このエントリーをはてなブックマークに追加

「文脈」のあるコース料理で顧客に勝負を挑む革新的レストラン

「信用」から一歩踏み込んだ「信頼」の獲得へ

[鳥羽周作]「sio」 オーナーシェフ

料理人としては、僕の経歴はちょっと変わっているかもしれません。サッカーの練習生、小学校教員を経て、32歳で未経験から料理の世界に飛び込みました。

いくつかのお店で修業した後、フレンチレストラン「Gris」(グリ、東京・代々木上原)のシェフになったんです。ここで働いているうちに飲食店の働き方は変えることができるし、従業員の報酬も上げることができるんじゃないか、と考えるようになりました。もちろん料理や見せ方の面でも挑戦したいことがたくさんありました。それでGrisを買い取り、僕がオーナーシェフとなってお店を衣替えして、2018年7月に「sio」(シオ)をオープンしたんです。

料理と向き合うリテラシーを高める「おいしいを超えた感動」

sioのコンセプトは、「素材の本質を見極めた料理で、おいしいを超えた感動を提供する」というものです。

例えばsioではコースの最初にスープを出しています。これ、単体で飲むとおいしいんですけど、本当はもうひと押しあると味がより際立つんです。だけど、敢えてそこで止めています。

一口飲んで、「あ、おいしいな……すごく繊細だな……なんかギリギリのスープだな」って、舌で探りながら“おいしい”を迎えに行く作業をしてもらうわけです。で、次の皿で味がバチッと決まったものを食べますよね。すると、最初の味わいが控えめだっただけに、おいしさがよりクローズアップされるんです。

つまり、コースに文脈を作るということ。これを実際に体感した人にスープがあっさりしていた理由を説明すると「なるほど!」と肚落ちして、料理と向き合うリテラシーが高まるわけです。素材、味わい、その皿を構成する要素、背景にあるもの、全部をひっくるめて料理と向き合うリテラシーが高まっていく。

そういうコース料理を、僕らは緻密に計算して作っています。食後は1本の映画を観終えたような感じで、「感動した」とまで言ってくれる方もいます。最後に解説を聞くことで、リテラシーが上がって、次からは高いレベルで料理を楽しめるようになる仕掛け=文脈がここにはある。それが「おいしいを超えた感動」というわけです。

何かの味を他の食材で代替して再構築する

メニュー開発も、他の料理人さんみたいに試行錯誤の末に完成度を高めるという感じではないですね。試作を繰り返すのは頭の中。これとこれとこれを使って、こう調理して、そうしたらこんな味になるだろう、それをこう盛り付けて――というところまで考えて、行けそうだなと思ったら実際に作って微調整する程度です。

分かりやすい例でいえば、肉じゃがを作るとしますね。牛肉がちょっと甘くて、玉ねぎは煮過ぎず、じゃがいもは自分があんまり好きじゃないから小さめで、メークインで……というのを想像で味わって、「ああ、うまい!」、盛り付けはこうだな、よしできた、みたいな感じ。ここまでを頭の中でやるんです。

意外な食材を組み合わせる料理もありますけど、それも基本はロジカルに導き出します。例えば、ショートケーキをイメージした料理を作るとしましょうか。あれは甘いホイップクリームとイチゴの甘酸っぱさという、要は甘味と酸味ですよね。ならばホイップに、ビーツとフランボワーズビネガーで酸味を付け足したらどうだろうと。生クリームとビーツのサラダなんだけど、食べると味はショートケーキで、お客さんは驚くわけですよ。奇抜に見えるけど、甘味と酸味の組み合わせだからしっくりくるんです。

何かの味を他の食材で代替して再構築するアイデアを、斜め上から引っ張ってくる感じですね。全体のバランスや味の奥行を考えながら、組み合わせの妙をロジカルに発想して、みんなが予想のつかないものにしていく。もちろん変化球だけだとメリハリがないので、サワラと大根おろしだけといった直球勝負の皿もあったりします。

