Management
Jan. 15, 2019
子どものクリエイティビティを育むAI時代の寺子屋
知的な感動を引き出すプロジェクト学習
[竹内薫]サイエンス作家、YES International School 校長
サイエンス作家として本を書いたり、テレビやラジオに出演したりする一方、「YESインターナショナルスクール」 を設立し、校長として学校運営に取り組んでいます。
学校を作ったそもそもの動機は、自分の子どもに生きる力を与えたい、その糧となるような教育の場がほしかったからです。
人工知能やIoTが社会に浸透すると、人間の仕事を肩代わりするようになると言われます。つまり人間の仕事がなくなるということ。なぜそうなるかというと、機械でもできるような単純な仕事しかできない人間ばかりが育てられてきたからです。
寺子屋方式へ、教育の原点回帰の時期に来ている
産業革命以降、工場のよき働き手を大量に作ることを目的とした教育が世界中で繰り広げられてきました。科目別、学年別で、カリキュラムに沿って1人の先生が多くの生徒を教える。そういう画一的なスタイルで、アベレージからはみ出さない人材を生産してきたわけです。
これが教育だと我々は思っているけれども、これはほんの百数十年の歴史しかないし、僕はそういう教育を我が子に受けさせたくないと思いました。
従来の教育というものは江戸の寺子屋式、つまり知識のある人が近所の子を集めて教える形が主流だったし、学びの本来の意義からするとそのスタイルの方がふさわしいでしょう。子どもたちは自分のペースで、自分の学びたいことを探求し、大人がそれにきめ細やかに応えて、より高いレベルへと導いていく。その原点回帰の時期に来ていると思います。
これからは工場の単純労働はAIやロボットがやることになる。均一の知的水準の人を大量に育てる必要はもはやないし、むしろそういう教育のままでは子どもたちの将来が危ぶまれます。
AIに太刀打ちできるのは、自分で考えて答えに到達する人
これからの時代に求められる人は、例えばフリーランスで働いているような人ではないでしょうか。
フリーの人は組織のルーティンワークでなく、クリエイティブな仕事を常に続けているからこそ報酬が得られるわけですよね。そういう能力を持った人でないとこれからは生き残れないし、そのためには寺子屋方式で個別の才能を伸ばして、突出した能力や得意技を養っていかないといけない。
これまでの学校システムの悪いところは、答えを1つ決めて、そこに到達する方法、問題の解き方を教え込んだことです。でも、これからはますます時代の変化が激しくなるし、想定外の事態への対処を迫られることもあるでしょう。答えがあるかもわからない中で、詰め込み式の教育では通用しません。たくさん覚えて早く処理できる人より、ゆっくりでも自分で考えて答えに到達する人でないと太刀打ちできない。クリエイティブな仕事とはそういうことなんです。
自分で問題を見つけて、自分でそれを解決していく。答えが合っているかどうかも自分で判断する。その力を養うために、YES International School横浜校では探求学習とプロジェクト学習に重きを置いています。世界的にもこうした教育へのシフトの流れがあって、それはクリエイティブな人材を育てないと国が滅びるという危機感の表れにほかなりません。
竹内氏のウェブサイト。
http://kaoru.to/
YES International School(イエスインターナショナルスクール)は横浜校(2016年4月開校)と東京校(2018年5月開校)がある。
横浜校では英語、日本語、プログラミングという3つの言語で、論理的な思考力、創造力、表現力、コミュニケーション能力を育む「トライリンガル教育」を実践。放課後学童クラブ「Trilingual Kids(トライリンガルキッズ)」も展開している。
東京校は、ホームスクールや不登校の子どもたちの居場所。プロジェクトベースドラーニングで好奇心から課題を設定し、各界の専門家のサポートを提供することで自発的な学びを促す。
https://yesinternationalschool.com
YES International Schoolは学校教育法第一条が定める条件を満たすものではなく、多様な学びの場として発展している「オルタナティブ・スクール」の中の「スモールスクール」に該当する。無認可校ではあるものの、国立大学附属校を除いた中学校や高校などへの進学は可能だ。
失敗も想定内。どこまで許されるかの加減を決めることが大切
