Innovator
Dec. 10, 2018
サーチファンドのマクロ効果で、強い日本経済を取り戻す
人材の成長と中小企業の発展で、地域を活性化
[嶋津紀子]株式会社Japan Search Fund Accelerator 代表取締役社長
私が代表を務めるJapan Search Fund Accelerator(以下、JaSFA)は、日本でサーチファンドの周知・浸透・発展に向けた活動を行っています。
サーチファンドは投資モデルの1つではありますが、いまの日本が抱えるさまざまな社会課題を解決する手段になり得ると考えています。
サーチファンドがキャリアのミッシングピースを埋める
日本にサーチファンドが普及するメリットは多くあります。まずサーチャーの視点に立ってみると、若者にとって魅力的なキャリアであることが挙げられます。
経営者になりたい若者が取れるキャリアパスは、おおむね2つに限られます。1つは、企業に入って昇進して経営層にたどりつくというもの。でもこの道のりは長く、多くの場合、数十年待たなければなりません。
2つ目は、自分でスタートアップを立ち上げるというものです。組織で出世していくより手っ取り早く経営者になれるのは利点ですが、この場合、事業アイデアや会社作りの才能が問われます。会社をゼロから作るのと組織を運営するのでは、全く異なる能力が求められます。組織運営をしたいと考える人には、起業は魅力的なキャリアとして映りません。
経営者になりたい若者が、すぐに経営にチャレンジできるキャリアパスは非常に限られており、そういう意味でサーチファンドはキャリアのミッシングピースを埋める手段になり得ます。
また、地方で良質のキャリアが育めることもメリットだと思います。地方に住んでいるとチャンスに恵まれにくいのが実情で、大都市圏に移り住む若者が後を絶たないのは、インパクトのある仕事に携わりたいと考えるからでしょう。しかしサーチファンド、特に地域を限定しない全国版サーチファンドなら住みたいところを考慮して会社を探せますし、地域で挑戦的なキャリアが積めるというわけです。
中小企業の後継者探しの魅力的なオプション
会社オーナーの視点で考えると、会社の後継者不足を解決する1つの手段になります。
後継者のいない企業が取れる選択肢は大きく3つあります。1つはヘッドハンティングで後継者に来てもらうこと。ただ、オーナー家が存在し、オーナー家の意向を汲んだ「雇われ社長」を探すとなると、大企業のエースやグローバルエリートを口説くのは非常に困難です。会社を飛躍的に成長させてくれるような、一握りの優秀な若者を雇用する方法としては、限界があるといわざるを得ません。
また、会社やファンドに企業売却するM&Aという道もあります。しかし、会社の独自色が残らない、売却後にどんな経営者がやってくるのか分からない、という不安はつきまといます。
残るは廃業ということになりますが、せっかく続けてきた会社が、後継ぎがいないことを理由にこの世から消えてなくなるのはもったいないことです*。
経営者としては、会社のカラーに合っていて、しかも優秀な人に来てほしいはず。そのうえで会社は独立して残し、情熱をもって会社の発展に尽くしてくれる、そんな人に後を託したいですよね。こうした条件を満たせるのがサーチファンドであって、中小企業のオーナーには後継者探しの魅力的なオプションになると思います。
問題の本質は社長職に出口がないこと
後継者がいないために、仕方なく70代、80代で社長を務める人も少なくありません。社員のため、取引先のため、お客様のために、気力を振り絞って精力的に活動されていらっしゃる社長さんも数多くいらっしゃいますが、中には、気力、体力の減退した社長さんがいらっしゃるのも事実です。まだまだ成長余地があるのに、成長投資を止めてしまうケースもあります。
70代も過ぎて、若いころと同じように会社を率いることができないのは、ある意味当然です。それでも従業員やお客様のことを思うと清算もできず、惰性で続けるしかない。安心して後を任せられる後継者がいないために、辞めたいけど辞められない。問題の本質は社長職に出口がないことだと思います。