どうすればお客さんをうならせる流れができるか。コースの中での文脈作りは、僕にとってすごく大きな課題なんです。


「sio」(シオ)は、2018年7月オープンしたモダンフレンチレストラン。鳥羽氏がシェフを務めていた「Gris」(グリ)を買い取ってリブランディングし、オーナーシェフに就任した。
http://sio-yoyogiuehara.com/
所在地:東京都渋谷区上原1-35-3
電話番号:03-6804-7607
平均予算:ランチ(土日祝のみ) 5,800円~、ディナー 10,000円~。いずれも予約制。
定休日:水曜日+不定休

「sio」の店名の由来は2つ。素材のおいしさを引き出す「塩」加減と、「しゅうさく・いつも・おいしい」の頭文字にちなんでいる。

鳥羽氏は独立を契機として、食にまつわるプロデュース事業などを行うハレンチ株式会社を仲間と立ち上げ、代表取締役を務めている。ハレンチ(破廉恥)という言葉には、恥知らずの気概で既成概念を打ち破るという決意が込められている。

  • 5,800円のランチコースより。最初に出てくるスープは、鶏の出汁と野菜のうまみがとけあった優しい味わい。この淡泊さが後に続く料理を引き立てる。

  • 馬肉のタルタル。ラスクの上に、馬肉、ラフランスのビーツ漬け、ケッパー、エシャロット、卵黄などを混ぜたものを載せ、上からビーツの千切りと食用花をあしらっている。見た目の華やかさと、上品な濃厚さが同居する一品。

  • ラグーソースのコンキリエ。上から2種類のチーズとオリーブオイルをかけ、最後に黒コショウ。肉とチーズのうまみをトマトが穏やかにまとめている。

  • 老舗干物店・越田商店(茨城県神栖市)の「もの凄い鯖」をソテーしたものに、キヌア、オカヒジキ、カブ、クルミ、ホウレンソウ、泡立てた酒粕を盛り、イカ墨のソースを添えた。キヌアの食感が楽しく、噛むことでサバのうまみも広がる。

  • 岩手のブランド豚「岩中豚」(いわちゅうぶた)のロース肉のとんかつ。粒マスタードの酢漬けがアクセント。「厚切りにして塩を利かせるから、ソースなしで衣がサクサクする。肉汁もしっかり閉じ込められます」(鳥羽さん)。

  • デザートは、グリアサバランというチーズを練り込んだ牛乳ベースのアイスクリーム。塩気のあるクランブルと相性抜群。好みでラタフィアというデザートワインをかけて味の変化を楽しむ。

本質を響かせるには文脈がものをいう

お客さんは美しさや斬新さを求めますから、僕らが提供するものはアーティスティックでなければなりません。ただ、僕ら自身はアーティストの側面を持ちながらクリエイターの側面も持たないといけない。料理人がアーティストになりすぎてしまうと採算度外視になるし、お客さんも理解できない突飛なものになってしまうからです。

クリエイターであればこそ、ロジックや客観性も併せ持って収益性と創造性をバランスしながら、お客さんが楽しめるアーティスティックな要素を意図して作ることができるんですね。

だからロジックとか言語化ってすごく大事なんですよ。これからの時代、物事を言語化できて、それをロジカルに伝える能力が問われると僕は思っています。

分かりやすくいえば、インスタグラムからTwitterへの流れがそうですよね。インスタグラムはビジュアル重視で、文章はそれほど注目されません。価値判断が見た目にあるわけです。一方でTwitterは、絵面よりも言葉、もっといえば文脈に重きが置かれている。140字の中から文脈を読み取って、その人の主張や才能、ポテンシャルに共感していくわけでしょう。特にビジネスの世界でTwitterが再評価されている気がするけど、それは文脈が重視されていることの表れのように思うんです。

見栄えも確かに大事だけど、それだけでは本質がおざなりになってしまう。これだけモノが氾濫しているからこそ本質が問われるし、その本質の価値を響かせるには文脈がものをいうということです。

