このエントリーをはてなブックマークに追加

コワーキングを「媒体」に持続可能な
コレクティブ・インパクトを目指す

[CIT]Taipei, Taiwan

Plan bは、これまで「持続可能な発展」を理念に国内外の大手企業をサポートしてきたグローバルなコンサルティングファームだ。その同社がスペース部門を立ち上げたのは、約2年前のこと。自社で培った方法論が社会課題の解決にもアプローチできるのではないかと考えたことに端を発する。

「IDEOが、もともと工業デザイン分野で使用していたデザインシンキングを他分野に活かしたのと同じです」とは創設者の1人である游適任(ユー・シーレン)氏の言葉。人口の7〜8割は都市部に集中している。「ならば都市のワークスペースを私たちが変えれば、働く人たちの可能性が広がるはずです」

完成した「CIT」は一風変わったオフィススペースだ。「新築するよりも、使われていない施設から最大限の価値を引き出したほうがおもしろい」と、台北市が所有していたサッカースタジアムをコンバージョン。Plan bが大きなオフィス空間を探しているという話を聞きつけ、台北市のほうから提案してきたのだという。

CITの設計にはPlan bの多くの部門が関わっているため、Plan bのプロダクトの1つという捉え方もできる。空間構成を決めたのは同社のコンサルティング部門と企画部門だ。スタジアムの観客席の真下に広がる空間に、「混(フン)」と名づけられたコワーキングスペースやシェアオフィス、自社オフィス、イベントスペース、フリースクールなどを混在させた。ここまで企業とさまざまなファシリティが一体となっている事例は珍しい。なかでもコワーキングスペース構築にあたっては事前に入念なリサーチを行っている。世界中のコワーキングを研究し、同社独自のマニュアルに落とし込んだ。その知見は「Coworking Space Operation Manual/共同工作空間操作手冊」としてネット上にも公開され話題を呼んだ。


外観。スタジアムの名称は「エクスポ・ドーム」。観客席内部にCITは位置する。台北MRTが直結しており、利便性が良い。周囲にはのどかな公園がある。

  • オフィスの一例。天井が傾斜しているのは、サッカースタジアムの観客席の真下に位置しているため。

  • コワーキングスペース「混」の一角。奥に見えているのは個別のオフィスで、企業が入居している。ロビーとは別にコワーキング専用の入り口があり、この空間につながっている。

  • オフィス横の通路。サッカースタジアムの設備をそのまま利用しているため、空間は横長の形状となっている。

  • オフィスの一例。モバイル専門のアクセラレーター「MOX」が入居している。年2回のバッチプログラムには多数のスタートアップが参加する。

  • CITを運営する企業「Plan b」のリサーチ部門。CIT内にコンサルティング部、企画部、空間運営部など、8つの部門が散らばって入居している。

  • コワーキングスペース「混」の一角。「混」はCITを開設する以前からPlan bが運営してきたスペースだ。中国語の「混」には「Mix」の意味と「混乱(ふざける)」の意味がある。ここはリラックスしたコミュニケーションエリア。

  • キッチン。ツール類が姿置きされており、整理が容易。また調理も食事もスタンディング方式。ゆっくり食事を楽しむ文化を持つ台湾人に「早く業務に戻るように」と促す仕掛けでもある。

  • ボールが足元にばら撒かれた会議室。窓がない空間を少しでも明るいイメージに、という配慮だという。

オフィスビルとは、
社会的インパクトを与える集団のこと

「オフィスビルとは、社会的インパクトを与える集団のこと」と游氏。年に一度はスタジアムのオーナーである市政府を招き、都市課題をテーマにイベントを行うのも、そこに理由がある。CITの入居者は自分たちのお金と時間を使い、都市課題に取り組もうとしているのだ。

