Innovator
Feb. 18, 2019
途上国発のココナッツ・スピリッツが世界を驚かせるまで
地域資源を価値に変える「リソース・ドリブン・イノベーション」
[徳久悟]山口大学 国際総合科学部 准教授
地方や途上国のような場所では、資金や人材、技術が十分でないということでイノベーションは望めないと見られがちです。しかし、地域に自生する天然資源や観光地のような文化的・歴史的資源も含めて、イノベーションの足掛かりとなるリソースはどんな場所にもあるのではないでしょうか。
埋もれたものを掘り起こし、そこへスキルやナレッジ、さらに顧客やパートナーといった社会的資源も加えてリソース全体を統合することで、新たな価値を創出できるはず。すなわち、イノベーションの創出は地域や途上国でも可能であると、僕は考えています。
リソースの発見・統合・拡大を通じて、新たな市場を紡ぎ出す
地域の人々が身の回りにあるリソースを元に新たなプロダクトをデザインし、新たな事業を紡ぎ出す。このモデルを僕は、「リソース・ドリブン・イノベーション」と呼んでいます。僕自身が途上国でイノベーションプロジェクトに携わる中で、その経験をベースに、いくつかのイノベーション理論を加味して構築したものです。
デザインのプロセスは3つのフェーズから成ります。第一のフェーズが「リソースの発見」。現在のリソースを把握して、利用可能な新たなリソースを見出すというもので、ここでいうリソースは物質的・金銭的リソースだけでなく、パートナーなどの人的リソース、スキルやナレッジなど技術的・知的リソースにも及びます。
第二のフェーズは「リソースの統合」です。発見した種々のリソースを統合し、「コンセプト」「顧客体験」「サービス・エコシステム」「ビジネスモデル」という4つのデザイン対象の初期値を設定します。
第三のフェーズが「リソースの拡大」です。リソースの種類や規模を拡大しつつ、パートナーシップ、フィールドワーク、プロトタイピング、テストを通じてデザイン対象をアップデートし、顧客に提供する価値を高めていくわけです。
かいつまんで言うと、まず現在のリソースを把握し、新たに発見したリソースと統合することで4つのデザイン対象のプロトタイピングを行い、さらにパートナーや顧客とともにリソースの統合と拡大を繰り返し行って、新たな市場を紡ぎ出していくという具合です。実例として、僕が参加している途上国でのイノベーションプロジェクトについて説明しましょう。
途上国の貧困問題の解決につながるプロダクトをデザイン
発端は2010年に開催されたSee-D Contest(シードコンテスト)* というプロダクトデザインコンテストにあります。東ティモールでフィールドワークを行い、現地の人々の課題を解決することを目的としたプロダクトをチームでデザインするというものです。
僕らのチームは初対面の7人で構成されました。デザイナーや技術者、研究者、元医師、学生など、年齢もスキルもナレッジもバラバラ。会社組織のような団結力や機動力には欠けるけれども、人的リソースの多様性の面では恵まれていたといえるかもしれません。
東ティモールでのフィールドワークを通じて、僕らはココヤシというリソースに着目し、これでお酒をつくってみようということで話がまとまりました。
現地でココヤシはありふれた素材で、道端に捨てられるほどの余剰産物である一方、先進国の視点ではエキゾティックでヘルシーなイメージがあります。そこで、まずは現地に住む先進国出身の富裕層を顧客として設定しました。彼らが買いたくなるお酒をつくれば、その販売によって現金収入が見込めるので、貧困問題の解決に道を開くことができると考えたんです。
安い原料から高付加価値製品を生み出す収益性、さらにお酒は嗜好品ということで現地の生活や文化に破壊的な影響を与えないことも利点でした。
ココヤシの実を器に使い、ビジュアルを重視するも品質に問題が
現地の庶民に身近な、ココヤシの樹液で作るトゥアックという低価格の発酵酒と差別化を図るため、エキゾティシズムに訴えるビジュアルが望ましいと考えた僕らは、ココヤシの実をそのまま器にして中のココナッツ・ウォーターを発酵させてつくる「フレッシュWANIC(ワニック)**」のプロトタイプ開発に着手しました。
といっても自分たちが酒づくりを行うのではありません。フレッシュWANICを中心とするサービス・エコシステムをデザインして、実際の酒づくりや醸造に必要なツールづくりは現地の人が行うようにして地域経済に根付かせようと考えたんです。
