Foresight
Jun. 10, 2019
デジタルワークプレイスを推進する「ジェリービーン・ワーキング」
テクノロジー依存世代を惹きつける、多様性のあるオフィス
[フィリップ・ロス]Cordless Consultants & Unwork CEO、未来学者
2019年4月4日、虎ノ門ヒルズフォーラムにて、働き方やワークプレイス、不動産、テクノロジー、イノベーションの未来を探るフォーラム「WORKTECH(ワークテック)19 Tokyo」が開催された。
本稿では登壇者の一人、フィリップ・ロス氏のプレゼンテーションを紹介する。
時代の変化に伴って、ワークプレイスもまた大きく変わろうとしています。私はその未来像を、豆の形をしたカラフルな砂糖菓子になぞらえて「ジェリービーン・ワーキング」(Jelly Bean Working)と呼んでいます。
ワーカーの行動、ワークプレイスの物理的条件、デジタル技術という3つの要素が、これからの働き方を左右します。ジェリービーン・ワーキングはこれらが一体となる次世代の働き方です。そこではワーカーの選択肢が増え、ダイバーシティが実現します。さまざまな個性がひしめくさまは、まさに色とりどりのジェリービーンに重なります。
ワーカーのエンゲージメントを維持できるワークプレイスへ
ジェリービーンはまた、ワークスタイルに関する多様な構成要素を示唆するものでもあります。我々が将来どのように働くかについて、「Culture(文化)」「People(人々)」「OD(組織開発)」「ICT(情報通信技術)」「Location(立地)」「Smart(スマート性)」「Brand(ブランド)」「Real Estate(不動産)」という8つのジェリービーンが方向性を指し示してくれるでしょう。
Cordless Consultants社はワークプレイスに関するテクノロジーとイノベーションにフォーカスしたコンサルティング会社。1994年設立。
https://www.cordlessconsultants.com/
Unwork社は働き方の未来についてリサーチや研究を行っている。
http://www.unwork.com/
両親や祖父母の時代から、人々の多くは会社に出勤し、自席に陣取って仕事をしてきました。今も同じ光景があちこちで見られます。しかし、そのスタイルは果たして最適なのでしょうか。ギャロップが行ったオフィスにおけるエンゲージメント(思い入れ)調査では、77パーセントのオフィスワーカーは仕事に愛着を抱いておらず、15パーセントは業務に希望を見出せず、キャリアが長続きしないといいます。これはグローバルな潮流であり、オフィスの刷新は世界的な課題なのです。
一般的にオフィスの家賃は高いので、狭いスペースに多くの人が押し込まれがちで、それが不幸を招く一因にもなっています。10年くらい前にはシリコンバレーのテック企業で在宅勤務が奨励されたこともありますが、現在はオフィスに回帰しつつあります。ワーカーが同じ場所にいるからこそ生まれる価値もあるし、自宅では子どもが仕事の邪魔をすることだってあるわけですからね。
多くの人が集いながらも、個々のワーカーのエンゲージメントを高く維持できるオフィスをどのように構築すべきか。多くの企業が新たなビジョンを求めているのです。
縦割り構造を破壊し、流動性の下に再構築する
ワークプレイスのデザインと密接に関わるのが、組織の設計です。
アフガニスタンやイラクなどの紛争地で米軍司令官を務めたスタンリー・マクリスタル氏は、陸軍のマネジメントを変えました。その内容をしたためたのが『TEAM OF TEAMS』* という本です。この中で彼は、効率を追求するだけでは組織としては不十分であり、絶え間なく変化する状況に適応することが大切だと説きました。縦割り構造を破壊し、流動性の下に再構築すること。これは企業組織にも通じる話です。
イギリスのジャーナリストであるジリアン・テット氏は著書『サイロ・エフェクト――高度専門化社会の罠』(文藝春秋)で、縦割りの払拭に成功した企業の1つとしてソニーを挙げています。ソニーはかつて強固な縦割り状態にありました。その結果、アップルに後れをとることになってしまった。しかしながら、データを活用することで仕事の仕方を変え、その結果、業績の回復も果たしました。
