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「夜」と既存資源の掛け合わせで新しい価値を生む

風営法改正からナイトタイムエコノミー政策実現まで

[齋藤貴弘]弁護士法人ニューポート法律事務所 パートナー弁護士、一般社団法人ナイトタイムエコノミー推進協議会 代表理事

もともと音楽が好きでバンドを組み、クラブやライブハウスにも足繁く通っていました。2006年に弁護士になった後も、音楽と接点のある仕事ができればと思っていたんです。

そんな矢先の2010年、風俗営業を取り締まる風営法(風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律)によって、全国でクラブ摘発の嵐が吹き荒れました。

法と音楽に通じる自分が何とかしなければという使命感

風営法は1948年に制定された法律で、戦後に売春の温床となったダンス営業を規制することを目的にしています。時代の変化とともに形骸化しましたが、法律は法律ということで、深夜営業のクラブは長らくグレーの扱いでした。それが2010年ごろから騒音や客同士の喧嘩などを名目に取り締まりが強化され、風営法を根拠とした過剰な摘発が増えていったのです。

当然ながら、風営法ができた戦後といまでは、状況は様変わりしています。ダンスは子どもからお年寄りまで楽しむものになり、ダンス産業はエンターテインメントビジネスとして大きく成長しています。深夜営業そのものも決して悪いことではないし、むしろ海外の著名なミュージシャンやクリエイターが来日してクラブに繰り出すことも珍しくありません。日本のナイトライフは世界的にも優れたエンターテインメントや文化に触れる場であるわけです。

それなのに時代にそぐわない法規制によって、身近な知り合いも老舗のクラブも次々と摘発されていく。理不尽ともいえる実情を目の当たりにして、法と音楽に通じる自分が何とかしなければという使命感に駆られました。次々と持ち込まれる相談に報酬度外視で応じて、政治家に掛け合いに行ったりするうちに、気づいたら法改正運動の先頭に立っていたというわけです。


ニューポート法律事務所では、訴訟や示談交渉等の紛争解決(臨床法務)、契約書や各種規約整備等による紛争予防(予防法務)のほか、法律やルールを事業戦略に活用する戦略法務にも注力している。2016年設立。オフィスは全国11か所(2019年12月現在)。
https://newport-law.com


ナイトタイムエコノミー推進協議会は、政府や自治体のナイトタイムエコノミー政策立案やその民間実装をサポートするプラットフォーム。事業者・行政・DMO・専門家のネットワーク構築、関連する民間・行政の取組み支援、関連するルールメイキングの活動を推進、海外主要都市とのネットワークの強化、先進都市の知見の収集と共有などに取り組む。2019年設立。
https://j-nea.org/

署名運動で法改正を求める機運が盛り上がった

最初に表立ってクラブ摘発に異を唱えたのは、レッツダンス署名推進委員会による署名運動でした。ダンスの項目を削除する形で風営法を改正しようと、坂本龍一さんや大友良英さんらが署名運動を呼び掛けたものです。私もこれに参加して、共同代表として活動しました。1年後にはこの手の市民運動としては異例の16万筆もの署名が集まりました。

この署名運動がきっかけとなって風営法改正の動きがメディアでも取り上げられ、その後、ダンス業界の団体や超党派のダンス文化推進議員連盟(ダンス議連)も立ち上がるに至りました。

最初は、署名運動にどれほどの効果があるのかと、個人的には懐疑的だったんです。しかし、風営法をこのままにしておいてはいけないという社会的な機運が盛り上がったことは、その後の活動を展開するうえで非常に大きかったですね。

「ダンスはいいものだ」「クラブは悪くない」「夜間営業を認めるべきだ」と、こちらの都合を一方的に主張するだけでは、社会に広がっていきません。最初の段階で大きなニュースになって、政治家の間の認知度も高まったことで、話が通じやすくなったわけです。

さまざまなキーパーソンを巻き込んで逆境を打破

ダンスを盾にクラブを取り締まるのはおかしいという世論に押され、レッツダンス署名推進委員会やダンス議連などの関係団体と警察庁が一緒になって、では風営法をどう変えていけばいいかという検討を進めていきました。

結果として、クラブは風俗営業から外して、深夜営業を適法にし、業界の健全化を図るための新たな規制を導入するという形で着地点が決まりました。議員立法で風営法の改正に臨もうとしたものの、今度は内閣部会で他の議員の強硬な反対に遭い頓挫。さらには警察庁が新たにクラブ内部の暗さを問題視して、照度規制を加えようとするなど、状況は二転三転しました。

逆風にさらされるたびに、風営法を変えようという大義を共有する業界やダンス議連のメンバーと一緒になって、関係者に粘り強く働きかけました。また、官邸とつながる人々* の協力も得て、壁を1つひとつ打破していきました。

紆余曲折の末、2015年6月に改正風営法が参院本会議で可決、成立。2016年6月から施行され、新設された特定遊興飲食店営業の許可を取得すれば、クラブが深夜営業できる状態になりました。

一応の決着はついたものの、特定遊興飲食店営業の許可を得られるのは、大規模繁華街にあって、なおかつ客室面積が33平米以上の店であるなど、一部の店舗に過ぎません。夜間の観光を活性化するという面から見ても、まだ積み残しがあるんです。そのあたりは今後の課題ととらえています。


齋藤氏の著書『ルールメイキング――ナイトタイムエコノミーで実践した社会を変える方法論』(学芸出版社)。風営法改正やナイトタイムエコノミー政策立案の プロセスやポイントが詳しくつづられている