サーチファンドが普及した世界では、社長のお眼鏡にかなう後継者と出会える確率は高まりますし、社長が好きなタイミングでリタイアできるようになります。会社の売却益も得られるので、それを老後資金に充てることも可能でしょう。次世代経営者の指導など、新たな生きがいを見つけ、第二の人生をスタートすることもできます。一度きりの人生、いろんな章があっても面白いですよね。会社のオーナー社長にも、自分のために人生を生きる自由は必要だと思います。
地方 × 中小企業 × 経営人材 の三方を強化し、日本をよくする
サーチファンドはマクロの視点でもいい影響を及ぼします。
第一に、地方に若者が移動することが挙げられます。人口減少に悩む自治体もある中で、地域活性化も期待できるでしょうし、高齢化を抑制する手段としても意義があると思います。
第二に、中小企業に人が送られます。日本経済の足元を支えるのは中小企業で、特に地方の中小企業が元気になることで地方経済の活性化が促されます**。
第三に、サーチファンドが浸透することで若手が育ちます。日本の将来を担う経営人材が少ないとよく言われますが、若者が経営経験を積む環境がないので当然といえば当然です。若者にチャンスを与えることで経験値が上がり、優秀な経営人材の育成にもなるわけです。国も、地方もよくなって、中小企業も元気になると期待できます。
アクセラレーターとして失敗の確率を下げる工夫はできる
サーチファンドの普及に向けては課題もあります。
まず、日本では個人投資家の層が薄いことが、1つの障壁になるかもしれません。シリコンバレーと比べてサーチファンド経験者が少ないこともネックです。数十億~数百億円の資産があって、1億円くらいは後進の育成に充てても構わないという教育的マインドのある個人投資家を見つけることは、サーチャーにとって非常に難しいのが現状です。JaSFAの率いるファンド オブ サーチファンドがサーチャーへの投資を積極的に進めていくことで、資金面でのチャレンジについては解消できると考えています。
会社の売買が日本では成熟していないことも課題です。オーナーは本心では次の人に継いでリタイアしたいのに、会社を売ることに後ろめたさや敗北感を抱くことも少なくありません。そうしたネガティブなイメージが売却の心理的なハードルになる可能性があります。
また、日本の中小企業のオーナーは、自宅を担保に入れるといった形で個人保証を取っていることが多く、若者が参入しにくい1つの要素になっています。これについては、銀行が別の貸し付け条件を整えるといった整理が必要でしょう。
もう1つ、日本のキャリア流動性の低さもサーチファンド普及のさまたげになるかもしれません。転職をいとわない若者が増えてきたとはいえ、アメリカに比べるとキャリアのリセットがしづらい状況は依然としてあります。
例えば、起業したけれどもうまくいかなかったとか、1年くらいかけて海外を旅して見聞を広めたといった経験は、キャリア的にマイナスの評価とされてしまうんですね。そうすると、キャリアのトラックに戻りづらい。大企業では特にそうだと思います。仮にサーチャーが企業サーチや買収先で成果を出せなかったとしても、再起できる柔軟性が社会にあってほしい。しかし、カルチャーを変えていくには時間がかかります。
JaSFAでは、アクセラレーターとして失敗の確率を下げる工夫はできると考えています。サーチャーが行った活動とその結果の情報をJaSFAがストックすることでサーチがやりやすくなりますし、経営ノウハウも確かなものになる。ナレッジマネジメント的な機能を担うことで失敗を減らすというわけです。
第三者による経営承継は増えていて、業績にも好影響
サーチャーを受け入れる会社の反発もあるかもしれません。「よそから来た若者がいきなり社長になった」ということで、アメリカでもコンフリクトが起きるケースがあります。
