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アートとテクノロジーの両輪で、もっと生きやすく楽しい世界を

「面倒な交流」が新しい価値に気づくきっかけになる

[長谷川愛]アーティスト、デザイナー、東京大学大学院 特任研究員

2014年に、アートプロジェクトを進めるためにロンドンからMIT(マサチューセッツ工科大学)のあるボストンへ移りましたが、意外とボストンでは根強い人種差別があることに驚きました。レストランで差別的な対応をされたりと、ロンドンでは感じたことのない嫌な経験をしましたし、黒人の友達もボストンの居心地の悪さを嘆いていました。それが新しい作品を生み出すきっかけになりました。

当時、「Black Lives Matter」という運動がアメリカで社会現象となりつつありました。武器を持っていない黒人男性が警察官に撃たれて殺される事件が頻発したことを受け、「黒人の命も大切だ」と主張して、黒人への人種差別を撤廃しようとする活動です。

警察の暴走を阻止するために、オバマ政権下で警察官はボディカメラを身に付けることが決まったけれども、そのデータが司法に提出されないことがあることも明らかになりました。「武器」と「権力」、そして技術の進化が著しい「顔認証」技術が合わさると、民族浄化や大量殺戮といった恐ろしい未来が想起されます。実際、ドローンでそういうことを行うのはすでに可能でしょう。

そうではなく、この組み合わせでもっとポジティブな使い方ができないのかなと考えるようになりました。その問題意識が、『Alt-Bias Gun』というアートシリーズにつながっていきます。

「撃たれやすい人」の顔を検知すると引き金が止まる銃

Black Lives Matter運動のきっかけになった犠牲者の黒人男性の顔写真がたくさんネットに載っているので、200人ぐらいの犠牲者の顔を集めて機械学習にかけて特徴量を抽出すれば、それは「誤解されて撃たれやすい人」であるといえます。それと似た顔の人が銃のスコープに入ったら検知して、一瞬ストッパーで引き金を止めるという仕組みを備えた銃をつくりました。それが『Alt-Bias Gun』です。

そのほかに、同じデータから、架空の犠牲者の顔をつくったり、撃たれやすい人の顔の平均的な顔をCGで造形したり、デモ動画を作ったりしました。デモ作品では、40歳くらいまでの黒人の男性だということを識別できるようにして、それで発砲を抑止する機能を実装しました。ただ、現在の機械学習では学習データが1万ぐらいないと難しいので、実用化は難しいですが、とはいえ最近は少ないデータでも構わない転移学習というものが出てきてはいます。

もっとも、この銃は完成しても、アメリカではおそらく使われないでしょう。警察官の命と市民の命を天秤にかけたら、警察官の命に重きが置かれてしまうだろうから。逆に日本だと、市民の命が重視されると思います。このあたりの価値観の違いは興味深いところです。とはいえ、結論としてはやはり人を殺す銃は存在しない方がよく、非殺傷兵器の方を開発した方が良い。さらに言えば、それすら必要のない社会を作る方が根本的な解決策ではあります。

3人以上の親で子どもを持つことも夢ではない

2019年11月には『Shared Baby』というシリーズを森美術館(東京・六本木)で展示する予定です。

iPS細胞を使うと、体外で自分の生殖細胞を作ることも夢ではなくなります。体外配偶子形成という技術ですけど、これが進むと、同性間だけでなく、3人以上の親で子どもを持つことができると言われています。しかし、倫理的な問題から実現しないだろうとも言われています。

こちらは一体どのような問題が出てくるのか、どうしたら効率よく問題をあぶり出せるのか考えました。そこでこの技術が実現した未来に自分たちがいると仮定して、4人の親で1人の子をもうけた家庭の状況を、友人を交えてシミュレーションしてみることにしました。

名前、年、職業といったキャラクターを自分で設定して、ロールプレイングワークショップを行うんです。「お父さん1」「お母さん1」「お父さん2」「お母さん2」「子ども」という家族の中の立場を決めたうえで、問題やライフイベントが書かれたカードをランダムに選び、即興で対処するというものです。

