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「神のAI」がスマートシティの全体最適を図る

コモングラウンドの整備で業界を超えた技術連携を

[豊田啓介]株式会社noiz パートナー、株式会社gluon パートナー、株式会社AI-feed 共同代表

前編で、設計とテクノロジーの融合について話しましたが、将来的には建物全体がテクノロジーと一体となり、IoT化が進行していくことでしょう。センサーやアクチュエイター(駆動装置)などがたくさん取り付けられて、人の動作や意思に反応するインタラクティブな環境が作られていくと思います。

例えば、筋肉が収縮するときの電流を感知して、考えるだけで義手を動かす筋電義手はすでに実用化が進んでいます。これが実現できるということは、人間に3本目、4本目の腕がついていてもおかしくないし、もっといえば腰から腕が伸びていてもいいわけです。部屋の壁に腕がついていてもいいし、ひょっとすると腕の形でなくてもいいのかもしれない。無線で照明スイッチとつながることだって考えられるでしょう。

つまり、テクノロジーが人間のあり方自体を日常的なレベルで変えていく可能性があるということです。どこまで自分の体で、どこから先が環境なのか。自明だと思っていたことがあいまいになって、反対に概念的だと思っていたことがリアリティをもって迫ってくる。情報とモノが融合した日常を現実的にとらえると、パラドックシカルな環境をデザインする必要があることに気づくのです。

生き物のように自律的にアップデートしていくオフィス

全ての人が身の回りのモノを制御できるようになったとき、ではその場にいる誰が優先的に制御する権利を持ちうるのでしょうか。

例えば1つの部屋で何人かが仕事をしているとき、ある人は照明をもっと明るくしたいと考え、別の人はもっと暗くしたいと考えたとします。筋電義手の延長でいえば、誰もがこれをコントロールする可能性を持つことになります。この時、誰が主導権を持つかを判断するのは個人の権限の範疇を超えます。おそらくは、建物にインストールされているAIのような制御機能がそれをやらないといけないことになる。つまり〝神のAI〟ともいうべきリアルタイムな調整機能が建物にインストールされていなければ、日常的な環境オペレーションができないわけです。そういう状況に、おそらく早々なることでしょう。

誰に対してどう最適化するかを判断するAIを建物に搭載したうえで、オペレーションに関わる人間も含めてビル全体をシームレスに扱わないといけない。それがおそらくスマートビルディングと呼ばれるもののあるべき姿だと思います。

当然ながらオフィスも変わっていくでしょう。環境の変化をより鋭敏に感知し、そこから学習してオフィス自体が生き物のように自律的にアップデートしていくことが求められます。例えば週末の間にレイアウトが勝手に変わっているなんてことがあってもいい。実際にそういうものを開発しようという基礎技術の取り組みも進めています。テクノロジーを導入することで、オフィスの、建築の可能性はもっと豊かに広がっていくはずです。

デジタル技術の広がりの先に建築を再定義する建築情報学

オフィスやビルから都市へとスケールを拡大すると、さらに様相は複雑になります。

人やモノの移動はマクロな視点でコントロールせざるを得なくなります。渋滞緩和のために、ある人を迂回路へ導くこともあるでしょう。しかし、その人に遠回りさせられたという自覚はなく、自分のほしいものをたどった結果、この道を通ることになったという具合に、人間の有能感を損わない形で行動を制御することが望まれます。つまり、マクロとミクロのコントロールが並行してなされなければならないのです。全体最適化と個別最適化は、これまでのように相反する事象ではなくなっていきます。

そのとき街のデザインはソフト、ハードともにどうあるべきか。その知見を建築業界はまだ持っていません。20世紀の建築デザインと全く異なるので、まず数理的な関係性や価値の構造といった基礎から作らないといけない。そのきっかけのための整理すら、誰にどう頼んでいいかも分からず企業では手をこまねいている状態です。だからこそgluonにスマートシティ関連のコンサルティングの依頼が舞い込むわけです。