社員の行動をデータ化するソフトの1つがVoloMetrixです。誰が誰にEメールを送ったかをトラッキングすることで、チームとしてのまとまりを可視化できます。例えば、違う階に座っている人同士でも、メールのやりとりが多ければ、事実上のチームであると判断できる。そういう人々をまとめて配置すればミーティングや会議の時間が減らせます。
Microsoftはこの事業を買収し、Workplace Analyticsと名前を変えてOffice 365に搭載しました。ダッシュボードから共同作業のパターンや生産性などが把握できるので、組織図に基づいた働き方ではなく、流動的なチームをベースにした働き方へのシフトを促します。こうしたテクノロジーの進化は、未来の働き方に大きな変化をもたらします。
デジタルに依存する〝ジェネレーションZ〟
オフィスビルはソーシャルネットワークを拡大する場になります。例えば、ロンドンのマッコーリーバンクのビルは、人を分けることより集めることに焦点が当たっています。スティーブン・ジョンソンは著書『Where Good Ideas Come From』** で、イノベーションは隣接可能性から来ると説いています。人を集めること、会議を排除することがイノベーションには必要だというのです。
デジタル世代の台頭も見逃せません。2000年以降に生まれ、教育や遊びの環境がデジタル化された時代に育った〝ジェネレーションZ〟の子どもたちは、デジタルに依存した生活を送っています。もはやデジタル志向がDNAに刷り込まれているといっていい。彼らは大人になればデジタルなワークプレイスを求めます。そこではペーパーレス化が徹底され、同僚のいる場所を知るためにスナップチャットのようなアプリを活用することになるでしょう。
テクノロジーによって、ワークプレイスは革新されます。ほとんどのデータはクラウド上にアップされ、仮想化、テクノロジーのバーチャル化がもたらされます。この動きはすでにポータブルデバイスに見て取れます。その中心がスマートフォンで、変化の推進力になるでしょう。新しいワークプレイスでは、デスク上の固定電話はなくなり、タブレットに自由に書き込みができるデジタルキャンバスもさらに浸透するはずです。
偶然の出会いを誘発するアプリが仕事のやり方を変える
こうした環境にフィットするのがジェリービーン型のワークスタイルであり、それを推進するアプリということです。
例えばアプリ画面にはメンバーの顔と名前が一覧化され、誰とドキュメントを作成しているかといった協働の状況が分かります。手が空いているとか忙しいといった相手の作業状態も色で識別できるので、コミュニケーションもしやすくなるでしょう。通信の5G化もデジタル化に拍車をかけます。これから数年かけて、この変化はかなり大きなものになると思います。
(ロス氏提供の図版)
「WORKTECH19 TOKYO」の会場の様子。
* 『TEAM OF TEAMS』
邦訳も同名(日経BP社)。
** 『Where Good Ideas Come From』
邦訳『イノベーションのアイデアを生み出す七つの法則』(日経BP社)。
フランスでは「NeverEatAlone」という、企業内でランチ仲間を紹介するアプリが生まれました。アプリを介して面識のない人とつながることでセレンディピティを生み出し、優れたアイデアの創出を促すことにもなるでしょう。このアプリではカーシェアやランチ、会議室の予約などもできます。
ドイツでは「Mystery Lunch」というアプリも登場しました。アルゴリズムを駆使して、ユーザーのビジネスに役立ちそうな人をピックアップして、ランチを共にすることを提案するのです。こうしたアプリを構築している企業は増えており、新たな仕事の仕方の1つとして確立していくと思われます。
デジタル化したビルはイノベーションの源泉となる
オーストラリアのウエストパック銀行でもアプリを活用しています。空いているデスクが分かるだけでなく、チームメンバーがビル内のどこにいるかという情報も得られます。位置にまつわる情報は、将来のオフィスにとって非常に重要な意味を持ちます。
世界的に注目すべきスマートビルといえば、ダブリンにあるアクセンチュアの「The Dock」です。ミレニアム世代の多くは、収入よりも職場環境を重視するという調査結果が出ていますが、まさにそうしたニーズに即したソフトウエアを備えたビルです。