フレッシュWANICをつくるには、ココヤシの実に穴を開ける道具、発酵栓、保存栓、注ぎ栓から成るツールキットが必要です。フレッシュWANICメーカーは農家からココヤシの実を、ツールキットメーカーからキットを仕入れてお酒をつくり、現地に住む先進国出身の人々が集まるレストランやバー、ホテルに販売するという流れです。
ただ、プロトタイピングとテストを繰り返す中で、品質に問題が生じました。ココヤシの実の中に雑菌が入りやすく、味や色が安定しないんですね。酒づくりに関してメンバーは全員素人で、教科書の知識だけでは限界がありました。品質の劣化をクリアできなければ流通範囲が限られるため、一部の地域でしかビジネスできないこともネックとして立ちふさがりました。
山口大学国際総合科学部のウェブサイト。「デザイン科学」の科目を開設し、フィールドワークや企業・自治体と連携したプロジェクト型研究などを通じて、実践的な課題解決能力を養う。
http://gss.yamaguchi-u.ac.jp/
徳久氏の個人ウェブサイト「dangkang interdisciplinary design lab.」。参画するプロジェクトや、思考の軌跡を含めた活動報告などがまとめられている。
http://www.dangkang.com/
* 米国NPOコペルニク主催の低所得層向けプロダクトデザインコンテスト。
** WANICという名称は、ティモールでワニが神聖視されていること、ティモール島の形がワニのように見えることなどから付けられた。
事業の本来の目的に立ち返り
醸造酒から蒸留酒へのスイッチを大英断
課題解決の糸口を探るため、ココヤシの生産や産業化が盛んなフィリピンに拠点を移し、酒造りのメンターであるLAODI(ラオディ)社の井上育三さんに技術指導を仰ぎましたが、それでもやはりココヤシの実の傷みやすさをカバーすることはできませんでした。検討を重ねた結果、醸造酒であるフレッシュWANICはやめて、ココナッツ・ウォーターから作る蒸留酒(スピリッツ)への方向転換を決断しました。
容器としてのココヤシの実に愛着はあったけれども、品質が担保できないのであれば顧客体験が損なわれます。長期保存の利くスピリッツであれば先進国への輸出も可能なので、現地の人たちの現金収入獲得の機会を増やすという本来の目的にもかないます。
そこでWANICスピリッツの製品化に向けた資金調達と顧客発見を兼ねて、クラウドファンディングで資金援助を呼びかけました。すると、ありがたいことに立ち上げから約1ヵ月で目標の60万円を超える支援が集まり、フィリピンで井上さんの指導のもと、製造実験に踏み切ることができたんです。その結果、無事にWANICスピリッツのプロトタイプを完成させることができました。
ほのかな甘みとココナッツの香りが喉の奥に残る、個性的ながらもマイルドで味わい深い出来栄えで、クラウドファンディングに協力してくれた方々へのお披露目会でも評判は上々。手応えを得た僕らは、リソース拡大に向けて2014年3月に株式会社ワニックを設立しました。最初のうちは、LAODI社の業務のオフシーズンにラオス・ヴィエンチャンにある工場を借りて製造し、日本に輸出販売して利益が貯まったらフィリピンに工場をつくるという算段を立てました。
世界のスピリッツコンテストで堂々の成績を収める
2015年2月に仕込みをして、発酵、蒸留、熟成を経て2016年9月に、製品として最初のロットである「WANICココナッツ・スピリッツ2015」のリリースにこぎつけました。製造や出荷のコスト、酒税などを勘案して価格は1本1万円として、100本限定で販売しました。
発売と同時に開いたリリースパーティーには、クラウドファンディング支援者のほか、酒専門誌の記者なども招きました。記事にしてもらって業界内での周知を広め、バーやレストラン、個人顧客などへのリーチを狙ったわけです。実際、記事をきっかけに卸売業者とのパートナーシップが生まれ、市場ニーズの把握や価格戦略の調整に大いに役立ちました。
また、プロモーションに向けたリソース拡大のため、スピリッツコンテストにも応募しました。仲間内や支援者で飲んでおいしいと思うけれども、やっぱり愛着があるからどうしても主観的評価になってしまう。プロが客観的にどう評価するか、期待と不安が入り混じっての出品となりました。