学校設立の資金は、自分や家族の貯金を元手にしたほか、友人に協力を仰ぎました。多様な資金調達が必要だということで、クラウドファンディング* を活用して賛助会員を募っているほか、エンジェル税制(ベンチャー企業投資促進税制)を活用してエンジェル投資家からの出資も受けています。ダメモトでやってみるというメンタリティは、フリーランス経験で培ったものです(笑)。
とはいえ、ただお金をたくさん集めればいいというわけではなくて、スクールの理念を崩さないことが重要です。ですからエンジェル投資家からの出資は、理念に共鳴してくださる方だけにお願いしています。
どんなやり方が一番うまくいくかはやってみないと分からないし、やってダメならオプションから外れるだけ。資金調達を含めて、とにかくオプションを複数持っておくことを常に意識しています。いくつもの仮説を考えておいて、状況に応じて最適な道を選択していく。最善は尽くすけれども、常に成功するなんてことはありません。成功すれば失敗もあることをわきまえて、どこまで許されるかの加減を決めておくことが大切なんでしょうね。
流れてくるチャンスをうまくつかんで乗っていく
スクールを運営して気づいたことは、規模を大きくすることが重要ではないということです。地方の方からスクールを開校してほしいという要望をいただくんですけど、市場調査が難しい分野だし、全国規模で展開する学習塾とも違いますからね。
最近始めたのは、インターネットの授業配信です。東北に引っ越したお子さんがいて、インターネットで授業を受けたいと相談されたのをきっかけに、実証実験を重ねて、本格的に授業配信をしています。定期的にスクーリングもしてもらって、ネットとリアルのバランスを取るように工夫しています。一般募集については、双方向の参加型か、コンテンツ配信型か、あるいは両方か、どんなスタイルになるかはまだ探っているところですけど、まずはインターネット上でミニマムにスタートして、特定の地域で生徒が増えたらそこに新規開校という形もあるかもしれません。
「流れ」とか「なりゆき」って大事だと思うんですよ。この横浜校も、30坪のスペースでは足りないので、別の教室を不登校の中高生向けの塾から借りているんです。その塾の経営者とたまたま知り合いになって、平日の午前中は空いているというので相場より低い値段で使わせてもらっています。その代わり、その塾で僕が月に1回宇宙の話をする。流れてくるチャンスをうまくつかんで乗っていく、そういう工夫の仕方はスクールの運営に関わって体得しました。
* クラウドファンディングサービス「GoodMorning」にて、「子どもの創造性・才能発掘プロジェクト 賛助会員クラブ」を募集している(2018年11月現在)。 https://camp-fire.jp/projects/view/73140
ノウハウは不要。子どもの反応を見ながら
創意工夫を加えていくのが本来の教育
教えることについていえば、僕はこのスクールを作るまでは大学とカルチャーセンターしか教壇に立ったことがなかったので、特別なノウハウはありませんでした。でも、既存のノウハウはなくていいと思うんです。子どもたちの探求心を引き出せるような形で自分の知っていることをまず教えてみて、子どもたちの反応を見る。進歩を見て、食いつき、楽しさ、学びの深さや広がりを見ながら工夫を加えていくということに尽きます。
教えるノウハウをマニュアル化したのが古い教育だと思いますが、その結果、学びが面白くなったかというとどうでしょう。勉強嫌いで学ぶ楽しさを知らない、あるいは与えられた課題をこなすことだけは上手、そんな子どもが増えていったような気がします。
僕も含めて、先生がみんなクリエイティブな授業を作る必要があるんです。子どもをクリエイティブにするなら授業をクリエイティブにしないとダメ。大変ではあるけれども楽しいですよ。
例えば、子どもたちにチームを組ませて、3、4時間かけて1つの問題に取り組ませます。チームが正解に達した瞬間は感動の極致ですよ。そういう瞬間を子どもたちは忘れません。試験が終われば丸暗記したものを9割がた忘れるのと対照的ですよね。的を絞って、あることを深く探求してプロジェクト形式で取り組ませれば、子どもたちはものすごく力をつけるんです。
教える側が自由な発想でクリエイティビティを発揮する
教員の方々には、ここで教えることが決まったらまず映画を見てもらいます。『Most Likely to Succeed』** というアメリカのプロジェクト学習の学校の取り組みを描いたドキュメンタリーで、まさに僕の理想とする教育が体現されている。この映画を通じて方向性を共有したいんです。
先生たちとは授業の進め方をめぐって激しいディスカッションをすることもあります。例えば、よりよい授業を展開するために時間割を作り直すと、「せっかくうまく行っているのに変えるんですか」「教員の負担が増えます」といった、できない理由がたくさん出されたりする。それを1つひとつ撃破していくのが校長である僕の仕事です。