きょうだいをねだる娘への誕生日プレゼントは受精卵

「子どもの16歳の誕生日を家族で祝う」というイベントを選んだときは面白かったですね。

私が「お母さん1」で、「子ども」に「誕生日のプレゼントは何がほしい?」と聞いたら、「きょうだい」と答えが返ってきたんです。私は「うーん。私は今忙しくて難しいな。『お母さん2』はどうですか?」と聞いたら、「お母さん2」も忙して無理だという。

この後の展開としては、私は内心、産んでくれるお母さんをもう1人探すということになるかなと思っていたんです。ところが、「お父さん1」が「君はもう16歳で、ある程度体も大人だ。僕たちが受精卵をあげるから、自分が代理母になって弟か妹を産めばいい」と提案して、最終的に誕生日プレゼントは受精卵になったという(笑)。そうか、そういうこともあり得るなと、目から鱗が落ちる思いでした。

また別のシミュレーションでは、お父さんが3人いる設定にしました。この家族でどういうヒストリーができたかを妄想するワークショップをやったところ、父の日に「お父さん1」=ナンバーワンのお父さんと他のお父さんがケーキをめぐってけんかになり、そして食卓には誰もいなくなったという話が出来上がりました。

これに基づいてCGを作成したり、あるいは親が5人いたらみんな子どもと手をつなぎたがるだろうということで、子どもの袖を5本つけたお出かけコートの写真を作ったりしています。


長谷川氏のウェブサイト。作品とその制作過程、今後の展示予定などが紹介されている。https://aihasegawa.info/

『Alt-Bias Gun』に関する長谷川氏のウェブサイトのページはこちら。
https://aihasegawa.info/alt-bias-gun

『Shared Baby』に関する長谷川氏のウェブサイトのページはこちら。
https://aihasegawa.info/shared-baby

  • 『Alt-Bias Gun』のデモンストレーション用作品。(写真提供:長谷川氏、他3点も)

  • 『Shared Baby』より。子どもが5人の親と手をつなぐためのレインコート。

  • 『Shared Baby』より。3人以上の親で子どもを共有できるようになったときの血縁や婚姻の関係を示すダイアグラム。2人または1人の親からなる家族関係よりも、はるかに複雑になる。

  • 『Shared Baby』より。父親同士が衝突して、父の日のお祝いムードが吹き飛んだという設定。「NO.1 DADS」(どのお父さんも一番)だったケーキが「NO DADS」(お父さんなし)になったところに深い意味を感じさせる。

クルマをシェアするように、たくさんの親で子どもをシェアする発想

『Shared Baby』の名前は、シェアエコノミーから来ています。クルマを例にとれば、かつては自分の車を独占して、手入れをしたり飾ったりカスタマイズしたりと、愛着を持って接していたわけですよね。そこへ「共有」の発想が持ち込まれたことは、クルマの歴史を考えると画期的です。

そこにはユーザーのマインドの変化もあるし、GPSや携帯のテクノロジーが出現して、シェアという行為が社会的に成り立つようになったこともある。また、低成長の時代には個人の経済力が低下して、個人が車を持つことが現実的ではなくなるということも背景にあるでしょう。

こうした要素は子育てにも共通します。子どもを一人育て上げるにはお金がかかるし、時間もリソースも責任感の面でも大変な負担がのしかかってくる。ならば、それを複数の親でシェアできれば効率がいいと考えられます。

創作活動を通して、自分自身も学びや発見がある

一方で、2人の親でも衝突があって大変なのに、多くの親で子どもをシェアすれば、場合によると混乱や不和に拍車がかかるかもしれません。そう考えると、子どもを共有するサービスを使いたい人は、きっと「親になる免許」を取ることになるんでしょうね。

子育てに関する一定の知識をまず持ってから、それを持っている人たちでグループをつくって、ミーティングする。シェアしている最中も、誰かが育児のチェックや家庭のメンテナンスをしていくのではないかと思います。子どもをシェアする仕組みが正しく使われているか、子どもがちゃんと育っているかを、この仕組みを提供する企業か団体の人がたまにチェックに訪れる。そういうことになるんじゃないかと。

ワークショップで一番多く見られた現象が、多忙さから子どもの相手になることをみんな避けてしまい、結果として他の親にたらい回ししてしまうこと。養育の責任の所在があいまいになりがちなので、そこを回避する設計をしないといけないということは個人的な発見でした。