委ねられることで、クリエイターとして挑戦し続けることができる

僕らが目指すレストランは、「信用」からもう一歩踏み込んだ「信頼」のレストランなんです。

信用は期待を裏切らないイメージで、いわば正しさが担保されているということ。なじみのそば屋さんなんかはそうでしょうね。あそこに行けば、間違いなくいつものうまいそばが食べられるという安定感があるわけで。

そこへいくと信頼は「あなたに委ねます」というところがあるので、攻めた料理を出しても「何か意味があるよね」と思ってもらえる。これは信用の店ではできません。「いや、僕は普通のもりそばを食べたかったのに、そんな攻めたそばは食べたくなかった」と言われてしまう。

それはすなわち、クリエイターとしての挑戦の場が失われるということでもあります。挑戦しないということは、やがて飽きられる可能性があるということ。信頼を獲得できると、「あの料理が食べたい」ではなくて、「sioに行きたい」「sioに行けば何かある」というふうにお客さんの期待の方向が変わります。

理念は「今日の最高が明日のゼロ」

sioではコース内容も毎回変わるので、「今日は何が出てくるんだろう」と、攻めた内容そのものが楽しみになる。料理だけでなく、メニューや食器なんかもどんどんアップデートしていきますからね。その都度違う趣向が楽しめるということで、sioに来るという体験そのものに価値が生まれるわけです。

そもそも僕らの会社の理念が「今日の最高が明日のゼロ」なんです。「これ、最高です」って自信満々で提供した料理を、明日には壊す勇気を僕らは全員持っている。積み上げてきたものを簡単に捨てて、新しい最高を作るというマインドで仕事しているから、今まで積み上げてきたものにぶら下がる感覚がないんです。

10年、20年とお店が続くことはもちろん素晴らしいけど、歴史とか蓄積って結局は過去のものでしかない。それよりも今日、今この時に戦えていることの方が絶対すごいし、最高にカッコイイですよ。まさにロックですよね。裏を返せば、だから僕らはいつまでも完成しない。この貪欲さが僕らの強みでもあると思います。

あらゆる要素でお客さんを感動させる。
だから高い利益率を維持できる

ビジネス的な話でいうと、ここはおそらく日本でもトップ5に入るくらい利益率が高い店でしょう。たかだか15坪のレストランだけど、経常利益は3割を超えています。一般的にレストランの経常利益は10~15パーセントですから、2倍近いわけです。

こういうことがなぜ実現できるかというと、店の中のありとあらゆる要素でお客さんを感動させることで、原価を抑えるところ、きっちり使うところにメリハリをつけているからです。

例えば、お絞りは1本1000円する、IKEUCHI ORGANIC のタオルを使っています。これは日本一のお絞りですよ。厚みがあって水気をしっかり含んでいるけど、水分がすぐ飛ぶので手がべたつかない。しかも、臭いが全然ない。この厚さを生乾きさせない技術力が僕らにはあるんです。メーカーの研修を受けて、専用の洗濯機で洗濯して、万全の管理をしているので。しかも、このお絞りは6年間使えるんです。

このお絞りを体験したお客さんが他のレストランで臭いの付いたお絞りに遭遇したら、僕らの株が上がりますよね。僕の中では間違いなく1000万円以上の価値を、このお絞りがもたらしてくれるんです。でも買ったのは100本のお絞りなので計10万円。990万円の利益ですよ(笑)。普通のレストランは白くて薄いお絞りを1回1円くらいでレンタルするので、それに比べると一見高く感じますけど、お客さんにどんな価値を提供するかという意味において、むしろ投資対効果は非常に高いわけです。

クラウドファンディングのように、投資に対して価値を返す

空間デザインのクリエーションもクオリティが高いです。お店のロゴは、「くまモン」をデザインした水野学さんが作ってくれているし、BGMはDJの沖野修也さんが選曲してくれました。テーブルウェアはプロダクトデザイナーの鈴木啓太さんがデザインしてくれたものが多いですね。メニューも名刺大の黒の厚紙に金で箔押ししたもの。お金がかかってます(笑)。