「私たちはみな、都市がどうあるべきか、自分たちの理想を信じています。だから業界の垣根を超えたコラボレーションも進みます」

設立以来1年4カ月が経過した段階でCITの利用者は57社、300人にのぼる。その大部分を占めるのがクリエイターやスタートアップだ。

「過去の経験から、業種も多ければ多いほどいいと思っています。同じ業界だと競争になってしまう。違う業界のほうがつながりが強くなり、コラボレーションも起きやすい」

台湾では2010年から政府機関がスタートアップを支援しており、大学を卒業したばかりの若者も数多く起業する。Plan bがスタジアムをCITに改装することが決まった段階で、入居申し込みが殺到したという。「われわれが台北市と交渉してここの賃料を安くしてもらう一方で、政府や自治体としては、1つの実績としていい宣伝になる。Win-Winの関係ですね」

彼ら入居者をPlan bが大手企業に紹介する場合もある。コンサルティングファームとしての業務が広範であり、多方面に信用が蓄積されているからこそできることだ。CITのあり方は、閉鎖的なワークスペースではなく、オープンスペースとして多様なメンバーが連携し外部に影響力を拡散していく「コレクティブ・インパクト」を目指すものだ。海外とのパートナーシップも進む。台北の姉妹都市である福岡市とも関わりが深く、福岡からの来訪者は無料でCITを使用でき、またCITのメンバーは福岡のコワーキングを無料で使用できるという。「こうしたオープンスペースは街全体にとって、大きなインパクトを与えることでしょう」


CIT
[臺北創新中心]
共同創業者
游適任


通路にあるスペース。美容師とマッサージ師が定期的にやってきてサービスを提供している。右にあるのはメンバーの情報共有用の黒板。インターン生が常に更新している。

  • エントランス。右奥が受付。大きなロビー空間ではイベントも頻繁に開催される。

  • 周辺のランチマップ。それぞれがおすすめか否かのピンを打ち、店の評価を共有する。まずは運営側が積極的にピンを打つことが利用者の巻き込みには重要だという。

  • エントランス近くの会議室。一室一室、デザインが異なる。すべての部屋に映画『マトリックス』の登場人物の名が与えられている。ちなみにこの部屋は「ネオ」。

  • エントランス奥のリフレッシュスペースの様子。休憩時間に遊べるよう、ゲーム類が置かれている。

オフィスに遊びを交えることで、
新しいアイデアが生み出される

ユーザーの創造力を刺激するためだという工夫も随所に施されていた。例えば、最低でも月3回は内装やデコレーションの一部を変えるというのが1つ。ある会議室では、卓球台を会議テーブルに使用。また、壁が壊れてもあえて修繕せず、レゴブロックで埋めてしまうなど、おもしろくあること、ほかのスペースと変化をつけることが意識されていた。自身も起業家である游氏には、昨今の入居者がスペースに期待するものを、よく理解できるようだ。

「なぜスタートアップで働く人々は、Google、Facebook、Airbnbが好きで、ワークスペースはおもしろくあるべきだと考えているのか。それは、ワークタイム8時間のうち、外回りや会議などが約半分、そして、自分の席に座っている時間がもう半分を占めているからです。彼らは、仕事をする環境を変えることで、自分たちの心境も変えたいと思っているのです。遊びを交えることで新しいアイデアが生み出される。だからFacebookも空間をおもしろいものにしているのだと思います」

コンサルティング(ワークスタイル):Plan
インテリア設計:Plan b
建築設計:Plan b

text:Yoshie Kaneko
photo:Kazuhiro Shiraishi

WORKSIGHT 14(2019.1)より


部屋の前にはキックボード用の駐輪スペースが。元スタジアムだけあってトイレまでが遠く、室内移動に活躍している。

RECOMMENDEDおすすめの記事

100年前の社交場がグローバル投資の拠点に

[Alibaba Group]San Francisco, USA

アイデアから想いを固める。それがイノベーションの着火点

[中台澄之]ビジネスアーティスト、株式会社ナカダイ常務取締役、「モノ:ファクトリー」代表

「JALフィロソフィ」を全社員の腹に落とす教育とは

[伊勢田昌樹]日本航空株式会社 意識改革・人づくり推進部 フィロソフィグループ グループ長

TOPPAGE
2022年7月、「WORKSIGHT[ワークサイト]」は
「自律協働社会のゆくえ」を考えるメディアへと生まれ変わりました。
ニュースレターを中心に、書籍、SNS、イベント、ポッドキャストなど、
さまざまなチャンネルを通じてコンテンツを配信します。

ニュースレターに登録する