Innovator
Jul. 1, 2019
クリエイティブな空間で企業文化の変容を促す「ユニクロシティ」
オフィスを横断する全長240メートルの「ストリート」
[テア・フォン・ゲルダーン]Allied Works Architecture アソシエイト プリンシパル
2019年4月4日、虎ノ門ヒルズフォーラムにて、働き方やワークプレイス、不動産、テクノロジー、イノベーションの未来を探るフォーラム「WORKTECH(ワークテック)19 Tokyo」が開催された。
本稿では登壇者の一人、テア・フォン・ゲルダーン氏のプレゼンテーションを紹介する。
アライド・ワークス・アーキテクチャーでは、株式会社ユニクロの有明本部「UNIQLO CITY TOKYO」(以下、ユニクロシティ)の設計に携わりました。
先方から依頼を受けたのが2015年10月のこと。プロジェクトのリーダーは、会長兼社長の柳井正氏と、株式会社ファーストリテイリングのグローバルクリエイティブ統括、ジョン・C・ジェイ(John C Jay)氏です。
プロジェクトの目的は、ユニクロの新たな文化を生む土台となるような、クリエイティビティとコラボレーションを促すワークプレイスをつくること。具体的には3つのポイントがあります。
第一はユニクロの本社をグローバル・コミュニティにつなげることです。グローバルな人材を呼び込むために、西欧寄りのワークプレイス環境を整備することが求められました。第二の目的は、美しい職場環境をつくり、人材に対する敬意を示すこと。第三はユニクロの従業員のクリエイティブな精神を発揮できる場をつくることです。
企業アイデンティティを訴求できるようなワークスペースへ
新オフィスの場所は有明地区で、それまで入居していた六本木のオフィスと比べると、交通アクセスや周囲の飲食店数の面でハンデがあることは否めません。2020年のオリンピックの東京大会に向けて、商業施設や居住施設の増加が見込まれるものの、会社にとって、またデザインの見地からも、このギャップを埋める必要がありました。
さらに、建物そのものにも課題がありました。ユニクロではオフィス移転に先駆け、物流拠点としてこの建物を建設していました。その6階をオフィスに転用することになったのです。従って天井高はバラバラで、窓は側面にいくつかあるだけ、自然採光も非常に限られていました。そういう意味でも非常にチャレンジングなプロジェクトであったわけです。
設計で特に重視したのは新たな企業文化の醸成でした。初めてユニクロの本社に入ったとき、整然とした雰囲気に感銘を受けた一方で、彼らのデザインワークを展示・解説するようなスペースがなかったため、会社の特徴が分かりにくいと感じたんですね。いわば会社のアイデンティティを見出すことができない状態でした。
クライアントとの対話を重視するデザインプロセス
こうした前提条件の中で、私たちがいかにして変革を触発したかについてお話ししていきたいと思いますが、その前にAllied Works Architectureについて紹介させていただきます。
私たちは設計に際して4つの方針を掲げています。第一に技術と信頼性です。建物は、目、手、そして心を満足させる品質で建てられなければなりませんと考えています。
第二が倫理的で永続的なデザインです。トレンドにとらわれず、本質的な特性、すなわち建築の質、技術的性能、快適さ、多様性などを高度にバランスしていくことを心掛けています。
第三が光と美しさ。自然な昼光をエレガントな方法で制御したり、景色に焦点を合わせて利用者を風景につなげます。
最後がコミュニティとコラボレーションです。私たちはコラボレーションを重視しています。デザインを一方的に提示するわけではなく、クライアントの意向を汲みながらデザインを考えていくというのが私たちの流儀です。
これまでアートやカルチャー、ホスピタリティー、住宅やワークプレイスなど、領域も規模も多岐に渡る案件を手掛けてきました。例を挙げると、イレブン・マディソン・パークのテーブルウェアの開発から、カナダのナショナル・ミュージック・センターの建築デザインなどです。
デザインのスタイルはありません。あるのはデザインのプロセスです。まずは観察ですね。場所を見る、文脈を理解する、仕事をする相手を見るといったことです。設計では、デッサン、コンピュータモデルや物理的モデルなどを使い、クライアントと対話します。先方の視点や批判を取り入れ、職人や施工業者とも連携しながら、最良のものを生み出していきます。
クリエイティブな文化を形成するために重視した4つの要素
さて、ユニクロのプロジェクトです。同社の価値観を体現しつつ、企業としてのニーズを満たし、クリエイティブなビジョンや文化を形成する空間をどのようにつくるか。我々がこの課題に取り組むにあたって重視した要素がいくつかあります。
1つ目はデザインです。我々は日本の建築の長い歴史からインスピレーションを得ました。職人技や原則、自然とのつながり、時間とのつながりなどが我々にインスピレーションを与えてくれました。建築デザインには西洋の考え方が色濃く反映していますが、建物を専有する人たちの文化にも根付いたものであることをデザインで示したいと考えた次第です。
2つ目の要素は、ユニクロがグローバル企業であることです。従って、利用者には多様性があります。加えて100人、200人という規模で人材が参入することもあるので、こうした変動にも対応できる環境をつくることが求められました。その時々で、その場にいる人のボリュームに合わせて空間を運用できる柔軟性も重要です。