現場の信用を勝ち取り、上手に人を巻き込んでいくことはサーチャーの必須能力といえますし、JaSFAとしてもサーチャーを選定する際にしっかり見極めます。そういう意味で、サーチャーの能力で乗り越えていける部分もあるでしょうし、また現オーナーのバトンタッチの仕方によっても現場の雰囲気は左右されると思います。
例えば、オーナーの子どもが後を継ぐなら、みんなで盛り立てますよね。お世話になったオーナーに「この子を支えてほしい」と頼まれれば、現場はその思いに応えるものです。つまり、後継者の年齢はそれほど関係ないということです。
重要なのは、オーナーが「このサーチャーに惚れ込んだんだ。だからこの人に継いでほしいし、みんなで支えてほしい」と、真摯に伝えることではないでしょうか。オーナーと社員がしっかりコミュニケーションを取ったうえでサーチャーにバトンタッチすれば、摩擦は減らせると考えています。
実際、第三者による経営承継は増えていますし、外部から社長を招くことを過度に心配する必要はありません。また、世代交代して社長が若返ると、業績にいい影響をもたらすことも調査から明らかになっています。***
株式会社Japan Search Fund Accelerator(ジャパン サーチファンド アクセラレーター/通称JaSFA(ジャスファ))は、サーチファンドへの投資、サーチャーおよびサーチファンドの支援、サーチファンドの周知、コンサルティング業務などの事業を展開。代表取締役社長は嶋津紀子氏。2018年5月設立。
http://japan-sfa.com/
* 休廃業・解散企業の5割は黒字という調査結果もある。(東京商工リサーチ「2016年『休廃業・解散企業』動向調査」)
** 日本の中小企業数は平成24年時点で385.3万社あり、全企業数の99.7パーセントを占める(中小企業庁「平成27年度中小企業白書」)。 またGDPの内訳では、地方圏のGDPが日本全体の約7割(約338兆円)を占める(内閣府「平成24年度県民経済計算」)。
*** M&Aの相手先を金融機関、仕入れ先や協力会社などの他社、専門仲介機関などの第三者に紹介されたという割合が4割に上るという調査結果もある(三菱UFJリサーチ&コンサルティング「成長に向けた企業間連携等に関する調査」(2017年11月))。 また、中小企業庁委託の「中小企業の事業承継に関するアンケート調査」(2012年11月、野村総合研究所)では、事業承継後の業績推移が「良くなった」と答えた割合は、事業承継時の現経営者年齢が若いほど多く、40歳未満の場合59.5パーセント、60歳以上の場合は39.9パーセントとなっている。
日本の存在感を世界にもっと知らしめたい。
そのために日本の経済を成長させたい
私がなぜサーチファンドの普及・促進活動に携わるようになったかといえば、海外での日本の存在感の低さを痛感したことが根底にあります。
高校時代、アメリカに留学して、初めて日本を外から見る機会を得ました。デフレに入った日本経済が低迷の一途をたどっていたころです。
その10年前には日本はバブル経済で世界の注目を浴びていたのに、もはやニュースにも取り上げられず、日本に興味を持つ人はほとんどいませんでした。日本が活力を失い、世界から取り残されているという、その事実に大きなショックを受けたんです。以来、日本の存在感をもっと知らしめたい、それには日本の経済を成長させないといけないと強く思うようになりました。
その後、大学に入って就職活動に取り組むことになり、日本全体のマクロ経済に貢献する仕事に就きたいと考えました。一般的な進路として浮かぶのは官庁かもしれませんが、私は「監督」よりも「プレイヤー」でありたいと思ったんですね。プレイヤーだけれども、自社だけの利益にとらわれず、マクロ目線で仕事ができるということで、コンサルティング企業に入社したんです。
スタンフォード大学のビジネススクールでサーチファンドを知る
