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大企業が実践すべき「3階建て」のイノベーション創出

失敗を奨励し、打席に立つ回数を増やす人事評価へ

[田所雅之]株式会社ユニコーンファーム 代表取締役社長/CEO

日本企業でイノベーションが生まれない理由の1つに、経営層が過去の成功体験にとらわれて、新しい発想を評価しないという面があったと思います。

しかし、僕のところには大手企業からのコンサルや研修の引き合いが多く舞い込みますし、2018年には講演も140回ほど行いました。ここへ来て日本企業が本腰を入れて変革に取り組もうとしているのを実感しますし、それを後押しする経営層の覚悟も感じられます。この変化の背景には、組織が変わらなければ生き残れないという危機感があるからでしょう。

企業が高めるべきは簡単に金銭に換算できない価値

GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)のような企業は、例えばトヨタのような製造業と比べて営業利益がずば抜けて高いわけではありません。でも時価総額は時に4倍、5倍にもなる。それは将来に対しての期待値なんですよ。テスラの時価総額がGMを超えたのも同じ理由です。企業の評価は今や売り上げでなく、どんなインタンジブルアセット(ユニークなデータ)を持っているかというところに焦点が移ってきたんですね。

最たるものがAmazonです。Amazonの時価総額は80兆円ですけど、これはAmazonレビューがモノの価値の指標になりつつあり、同時にそれが他社の追随できない絶対的価値であるからです。だからAmazonは強い。

今、企業が高めるべきは簡単に金銭に換算できない価値ということです。PL発想でなく、企業にとって本質的な価値をもたらすもの、企業価値に転用されるものをどれだけ持っているか。そこが勝負になっている。

決算の数字を改ざんして企業価値を落とした会社は、完全にPL思考ですよね。小手先の数字の勝負ではなく、いかにして未来に張るかという部分の解像度を上げた上で、全社的な取り組みとして実装していく。まさにそれをGAFAは実践している。日本企業でこれができている企業は残念ながら少なく、僕の見るところでは例えばKDDI、ソフトバンク、キーエンスといった数社だけという印象です。

新規事業の崩壊要因は、上司が事業の価値を評価できないこと

社内のリソースだけでイノベーションを起こすのは難しいということで、オープンイノベーションに注目が集まっていますが、その手のプロジェクトを立ち上げてすぐ成果が出るわけではありません。

まずは社内でオープンイノベーションの重要性を理解し、組織としてのロードマップを明らかにすることです。その上で、イノベーションの土壌を耕していくわけですが、まずは個人レベルで始められるところから、例えば参考となる本を読んでイノベーションや事業創出に関する知見を独学で身に付けたり、勉強会に参加してみたりするのがいいでしょう。自社でアイデアソン、ハッカソン、ビジネスコンテストなどを開催するのも一手です。社員の目線に立って、ハードルの低いところからボトムアップする形で社内の視座を高めるわけです。

土壌が出来上がったら、イノベーションを全社の文化にすべく組織のアップデートに取り組みます。新しい発想が出てこない旧来型の組織は、まさにPL思考なんですね。事業ごとの縦割りで体制がタコツボ化し、至上命題は各部門の売上の最大化と経費の最小化とされる。これが経済活動の本質というわけです。

こういうマインドの人たちが新規事業の価値を判断すると、エッジのない無難な新規事業ばかり採択されてしまい、いい新規事業の芽をつぶしてしまいます。僕がよく言うのは、新規事業がだめになるのは他殺でなく自殺だということ。一番の失敗要因は、上司自身がその事業の価値を評価できない、理解できない、解像度が低いということなんです。それで、自ら崩壊してしまうんですね。

1階がコアビジネス、2階が新規事業、3階がイノベーション

ではどうすればいいか。その解が市場の成熟度によって事業レベルを階層化した「3階建て組織」にあります。

1階部分がコアビジネスです。トヨタでいえば車の製造・販売ですね。ここは収益の柱で、食い扶持ですから死守すべき部分であり、当然PLも重視されます。ここのミッションを一言でいえば「儲けること」です。