もう1つ重視したのは、ユニクロのワークフローの変化です。有明オフィス建設のタイミングは、リニアな生産開発からより統合された共同作業へシフトするタイミングとも重なりました。仕事が流れ作業的に引き渡されるのでなく、商品によっては部門間で検討されることもあるということです。つまり他の部門とも協働できるような環境づくりが問われるわけです。
そこでワークフローと隣接性が変化することを設計の前提としました。9つの部門ごとに、個人とチームにどのように空間を分配すべきかを対話も重ねながら検討し、結論として個人に50、チームに50という答えに達しました。
ワーカーの目的や好みに応じる多様なワークプレイス
場所、床面積、プログラムの要件など全てのピースを勘案した結果、生まれたコンセプトが「ユニクロシティ」でした。オフィスを都市に見立てることで、そこにいる人々のつながり方や空間の特徴を引き出せると考えたのです。
クリエイティブな職場では社員がインスピレーションを得られるスペースを選択できることが重要です。そこでグループ作業のスペース、個人作業のスペース、オープンな空間、クローズドな空間、明るい場所、暗い場所など含めて、多様なワークプレイスを提供し、ワーカーが目的や好みに応じて選択できるようにしました。
また、オフィスを横断する全長240メートルの「ストリート」を設けました。途中で折れ曲がりながら、ランチルームやその向かい側のホール、2つのタウンスクエア空間などに沿って伸びています。まさに都市の中の道のようなイメージですね。
日本の路地の光景からインスピレーションを得た
ストリートの着想は日本のさまざまな「通り」の光景から得ました。長屋の間の狭い路地、内と外をゆるやかに区切るのれん、歩行者がひしめく都市の大通り、あるいは仲見世通り。こうした日本のストリートの景色がデザインに大きく影響しています。
ストリートは全ての会議室、全ての主なプログラムをつなぎ、それ自体もさまざまな活動を支援できるようになっています。大きく開けた空間では全社ミーティングも行えますし、また別のスペースでは25~50人くらいのミーティングができます。
レンダリングソフトを使ってワーカーの行動や動線を計算し、ストリートの空間配置に反映しました。会議室の入口、ポーチ、ワークスペースの入口にベンチを設け、自動販売機も配置しています。最近はコーヒーカートがストリートを通るようになり、コーヒーを入手しやすくなりました。ワーカー同士がすれ違いざまに挨拶したり立ち話をしたりと、本当に都市の路地のように機能しています。
Allied Works Architecture(アライド・ワークス・アーキテクチャー)は米国・ポートランドで1994年に創業した建築事務所。ニューヨークにも拠点を置いている。
https://alliedworks.com/
ユニクロは1984年に1号店を開店、2001年にグローバル展開を始めた。現在は1900の店舗を運営、世界トップクラスのプライベートレーベルアパレル企業となっている。
「WORKTECH19 TOKYO」の会場の様子。
コラボレーションのマインドを反映するギャラリー
もう1つ、ユニクロといえばアーティストやスポーツ選手など、各界との活発なコラボレーションでも知られています。大きなゴールに対して、さまざまな人と手を携える、こうした企業のマインドをオフィスにも反映したいと考えて作ったのがギャラリーです。
企業としての歴史を伝えるコーナーや、写真、プリント、絵画、作業中のイベントを見せるコーナーなどで構成されています。ギャラリーは受付や他のオフィスともつながっているので、従業員もゲストも常に目にします。こうしたアーカイブがあることは、企業としての大きな目的を考えるのに有効ですし、ゲストにもユニクロのアイデンティティを伝える上で大きな役割を果たすでしょう。
また、ランチルームを設け、食事をしながらミーティングや仕事ができるようにしました。少人数から最大300人までが利用できます。1つの空間で二重の機能を提供するわけです。
ユニクロの価値をワークスペースの随所に埋め込む
ストリートを挟んでランチルームの反対側には大ホールがあります。毎月、全社員が集まるオールハンズミーティングがあります。テレカンファレンスを通して、世界中のオフィスとつながることも可能ですし、200人くらいのスタッフによる商品レビューにも使われます。ベンチ席があるので、ミーティングのないときは少人数の活動にも利用できます。
ストリートはワークスペースともつながっていますが、両者の間にはポーチを配し、インフォーマルな交流ができるようにしました。加えてポーチは部署のアイデンティティを示すものにもなっていて、ストリートを歩くときの目印としても機能します。ストリートで仕事をしている人もいるので、社員にとっては交流のチャンスにあふれたスペースといえます。
訪問客も、エントランスから入って、ギャラリーを通る間にユニクロの歴史をたどり、ストリートを歩きながらワークスペースを眺め、ハンガーに掛かっている商品なども目にするわけです。これがユニクロだと一目で分かるということです。彼らの価値がその空間に埋め込まれている。そういう環境こそが社員のみさなんへの贈り物であると考えます。
