています。人事だけでもできないし、ITを活用するとなるとIT部門を巻き込まないといけない。しかし、関係各所がうまく連携されない会社が少なくありません。

働き方を変えるには、それなりの量の業務をオンラインに載せ替えていくことは避けられません。オンライン化した結果、オフィス環境に求めるものがどう変わるかを見極め、そこからさらに未来のオフィスを想定していくわけです。各部門での部分最適では不十分で、部門間の連携、あるいはキーパーソンの巻き込みを考えていく必要があります。

特にエンジニアとの協働は不可欠です。人事では人材の配置や活躍の可能性をデータを元に分析・判断していくことになるでしょうし、総務の分野でも最適な什器の数、会議室の部屋のサイズを割り出すために、会議室の利用率や座席の着席率を把握できるIoTが威力を発揮すると見込まれます。

経験と勘の時代は終わっています。できるだけ客観的なデータを採取して、ソロバンをしっかり弾くことが組織の足元を固めます。一方で、それだけだと現場は渇いてくるので、みんなが幸せになる働き方、多様な人が生きやすい社会作りといったロマンも追いかけていかないといけない。両者をパッケージ化して取り組むことが、働き方改革を成功に導くコツといえます。

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(2018.8.1 港区のコクヨ東京品川SSTオフィスにて取材)

text: Yoshie Kaneko
photo: Chihiro Ichinose

リクルートの働き方変革プロジェクトのトライアルは約半年に渡って行われ、リモートワークなどの新たな働き方の施策は2016年1月より本格稼働している。

林宏昌(はやし・ひろまさ)

1981年京都府生まれ。早稲田大学理工学部卒。2005年リクルート入社。住宅領域の新築マンション首都圏営業部に配属。優秀営業を表彰する全社TOP GUN AWARDを、入社4年目と5年目に連続受賞、6年目でマネジャーに昇進する。入社8年目に社長秘書を務め、2014年に経営企画室室長、2015年より広報ブランド推進室室長兼「働き方変革プロジェクト」プロジェクトリーダー、2016年からワークスタイルイノベーション 働き方変革推進室室長に就任。リクルートホールディングス働き方変革推進部エバンジェリストを2018年6月まで務める。2017年5月にRedesign Work株式会社を設立し、代表取締役社長に就任。

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