ワークショップを含めた創作活動を通して、自分自身も学びや発見があるわけです。人が1人で考えられる枠組みって狭いと思うので、そうやっていろんな人から話を聞く、自分の意見をぶつけて反応を見るといったプロセスを踏むことで、議論が進み、思索も深まっていくのだと思います。

どこに価値観の軸が置かれるかも倫理判断に影響する

生殖技術の進展は国によって違いがあるのが面白いです。この分野の先進国の1つはイギリスです。試験管ベビーが最初にできたのはイギリスですが、その歴史があるがゆえに生命倫理に対する社会的な熟議がきちんとなされている。その仕組みがしっかり設計されているんですね。

生殖関連の専門家達が揃うディスカッションもオープンで、討議が大学で行われて、一般の人でもふらっと入っていけます。当事者もそういう場で自分の体験を語りますしね。日本ではそういう場はあまり見かけません。

トランプ政権になってから、中絶は絶対認めない保守派が盛り返している印象です。ほとんどの先進国で中絶が認められる中、自由を重んじるアメリカで逆行するような流れがあるわけで、生殖に対する価値観の多様さ、一筋縄ではいかない複雑さを示しているようにも思います。

そもそも、どこから命とみなすかという議論もありますしね。最近ではルイジアナ州では胎児の心音が聞こえたら中絶してはいけないという「ハートビート法」ができたり、実験系では14日を超えると受精卵は使えなくなります、脳につながる神経が発達し始めるからですが。こんなふうに倫理の話ってどこに価値観の軸が置かれるかも大きく影響するわけです。

私はテクノロジー推進派ではありません。ただ、技術が社会で使われるとき、それが人の価値観や生き方を揺るがすものであるならば、みんなでその価値や活用の仕方を考える必要があると思うんですね。アートやデザインの訴求力は大きいので、テクノロジーと両輪で世界をもっと生きやすく、楽しくできたらいい。そういう思いが私の根底にあります。

最近では3Dプリンタで遺伝子を作る技術も進んでいる。将来的には人為的に作った遺伝子を受精卵の遺伝子と組み替えることも可能になるかもしれないと長谷川氏は見る。実際、中国では遺伝子を改変した双子が生まれて話題になった。 「いよいよ始まったという印象です。生命倫理は国によって差があり、キリスト教系の国は一般に厳しい。反対に、中国のように国益と見なすところは障壁が低く、やったもの勝ちという状況ですね」

イノベーションは閉鎖空間では生まれない。
他者と触れ合って新しい視点を取り入れる

新しい視点を自分の中に取り入れるには、積極的に他者と触れ合うしかありません。いい意味でも悪い意味でも「なんだコイツ」と思う人と接しないといけない。それは非常に面倒なことなんですけどね(笑)。その意味で、イノベーションはオフィスの閉鎖的な空間では生まれないと思います。

私自身、いろんな人たちと触れ合って、自分の枠を広げてきたと思います。面白かったのは、世界中でバイオアートに取り組む人たちのキャンプがインドネシアであったときのこと。参加者はDIYバイオをやっている人たちで、みんなパンクでクレイジーなんです。でも、独立心は旺盛。そういう人たちと一緒に、毒ヘビや見たことのない昆虫もいるカオスな環境で2週間過ごして、インスピレーションを分かち合うというイベントでした。

例えば、スペインから来たある女性はモヒカンで、ノーブラで、超パンクで、ポルノ映画にも出るかたわら、テクノロジーに長けていて本も執筆している。こんなに要素が盛りだくさんの、ぶっとんだ人って本当にいるんだと、衝撃を受けました。

インドネシアは基本的にムスリムの国なので、女性はあまり肌を露出してはいけないんだけれども、欧米の女性たちは平気で上半身裸になったりする。「乳房は恥ずかしいものではないし、私たちだって暑いしトップレスになったっていい」「男は上半身裸じゃないか。どうしてお前たちは優越を見せ付けるんだ」と主張して、現地の人を困らせたりして。

