Innovator
May. 20, 2019
会議室の「余剰」と「不足」をマッチングするシェアサービス
場を開放して、誰もが能力を発揮できる社会へ
[内田圭祐] 株式会社スペイシー 代表取締役/CEO
僕らが運営するスペースのシェアサービス「Spacee」(スペイシー)では、会議室を1時間500円くらいからの低価格で提供しています。中には1時間100円で利用できるところもあります。
取り扱っている会議室は全国で約5,000室。会員数は18万人、月間予約数は約2万件で、これまでの利用者(予約者)数はのべ約300万人に上ります。
遊休スペースをシェアするため、安く提供できる
スペイシーにはミーティング、デスク作業、イベントなど、さまざまな用途で使えるスペースが揃っていますが、一番多いのは6~8名で使える20平米弱の会議室でしょうか。多くの物件で、ホワイトボード、デスク、チェア、電源、Wi-Fiなどが完備されています。
一般的な貸会議室は1時間3000円くらいするので、価格の安さは大きな強みです。また、スマホから予約できる利便性も売りですね。会社の会議室が足りないときや、外出先で急な打ち合わせが必要になったときも気軽に使えます。
安さの秘密は、企業内の使われていない会議室や、カルチャー教室などの空きブースを活用していることにあります。遊休スペースをシェアするため、安く提供できるのです。
株式会社スペイシーは、スペースマッチングサービス「スペイシー」の企画・開発・運営を行っている。2013年10月設立。2016年4月には、世界最大級のベンチャーキャピタルの日本国内ファンド「500 Startups Japan」による日本第一号の投資先となった。
https://www.spacee.jp/
事業変化に合わせた柔軟なオフィス運用ができない現実
会議室に比重を置いて提供しているのは、ビジネス的な戦略に基づいてのことです。スペースのシェアリングでは会議室やミーティングスペースが最も利用頻度が高いんですね。ワーカーが仕事で使うことが多いですし、語学のレッスンや趣味の集まりなどでも需要があります。ですから、そこを取りにいけばマーケットの形成が期待できるのではないかと考えました。そういう戦略がまず1つあります。
もう1つ、そもそも自分たちの会社で柔軟に使える会議室がほしかったという、切実なニーズがありました。
スペイシーの前に創業した会社で、太陽光発電の見積りサイトを開発・成長させて、後に事業を売却したという経緯があるんですけど、事業規模の変化に合わせてオフィスの広さをフレキシブルに変えられないことが悩みでした。
最盛期は30人くらい従業員がいて、オフィスも50平米くらいはあったのかな。でも終盤には人員が4人となり、そうなるとスペースが大幅に余ってしまいました。賃料がもったいなくて、せめて余剰スペースだけでも貸せたらいいのにと、思ったことがあったんです。
スペースを持て余す企業とスペース不足に悩む企業、どちらも多い
ところが、その事業を売却後、新しい会社を立ち上げるための拠点としてマンションのワンルームを借りたら、今度は狭くてですね(笑)。事業構想に向けて外部と打ち合わせをしようにも場所がない。仕方なくカフェに行ったら、狭くてパソコンが開きにくいし、隣の人にも話の内容が丸聞こえでやりづらいんです。
ふと窓の外を見たら、カフェの隣の居酒屋は誰もいない全くの空きスペースなんですよ。「あそこを今使えたらなあ」と思ったとき、遊休スペースを時間で切り分けてシェアするプラットフォームを作ってはどうだろうとひらめきました。
スペースが余って困った経験と、必要なスペースがなくて困った経験の両方から、マッチングサービスには需要がありそうだと直感したわけですが、例えば事業部が移転してワンフロア丸々使わなくなったけれども、賃貸契約の関係で家賃を払い続けているといったケースはざらにあるでしょう。
ビジネスは1年後にどうなるかわからない流動性があるけれども、不動産は長期契約が主流で柔軟な運用が難しい。オフィスの余剰スペースを持て余す企業とオフィス不足に悩む企業、実はどちらも多いはずで、これはビジネスにできそうだと考えたわけです。
それが2013年の夏ごろですね。当時、Airbnbは日本で今ほど浸透しておらず、ちらほら名前が聞かれるようになった程度でしたけど、アメリカでは急成長していましたし、これの会議室版と考えればいけるんじゃないかという期待もありました。それでスペース貸しの事業で行こうということで、スペイシーという社名で会社を立ち上げました。2013年10月のことです。