我々のコンサルでは、スマートシティとはどんなもので、それを実現するために何をしなければならないかという要件整理をしたうえで、クライアント企業の強みや業界の動向に合わせた領域や工程に関する助言を行いますが、まずここへたどり着くビジョンを共有し、理解してもらうのに半年かかります。スマートシティのビジョンを描けるのはその先の話なんです。

僕は以前から建築情報学* というものを提唱しています。デジタル技術の広がりの先に建築を再定義するための基礎体系というべきものですが、業界を超えて協働するためにはそうした共通のプラットフォームが欠かせません。それが成立して初めて、建築や都市の領域がロボティクスやAIといった業界と共通言語で話せるようになるんです。

最近はスマートシティという言葉が独り歩きして、基本的な理解や技術、体制も全くなしに取り組みをしたいと安易に考える企業も多いのですが、これは一足飛びに富士山の頂上に登ろうとするようなもの。目的地が見通せないくらい遠いところにあることをしっかり認識して、地道に自分の特性にあった登山ルートを計画して一歩一歩進めていくしかありません。そのあたりの解像度を高める感覚や組織がおしなべて足りていない、それが現在の多くの日本企業の状況です。

都市を制御する神のAIのヒントはゲームにある

神のAIをデザインするヒントとして僕が注目しているのがゲーム業界です。

ゲームの分野では、何百万というユーザーが、キャラクターAIによって行動が生成される敵キャラや味方キャラと、その都度行動を生成します。また、ルート検索や仮想的な自律走行を行うナビゲーションAIを活用し、キャラクターの動きを状況に応じて制御します。

状況に応じてゲームの難易度や進展スピード、環境の構造などをメタに統御するメタAIもあります。ゲーム全体を支配する、まさに神のAIです。そうしたAIは、プレーヤーの経験値や消耗度合いから、どのくらい敵を出現させるかをリアルタイムに判断しています。プレーヤーが弱っていれば数を減らさないとやる気をなくすし、プレーヤーが強ければ攻略意欲を掻き立てるために強い敵を送り込む。あるいは、プレーヤーが進んでいく地形もゲームごとに生成するので、難易度を高めるために地形を複雑にするといった制御もします。

神のAIが全体を統御する中で、プレーヤーはキャラクターAIが制御する多くのエージェントと接触・交流しながら動き回り、毎回新しい体験を生成していくわけです。全体を制御しつつ個別の体験を都度最適化していく、これは都市計画に究極的に求められる制御プログラムの簡易版そのもの。先行事例がゲーム業界にあるわけで、ここから学ばない手はありません。gluonではゲーム会社ともコラボレーションしながら知見を蓄えています。


株式会社noiz(ノイズ)は、コンピューテーショナルデザインを取り入れ、建築、プロダクト、都市、ファッションなど多分野に渡って設計・製作・研究などを行う建築デザイン事務所。2007年設立。東京と台北に拠点を持つ。パートナーは豊田氏のほか、蔡佳萱氏、酒井康介氏。
https://noizarchitects.com/


株式会社gluon(グルーオン)は「建築・都市」「テクノロジー」「ビジネス」を軸に、領域を横断して新しい価値を生み出すコンサルティングのプラットフォーム。2017年より豊田氏、金田充弘氏、黒田哲二氏で共同主宰。
https://gluon.tokyo/


株式会社AI-feed(アイ・フィード) は、3Dデータと現実空間を融合することで、機械学習・強化学習といったAI やAR・VR・MRなどの先端テクノロジーの社会実装に取り組むベンチャー企業。小松平佳氏と豊田氏が代表取締役を務める。2018年8月設立。
https://ai-feed.com/

* 豊田氏は有志と建築情報学会の立ち上げを準備している。

建物や都市をデジタル化して、
動的なサービスを載せる土台=「コモングラウンド」に

スマートシティというといわゆるIoTインフラの整備された新しく開発される街の話と考える人がいるかもしれませんが、むしろ人口減や産業衰退で疲弊している地方こそ相性がいいのではないでしょうか。

