このエントリーをはてなブックマークに追加

血の通ったテクノロジーで
創造的「衝突コリジョン」を起こす

[Boston Consulting Group]New York, USA

アメリカ史上最大級といわれるマンハッタンの不動産開発プロジェクト「ハドソン・ヤード」に入居したボストン・コンサルティング・グループ(BCG)が、新しい働き方を模索中だ。

コンセプトは「コリジョン・コエフィシエント(衝突係数)」。聞き慣れない言葉だが、これはBCGの役員がザッポスのオフィスを訪れた際、創業者のトニー・シェイ氏との会話の中から得た考え方だという。すなわち「コリジョン・コエフィシエント」とは、予期せぬ衝突(コリジョン)を促すこと。思いがけない出会いや発見(セレンディピティ)と言い換えてもいい。

裏を返せば、それが旧オフィスには欠けていたのである。棟が複数に分かれていたため、ワーカー同士が接触する機会が物理的に限られていた。これではワーカーの創造性を刺激する環境であるとは言い難い。

「未来のオフィスは人々が仕事のためだけに来る場所ではありません。それは同僚と個人的なつながりを作る場所です」と同社ディレクターのロス・ラブ氏は言う。「自分たちのオフィスカルチャーを変化させるために、高いレベルのコリジョンが必要でした」

具体的な変化は、アナログ、デジタルの両面からもたらされた。誰の目にも明らかなのは、オフィス中央にある巨大な階段だ。3層ごとにフロアをつなげることで、ワーカーがフロアをまたいで歩きまわって同僚と接触し、言葉を交わす機会を無理なく増やした。

またオフィスの89%はオープンスペースにし、アクティビティ・ベースド・ワーキング(ABW)を導入した。ワーカーは特定のデスクを持たず、ラップトップ1つを手にオフィス全体を作業場にする。これもコラボレーションを促進するための施策だといえるだろう。区切られたスペースに押し込められていた時代に比べると「異なるスペース、異なるチームのスタッフと、異なる会話ができるようになった」ことを、彼ら自身実感している。

  • ハイライン・カフェ。オールハンズ・ミーティング、タウンホール・ミーティングのほか、ワーカー間の打ち合わせ、パーティなど、用途はさまざま。

  • 6層あるフロアを、内部階段が3層ずつつないでいる。これによりワーカーの動きを活性させ、コリジョン(衝突)を誘発する。

  • エントランスのある45階のエレベーターホールには、従来のイメージを覆すネオンによる「BCG」のロゴが。

  • 常駐しているコンシェルジュサービスが、ワーカーと来訪者の困り事をワンストップで解決してくれる。

  • エントランス。カジュアルでありながら品あるたたずまい。奥の窓からはマンハッタン島の先端を一望できる。

社内と社外をつなぐ結節点を設けて
「外部に開いたBCG」をアピール

ビルに接続する都市公園の名を冠したハイライン・カフェは「以前のオフィスにはなかった」という、全てのワーカーが共有できるスペースだ。朝食にランチ、全社ミーティングや大小の会議に活用される。世界中のBCGオフィスで起こっていることやニュースを配信するスクリーンも設置された。

さらにここで特筆すべきは、社外向けのイベントを催していること。タウン・ミーティングやクライアントによるレセプションが行われることもしばしばで、社外と社内をつなぐ結節点となっている。

受付まわりの親しみやすさは、ホテルのそれに近いものだ。世界有数のコンサルティング・ファームであり、「お固い」BCGのイメージに反するかもしれないが、ここには数人のコンシェルジュが常駐し、毎月2,500人ものゲストの出迎えを完璧にこなしている。同社エグゼクティブ・アシスタントのジャスティーン・フランソワ氏が絶賛するのは、あふれるようなサービス・マインドゆえだ。

「毎朝、コンシェルジュの1人が挨拶のために立っているんです。その挨拶も例えば、『ユミさん、こんにちは。ジャスティーンに会いに来たのですね』といったパーソナルなものです」

インテリアデザインを担当したゲンスラーは、あえて「企業らしくない」コーポレートインテリア・スタイルと呼んでいるが、フロアごとに個性的、かつエネルギッシュなテーマでニューヨークの都市自体を象徴的に表現したグラフィックも施されている。

  • 窓際にはフォーカスエリアが点在する。

  • デスクの75%はスタンディング・タイプ。山形や楕円形など3種類のデスクがランダムに配置されている。

  • 役員クラスも、コンバーティブルといわれる個室を多目的会議室として兼用している。以前の窓際からコア側に配置され、日当たりの良いエリアを一般のワーカーに開放するプランとなっている。

