Workplace
Jun. 3, 2019
リアリティに向き合う態度が
独創的な思考を生む
[Fieldoffice Architects]Yilan, Taiwan
台北からバスに揺られて1時間ほど。台湾北東部にある宣蘭(イーラン)は、目前を太平洋、三方を山に囲まれた地方都市だ。台湾を代表する建築事務所の1つであるフィールドオフィス・アーキテクツがここに拠点を構えたのも、その豊かな自然に惹かれてのこと。事務所代表の黃聲遠(ホァン・シェンユェン)氏は台北出身だが、「宣蘭にいるほうが真の自分をさらけ出せる」と感じている。
「台北の人たちは、礼儀正しくあれ、出世を目指すべきという伝統的な台湾式の考え方で育ちます。そのせいか、集団の中の1人、という感じがします。でも宣蘭の人々は、静かで淡々としていても、独特の個性を持っている。それは自然という『真実』のものと向き合い、人と競争したりポジションを争ったりすることに時間を使っていないからです」
彼にとっては、建築は人と自然をつなぐものであり、宣蘭の風土に根ざしたものだ。「建築で宜蘭に理想の町をつくりたい」と、バスターミナルや、宜蘭の羅東市にある文化施設「羅東文化工場」などを手がけてきた。
なにしろ事務所そのものが、田園の中にある3階建ての一軒家だ。1〜2階はオフィスで、3階は寮。周囲の様子がよく見えるようにと、窓を広くとってある。
「部屋にこもって景色を想像するのではなく、今目の前にある真実をもとにすること。時間も大事な要素です。朝と午後でオフィス内の雰囲気は変わりますから」
3階が寮になっていることから、事務所は彼らにとって衣食住をともにする場でもある。飯を炊くのも食器を洗うのも彼ら。共用食器は抽選かゲームで負けた者が洗うというのが慣例だ。
事務所外観。台北の奥座敷、宣蘭に事務所を構える。田園や海など自然あふれる環境。周辺の川で泳いでから自転車で出勤する所員も少なくない。
「模型」を中心にして
完成までの過程に全員が関わる
運営方針も一風変わったものだ。黃氏の言葉を借りるなら、プロジェクトのほとんどはスタートもゴールも曖昧で「自分たちで新しいプロジェクトを見つけ出すこともあります」。資金は自分たちで集め、途中で困難にぶつかればいったん寝かせておき、「動くべき正しいタイミングが来たら、またほかの誰かが動き始めて完成させる」といった調子。黃氏の建築思想に共鳴して、台湾各地から集まってくるというメンバーも、師弟というより、友人関係に近い。彼らが独立した後も友人として公私にわたってコラボレーションは続くという。
事務所の中心にあるのは「模型」だ。人と人との間は必ず模型があり、プロジェクトに応じて席と模型の位置も変わる。
「模型は現在進行形の1つの真実です。模型の横を通りかかれば、その人間が今何をやっていて、将来何が起きるのかわかります。大事なのは、完成までの過程で模型が何度も修正されるのを、みんなが見ることです。模型をもとにクライアントや住民たち、政府からも意見をもらいます。
自分が考えたものが直されることを『挫折』と捉える人もいますが、これは大事な体験だと私は思います。他人と交流しながら調整されていくプロセスこそが人生。私自身にも私の人生を決めることができないのです。作品もそうです。宣蘭の土地で形になってからも変化していく。そのことを理解し始めると、直されることを失敗だと思わなくなり、逆に成長だと考えるようになるのです」
黃氏はむしろ、自分の言葉を口にすることや方向を決めることを避けているという。所員はみんな等しく自由だが、何をやるかはその人しだい。事務所のメンバーに対しても、それぞれが自らアクションをおこし、人生を前に進める姿勢を学んでほしいと彼は願っている。
「私も毎日たくさんの挫折に直面しています。明日オープンする予定の作品もありますが、その向こう側に見苦しい花が植えられている、とかね(笑)。自分に多少の影響力があるからといって、すべてがうまくいくことはありません。でもこれはいいことだと思います。うまくいかないことがたくさんあるからこそ、すべての人が平等であることが大事だと思える。影響力がある人が好き勝手に決められるのなら、よくすることばかりではなく、悪くすることもできますから。私が言いたいのは『大丈夫ですよ』ということ。努力さえすればいいのです。一緒にいる仲間がいるなら彼らとの時間を大切にすること。限られた時間だけしかいられなくても、しょうがないことです。自分が大切にしていることを、少しだけでも、分かち合えればいいのではないでしょうか」
Fieldoffice Architects
主持建築師
黃聲遠
コンサルティング(ワークスタイル):N/A
インテリア設計:N/A
建築設計:Fieldoffice Architects
text: Yusuke Higashi
photo: Kazuhiro Shiraishi
WORKSIGHT 14(2019.1)より