2階は新規事業に取り組むところです。課題をアイデアに昇華して、ひとまずプロダクトとマーケティングをフィットさせることができそうだという、実験が成功した段階です。その先にあるテーマは、いかにしてマーケットシェアを伸ばすか、売り上げを伸ばすかということ。2階のミッションは「勝つこと」と言えます。

3階がイノベーションのエリアです。ここでのKPIはPLではありません。イノベーションは実験なので、他社が持っていないインサイトをいかに得るか、いかにPMFを実現するか、いかに打席に立つ回数を増やすかといった点が問われます。3階のミッションは「発見すること」です。


株式会社ユニコーンファームは、「ユニコーン企業を1000社輩出する」ことをビジョンに掲げ、イノベーション創出に向けた研修、アドバイスなどを行うスタートアップ支援会社。2017年設立。
https://www.unicornfarm.jp/

オープンイノベーションのステップは9つある。各ステップについては、田所氏のスライド『オープンイノベーションの極意』に詳しく説明されている。

3階においては失敗が奨励されるべき

0から1を作るのが3階、1を10にするのが2階、10を100にするのが1階というイメージでしょうか。それぞれのミッション、ゴールが違うので、目標設定の仕方と適性人材、人事評価も異なってきます。

というのは、3階においては失敗が奨励されるべきなんです。でなければ何度も打席に立てないし、そもそも失敗したとしても貴重なインサイトが得られたなら、それは成果でもあるからです。だから失敗も評価の対象にしなければいけない。究極的には、企業単位でなく国全体で失敗に寛容なマインドに変化していかないといけないでしょう。

投資家の視点から見ても、失敗経験は必ずしもネガティブな評価ではありません。シリコンバレーでは1回目の起業家は評価が低いんですよ。失敗経験のある起業家は、シリコンバレーでは“failed entrepreneur” (失敗した起業家)でなく、“experienced entrepreneur” (経験した起業家)と呼ばれます。僕も、失敗していたとしても起業の経験があるかどうかは評価の1つのポイントにしていました。

もちろん一番評価が高いのは、過去の起業で上場までたどり着いた人です。でも次に評価するのは失敗した人なんですね。一番評価できないのは初めての起業家。失敗した人はヒト、モノ、カネの怖さを分かっているので、致死的な地雷を踏まずに済むというわけです。

ドラッカーも「イノベーションの仕事を既存の事業を分離して組織しなければならない」と言っていますが、1階の仕事と3階の仕事を切り離さないと、組織自身がハレーションを起こしてしまいます。1階の人からすると3階は遊んでいるように見えるかもしれないし、3階の人に言わせれば1階は頭の固い連中と映るかもしれない。そんなことを言い合っていても消耗するだけなので、思い切って切り離すことが大事です。ただ、もちろん同じ建物なのでビジョンは同じであるべきです。

(田所氏提供の図版を元に作成)

同じ夢を持ちつつ、ゴールの道筋を分化。
イノベーションを組織文化に根付かせる

大手企業のオープンイノベーション成功事例として挙げられるのがKDDIです。

規模の大きな成熟企業によく見られるように、KDDIの組織構造もかつては硬直した旧来型で、大企業病にも陥っていました。しかし通信技術の進展や競合の台頭、モノからコトへの価値の変遷といった外部環境の変化を受け、このままでは企業生命が危ぶまれるということで、2000年ごろを境に徐々にイノベーションの土壌を作り上げていきました。通信回線を提供するだけのビジネスから、新たな体験をユーザーに届けるビジネスへ、ライフスタイルをデザインする企業へとビジョンを変えたんです。

イノベーションを起こす組織へ、徐々に土壌を改良

といっても、いきなり大々的にイノベーションを始めたのではなく、徐々に進めていったところにKDDIの勝因があります。例えば、市場を奪い合う関係でもあるSkypeやFacebookと提携するという思い切った経営判断で、イノベーションを追求する姿勢を打ち出しました。

また、IT系のファンドにLP出資したり、シリコンバレーで日本のベンチャーキャピタルに投資したりして、知見やノウハウを高めました。その上で自分たちでオーナーシップを持ってアクセレータープログラムを手掛けたり、事業共創プラットフォームである「∞ Labo」(ムゲンラボ)を立ち上げたりして、徐々に3階部分を増やしていったんですね。