例えば、アプリに「アナリスト」と打ち込むと、手の空いているビル内のアナリストがピックアップされます。この案件にどの程度役立つかというスキル適合性も星の数で評価され、相手の位置情報も得られます。
こうしたアプリは意思決定をスムーズにし、ビジネスのスピードを加速させます。すなわちイノベーションの貴重な源泉となるのです。ビル全体をデジタル化することは、デジタル依存世代を受け入れ、彼らに活躍してもらうために必要なことなのです。
コラボレーションのための新たな会議空間が生まれる
会議室もまたテクノロジーとの統合で進化していきます。
例えば、MicrosoftのSurfaceを使って2人が仕事をしているところに他のメンバーが加わると、そのやりとりはSurface上で共有することができます。全員が1つのチームとして協力する体制をスムーズに敷くことができるわけです。オフィス、デスク、テクノロジー、会議室といった種々の要素の境界線はどんどん曖昧になっていきます。
メンバー同士の協働の仕方も変わっていきます。バルセロナに本拠地のあるIESEビジネススクールではビデオ講義を採り入れています。生徒たちはお互いを見ることができ、講師も同時に全員を見ることができます。人々の絆を強化するこうした仕組みがビルには必要になってきます。テナント間で共有するという選択肢もあるでしょう。テクノロジーが進むにつれて、コラボレーションのための新たな空間も生まれてくると考えられます。
MicrosoftはSurfaceを進化させています。まもなく発売されるバージョンではオフィスでのコラボレーションを重視しています。AIを導入し、バイオメトリックスによる認証、議事録のリアルタイムでの自動生成といった機能を実装します。会議の空間に大きな変化が起こることは間違いありません。
(ロス氏提供の図版)
勇気のある会社は、モバイル機器を駆使して
スペースの流動性の高い職場へ跳躍する
働き方の未来について考えるとき、オフィスビルの半分は稼働していないという現実を踏まえる必要があります。全ての部屋、全ての設備が24時間使われているわけではありませんよね。デスクも平均的に見て半分は稼働していない。しかし一方で、会議室やコラボレーションのための部屋は足りていません。このアンバランスを我々はどうとらえるべきでしょうか。
オフィスのスペースと一口に言っても、会話ややりとりに使う部屋か、それとも集中するための部屋かで求められる構造が変わりますが、これからは開放された空間と閉鎖された空間が混在していくことになると思います。例えば、片側に集中や熟考を促す閉鎖されたスペースがあり、反対側にコラボレーションやコミュニケーションのためのオープンなスペースがある。イメージとしては次のような形です。真ん中にあるアクティビティベースドクラスタは、先ほどのMicrosoft Surfaceのコンセプトにつながります。
ワークスペースの4類型は以下の通りです。オフィスの進化のプロセスは、一般的には左下の「伝統的なオフィス」からスタートします。次にモバイルを活用することで右方向へ進むか、「アジャイルなワークプレイス」を実践するか、あるいは上方向へ進んでチームベースの職場へ移行していくことが多いですが、本当に勇気のある会社は右上にいきなり行きます。モバイルを駆使してスペースの流動性の高い職場へと変身するのです。今後数年間はアプリがこの動きを牽引するでしょう。
(ロス氏提供の図版)
新しいフォーマットが将来のワークスペースを定義づける
ニューヨーク、ハドソン・ヤードの開発地区は、レジャー施設、レストラン、ホテルなどを抱える民間では北米最大の開発エリアです。ここに入居した最初のテナントの1つはボストン・コンサルティング・グループ(BCG)でした。目的はスターバックス世代を引きつけること。前の拠点のパーク・アベニューとは空間の様相が全く異なり、大きなカフェがあり、テクノロジーをみんな持ち歩きます。誰も固定デスクを持たず、リラックスして働くことができます。
BCGは社員同士の出会いを演出するため、オフィスの床を吹き抜けにして大きな階段を造りました。狙いは的中し、働き方に大きな変化をもたらしましたし、不動産コストも32パーセント削減できました。
