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「若者」に届くメディアは
「若者」にしか作れない

[Vice]New York, USA

創業当初はドラッグ&セックスのパンキッシュなフリーペーパーだった『VICE』。20年後の今の姿を想像した者はいなかったはずだ。

2006年に動画メディアに進出すると、音楽、ファッション、アート、スポーツ、フード、社会問題、国際問題までを扱い、ミレニアル世代の絶大な支持を集めた。月間7,800万人以上のユニーク・ユーザー数を誇り、年間売上は7億ドル超と聞けば、誰もが驚き、問わずにはいられない。若者のテレビ離れ、雑誌離れが語られる中、なぜヴァイスのコンテンツだけが愛されるのか?

彼らの答えはこの上なくクリアだ。感覚の鋭い若者にウケるには、感覚の鋭い若者を集め、彼ら自身にコンテンツを作らせるしかない。同社コミュニケーション・ディレクターのイアン・フリード氏は言う。

「中を見てもらえれば、多くの20代が働いていることがわかるだろう。それは、我々の読者がまさに20代の若者だからなんです。若者は、若者が語る、若者たちの声を聞きたいと思っているのです」


建物はドミノという会社の砂糖工場の跡地を活用している。周辺にも多くの工場跡地が残っており、大規模な再開発計画が進行中だ。

  • 地下にある報道ルーム。24時間体制でニュースを配信している。

  • レセプション。奥に見える巨大なサウンドシステムが空間を印象的なものにしている。一角では自社製ビール「Old Blue Last」の醸造も行われている。

  • 地上階。デジタル・チャンネルやインターネットのプロダクションのチームが入る。「ロングデスクに固定席」がヴァイスの定番だ。

  • キッチン・スタジオ。大麻合法化に合わせてスタートし話題になった料理番組『Bong Appetit』など、多様な料理番組を展開している。

「ヴァイスで働きたい」
若い才能にそう思わせるオフィス

ヴァイスのオフィスは、そんな若い才能を惹き付け、「ヴァイスで働きたい」と思わせるために存在する。現在のオフィスは3年前に改装したものだ。デザインの狙いは1つ、クリエイティブな仕事環境を作ること。フリード氏は「若い人たちの創作活動を支える場にしたかったんです」と話す。息を吸うようにユース・カルチャーを取り込み、若い視聴者と同じ感覚を養うことができる場所に、ということなのだろう。たくさんのワーカーが集まることのできる広いオープンスペースに、ソーダやキャンディ、ヘルシーなスナックを備えたキッチン、壁のアート作品も、そのためのものだ。若者にコンテンツを届けるには、若者の言葉で語らなければならない。

「オーディエンスに共感してもらえるのは、オーセンティックなコンテンツを作っているからでしょう」とフリード氏は続けた。

 「若い人が若い人向けに作る本物のコンテンツだということです。特定のオーディエンスのために、彼ら自身の手によって作られたコンテンツを商品化することで、彼らを惹きつけるリアルで本当の言語で語ることができるのです」

ここでは、若者らしい個性はそのまま尊重される。タトゥーにボサボサの頭も珍しいものではない。組織としても、彼らの個性を発揮させるべく、新しい取り組みを始めた。1つは「VICE Impact」。刑事司法の問題や環境問題などヴァイスが重要だと考えるテーマを社外のオーディエンスに発信し、社会変革を推し進めるものだ。もう1つは「VICE Community」。ヴァイス内部にフォーカスしたプロジェクトで、組織の改善案を議論する場だ。「もしスタッフが『ヨガのクラスをオフィスで開いてほしい』と言うなら、取り組むことになるでしょう」(フリード氏)

  • レセプション奥のタッチダウン・エリア。雑然とした雰囲気で、来客なのかパートナーなのか社員なのか、見分けがつかないほど混ざり合っている。

  • 食事やミーティングに利用されるルーフトップ・ガーデン。外部の障がい者団体がハーブや野菜を育てる農園も。

  • 3階。執行部、マーケティング、「VICE Impact」のスタッフなどがいるフロア。奥にスタジオ風のミーティングスペースが見える。

  • 雑誌媒体としてスタートしたヴァイスだが、月刊から季刊誌へとリニューアルをかけながらデジタルメディアにシフト。

  • ワーカーの多くが自転車通勤を選択。

  • 屋外スペースは、喫煙するワーカーのコミュニケーションエリアに。

「その国で最もクリエイティブな地域」に
根ざした、徹底的なローカル志向

ヴァイスが若い世代を惹き付ける理由がもう1つある。それは徹底したローカル志向だ。

ヴァイスのコンテンツはすべてローカルで作られる。イギリスのコンテンツはロンドンのショーディッチで、日本のコンテンツは渋谷で。その地域のカルチャーへの興味と理解があればこそ、その土地のオーディエンスと深くつながることができるというわけだ。スタッフは、地元の若くて優秀な人材の中から探し出す。オフィスの立地も戦略的だ。

「その国で最もクリエイティブな地域を探すんです。私たちが拠点を置くウィリアムズバーグは、世界でも屈指のクリエイティブな地域。ロンドンのオフィスがショーディッチにあるのは、そこが『ロンドンのウィリアムズバーグ』だから。東京オフィスが渋谷にあるのは、そこが『東京のウィリアムズバーグ』だからです」

若者を虜にする過激な番組作りも、こうしたローカル志向の賜物だ。いい例がある。2017年8月、米シャーロッツヴィルに白人至上主義者が集結、死亡者が出る事件が起きた。この時のデモを追った番組を『VICE News Tonight』で放映したのだ。

「特派員の女性は深く内部に入り込み、数カ月にわたって彼らを取材しました。特派員がデモにアクセスできたのは、そうして彼らと関係性を作り、デモが起きることを知ったからです。特派員が過激派の集団と一緒に車に乗り込むシーンがありましたが、その他の報道機関はそういったやり方をしません。これは地域に根を張るからできるタイプの報道なんです。だから視聴者を引き込み、人々の心を動かします」

わずか10年前に動画メディアにシフトしたヴァイスだが、今や世界最大級のプロダクションとなった。17年には4億5,000万ドルの資金調達を行い、企業価値は570億ドルと試算された。今後ヴァイスが世界一のメディア・カンパニーになることは、十分にあり得ることだろう。

コンサルティング(ワークスタイル):N/A
インテリア設計:Mimi Madigan Architects
建築設計:Mimi Madigan Architects

text: Yusuke Higashi
photo: Ryo Suzuki

WORKSIGHT 13(2018.6)より

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