先生も大事だけど一番は生徒です。生徒の未来を作るわけだから、それに対してのブーイングはダメ。生徒のためを思って反対意見を述べるのは問題ないんです。でも先生が楽をするための話だったら、それは伝統的な学校でいくらでもあるので、そちらに行けばいい。
新しく入った先生には「あなたは自由です」と言います。生徒のレベルに合わせることは必要ですけど、どう授業するかは個々の先生に任せます。教える側がクリエイティビティを発揮するということは、子どもの将来を作りたいという情熱と、自分自身も学び続ける姿勢が問われるということなんですね。
重要なことは時間をかけて議論するけれども、業務連絡や簡単なナレッジ共有にはオンラインのプロジェクト管理システム「Basecamp」を使って効率化を図っています。ToDo欄もあるので、いつまでに何かしてほしいという指示も伝えられて便利です。
情報を伝えるだけの一方的なミーティングはなるべく少なくしたいし、そういう意味では子どもの宿題も少ない方がいい。宿題は安易に先生の設定したゴールを子どもに強制する方法だと思いますね。子どもが楽しんで自主的にやるならいいけど、そうでないなら逆効果です。これは実験でも実証されていること。嫌いなものをやっても残らないし、時間の無駄でしかない。だから宿題は出すけれども、やってもいいし、やりたくなければやらなくていいと子どもたちには言います。それが知的な自由というものではないでしょうか。
家庭だけでホームスクーリングを完結するのは難しい
東京校は不登校とホームスクーラーの居場所で、授業はしていません。ただ、親御さんの中にはホームスクールを選んだにも関わらず、旧態依然とした学校のようなカリキュラムを求める方もいます。
家庭を拠点に学習するというホームスクーリングの理念は素晴らしいけれども、実践するのはなかなか難しい。子どもに勉強を体系的に教えられる親は限られます。相当の時間を捻出して全面的に子どもの教育に関与しないといけないし、親自身がクリエイティブになる必要もある。子どもの未来を作ることが最大のプライオリティの人でないとできないことでしょう。
親御さんとの信頼関係の構築は1つの重要な課題です。学習だけに限らず、例えば友達を叩いたりするような問題行動のある子は、親御さんと我々教員、さらにメンタルケアの専門家なども含めて、時間をかけて向き合う必要があります。でもこちらがそれを提案しても、親御さんが避けて転校させるケースもあります。その子は行動を変えられないまま、他の学校でまたトラブルを起こす可能性が高い。チャンスが十分に与えられない時は歯がゆいです。
ただ、共感、協働の輪が広がっている手応えは確かにあります。会員の中に、留学エージェントを始めた親御さんがいるんです。手数料の高さに辟易して、それなら自分でやろうと考えたそうですが、おかげで割安にカナダの短期留学が実現できそうな見込みです。
普段の英語を交えたコミュニケーションがどれだけ現地で通用するか、子どもたちにとって絶好の検証の機会になるでしょうし、何より見聞が広がって人間的にも成長するはず。将来、海外の大学を目指す際には、アメリカもしくはイギリスの英語技能試験が必要になるため、TOEFL(いまはPrimaryレベル)をみんなで受検しています。多角的な視点で環境を整えて、日本はもちろん海外でも活躍できる人材がたくさん巣立ってくれたらうれしいですね。
WEB限定コンテンツ
(2018.10.10 YES International School横浜校にて取材)
text: Yoshie Kaneko
photo: Kazuhiro Shiraishi
** 2015年公開。グレッグ・ホワイトリー監督。日本でも各地で自主上映会が開かれている。
竹内氏の著書『子どもが主役の学校、作りました。』(KADOKAWA、写真上)には、スクール開校までの竹内氏の奔走が綴られている。
茂木健一郎氏との共著『10年後の世界を生き抜く最先端の教育 日本語・英語・プログラミングをどう学ぶか』(祥伝社)では、AI時代に学ぶべきことを科学的視点で徹底討論した。
竹内薫(たけうち・かおる)
1960年、東京生まれ。東京大学卒。McGill大学大学院修了。専攻は科学史・科学哲学と理論物理学。理学博士。『99.9%は仮説』(光文社新書)ほか多くの著書を刊行するかたわら、NHK Eテレ「サイエンスZERO」ナビゲーター、TBS系「ひるおび!」コメンテーターなど、テレビやラジオでも活躍。2016年4月に日本語、英語、プログラミング言語を中核にすえた「YES International School」と放課後学童「Trilingual Kids」を開校、校長に就任。