この多様性に満ちた空間で働く、めいめいが働きやすい形で働く。それはユニークな発想を生み出すことにもなるでしょう。
(ゲルダーン氏提供の図版)
自然光があふれる中庭を設けるなど、ユニクロシティはウェルビーイングにも配慮されているという。また、空間の多様性そのものがウェルビーイング向上の呼び水になるとゲルダーン氏はいう。「個人のニーズに合った働き方が実現するので、ワーカーの心身の負荷軽減につながると考えています」。
クリエイティビティを触発するには
刺激をもたらす人との接点が必要
デスクに向かっている、あるいは会議室にいる時間だけが仕事ではないということで設けたのがタウンスクエアというスペースです。25~50人向けと、1人向けの2種類の空間があります。
大人数向けに使われるのが図書室です。クリエイティビティを触発するには、刺激をもたらしてくれる人との接点が必要です。例えば、グローバルに活動するアーティストや、グローバルな考え方をする思想家とつながる場所があることが望ましい。柳井さんとジェイさんのそうしたビジョンもあり、世界中のファッションやテクノロジー、流通、デザイン、スタイル、カルチャーに関する本を収めたスペースが誕生したわけです。
そこにいる人々が自ら変化するような環境をつくる
もっとも、空間をつくって本で埋めるだけでは目的を果たすことはできません。ワーカーが本を自由に手にしていいんだと思えるまで少し時間がかかりました。完成から2年経ち、今や図書室はすっかり馴染み、ユニクロの文化の形成に大きく寄与していると感じます。
空間のデザインをすることと、この空間を自由に使うことを人々に働きかけること。両方の要素が問われるわけです。変革とはすなわち進化です。私たちはそこにいる人々が自ら変化するような環境づくりに努めました。進化は今後も続くことでしょう。
もう1つのタウンスクエアは図書室の反対側で、アンサーラボといわれるデジタルラボです。ここもまたグループ活動を支援しています。個人が活用することもできますし、部署やチームが活用することも可能です。図書室はどちらかというと活性化のスペースで、こちらはどちらかというと内向きのスペースといえます。
会議室をストリートに沿って分散。チーム内交流を効率化
以前のオフィスでは会議室が一カ所に集約され、終日会議に参加するマネージャーはチームと丸一日コミュニケーションできないこともありました。そこでユニクロシティでは会議室をストリートに沿って分散しました。会議と会議の間でもマネージャーがチームメンバーと効率よく接触できるようになっています。
ワークスペースのデザインでは個人用デスクをグループ化し、チーム作業ができるテーブルも配置しました。個人とチームの作業のバランスを図ったわけです。整理された環境を維持できるだけでなく、将来的な柔軟性も担保しました。
フレキシビリティの追求というと広いオープンスペースをイメージしがちですが、個人にとっては広すぎて居心地が悪いこともあります。ですからワークステーションを簡単に移動したり、構成を変更できるようにしました。コミュニケーションや作業のダイナミズムの実現を目指したのです。こうすると他のオフィスから人がやってきても吸収できます。
都市と同様、オフィスは継続的に変革するべきもの
我々デザイナーのゴールは、高いレベルでエンゲージメントが活性化するような枠組みを提供すること。そして、職場環境を向上させ、個々の従業員に選択肢と機会を提供することです。こうした環境によって、ユニクロの一人ひとりが大切にされ、最高の仕事ができるようになると考えています。
昨日訪問してみて、まさに1つの都市のように、おのおののスペースが非常にうまく機能していると実感しました。とはいえ、都市と同様、オフィスは継続的に変革するべきものです。ユニクロシティは彼らの仕事の仕方によって今後も進化していくことでしょう。この場がユニクロのクリエイティビティと変革を持続的に誘発する場であってほしいと願っています。
WEB限定コンテンツ
(2019.4.4 港区の虎ノ門ヒルズフォーラムにて取材)
text:Yoshie Kaneko
photo: Kazuhiro Shiraishi
Allied Works Architectureのウェブサイトの事例コーナーでもユニクロシティの様子が紹介されている。
https://alliedworks.com/projects/fast-retailing-uniqlo-city
Allied Works Architectureでは、現在ナイキのオフィス設計に取り組んでいる。ナイキでは社員はどこで仕事をしてもよいとされ、デスクは社員数の半分のみ設置するという。また、ビジネス用コミュニケーションアプリを開発するSlackの案件では、社員の多くがリモート環境で働くため、「どのような空間になるか楽しみ」とゲルダーン氏。
テア・フォン・ゲルダーン(Thea von Geldern)
2004年、Allied Works Architecture入社。現在、シニアアソシエイトおよびプロジェクトマネジャーとして住宅やワークプレイスなど、さまざまなプロジェクトを手掛けている。ハワイ出身。オレゴン大学およびコーネル大学を卒業後、各地でアメリカ国内外の大手クリエイティブクライアントを対象とした業務に従事。優れた直感と豊富な経験、アプローチの多彩さに定評があり、経営における課題と顧客ニーズの抽出、プログラミング、計画、デザイン、実行の各フェーズで活躍している。