地域全体がデジタル化されて、自律走行やナビゲーションのサービスができれば、お年寄りが買い物や地域交流をしやすくなります。「人やモノ」と「情報」が重なってインタラクティブに作用し合う、日常生活のゲーミフィケーションプラットフォームのようなもの。僕はこれを「コモングラウンド」(共有基盤)と呼んでいます。

難しい説明は省きますが、これを実現するにはまず、建築業界が持っている建築や都市のデジタルデータをオープンにして広く共有することを前提にせざるを得ない。例えばポケモンGOは、グーグルが街の膨大な情報をデータ化したから生まれたものです。あの仕組みを発展させると、ピカチュウが近所のコンビニまで案内してくれるとか、近くの建物に誰がいて自分と話したがっているとか、そういう情報が実世界の中でリアルタイムに把握できるようになるわけです。

まず建築物や都市の情報をデジタル化することが大前提で、そこにどんな動的なサービスが載るかというモノと情報のシステムを新しく構築しないといけない。それを、会話情報学と人工知能の西田豊明先生の概念を拡張的に拝借する形で、都市環境の「コモングラウンド」化と言っているのです。

体験が価値の創造の起点となる

コモングラウンドはこれまでの物理的な都市建設とも、いわゆるインターネットによる情報世界の構築とも異なる新しい世界の構築です。それがどんな構造を持ち、どんな技術やハードを必要とするのかはまだほとんど分かってはいません。

しかし既存の街並みや施設を段階的にでもコモングラウンド化することで、例えば分かりやすいところで言えば、ポケモンGOのように地元のゆるキャラが街を案内するとなれば高齢者の日常生活は楽になり、観光客も増えるかもしれません。地域が活性化すれば人口増加も見込めます。日常生活がモノを超えて情報と連動することで、日常の体験ひとつひとつが新しい価値になり得るんです。

そう考えると、ラグビーワールドカップや東京オリンピックなどのイベントでも、イベント関連施設をまずはデジタル化して案内の最適化と体験の増幅、群衆のコントロールを同時に行うというのが、今実装可能な最初のステップということになります。まずはイベント、徐々に施設やエリア単位でより複合的なプラットフォームを実装していって、都市や国の規模へと広げていく。これから10年くらいかけて、そういう動きが健在化していくのでしょう。本格的な社会実装はさらにその先の話です。

企業や自治体も「何かしないといけない」という意識はあるものの、このあたりのテーマはまだ視界に入っていないようです。そこを具体的な課題として見えるようにし、かみ砕いて実装の手伝いをするのが僕らの役割だと考えています。

世界の変化に対して感覚と動きが遅い日本企業

僕らは海外でも事業展開していますが、一部のインターナショナル企業は日本の企業とはまるで異なるスピード感を持って投資や実装を進めています。日本の企業はまじめで、決定事項は確実に進めてくれる信頼感がありますけど、世界の変化のスピードに対しては理解と判断、動きが決定的に遅いと言わざるを得ません。

例えば中国では、大企業のグループ会社の社長が30代と若かったりします。創業者の子どもで、海外留学経験があって英語は堪能。インターナショナルなビジネス感覚を持ち、コミュニケーションスキルも高く、判断力も抜群。5分のプレゼンで内容を理解して、「面白い、やろう」と即断即決です。しかも中国には巨大な消費と人材のマーケットがあり、人口も日本とはけた違いということで、このまま行くと20年後には日本が追いつけないほど差がつくことは間違いありません。

日本企業で経営の決定権を持っている人が、昭和の成功体験から抜けきれていないなと感じることは正直多いです。今の時代の世界の動きに目を向けて、実際に判断基準と組織とを変えていく行動を、リスクも含めて早急にとれなければ負け続けるだけです。昭和という強すぎた成功モデルをどう払しょくするかは日本の社会が抱える大きな課題であると思います。

収益を重視する米国・中国型と、公益を重視するヨーロッパ型

僕は2025年開催の大阪万博の招致会場計画のアドバイザーをしていたのですが、ここで本当に重要なのは、従来型のパビリオンやシンボルタワーの建設ではありません。もはや単独企業やプロジェクトでは実証実験すらできないほど巨大化し複合化したスマートシティという新しいプラットフォームの実用化に向けた、試験的な実証実験の場にすること、これが今の万博の価値なのです。

