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元煙草工場の文化基地が
台北のクリエイターを惹き付ける

[松山文創園區]Taipei, Taiwan

ここは「文創」を掲げる台湾のクリエイティブ・ハブ。松山文創園區は、クリエイターの事業を発想、教育、スペースなどさまざまな面からサポートする施設だ。

もとは、日本統治時代の1937年に創業された、煙草工場の跡地である。最盛期には2,000人以上の工員が働いたが、煙草生産量の減少にともない、工場機能は郊外に移転することに。空いたスペースの用途を台北市政府が検討し、出した答えが松山文創園區なのである。

施設の1階は、年間500万人ほどの入場者にクリエイターたちの作品を紹介する展示会場やギャラリー、セレクトショップ、図書館など。2階はオフィス、スタジオ、劇場と、クリエイター自身が利用する。

松山文創園區は、今の姿に至るまでに3つの事業フェーズを経ている。第一にクリエイティブ・ラボ。大型の倉庫空間が並び、展示会やパフォーマンスにも適したこの場所で、大胆な実験や創作にトライした。「パフォーミング・アート、ビジュアル・アート、ニューメディアまたはテックの要素が混合されたパフォーマンスが多く作られました」と、運営にあたるジャスミン・ジョウ氏は語る。第二に人材育成。クリエイター向けの講座を開催し、プロモーションや展覧会にも力を入れた。

松菸創作者工廠(ソンシャン・クリエイティブ・ハブ)は、第三の事業フェーズとして2016年12月に立ち上げられたものだ。


前身は1937年に設立され、1998年に稼働が止まった煙草工場。
2001年に台北市によって市指定旧跡に指定された。敷地は6万6,000㎡と広大。

  • デザインライブラリー「Not Just Library」。デザイン、アートに関する雑誌や書籍が取り揃えられている。80台湾ドルを支払うことで一日中過ごすことができる。ギャラリーも併設。

  • 創業間もない企業向けに提供されているアトリエ「松菸創作者工廠」。空間中央に高台が延びている。高台から階段を降りて各アトリエへ。クリエイターを支える「プラットフォーム」のイメージだという。

  • 松菸風格店家では、主に施設内で作られたものが販売される。松山文創園區がプロデュースあるいはセレクトした台湾発のプロダクトも並ぶ。

  • 池のほとりにある閱樂書店と休憩スペース。週末ともなれば市民でにぎわう。閱樂書店

  • 敷地内には、台湾を代表するライフスタイルカンパニー「誠品」グループのデパートや、オフィス、ホテルが入居する臺北文創大樓がある。

  • 松菸創作者工廠のエントランス。打ち合わせやイベントなどに使用。クリエイター交流プログラムで来訪した海外のクリエイターはここを固定席として使う。

  • エントランス脇の受付スペース。各空間には24時間アクセス可能だ。

  • アトリエとアトリエの間はカーテンで仕切れるようになっている。

  • 昼頃から出勤し、深夜まで作業を続けるクリエイターが多い。入居は2年間の期限つき。条件を満たせば3年まで延長が可能。

力や資金に乏しいクリエイターを育てる
松菸創作者工廠

松菸創作者工廠が担う役割は3つ。コワーキングと共同エリア、そしてメーカー・スペースだ。コワーキングは仕切りを設けず広い空間をそのまま使う。共同エリアはクリエイターたちの休憩や、ミーティングに利用。メーカー・スペースには電気窯やレーザーカッター、3Dプリンターなどを設置。世界を席巻したメーカーズ・ブームは、台湾にも届いていた。

「今までクリエイターたちがプロトタイプを作るには、遠い工場に行かなければいけませんでしたし、生産数量が少ない場合、工場側が引き受けない可能性もありました。こういった工作機械があれば、クリエイターがプロトタイプを簡単に作れ、少量生産も可能になります」

空間のデザインコンセプトは「みんながテーブルで一緒に作業するイメージ」。空間中央に大きなテーブルがまたがる形とした。その両脇にクリエイターのワークスペースが配されている。コワーキングスペースには現在18のスタートアップが入居している。彼らは24時間出入り自由だ。「松山文創地区に相応しく、木工、金工、陶器、ガラスなどのチームを選びました」

松菸創作者工廠が育てようとしているのは、素晴らしい才能を持っていながら会社を大きくする力と資金に乏しいクリエイターだ。例えば、筋萎縮性側索硬化症協会のために商品を開発しているチーム。この病気の患者の息が描く模様をプリントアウトしたガラスを販売し、募金集めに貢献しているという。またHybridiseというデザイナーは、竹、藤、木を素材に作品を作る。いずれも人数は4人以下、設立年数は5年以下が条件だ。一つひとつのチームは小さくても、この場所のリソースを活かすことで、世界でも注目を集められるブランドにまで成長してほしいと願っている。


松山文創園區
執行總監
ジャスミン・ジョウ

  • イベント・スペース。主に来訪者向けのプレゼンテーションに利用される。経理、ブランディング、法律、ファンドレイジングなどの無料講座も頻繁に開かれる。

  • 工具室。電気窯、レーザーカッター、3Dプリンターなどが利用できる。電気代は専用のプリペイドカードで支払う。カードをコンセントに差し込むと電気が使用できる仕組み。

  • 表に出ている表札。空間全体のマップも兼ねている。

  • 入居するクリエイターの手によるプロダクトの1つ。これは、卓上で使えるようコンパクトに作ったホコリ取り。

  • これもプロダクトの1つ。筋萎縮性側索硬化症の患者がコップに吹きかけた息をプリントアウトしたもの。

クリエイターに国際化を意識させるため
国際交流プロジェクトを進める

松菸創作者工廠の役割は場所を提供するばかりではない。教育面からも支援しようと、ブランディング、マーケティング、はては経理、法律、資金集めなどに至るまで、無料講座を開いている。あるいは東京やバンコク、ペナン、マカオ、ソウルへの海外出展、百貨店の販売ルートの紹介などのサポートも。昨年と一昨年は、日本の百貨店を多く回ったという。能力向上と販路の開拓、この2点は、彼らが特に力を入れているところだ。

国際交流プロジェクトも進む。1つの都市と1つの組織を選び、交流を行うというプロジェクトだ。最初は、日本の「Makers’ Base」のクリエイターに1〜2カ月滞在してもらい、翌年には台湾のクリエイターが日本に滞在。こうした交流を繰り返す中で、新しい視点のデザインや製品、展覧会を生み出すことが狙いだ。

今年もマカオやタイとの交流が行われ、今後はイギリス、マレーシア、シンガポールとの交流が検討されている。このプロジェクトを通して、台湾のクリエイターは海外に作品を届けるチャネルを増やしていくことだろう。

ジョウ氏は「台湾のクリエイターに力を入れてもらいたいのは、製品にグローバル性を入れること」だと語った。

「デザインにローカルな要素を取り入れるのはもちろんいいことですが、最初からグローバルマーケットに目を向け、より国際化を意識してもらいたいです。台湾のクリエイターたちはみんな、能力が高い。デザインだけではなく、材質選びや制作においても、オリジナリティを持っていますし、ローカルな要素もうまく取り入れています。あとは、国内だけではなく海外でも注目が集められるよう、私たちがサポートしたいですね」

コンサルティング(ワークスタイル):N/A
インテリア設計:Whole + Architects & Planners 十禾設計(Songyan Creative Hub)
建築設計:N/A

text:Yusuke Higashi
photo:Kazuhiro Shiraishi

WORKSIGHT 14(2019.1)より

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