* カフェ・カンパニー株式会社代表の楠本修二郎氏、A.T.カーニー日本法人会長の梅澤高明氏など。現在、梅澤氏は齋藤氏が設立したナイトタイムエコノミー推進協議会の理事を務めている。

グローバルなネットワークとつながり、
幅広い議論を聞けたことで視座が開けた

2015年の初め、友人の紹介でアムステルダムのナイトメイヤー(当時)である、ミリク・ミランさんと知り合いになりました。

夜間市場を盛り上げてインバウンドの観光客や居住者を増やそうというビジョンの下、夜の街と昼の行政の橋渡しをするのが「ナイトメイヤー(夜の市長)」制度です。2003年にアムステルダムで始まりました。

ナイトメイヤーは夜間産業の事業者の要望をまとめ、行政や政治家、地域住民と交渉して課題を解決します。同様の制度はベルリンやロンドン、ニューヨークなどにもあり、夜間活用を目的としたグローバルなネットワークが築かれています。ミリクさんを通じて私もそのネットワークとつながり、業界を横断した幅広い議論を聞けたことで新たな視座が開けました。

国の政策アジェンダに上げるため、「ナイトタイムエコノミー」へリフレーミング

ミリクさんは夜が持つ価値として、「文化的価値」「経済的価値」「社会的価値」の3つを挙げています。

このうち、日本の政治や産業に特に馴染みやすいのは経済的価値です。夜の時間市場創出は、日本の成長戦略の1つでもある経済成長や市場創出というテーマにも合致しています。そこで文化的価値や社会的価値も包含しつつ、「ダンス」に代わる次のフレームとして「ナイトタイムエコノミー」を掲げることにしました。

風営法は改正できたけれども、それだけではナイトライフの振興までは照射できません。国の政策アジェンダに上げるにはどういうコンセプトで政治の中に打ち込めばいいか、ダンス議連を始めとする議員や関係者とディスカッションした末、ナイトタイムエコノミーという新たなコンセプトを導入したわけです。

風営法やダンスの問題から、より社会になじみやすい夜間経済へとリフレーミングしたことで、クラブ業界、音楽業界、ダンス業界にとどまらず、観光、コンテンツ、交通、都市開発など、さまざまな業界からステークホルダーの参加を促すことができ、横断的に議論を進められるようになりました。

マルチステークホルダー・プロセスで公平な議論を実現

2017年4月にナイトタイムエコノミー議連が発足し、私は民間アドバイザリーボードの座長の立場で議連メンバーの選定や民間側の意見の取りまとめなどを行いました。

座長として心掛けたのは、特定の業界や立場に偏らない公平な議論を行うこと。マルチステークホルダー・プロセスを徹底し、提言する政策を練り込んでいきました。

みんなの意見を等しく尊重するということで、取りまとめには苦労するものの、それだけ幅広く、また奥の深い議論が可能になります。飲食とエンターテインメントをつなぐ、伝統文化や地方などの観光資源をアップデートする、体験価値を高める場を整備するなど、実際に民間の創意工夫をふんだんに盛り込んだ政策提言をすることができました。

(齋藤氏の著書『ルールメイキング』(学芸出版社)p.126の図版を元に作成)

伝統文化のアップデートや地方創生など、モデル事業を推進

2017年10月からは、観光庁の「『楽しい国 日本』の実現に向けた観光資源活性化に関する検討会議」の議論に参加し、ナイトタイムエコノミー推進の仕組みづくりに取り組みました。

その流れで発足したのが、ナイトタイムエコノミー推進協議会です。ナイトタイムエコノミーという言葉は広まったけれども、まだイメージが湧きにくい人もいると思うんですね。具体的な事例を作っていこうということで、観光庁と一緒に2019年度は13件のモデル事業を進めています。

例えば、神田明神の境内などを活用する「伝統×革新 江戸東京夜市」や、世界の市場規模が約23兆円というLGBTツーリズムのマーケットをターゲットにする「JAPAN RAINBOW NIGHT OUT」、別府の「夜の地獄めぐりと地獄の夜市」、河口湖エリアでの空き店舗を活用した外国人向け観光振興など、事業はどれもユニークです。

夜間経済の活性化だけでなく、伝統文化のアップデート、ダイバーシティ対応、地方創生など、「夜」とさまざまな要素を掛け合わせて新しい価値を生み出すことができるということ。ナイトタイムエコノミーの可能性は大きく広がっています。

WEB限定コンテンツ
(2019.10.23 千代田区のニューポート法律事務所 東京オフィスにて取材)

text:Yoshie Kaneko
photo:Rikiya Nakamura

2019年11月、ナイトタイムエコノミー推進協議会は「ナイトタイムエコノミーシンポジウム2019」を開催。田端浩観光庁長官も登壇し、夜間観光政策本格化に向けた取り組みや展望が紹介された。

齋藤貴弘(さいとう・たかひろ)

1976年東京都生まれ。学習院大学法学部卒業。2006年に弁護士登録の後、勤務弁護士を経て、2013年に独立。2016年にニューポート法律事務所を開設。個人や法人を対象とした日常的な法律相談や訴訟業務を取り扱うとともに、風営法ダンス営業規制改正をダンス文化推進議員連盟と連携して実現。法改正後は、「自民党ナイトタイムエコノミー議員連盟」アドバイザリーボード座長、観光庁「夜間の観光資源活性化に関する協議会」有識者などとしてナイトタイムエコノミー政策を牽引。2019年に一般社団法人ナイトタイムエコノミー推進協議会を設立、代表理事に就任。著書に『ルールメイキング ―ナイトタイムエコノミーで実践した社会を変える方法論』(学芸出版社)。

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