GAFAに代表される巨大テック企業は、圧倒的な企業体力、投資能力、技術開発力でイノベーションを次々と打ち出しています。一方で、あらゆるデータを一部の企業が寡占していくことに社会的な不安が高まっています。

これに対して、ヨーロッパ型のスマートシティはエコやソーシャルグッドを掲げている場合が多く、情報構造も原則としてオープンです。その代わり、抜きん出るような大企業はない。開発はマイペースで技術力もそこそこだけれど、データは常にオープンで社会にきちんと還元されている仕組みを作ろうとしています。

つまり、ゆっくりだけどオープンなヨーロッパ型に対して、中国やアメリカは大企業が全テータを握り、その代わりに圧倒的な技術力で展開が早いということで、どちらも一長一短なんですね。

大阪万博会場のスマート化は最初で最後のチャンス

日本的なスマートシティ開発なら、自動車や各種モビリティ企業がMaaS基盤を作り、デベロッパーが開発単位でのコモングラウンドプラットフォームを整備し、通信事業者がそれらの間の情報プラットフォームを整備するといった具合に、複数の企業連合で得意な領域をカバーする企業連合型になるでしょう。

まだ今ならギリギリ相応に高い技術開発力を発揮でき、2020年までの一次的な利益というリソースも何とか使って、データや技術ノウハウの共有を前提とした企業連合型の体制も作れます。いいとこ取りで世界が欲しがるコモングラウンドプラットフォームのパッケージが、今このタイミングでならまだ日本は作れるはずです。

改めて考えると、都市という規模で新しい複合的なシステムを大規模に実証実験できる場など、普通は作ることはできません。そうした機会を創出するために、GoogleやAlibabaなどは文字通り数千億の投資で都市という実証実験場を「買って」います。そこまでの投資は難しい日本社会にとって、千載一遇のチャンスが大阪万博なんです。

万博会場で都市実験ができれば、極めて大きな価値をもたらします。次世代型のスマートシティが次の時代のプラットフォームになることが見えてきた今だからこそ、万博会場のコモングラウンド化とその知見の共有は明確に意識され、かつ戦略的な投資が行われるべきです。今の日本にとってこれは最初で最後のチャンスといっても過言ではありません。

前回の大阪万博は高度成長期で、ディズニーランドもCESもSXSWもなく、もちろんネットもVRもありませんでした。パビリオン建設とその体験やコンテンツ提供自体が十分なインパクトと価値を持ち得ました。しかし、今の時代は状況がまるで違います。場所や時間を超えた新しい共有やインタラクションの仕組み、技術の開発と共有、運営の仕組みを引き出して実装につなげること。スマートシティ実現の準備に向けた最初の一歩を踏み出すことの価値を理解してもらい、実行に移していくため、僕なりに粘り強く働きかけていきたいと考えています。

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(2018.11.20 目黒区のnoizオフィスにて取材)

text: Yoshie Kaneko
photo: Chihiro Ichinose

グーグルはトロントで、アリババは杭州で実証実験を行い、その定量評価を企画や開発にフィードバックしているからこそ競争力を維持できていると、豊田氏は指摘する。

豊田啓介(とよだ・けいすけ)

1972年、千葉県出身。東京大学工学部建築学科卒業。コロンビア大学建築学部修士課程修了。安藤忠雄建築研究所、米国NYの設計事務所・SHoP Architectsを経て、2007年より東京と台北をベースに建築デザイン事務所noizを共同主宰。コンピューテーショナルデザインを積極的に取り入れた設計・製作・研究・コンサルティング等の活動を、建築からプロダクト、都市、ファッションなど、多分野横断型で展開している。東京藝術大学芸術情報センター非常勤講師、慶応大学SFC環境情報学部非常勤講師、情報科学芸術大学院大学 IAMAS非常勤講師。EXPO OSAKA/KANSAI 2025 招致会場計画アドバイザー。

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