  • ミーティングルームの一例。インテリアのテイストは部屋によって異なる。

  • 「若々しく生まれ変わっていく」BCGを象徴するものとして、またニューヨークらしさの演出としてオフィスの随所にグラフィティが。

  • 執務エリア。基本的には全席予約の上で利用する。湾曲したディスプレイ、備え付けのタブレットが目を引く。

  • 独自開発のアプリ「BCG NY App」。ワーカーのロケーション情報や会議室の予約、ニュース、スケジュールなどの機能を網羅する。

  • コリジョンをさらに誘発するよう、階段まわりにベンチを設置し、ちょっとしたワークスペースとして活用している。

アプリの活用によって
ワークプレイスにコリジョンを促す

ここまで見た印象は、血の通った、人間らしい温かみのあるオフィス、というもの。だが一方では、テクノロジーの導入が劇的な効果を生んでいる。

BCGが独自開発したアプリ「BCG NY App」は会議室の予約やチェックイン、領収書のスキャナー、スケジュールの確認などの機能を網羅しているほか、「誰がどこにいるか」が瞬時にわかる。会いたい同僚がいるなら、アプリが示す場所に行きさえすればというわけだ。

ワークスタイルをコンサルティングしたUnwork社の代表フィリップ・ロス氏は、BCGのこうした働き方を「App Centric Workplace(アプリ中心主義のワークプレイス)」と評している。

「例えば、現在ビルにいて、あなたが一緒に仕事をする人がすぐに見つかります。物理的ソーシャル・ネットワークを生み出すアプリ中心主義のワークプレイスが、コリジョンを促しています。こうしてセレンディピティを科学することは、未来のハイパフォーマンス・ワークスペースにおける大きな要素だと考えています」(ロス氏)

すべてのミーティングルームにはiPadを置き、直感的に操作できるポータルにアクセスできるようにした。例えば、プレゼンしたい時も、ビデオ通話をしたい時も、ワンタップでツールが立ち上がる。ペーパーレス化が進んでいるオフィスだが、資料をスクリーンに呼び出す際もストレスを感じさせない。固定電話やスピーカーフォンといった制約条件を取り去ったケーブルレスなオフィスでもある。基本的に「Wi-Fiファースト」。ビデオ通話をする際も、ラップトップとモバイルの両方に展開されているソフトウェアを通じて音声とデータをやりとりする。

では実際に、期待されていたようなコリジョン=予期せぬコミュニケーションは、どの程度生まれているのだろうか。

かつてBCGのオフィスがミッドタウンの430パーク・アベニューと315パーク・アベニュー・サウスの2カ所にあった頃、ワーカーにセンサーをつけ、他のワーカーとの遭遇頻度を調査したことがあるという。そしてハドソン・ヤードの新オフィスに入居後、再調査を行った。すると、カフェや階段などさまざまな場所で、以前のオフィス以上のコリジョンがあると確認された。それはフランソワ氏の実感とも一致するものだ。

「一緒に仕事をしたことのある人間と階段の途中で出会えたら、そこで会話を交わす。これだけで15分の会議を省けるかもしれませんし、移動先でまた別の人間と遭遇することもあります。このようにオフィスの構造から従業員の間のコリジョンが増え、それによって合理的に時間が使われるようになりました。わざわざミーティングのために場所を押さえる必要もなくなりましたね」(フランソワ氏)

コンサルティング(ワークスタイル):Unwork
インテリア設計:Gensler
建築設計:Kohn Pedersen Fox

text: Yusuke Higashi
photo: Ryo Suzuki

WORKSIGHT 13(2018.6)より

RECOMMENDEDおすすめの記事

SAPがポツダムから起こす大企業イノベーションの形

[SAP Innovation Center Potsdam]Potsdam, Germany

京都カルチャーを肌で感じる新しいホテル&アパートメント

[ホテル アンテルーム 京都]Kyoto, Japan

左遷覚悟で臨んだ製品化へのゲリラ戦【日本のシリアル・イノベーター(3)前編】

[大嶋光昭]パナソニック株式会社 R&D本部 顧問、工学博士、京都大学 特命教授

テレワークを「習慣化」するには? 自己同一性を保つ「言い訳」がカギ

[渡邊克巳]早稲田大学 基幹理工学部・研究科 教授

TOPPAGE
2022年7月、「WORKSIGHT[ワークサイト]」は
「自律協働社会のゆくえ」を考えるメディアへと生まれ変わりました。
ニュースレターを中心に、書籍、SNS、イベント、ポッドキャストなど、
さまざまなチャンネルを通じてコンテンツを配信します。

ニュースレターに登録する