手軽に借りられる場があって、初めて物事が動き出すことも
会社は作ったものの、事業の細部や予約システムの要件はまだ不透明なままでした。そこで、実証実験のつもりで、自分たちのオフィスの夜7時以降と土日の終日を貸し出すことにしたんです。値段は1時間1000円。相場の3分の1ということになります。
広告は打たず、販促といえばネット上の簡単な紹介や現地の立看板くらいでしたけど、利用者はどんどん増えていきました。用途は、英会話レッスン、ビジネス企画のブレスト、カルチャー教室、セミナー、趣味仲間の集まりといったところが多かったです。みなさん「安い」「気軽に集まれて助かる」と大好評で、2カ月目には賃料13万円に相当する額を稼ぎ出すほどにまでなりました。お客さんに喜ばれる上、こちらも賃料が相殺できた。これは確かに可能性があると手応えを得ました。
ブレスト会議をした方々は、それまでは居酒屋で集まっていたそうです。でも、酒代が高くつくし、アルコールが入るので集中しづらかったとおっしゃっていました。ところが、僕らのオフィスならホワイトボードもあるし、お酒も飲まずに済むし、話が進んだと喜ばれました。
また、趣味仲間の方々の集まりでは、場所の費用がネックになってそれまで会合が開けなかったそうです。しかし僕らのスペースを見つけて、久しぶりに顔を合わせられたとのこと。手軽に借りられる場があって初めて物事が動き出すという、そもそもの需要を生み出すことにもなるんだなと、こちらとしてもいろいろな発見がありました。
平日の日中の需要も確かめるため、雑居ビルの15平米ほどのワンルームを1室借りて、そこを貸し出すということもしてみましたが、これもやはり上々の成果となりました。賃料は8万円でしたけど、1時間1000円でレンタルしたら月20万円くらいの売上を上げるようになったんです。格安のスペースレンタルにニーズがあるはずという直感の正しさが、こうしたトライアルで裏付けられました。
そこで本腰を入れて事業開発に取り組み、スペースマッチングのプラットフォームというスペイシーのビジネスモデルに至ったわけです。ビルオーナーが手持ちのスペースをスペイシーに登録し、利用者はスペイシーに会員登録して、希望に合ったスペースをスペイシーを通じて予約、その際に施設利用料をスペイシーにお支払いいただきます。集客・集金を我々が行うのでビルオーナーのリスクを低減できますし、利用者はスマホを通じて手軽にスペースを予約できます。利用料に含まれる手数料が我々の収益となる仕組みです。
シェア市場形成の初期段階だからこそ
〝未来の価格〟で提供していくことが重要
創業当時と比べると、スペースのシェアリングという概念は普及してきましたし、市場も拡大して同様の事業がちょこちょこ出てきた感もありますが、まだ潜在需要は少ししか満たせていないし、開拓の余地も大きいと思います。そういう意味では、当時と状況はそれほど変わっていないともいえますね。
社会の仕組みや人々の意識が変わらないと、手持ちの遊休スペースを他の人と共有するというシェアリングの本質に踏み込むのは難しいでしょう。自社のスペースを他人に貸すには、賃貸契約やコンプライアンスの面でハードルが高いですから。
ただ、そうはいっても現状は登録物件数も利用者数も伸びていますから、需要の掘り起こしや市場の拡大には確実につながっていると思います。今はマーケットを作っていく初期の段階なので、僕らの事業ではよその会社が会議室を貸してくれたときの〝未来の価格〟で提供していくことを意識しています。
市場が拡大していく中で、IoTの発達やセキュリティの強化が進み、信用がシステムで担保されるようにもなるでしょう。すると徐々に企業の会議室も開放されていくと思います。本質的な意味でのシェアリング市場は、そういう流れの先に自然と育まれてくるのではないでしょうか。
誰もが能力を発揮できる社会になればいい
僕らがまず目指しているのは、安く使える場所を提供すること。そのために、空いているスペースを有効活用するんです。トライアル時に出会ったお客さんのように、今まで場所代がかさむためにできなかった学びや会合ができるようになって、結果として新しい企画を生み出すとか、人が何かに向かって第一歩を踏み出していく。そのきっかけになれたらという思いが常にあります。
