Workplace
Dec. 27, 2011
志とビジネスを結びつける 共鳴のコミュニティ
共感・共鳴で生まれる事業を育むオープンシェアオフィス
[The Hub]City of London, London, UK
個人や企業のリソースを共有しビジネスを発展させる「オープンイノベーション」という発想。これを実現させるためにはこれまでとは違うカタチで人が出会い協業する仕組みと空間が求められる。そのヒントを求め、ロンドンから始まりグローバルに拠点を広げている「ザ・ハブ・キングスクロス」を訪れた。
ハブ・キングスクロスは、地下鉄主要路線が乗り入れ、ユーロスターの発着駅でもあるキングスクロス/セントパンクラス駅の隣に位置する。名前どおりのハブロケーションだ。駅の一部であった古い建物を改装し、優雅でクラシックな外見から一歩中に足を踏み入れると、内部はコンテンポラリーでスタイリッシュな内装のシェアオフィスが広がっている。
アイデアもリソースもある。問題は「いかに結びつけるか」
「ザ・ハブ」は2005年、英国人ジョナサン・ロビンソンと3人の仲間によって立ち上げられた。その創設の背景について「世の中にチャンスさえあれば実現可能な、新しいアイデアを持っている人がたくさんいるが、個人レベルではリソースや資金の面で限界がある。しかし共通する倫理観に基づいた企画を持つ人間が集まる場所を作れば、夢や着想が現実になりやすいはず。ジョナサンはそう考えてザ・ハブを立ち上げましたが同じようなニーズは世界中にあります」と語るのはザ・ハブのディレクターのひとり、エレナー・ウィットリー氏だ。この新しいシェアオフィスの試みはイズリントンで始まりキングスクロスが世界で5番目、今では世界20カ国に広がっている。
各地で展開するハブのシェアオフィスは、けっして一様ではない。地域のニーズによって生まれ、地元のユーザーに適した経営形態をとる。共通するのは、「オープンシェアオフィス」であること、完全会員制によるサービス提供という「ビジネスモデル」、会員同士を結び付ける「ホスティング」、そして人間の行動パターンや心理、社会との関わりから空間をデザインする「デザイン倫理」という4点。この4つの共通事項をザ・ハブのパッケージとして地域に根差した協働のプラットフォームを提供しているのが、ザ・ハブだ。
1階吹き抜けのオープンスペース。個人の集中から協働まで連続した働き方ができる。
2階は吹き抜けを囲み、静かな雰囲気。思い思いに仕事に集中できる。
人が出会い、
自然に声を交わしたくなる空間
ハブ・キングスクロスの会員数は現在約700名で、そのうちの半数が週に何回かはこのオフィスにやってくる。レンガの入り口から中に入るとスタッフが常駐しているカフェカウンターがあり、中央には天窓から自然光がふりそそぐ広いオープンスペースが広がっている。来館者は気軽にカウンターに立ち寄り、さりげない会話が始まる。
空間デザインにあたっては地域性とニーズを第一に考えた、とデザインディレクターのオリバー・マーロー氏は語る。「重要なのは”柔軟性”だ。建物そのものよりも、そこで行われる活動を最優先に踏まえてデザインしたんだ。人が出会い、気軽に名刺交換やプロジェクトの話が発生するような空間を心がけた。ファニチャーもライティングも、建物の中で展開される物語性を軸にデザインを考え、デザインに終わりはない」。
カフェのある1階にはグループミーティング用のテーブルと個人作業用のデスクが共存していて、垣根を作ることなく保たれたプライバシーと、即興的なコラボレーションを生み出すオープンな雰囲気が混ざり合っている。個人志向が強い一方で、日本人同様遠慮がちと言われる英国人だが、ザ・ハブでは自然に交流を図ることができるような工夫が随所にある。2カ所にある階段はゆったりした造りになっており、すれちがう人が気軽に声をかけあえる。
2階に上がるとオープンな空間でありながら、吹き抜けを囲んで集中している人の姿が目立つ。直線的なテーブルはまるで自分の書斎であるかのように各々がノートPCを広げて個人作業に没頭し、吹き抜けをはさんだ対面では曲線的なテーブルで共同作業を行っている。壁や障害物は何一つなくすべてを見通せるのだが、程よい距離感と温かみのある空間が、安心して仕事に打ち込める雰囲気を作り出している。
カウンターでホストが向かえ、気軽な会話が始まる。
2階の曲線型テーブルは組み替えが可能で共同ワークに適している。
創造性を刺激する