問題を引き起こす困った人たちなんだけど、確かに間違ったことは言っていない。言動や行動が突飛なんだけれども筋が通っていて、考えさせられました。

今までやらなかった体験をあえてしてみる

摩擦を体験することで、自分の中で価値観が変わっていくんですね。そういう筋金入りのフェミニストと出会うことで、自分はフェミニストやLGBT寄りだと思っていたけれども、実は心ないことを言っていることも多いんだろうなと振り返る視座を獲得できました。

だから、友好的にお互いに軋轢をすることが大事なんですね。男性優位の社会のあり方を糾弾しつつ、そこで絶交するんじゃなくて、それでも付き合いを続けていく。

Airbnbなんかも、普通の起業家には思い描けなかったコンセプトだと思うんですよ。自分の家に知らない人を泊めるなんて、思いつかないですよね。きっと最初は自分もよその家に泊まって面白かったというようなところから始まったんじゃないかと思いますけど、それがホテルを始め、いろんな業界を揺るがす存在に成長している。

自分にない別の価値観を取り入れてみる、今までやらなかった体験をあえてしてみる。そういうことが新しいものを生み出すために重要でしょうし、どれだけ自分の中に思わぬものとの組み合わせをストックしておけるか、その面白さに気付くためのアンテナをどれだけ高くかざせるかは。やっぱり他者や別の価値観との触れ合いで左右されるんだろうなと思います。

自分事の延長線上で課題を見出す

それから、何かアイデアを思いついたとき、「それいいね」と価値に気付く審美眼を持っている人が自分の上にいることも大事かなと。

前編で話した『I Wanna Deliver a Dolphin…/私はイルカを産みたい』というアートプロジェクトを始めるにあたっても、本当にばかだなと思いながら、「私、海洋生物を産みたいと思っていまして……」と、胎盤の専門家に相談したんです。オズオズという感じ。でも、その先生は価値を認めて励ましてくれたんですね。「愛、これはすごくいいプロジェクトだ。とてもいいアイデアだからぜひやりなさい」と言ってくれた。

先生のその言葉がなかったら、多分やらなかったでしょうし、私がもし日本の美大へ行っていたらどうだったかなとも思います。だから新しい価値観に気付く上の層の人たちをどれだけ増やすかが、日本企業の1つの課題なのかもしれません。

一方で、いいアイデアを思いついても魂が込めきれないこともある。スタンフォードとフランスの美大の人たちが3人でアートシンキングという方法論を提唱しているんです。彼らはMBAの学生が素敵なアイデアを出しても、なぜか実際に行わないことに気づきました。その理由を観察すると、そこに情熱がないから、ということを発見しました。アートは基本的に自分の興味のないことはしません、私自身、やっぱり自分の思いが起点になっているからこそ、困難なプロジェクトでも達成できているという実感があります。

アイデアをブラッシュアップして、さらに高いレベルで形にするためにも、またやり抜く力を得るためにも、自分事の延長線上で課題を見出すことが望まれているんでしょうね。

WEB限定コンテンツ
(2019.5.10 港区のコクヨ東京品川SSTオフィスにて取材)

text: Yoshie Kaneko
photo:Ayako Koike

長谷川愛(はせがわ・あい)

アーティスト、デザイナー。生物学的課題や科学技術の進歩をモチーフに、現代社会に潜む諸問題を掘り出す作品を発表している。岐阜県立国際情報科学芸術アカデミー(通称 IAMAS)にてメディアアートとアニメーションを勉強した後ロンドンへ。数年間Haque Design + Researchで副社長をしつつデザイナーとして主に公共スペース向けのインタラクティブアートの研究開発に関わる。2012年英国Royal College of Art, Design InteractionsにてMA取得。2014年秋から2016年夏までMIT Media Lab, Design Fiction Groupにて准研究員兼大学院生。2017年4月から東京大学大学院にて特任研究員・JST ERATO 川原万有情報網プロジェクトメンバー。
(不)可能な子供、01:朝子とモリガの場合が第19回文化庁メディア芸術祭アート部門にて優秀賞受賞。国内外で展示やトーク活動をしている。主な展示、森美術館:六本木クロッシング2016 My Body, Your Voice展、上海当代艺术馆(MoCA) MIND TEMPLE展、 スウェーデン国立デザイン美術館: Domestic Future展、台北デジタルアートセンター : Imaginary Body Boundary /想像的身體邊界展、アイルランド Science Gallery :Grow your Own…展など。

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