こう見ていくと、イノベーションを起こす組織にいきなり生まれ変わったわけでなく、徐々に全社的な土壌を改良していったと分かります。

社内に素晴らしいリソースがあるにも関わらず、3階と1階でハレーションを起こしているのはもったいない。大事なのは同じ夢を持ちつつも、ゴールの道筋を分けること。そして最終的には、イノベーションを会社の文化にしていくことが大事で、長期的な戦略が必要です。

5G×IoTで農業、エネルギー、健康サービスの分野に勝機あり

インターネットやウェブの領域に関しては、GAFAがすでに勝ちを収めています。彼らの武器は、単なる通信技術でなく、ユーザーのデータに基づいて個々に最適化した情報やサービスをフィードバックするソフトウェアです。マーク・アンドリーセンという投資家が”Software is eating the world”と言ったけれども、まさにGAFAが提供するソフトウェアが世界を飲み込んでいるわけですね。

ところが今、新たなパラダイムが起きていると感じます。アンドリーセンの言葉を援用するならば、2020年くらいから”Value chain empowered by technology is eating the world”になるのではないでしょうか。

技術革新が進んで通信規格も5Gになれば、全ての産業でIoT化が一気に進むはず。産業界や自動車業界では、例えば産業向けIoTプラットフォーム「Predix」を展開するGE、自動運転技術の開発に取り組む「Mobileye」を傘下に収めるインテル、自動運転車を製造するテスラなど、一部の企業が存在感を発揮しつつありますが、他の分野に目を向ければまだ大いに余白があります。

例えば農業なら、農作物や作業者、気候、土壌、市場といった実世界の状況をセンシングで把握し、得られたデータを通信網に乗せてビッグデータで解析、さらに利活用サービスや制御システムへとつなげて実世界に価値をもたらすという、バリューチェーンの革新が期待できます。同じことがエネルギーや健康サービスの分野でも進むことでしょう。

2020年以降、5GとIoTによるビッグデータ処理にエンパワーされたテクノロジーが世界を飲み込む時代がやってくる。そのパラダイムで盤石の地位を築くプレーヤーはまだいません。日本はセンシングや制御系の基幹技術が強いですし、コアの技術を他の技術と統合するオペレーションにも長けている。いわばハードとソフトを組み合わせる力を併せ持っているわけで、日本企業の勝機はここにあると思います。

WEB限定コンテンツ
(2019.1.23 千代田区にて取材)

text: Yoshie Kaneko
photo: Kazuhiro Shiraishi

KDDIの3階部分の拡大の一例として田所氏が挙げるのが、2017年のIoTスタートアップ「SORACOM」の200億円ともいわれる巨額買収だ。「自社のロードマップを描いたときにIoTプラットフォームが必要だということでなされた判断。長期的な思考に基づいたM&Mというわけです」(田所氏)。

田所雅之(たどころ・まさゆき)

1978年生まれ。大学を卒業後、外資系のコンサルティングファームに入社し、経営戦略コンサルティングなどに従事。独立後は、日本で企業向け研修会社と経営コンサルティング会社、エドテック(教育技術)のスタートアップの3社、米国でECプラットフォームのスタートアップを起業し、シリコンバレーで活動した。日本に帰国後、米国シリコンバレーのベンチャーキャピタルのベンチャーパートナーを務めた。また欧州最大級のスタートアップイベントのアジア版、Pioneers Asiaなどで、スライド資料やプレゼンなどを基に世界各地のスタートアップ約1500社の評価を行ってきた。日本とシリコンバレーのスタートアップ数社の戦略アドバイザーやボードメンバーを務めながら、ウェブマーケティング会社 株式会社ベーシックのチーフスラテジーオフィサーを務める。2017年、株式会社ユニコーンファームを設立。 作成したスライド集『スタートアップサイエンス2017』は全世界で約7万回シェアという大きな反響を呼んでいる。‎著者「起業の科学」は発売以来、Amazon経営書74週連続売り上げ一位を継続している。‎

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