ところがふたを開けたら驚きの結果になったんです。アメリカ最大のスピリッツコンテストであるSan Francisco World Spirits Challengeでは、ホワイトスピリッツ部門でゴールドメダルを受賞。NYのUltimate Spirits Challengeでは、その他スピリッツ部門で1位を獲得。ロンドンのInternational Wine & Spirits CompetitionではBronzeを獲得と、最初のロットの製品ながら各地で快挙を成し遂げることができました。
フィールドワークで責任感が生まれ、プロジェクトが自分ごとになった
まだ事業が始まったばかりで成功とは言えませんが、品質のしっかりした製品を世に出して権威あるコンテストで賞をいただけたのは大きな一歩ですし、励みになりました。
というか、これらの受賞によってWANICプロジェクトを止めるに止められなくなってしまったという面もありますかね(笑)。振り返れば決して順風満帆だったわけでなく、むしろ苦境続きで暗礁に乗り上げそうになったことも多々ありました。
フレッシュWANICからの撤退、スピリッツへの転換、クラウドファンディングへの挑戦、プロトタイプ完成までの試行錯誤、ネットワーク拡大に向けたさまざまな交渉……。めげそうになりながらも、その度ごとに誰かが引っ張って、細々と続けてきたんです。
WANIC ココナッツ・スピリッツ 2015の発売までみんなを巻き取ってきたのは特に、僕とプロダクトデザインを担当している久住芳男さんかなあという印象です。僕ら2人が年長者ということもあるでしょうけど、メンバー内でこの2人だけが東ティモールのフィールドワークに参加していることも大きい。現地の課題を目の当たりにして、責任感が生まれ、プロジェクトが自分ごとになったという気がします。
イノベーションは苦難の連続だし、特にこのプロジェクトは有志の集まりで、みんな他に本業を持ちながら踏ん張っています。事業が軌道に乗るまではメンバーの持ち出しも多い。報酬も出ない中で、チームのモチベーションを高く維持することの難しさを痛感する中での受賞だっただけに、うれしさもひとしおでした。
賛同してくれる企業を見出し、さらなるリソース拡大へ
ココヤシというリソースの発見から始まって、さまざまなリソースの統合・拡大を果たし、さらに新たなリソースを発見して取り入れてと、リソース・ドリブン・イノベーションの3つのフェーズをフル回転させて、WANICのプロジェクトをここまで紡いできました。
次のステップはフィリピンでの蒸留所建設です。いまは投資家を回って資金調達を計画しているところ。ココヤシというリソースを使って、どういう社会課題を解決するか、そこに賛同してくれる企業を見出し、さらなるリソース拡大を図って協働していきたいと考えています。
現在の1万円という価格も、蒸留所を作ってスケールアップすることで5000円くらいまで引き下げられる見込みです。利益が出るモデルへとリデザインしながら、事業を軌道に乗せ、現地に40人くらいの雇用創出を目指します。この先に広がる光景を想像すると、まだまだ終わらせたくないし、終わらせてはいけないと思っています。
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(2018.12.27 渋谷区のTHINK OF THINGSにて取材)
text: Yoshie Kaneko
photo: Kei Katagiri
徳久氏の著書『地域発イノベーションの育て方――リソースから紡ぎ出す新規事業』(NTT出版)。リソース・ドリブン・イノベーションの理論やマネジメント手法、WANICのプロジェクトについて詳しく説明されている。
徳久悟(とくひさ・さとる)
1978年山口県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科後期博士課程修了。博士(政策・メディア)。慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科特任講師、takram design engineeringアソシエイトを経て、2015年より山口大学国際総合科学部准教授。大学院在学中の2004年、動画プリクラ事業を主とするUTUTU Co.Ltd.を共同創業。2009年、IPA未踏人材育成事業に採択されたのち、携帯動画装飾エンジンPovieを企画開発。2013年、個人投資家及びビジネスパーソン向けメディアの運営等を行う株式会社ナビゲータープラットフォームの取締役CXOに就任。2014年、ココナッツ・ジュースから作る醸造酒・蒸留酒の開発を行う株式会社ワニックを共同創業。(左写真提供:徳久氏)