デザインとホスティング
これら計算し尽くされたデザインの背景にあるのが、ザ・ハブのもっとも大きな特色であるホスティングシステムだ。ザ・ハブのホストは、メンバー同士のコネクターの役割を果たす、ネットワークの要である。空間デザインがホスティングシステムにおけるハード面であるとすると、ソフト面では施設内でのイベントの主催やメンバーの仲介、会員登録の際に行われるインフォーマルなインタビューなどがある。イベントやインタビューを通じ、コミュニティ意識を高めるのが目的だ。「オープンリソースを掲げる以上、この空間で進めるプロジェクトの内容に制限はありません。ただ、社会的課題を重視するというブランド発信を通じてザ・ハブのトーンを伝えていくことで、自然に幅広い分野でも志や倫理観の高いメンバーが集まり、自ずと私たちの価値観に合うメンバーが残って行きました」とエレナー・ウィットリー氏は話す。
ダイナミックなコラボレーションから結実していくビジネス
会員たちはこのシェアオフィスで働くことで多様なメンバーとコラボレーションが行えるほか、ザ・ハブというコミュニティへの帰属意識も得ることができる。カフェを中心にホストを介したメンバー同士の紹介が日常的に行われており、お互い顔見知りになることで安心感や連帯感が生まれ、物事がスムーズに進むという。経理や事務担当のホストが、経営に関する実務アドバイスをするケースもある。
ホストによって定期的に企画されるイベントは、多くの人が集まり、注目される場だ。ゴードン・ブラウン元首相のトークやファンディングに関するワークショップなどビジネス系のものから、フィルムクラブや持ち寄りパーティなどソーシャル系のものまで幅広い。こういったイベントは、会員のコネクションツールであると同時に、ザ・ハブのブランド発信の役割も果たしている。
人の行き来が多い階段近くにある掲示板にはメンバーへの伝言が貼ってある。
ザ・ハブに集まる人々は、起業家から既に個人で多くの仕事を抱えるフリーランス、会社員などさまざまだ。従事している仕事内容は環境問題関連や社会福祉に関わることなど、社会性の高いテーマをビジネスで解決しようとする相似性が見られる。
※画像をタップすると360°スライド表示が見られます
グローバルに進化し続ける
新しい働き方の兆し
そうしたブランド発信を受け、個人や小規模単位で活動する人々が、スペースとネットワークを求め、ザ・ハブに集まる。「便利なロケーションだけではなく、協業の可能性の価値は高い」とメンバーは口をそろえていう。志ある個人が集まるオープンシェアオフィスから新しい働き方の兆しが感じられる。
実際、ザ・ハブで成功した事例も少なくない。別々のアイデアを持つ二人が、「こんなものがあったら面白い」と交わした雑談から生まれたのが「エネルギーメーター」だ。電気とガスの消費量と金額がその場でわかるというキットで、瞬く間に話題となり、最終的にスコティッシュエナジーが700万ポンドを投資した。その後、二人はインテリジェンスソリューションの会社「オンゾー」を設立した。
ロイズの会計士だった20代の若者は、ザ・ハブで知り合ったソフトウェア会社ライブラインと共同で、大学のリーディングリストにある本のコンテンツをダウンロードできる「レファレンス・ツリー」というプロジェクトを立ち上げた。2011年には本格的な配信が開始されるという。
ハブ・キングスクロスは、2010年10月で2周年を迎え、グローバルに拠点を持つザ・ハブの中でも成功例として注目されている。「次の2年を見据えながら、常に変化するメンバーのニーズに今後も柔軟に対応したい」とエレナー・ウィットリー氏は語る。具体的な企画の一つは、グローバル・ネットワークだ。ザ・ハブは、会員間の交流は活発だが、拠点それぞれは独立経営のためグローバルでの交流はあまりない。現在、会員は月1回だけ他拠点を利用することができるが、グローバルビジネスが当たり前となる今日、拠点間を超えたオフィス利用やネットワークの要望の声も多い。その点を踏まえ、現在「3カ国パス」などのフレキシブルなメンバーシップの可能性が検討されているという。
地域から発生し、グローバル社会へ広がるネットワーク。オープンシェアオフィスにとどまらない柔軟性を持ったワーキングスペースのムーブメントは、着実に世界へと広がっている。
WORKIGHT創刊準備号(2010.11)より
中2階の会議室の中もすべて見渡せる。
カフェにはオーガニックフードも用意してある。