西海岸のAirbnbのオフィスでは、ペットの犬と一緒に通勤できます。オフィスの内装は、コロラドのキャビン、シドニーのコーヒーショップ、タヒチの小屋など、さまざまな場所をイメージしたデザインで、豊かなキャンバスのようです。社員の半分がモバイル、もしくはアジャイルの働き方をしていることもあり、独特の雰囲気を醸し出しています。
銀行もオフィスの刷新に乗り出しています。ロイヤルバンク・オブ・スコットという英国最大級の銀行は、サンフランシスコの拠点にロケットスペースを導入しています。ロケットスペースはUberがスタートしたインキュベーターで、銀行のビルの中にインキュベーターがいて、銀行がフィンテックの投資先を見つけるのに役立ちます。
サンフランシスコのザ・バッテリーというフィンテックのスタートアップ向けのクラブも人気ですし、コンサルティング会社のKPMGもクライアントやパートナー向けにクラブを開設しています。KPMG の方は3万平方フィートの広大な敷地にホテルのような建物があり、日に1万4000人が訪れます。会議や食事ができますが、デスクはありません。こうした新しいフォーマットは将来のワークスペースを定義づけることになるでしょう。
魅力的なワークプレイスで次世代の優れた人材を確保
最良のトレンドを考えるためのいい事例がオーストラリアのシドニーにあります。非常に大きなオフィスの集積地です。プライスウォーターハウスクーパースやKPMG、デロイト、アクセンチュア、マッコーリー銀行といった企業が隣接していて、アクティビティベース、あるいはアジャイルな仕事の仕方をしています。
先ほど話したウエストパックのような大手銀行でも、アクティビティベースドワーキングを導入しています。みんなラップトップを使って、レストランでもどこでも仕事ができます。イノベーションのための空間もあり、チームにとって最適なものをコンシェルジュが案内してくれます。アメニティやウェルネスもカバーされ、多様性も担保されています。
ジェリービーン世代は、人生やワークプレイスに求めるものが他の世代と違いますし、テクノロジーも加速度的に進化していきます。デジタルな職場を求めるワーカーのニーズと技術の進歩が、この流れを後押ししています。
データサーバーやさまざまな装置は今やクラウド上に置かれるようになりましたし、スマホを始めとするモバイル機器やアプリが中心となって、オフィスでのユーザーエクスペリエンスは根底から変わりつつあります。オフィスデザインは洗練されると同時に、床面積の低減によりコスト削減にも役立ちます。
私のお気に入りの職場はアディダスのドイツのオフィスです。デジタル環境が整備され、あらゆるものがシームレスにつながり、同時にリアルなコミュニケーションも活性化される。仕事をする場所の選択肢が豊富に用意されています。魅力的なワークプレイスを体現している会社こそ、次世代の優れた人材を確保することができるのです。
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(2019.4.4 港区の虎ノ門ヒルズフォーラムにて取材)
text: Yoshie Kaneko
photo: Kazuhiro Shiraishi
(ロス氏提供の図版)
フィリップ・ロス(Philip Ross)
Cordless Consultants & Unwork CEO、未来学者。テクノロジーが仕事やワークプレイス、人々の生活に与える影響について、研究活動やコンサルティング業務などを行っている。Ernst & Young、Allen & Overy、McKinsey & Co、Cushman & WakefieldやRoyal Bank of Scotlandなどと連携し、未来の働き方について研究を重ねてきた。the Wall Street Journal Europe CEOフォーラムや、米国alt.office、北京とメルボルンのCorenetのグローバルサミットなど、世界中の会議でも講演実績を持つ。著書に『The Creative Office』『The 21st Century Office』『Space to Work』(いずれもジェレミー・マイヤーソン氏との共著)など。