世の中を驚かせるイノベーションも、あるいは小さな改善や創発にしても、たいがいは誰かと誰かの話し合いから生まれてくるもの。その入口の場の設定が安価になることでアイデアの行き来が増えれば、社会はより進展するでしょうし、個々人の持ち味をより発揮しやすくなる環境も整うでしょう。アイデアがよりよく出て、互いに創発し合える社会を作りたいというのが僕らの主眼なんです。
太陽光発電の見積りサイトを開発するよりもずっと前、そもそもの起業の動機は教育版YouTubeのようなプラットフォームを作って、教育を無料で受けられるようにしたいと思ったことにありました。インターネットを通じて教育の垣根を下げることで、誰もが自分の能力を発揮できる機会が得られるんじゃないかという発想です。太陽光発電の事業はその資金を得るための足掛かりだったんです。
「教育」と「会議室」では一見つながりがなさそうに見えますけど、僕らの事業の底流には、誰もが能力を発揮できる社会になればいいという思いがずっとあるわけです。
社会資源の有効利用と不動産価値の最大化をもたらす
将来的にはスペースのシェアはより促進されていくでしょう。例えば、このオフィスも夕方5時に社員が書類や私物をセキュリティボックスに片づけて退社したら、後は地域に開かれた環境になり、パソコンもセキュリティをかけることで他人が使えるようになるかもしれません。日中はビジネスマンが使って、夜は子どもが学習で使ってもいい。そういう状況が遠からずやってくると思うんですね。社会的に見ればその方が効率がいいはずなので。
ある程度の規模の都市なら、たいてい駅前にビルがあって会社が入居していますよね。一方で英会話などの習い事教室もある。会社の就業時間は6時くらいまでで、習い事は6時以降だったりするので、両者で場所を共有すれば賃料がお互い半分になるし、スペースをフル活用されるとビルのオーナーも収益を上げられて、いいことずくめです。
スペースのシェアは社会資源の有効利用という点から見ても、また不動産価値の最大化という点でもメリットをもたらしますから、市場は自然と拡大していくはず。市場拡大はまだ序の口であると僕が考えるのは、それだけ潜在需要が巨大であると見ているからです。
テクノロジーを活用し、貸す側に安心できる環境を提供する
セキュリティやコンプライアンスが強化されている昨今、部外者はビルに入れないというのがオーナーの基本姿勢です。それは部外者の身元が簡単に保証できないからであって、テクノロジーの進展はいずれここに風穴を開けることになるでしょう。
例えば、ビルの入口にカメラと入場ゲートを設けて、顔認証などで信用を担保できるようになる。そうすると誰もが自由に建物に出入りできるようになります。今はそれができないので、シェアの進みが遅いという面もあると思います。
ただ、顔認証はすでに技術的には可能です。将来、さらにIoTが進化すれば、顔認証と入場ゲートの連動はもちろん、スペイシーのデータベースと連携して、予約した人だけビルに入れるとか、予約した部屋のフロアにエレベーターが自動で移動するといった仕組み作りも考えられます。初期投資はかかりますが、オフィスが活用されて収益を生むので、ほどなく回収できるのではないでしょうか。
テクノロジーを活用して、貸し出す側に安心できる環境を提供することが、スペースシェアリングサービスのさらなる拡大の鍵といえるかもしれません。
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(2019.3.5 千代田区のスペイシーオフィスにて取材)
text: Yoshie Kaneko
photo: Ayako Koike
Airbnbにしても、自宅の一室を貸している人は実は少ないと内田氏は指摘する。「自宅とは別に部屋を借りて、それをホテルとして貸し出しているケースが多い。いってみれば不動産投資ですね。シェアのマインドというより金融的な力が働いて民泊が増えているんです」。
スペイシーの物件でも、会社員がワンルームを借りて、副業として安く貸し出しているところがあるという。
内田圭祐(うちだ・けいすけ)
1980年生まれ。関西学院大学 総合政策学部卒業。2004年より株式会社リクルートスタッフィングにて法人営業を担当。2009年、株式会社アイデアマンを設立。太陽光発電の見積りサイトを成長させた後に上場企業へ売却。2013年10月に株式会社スペイシーを設立。