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個人と組織のミッションが共鳴する
等身大の関係性

[Kickstarter]New York, USA

クラウドファンディングの礎を作り、いまや世界最大級のプラットフォームになったキックスターター。同社は映画、音楽、ゲームなどクリエイティブなプロジェクトを中心に広く資金調達を実施しており、これまでに世界1,400万人以上の支援者から35億ドルを超える資金を集めている。

多くの人の目には、飛ぶ鳥を落とす勢いで成長するハイテク・ベンチャーそのものに映るだろう。だが内実は違う。近年、キックスターターはいちベンチャーからPBC(Public Benefit Corporation)にシフトした。これは公益と株主利益のバランスを求められる企業形態であり、現在のキックスターターはつまり、公益法人ということになる。彼ら自身の言葉を借りるなら「文化機関」なのである。

「考え得る限り一番クリアな方法で、絶対に会社を売却しないこと、株式公開をしないことを表明したのです」とキックスターター・インターナショナル・ディレクターのショーン・ロウ氏は言う。なぜそんなことを? キックスターターには利益よりも優先されるべきミッションがあるからだ。クリエイターを支えるプラットフォームとしてサスティナブルであること。そのために同社は、オフィス作りやワーカーの働き方までも、ミッション・ドリブンであることを選んだ。

どこを見ても、キックスターターならではのストーリーが貫かれているオフィスだ。14年に転居したばかりだという建物は、もともと鉛筆工場。「どれだけコンピュータ中心の時代になっても、鉛筆はクリエイティブなプロセスのシンボルであり続ける」。ロウ氏は、二度と他の場所に移るつもりはないよ、と笑う。


「元鉛筆工場というストーリーが事業にマッチしていると思って」移転を決意。もともとは雨漏りがひどい劣悪な環境だった。

  • キックスターターでは、週に1回、ワーカーが集まって一緒にランチをとるのが決まり。ケータリングで運ばれてきた健康的な食事を楽しむ。

  • 仕事をする者、食事をする者、談笑する者が同じ空間を共有している。ベンチの1つは創業者2人が出会ったダイナーのものを再現したものだとか。

  • アーティストに一定期間オフィスを無償で貸し出すプログラム「Creators-in-Residence」を運用。3カ月単位で9人のクリエイターが、プロダクトの組み立て、撮影などに使用する。

ミッションに共感する若者のために
あらゆる働き方が尊重された環境を

内装には旧建物からのリサイクル素材を多用し、ライブラリの蔵書は全て遺品整理のセールで調達したもの。「キックスターター自体が、巨大なクリエイティブ・ユニバースを代表している」という言葉にも納得だ。

そして同社が支援するクリエイターのために設けた作業スペースがあり、ギャラリーがあり、シアターがあり、図書館がある。シアターは、彼ら曰く「クリエイティブ・ユニバースに声を与える場所」だ。

キックスターターにはアーティスト、フォトグラファー、ライター、ゲーム開発者、デザイナーなどさまざまなコミュニティが集まるが、なかでもフィルムのコミュニティは大きい。

「フィルムメーカーにとって一番の問題は資金調達ですが、次に大きい問題は上映会にたくさんの客を呼び込むことです。大画面・大音量で上映するのも難しい」(コミュニケーション・ヴァイス・プレジデントのジャスティン・カズマーク氏)。その上で、彼らはできる限り無料でシアターを開放するようにしているという。

ワーカーは社会貢献意識の高さで知られるミレニアル世代の若者が中心だ。彼らはキックスターターのミッションに共感している。同社もそんな彼らの個性を歓迎し、あらゆる働き方が尊重される環境を用意した。特定のデスクを持つ者もいれば、ソファで働く者、静かな図書館にこもりきりの者もいる。

かくいうロウ氏も座らずに仕事をする一人だ。「ほかには、音楽をかけて仕事をしたい人もいれば静かな場所を好む人もいるし、ある人は完全集中型、ある人は周りとおしゃべりするのが好き。会社としては全てOKです。その人にとって一番生産的なかたちで働いてもらいたい、というだけです」(ロウ氏)


キックスターター
キックスターター・インターナショナル・ディレクター
ショーン・ロウ

  • 「落ち着ける環境を」と作られたライブラリだが、多くのワーカーのお気に入りとなり、ライブラリらしからぬ賑やかな場所に。

  • 元鉛筆工場と言われて納得の、天井が高いオフィス。中庭に面した大きな窓が自然光をたっぷり取り込み、気持ちがいい。

  • 地上階に作られたシアター。オールハンズミーティングや、支援するアーティストたちの作品の上映などに使用されている。

  • ルーフバルコニーには農園が広がる。食に関心の高いワーカーがトマトやとうもろこしを栽培、収穫している。

  • 2階の執務エリア。バックグラウンドが異なるさまざまなメンバーが働く。固定の自席を持つのも、フリーアドレスで働くのも自由。

  • 人目につかない場所で、一定期間作業に集中したいワーカー向けのブース。

  • 執務エリア内に設けられたミニ・シアター。

  • ルーフトップに中庭と、緑あふれる健康的なオフィス。ローカルに根ざした経営をという意図から、植栽はニューヨーク周辺の自生種が中心だ。

「どうコミュニティに奉仕できるか」を
徹底して議論する

採用は、やはりコミュニティでの経験があることが条件となる。だが最優先されるのは、キックスターターがそうであるように、世界中のクリエイターをサポートし、彼らの作品を見るのを願ってやまない人間であることだ。

成長中の企業は、1人雇うたびに企業の価値観が薄まるリスクにさらされるが、ここでもキックスターターはぬかりがない。入社時には組織が支持する価値観を記した社員手引を渡し、2週間おきに行われるオールハンズ・ミーティングでディスカッション。そして何よりも、この場所とそこで交わされる言葉が重要だ。

クリエイターが手がけたプロジェクトをオフィス中に置いたのは、自分たちの仕事がなぜ重要なのかを反芻する機会とするため。訪ねてきたクリエイターと会えば、彼らが抱える問題を理解し、彼らを支える自分たちのサービスの存在意義を実感できるだろう。加えて、ワーカー同士の対話だ。同じミッションに共感する者同士のコミュニケーションが、キックスターター固有の価値観を絶えず補強する。

「私たちが議論しているのは、金儲けの仕方ではなくて、『どのようにコミュニティに奉仕できるか』なんです。その様子を見れば、どなたにもキックスターターの価値観を深く理解してもらえることでしょう。それが多くのワーカーやクリエイターを惹き付けている理由だと思います」(ロウ氏)

事業の成長速度に比して、彼らの組織作りは意外なほど遅い。2年目には黒字化していたというが、それからも一歩一歩、足元を確かめるようにして進んできた。今、世界220以上の国や地域から支援を募るまでになってもスタッフはわずか121人。必然的に1人あたりが多くの仕事を抱えざるを得ない状況ではあるが、「責任あるやり方で有機的に成長していきたいから」と採用を急ごうとはしない。つまりは、どこまでもミッション・ドリブンな彼らなのである。クリエイターを支えるプラットフォームであり続けるために。

コンサルティング(ワークスタイル):Camille Finefrock
インテリア設計:Ole Sondresen Architect
建築設計:Ole Sondresen Architect

text: Yusuke Higashi
photo: Ryo Suzuki

WORKSIGHT 13(2018.6)より


キックスターターでは、ゲームコミュニティも大きい。ボードゲーム「シークレットヒトラー」は1,400万円以上の支援を集めた。

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