こういう料理以外のクリエーションは減価償却されるものなので、いずれは料理の価格がフードコストだけになります。で、そのフードコストにしても、実は今の時代、ウニだとかアワビとか高級食材だけ並んでいると、さっき言った文脈の料理が作れないわけですよ。シンプルで素朴なスープがあるからこそウニが光るので。となると、それほど原価率が高いコースを作らなくても、お客さんを感動させられるように、今時代がなっているんです。

結果的にキャッシュフローが余りやすくなるので、その余った分をコップとか食器とかの更新に回していく。お客さんに高いお金を払ってもらった分、次に来たときにはさらに満足度の高い経験を提供できるわけです。要はクラウドファンディングみたいに、投資してもらったものに対して、必ず目に見えるものとして返していくという形を採っているので、きれいに利益が回るわけですね。

お金のとらえ方、働き方の価値観が根本的に違う

利益が出るから従業員にもちゃんとお金が行き渡ります。例えばうちは22歳から28万円支払ってます。これはレストランでは相当に高水準ですよ。雇用される側のつらさとか生活が切羽詰まる苦しさを分かっているから、僕は自分の給料を削っても絶対に従業員には正当な対価を払うと決めているんです。

そうやってゴールを設定して、じゃあそれだけの額を払うには運転資金がいくら必要で、それを得るために何をすべきかを逆算して考えないといけない。一般の飲食店はこの逆算思考ができていないんですね。売上から原価と経費を差し引いた残りを従業員に配分するので、安い給料でこき使われてしまうケースが後を絶たないんです。

うちは働く時間も短いです。朝10時くらいに店に来て、仕込みをして、まかないを食べて、休憩して、夜の営業が終わったら帰ります。普通はレストランってものすごく忙しいから、みんな疲れ切って人間関係もギスギスしたりする。でも、そういう状況からいいものは生まれないし、僕はそういうのが嫌で経営者になったわけだから、絶対そういう状況にしたくない。

お金のとらえ方とか働き方の価値観が根本的に違うんです。料理さえうまければいいと考える料理人は多いけど、そうするとフード原価が高くて、値段も高くなるから儲かりません。となると、従業員に払えるお金も少ない。けど店は満席になっている。満席で忙しいのに給料は安いという不思議な状況だったりするわけです。でも僕らは満席になればなるほど給料が上がるからモチベーションも上がるし、連携して仕事をうまく進めようと思うのでチームワークだってよくなりますよ。

シェフである前に僕は経営者だし、雇っているメンバーがいる限り、彼らを守っていかなきゃいけない。料理はあくまでもツールとして、一緒に働く人たちの生活を守るという使命を全うするのが僕の役目だと思っています。

WEB限定コンテンツ
(2019.1.15 渋谷区のsioにて取材)

text: Yoshie Kaneko
photo: Kazuhiro Shiraishi


sioのお絞りとメニュー。(メニューは取材した2019年1月時点のもの)

鳥羽周作(とば・しゅうさく)

1978年埼玉県生まれ。サッカー選手、小学校教員を経て、32歳で料理の世界に飛び込んだ異色の経歴の持ち主。「DIRITTO」「Florilege」「Aria di Tacubo」などで研鑽を積み「Gris」のシェフに就任。2018年7月、オーナーシェフとして自身のすべてを出し尽くしたレストラン「sio」をオープン。

RECOMMENDEDおすすめの記事

コミュニティを育み、委ねるコワーキングの原点

[Citizen Space]San Francisco, California, USA

決済プラットフォーマーを頂点とする産業ヒエラルキー化は起こるか

[藤井保文]株式会社ビービット 東アジア営業責任者、エクスペリエンスデザイナー

コミュニケーションや創発の種を生む「攻めのリモートワーク」

[林宏昌]Redesign Work株式会社 代表取締役社長

TOPPAGE
2022年7月、「WORKSIGHT[ワークサイト]」は
「自律協働社会のゆくえ」を考えるメディアへと生まれ変わりました。
ニュースレターを中心に、書籍、SNS、イベント、ポッドキャストなど、
さまざまなチャンネルを通じてコンテンツを配信します。

ニュースレターに登録する