最初は、大企業の経営戦略に関われることに喜びを感じていましたが、徐々に疑問を持つようになりました。コンサルのフィーが払える大手のクライアントには優秀な人材がたくさんいて、我々もサポートに全力を尽くしますし、それでバリューもある程度出るんですけど、すでにエクセレントな会社に注力しても変化の幅はそれほど多くないのではないか。大体のことは考え尽くされていて、後はやる気があるか、リスクがとれるか、社内政治をクリアできるかといった問題に帰着してしまう。それが、私のやりたいことなのだろうか。
もともとやりたかった、日本経済に影響を与える仕事をしたかったけれど、このままコンサルを続けることが最善なのか、転職をすべきか、転職をするならどこで何をすべきなのか。次のステップが見えないことに焦りもありました。キャリアをどう積み上げていくかという悩みは会社の同僚や高校・大学の同期も抱えていて、飲みに行っては遅くまで語り合ったりもしていました。キャリアチェンジのきっかけをつかみたいという思いでスタンフォード大学のビジネススクールに留学したところ、そこで出合ったのがサーチファンドだったんです。
スタンフォード大学はサーチファンド研究の中心地で、情報もネットワークもコミュニティも豊富にありました。過去のサーチファンドのケーススタディ、サーチファンド投資家や教授の考え方、サーチファンドの授業でのディベートやサーチファンドを目指す同級生の姿。その全てが衝撃的であり、新鮮でした。
サーチファンドを学ぶ中で、このモデルはただ面白いだけでなく、自身の成長、買収先企業の発展、地域の活性化など、多くのメリットがあることも分かりました。このモデルを日本に持ってきたら、私と同じようにキャリア設計に悩む若者にいい選択肢を提供できますし、それこそ中小企業も元気になって、マクロ的インパクトも大きいと直感したんです。
アクセラレーターを設立して、サーチャーが動きやすい環境を作る
帰国前から、中小企業や関連省庁、中小企業オーナーや投資家といった方々とビデオ会議をするなど、サーチファンドを日本に普及させるための活動を開始しました。帰国後は、実際に地方を訪れ、中小企業のオーナーや地方自治体の方にもお会いしました。
いろいろな立場で中小企業の後継者問題や地方少子化問題に関わる方々のお話を伺う中で、私の直感は確信へと変わっていきました。サーチファンドこそ、「日本再興に効き、他の誰かではなく私が関わる意味のある、情熱を傾けられる仕事だ」と思うようになり、次第にサーチファンドの世界に入り込んでいったというわけです。
最初は自分でサーチファンドを作ろうかとも考えましたが、少しサーチをしてみたり、投資家を募ったりする中で、まずは環境整備が必要だと思い至りました。サーチファンドに理解のある投資家が日本では少ないですし、会社も売買に慣れていない現状ではサーチャーの交渉も難航します。ならば、サーチファンドを促進するアクセラレーターを作って、サーチャーが動きやすい環境を作っていこうと考えたんです。
ですから、私の活動のバックグラウンドにあるのは、中小企業と地方を元気にして日本経済を活性化するというマクロ的なビジョンと、若者にとって魅力的なキャリアを提供できるという実感の重みなんですね。自分ごとでも魅力だし、引いて見てみても魅力。そういうところからJaSFAの一歩を踏み出したということです。
ありがたいことに、経営共創基盤の代表取締役・CEOを務める冨山和彦さんや、日本人材機構の代表取締役社長・小城武彦さんを始め、省庁や金融機関、研究機関の多くの方々にJaSFAの活動への理解とサポートをいただいています。もちろんサーチャーや中小企業の方々も含めて、多くのみなさんと連携しながら、サーチファンドという新しい仕組みを日本に根付かせていきたいと思っています。
WEB限定コンテンツ
(2018.10.4 江東区にて取材)
text: Yoshie Kaneko
photo: Kazuhiro Shiraishi
嶋津紀子(しまづ・のりこ)
東京大学経済学部卒、スタンフォード大学経営学修士課程修了。ボストンコンサルティンググループにて大企業の経営戦略立案に従事。その後、トヨタの経営企画やソフトバンクのVCを経験。2018年にJapan Search Fund Acceleratorを設立、代表取締役社長に就任。